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ヤムロとスルト

(誰だ……?!)


その一瞬、目の前が真っ暗になった。次に目を開けたら、戦闘中だったはずの分身が、バタリと倒れていた。それだけではなく、分身の顔は粉々に潰され、跡形もなくなっていた。


(死んでる……)


リルイットは無残に死んだアバタイトタケを見下ろした。アバタイトタケはすぅっと元のキノコの姿になったかと思うと、そのまま消滅してしまった。


「何だったんだ……」


俺が倒したのか? どうやって?

いやいや、そんなわけない…。


リルイットは自身の顔に手をやった。火傷の爛れこそあるが、いつも通りのように思う。


(顔もそのままだし……)


誰かの声が聞こえた気がした。気のせいだったのか?

わからない。


とにかくアバタイトタケは死んだようだ。周囲のアバタイトタケが分身を生み出す気配もない。


リルイットは安堵してその場に座り込んだ。そのまま仰向けに転がり込んで、ふぅっと深く深呼吸をした。流石に足がパンパンだ。立つ気力もない。


「耐えた……」


リルイットはそのまま天井を見上げた。真っ暗で何も見えないその景色を見ていると、瞼が重くなっていく。


(ねみぃ……)


そのままリルイットは、意識を失うように、その場に眠りについた。




(やりやがったな、リルの奴!)


イグはリルイットがアバタイトタケを倒す瞬間を確かに見ていた。その一瞬、剣技が分身の上をいって、即座に斬り殺したのだ。


昔のこととはいえ、自分がタイムオーバーして倒せなかったアバタイトタケを倒したリルイットを見て、イグは何となく複雑な気持ちだ。


(あいつの中には、まだ何かが眠っている…)


魔族ではなく、人間のスルト。別人を名乗っていたが、あの不細工な顔は全く同じ。関連がないってはずはない。


「おいヤムロ!」


そのことについて何かを知っているはずの師匠。隣にいるはずの彼にイグは声をかけた。


「おい! 無視すんじゃねえ!」


イグはイライラしながらヤムロの方を向いた。ヤムロは座ったまま、スヤスヤと眠っている。


「くそが! リルを育てる気あんのか!」


イグはわざとらしく大きなため息をついた後、その場に自分専用のテントを出した。


(馬鹿らしい! 寝よ寝よ!)


イグもそのまま眠りについた。フロディス山脈に着いて、一日目の夜が明けた。




「おはようスルト〜」

「!!」


リルイットがハっと目を覚ますと、目の前にヤムロがいた。


「えっ」

「アバタイトタケを倒すなんてなかなかやるだ〜! さすがスルトだべ!」


ヤムロはにっこり笑って、グッドポーズをして見せた。


リルイットは辺りを見渡した。たくさんの木々に囲まれていて、頭上には爽快な青空が広がっている。どうやら知らぬ間にあの穴底からは脱出したみたいだ。


「約束通り、面倒見てやるべ」

「あ、ありがとうございます…」

「まあ修行の前に、朝飯食うべ」


ヤムロの後を追うようにして少し歩くと、丸太にイグが座っていた。彼の前にはまた大きな鍋があって、昨日とはまた違う料理のいい香りが漂う。


「お前は飯作りに来たのか?」

「んなわけねえだろ!」


イグは鍋の中身をすくって皿にいれると、リルイットに手渡した。山菜をふんだんに使った、シチューに似たクリーム煮である。


「おお! 美味そう〜! イグがこんなに料理できるなんて知らなかったぜ! 俺なんて全く…」

「いいから黙って食え!」


イグはうざったるそうにリルイットを睨みつける。しかしリルイットは何とも思わぬ笑顔でそれを受け取ると、幸せそうに朝飯に食らいついた。


「シルバの飯は最高だべよ〜! そいじゃあおいらも…」


ヤムロがすかさずイグのおたまを奪おうとすると、イグはさっとおたまを消した。調理品はもちろん全て呪術なのである。


「何するだ」

「飯食う前に、話してもらうぜヤムロ。人間のスルトって奴のことをな」

「またその話だべか? そんなこと言われても特に話すことなんてないべ」

「ないわけねえだろ!」


朝飯のお預けを食らったヤムロは、下唇を突き出してはまるで子供が悲しむかのような表情だ。対してイグは鬼のように怒った目つきだ。イグは続いてヤムロの皿とスプーンを消した。ヤムロは愕然としたように口を大きく開けた。ヤムロは観念したのか、話を始めた。


「スルトは…あれだ、おいらの最初の弟子だべさ」

「?!」


ヤムロは話す。初めてスルトに会った日の話だ。

リルイットも朝飯を食べる手を止めると、その話に耳を傾けた。




それは何処かの森の中だったという。

それが一体どのくらい昔の話なのかは、ヤムロ自身も覚えておらず、検討もつかないのだという。


「うにゃ」


どうしてその森の中にいたのかも、ヤムロはまるでわからないのだという。その頃ヤムロは宛もなくその世界を旅していて、その途中でたまたまスルトに出会ったのだという。



ヤムロの見た目はその頃も今も、まるで変わっていなかった。それはかなり昔の話のはずだけれども、ヤムロは歳をとらないのだ。


その頃も今と同じ、もしかしたら今よりも酷く不潔だったかもしれない。風呂に浸かったことなんて、まだ一度もないのである。その身体から漂う悪臭はやはりとんでもないものに違いないが、それを指摘してくれる人物にヤムロはまだ出会ったことがなかったのだ。


「んだ〜……」


ヤムロはその日もぼーっと歩いていた。何も考えずに歩いていたということは覚えていた。その頃のヤムロは放心したように頭の中が空っぽだった。そのことはよく、覚えていた。


「はぁ……はぁ……」


遠くの方で、誰かが息切れするような呼吸が聞こえた。


「クソ共が……はぁ……殺してやる……絶対殺してやる……はぁ…はぁ…」


声の主は息切れの合間に、何やらブツブツと呟いている。何かしらに非常に怒っている様子だ。


「う〜ん?」


ヤムロは首を傾げた。いつもなら何の興味もなくその場を立ち去るはずなのに、何故だかその声が気になったのだ。それはヤムロがいたところからは割と遠かったのだが、異様な地獄耳であるヤムロは、その声を拾うことができるのだ。


「う〜ん……」


ヤムロはその声の主に近づいた。ヤムロがそこにたどり着くのは一瞬であった。瞬間移動しているわけではないのだけれど、風でも吹いたかのように素早く、だけど静かに、一瞬にして行きたいところに行けるのであった。


「ど〜うし〜ただ?」

「っ!!」


ヤムロが突如目の前に現れたので、声の主は驚いて目を大きく見開いた。言わずもがな、その声の主が、スルトなのである。


「だ、誰だ?!」

「うにゃ〜…お前こそ誰だぺ」

「ええ……」


スルトは少し引き気味だった。突然現れてボサボサ頭で変な口調で話しかけてきてお前誰なんて、とにかく意味不明だったからだ。


「うぎゃあっ!!」

「うん?」

「くっさぁああああああ!!!」

「ほい?」


そして意味不明以上に激しい悪臭に、鼻を摘んでスルトは叫び散らすのであった。



そしてヤムロは、その日初めて身体を洗った。森の中に風呂はなかったから、スルトが先ほど見つけたという泉をその代わりにしたのだ。


「ったく…何て臭さだ……鼻がもげるっての……はぁ……」


真っ裸のヤムロがるんるんと泉に浸かる間、スルトはブツブツと文句を言い続けていた。どんなに小さな聞き取りづらい声でスルトがつぶやいていても、ヤムロにはそれが全部聞こえていた。まあ聞こえたからといって、ヤムロにとっては「ふうん」という感じだった。


「綺麗になっただ?」

「……まあさっきよりはな」


スルトはえんじ色の髪をしていた。そのうねった髪型も身体付きも、リルイットとまるで同じものだった。違うのは顔だ。顔が異様に不細工だ。とはいえ、ヤムロはそんなことには興味はない。その辺は魔族と思考がよく似ていた。


「……」

「どうしただ?」

「別に……」


スルトはヤムロの顔をじっと見ていた。先程までボサボサの髪に隠れて見えなかったが、今は濡れた髪をかきあげていたのでよく見えた。細く鋭い瞳に映える瞳孔もまた細長く、まるで猫のようだ。


「んでお前、名前は何だべ」

「……スルト」

「ふうん。変な名前だべな」

「……」


ヤムロがさっき着ていた服に着替えようとすると、スルトは新しい衣服をヤムロに差し出した。


「何だべ」

「それは臭えからもう捨てろ。俺のを貸してやるから」

「ほう。ならありがたく」


ヤムロはにんまりと笑って、スルトのくれた服に腕を通した。お世辞にもいい服とはいえない、安物の服であった。しかしヤムロにとってはそんなことはどうでもいい。自分の身なりにも、スルトの好意にも、いい意味でも悪い意味でも興味がないのだ。


「お前の名前は何なんだよ…」

「うん? おいら?」


ヤムロは自分の顔をわざとらしく指差して、スルトに尋ねた。


「他に誰がいんだよ……」

「おいらの名前か〜…そうだなぁ……」

「……」


ヤムロは明らかに今から考えるといった様子で頭を悩ませた。数秒考えると思いついたように答えた。


「ヤムロ! ヤムロだべ」

「ヤムロ…?」

「そうだべ。おいらはヤムロだ」

「ふうん……」


スルトはさして気にはしなかったけれど、ヤムロはその時に自分の名前を決めたのである。















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