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光る穴底

「ちょっ…待ってください!」


リルイットは必死でヤムロを追いかけた。ヤムロは走っているわけでもないのに異様に足が速いのだ。夜の山は真っ暗闇で、今にも見失いそうである。


「何だべ、だらしない」

「どこまで行くんですか…!」

「いいから黙ってついてくるだよ」


木々の間を縫うように、坂道をのぼり続けていく。気温は涼しく快適だが、リルイットは汗だくだった。


(何なんだよもう!)


ヤムロを追うこと数十分、ようやくヤムロは足を止めた。リルイットはそれを見て安堵した。


(や、やっと着いた……)


「さてスルト」

「リルイットです……」

「まあどっちでもいいべ」

「……」

「そういやお前、レーヴァテインはどうしただ」

「はい?」


(何だそりゃ)


「レーヴァテインだべよ。肌見離さず持っていたべさ」

「……何ですかそれ」


ヤムロは不満気な表情だ。わかりやすく口をへの字に曲げている。


「ヤムロさん、俺は本当に、あなたの知っているスルトじゃないんですよ」

「そんなわけないべ。さっき話をしたべな。久しぶりだなと」

「だからそれは、俺じゃなくて…。う〜ん、何て言ったらいいか」

「わけのわからないやつだべな」


(こっちのセリフなんだよなあ……)


いや、俺の説明が悪いんだ。丁寧にいちから話そう。わからないものはわからないんだ。少なくともヤムロさんは何かを知ってる。それを教えてもらえばいいのだ。


「聞いてくださいヤムロさん、俺は…」

「わざとやってるだか? 全くたちが悪いべ」

「いや、だから…」


リルイットに弁明の余地はなかった。変わり者だとは聞いていたけれど、話を聞かない人だとも教えておいてほしかった。


「まあいいべ。そこから3歩、前に来るだ」

「?」


暗がりの道なき地面の上を、リルイットは言われた通りに移動する。


「んだ、そこから5歩、左だ」

「はあ……」


再び言われた通りに左に進んだ。しかし最後の5歩目、それが地面に触れた瞬間、足が思いっきり沈んだのだ。


「え……?」


回避不可能だった。リルイットが油断していたというのもあるし、瞬発力に欠けているというのもあるし、つまりポンコツ下っ端騎士だからということは大いにある。


リルイットはその落とし穴にまんまと落ちていった。


(ぎゃああああああ!)


一体どのくらいの深さなのだろう。未だに底に着かない。そして底に着いた時、間違いなく衝突の衝撃で死ぬだろうとリルイットは思った。


1日に2回も死を覚悟するなんて、全く何て恐ろしい日なのだろうとも思った。落ちる瞬間、ヤムロがこちらを見て笑っているのが目に映った。変わり者どころじゃあない。彼は愉快犯か何かなんだろうか。というか、まだ落ちているのだけれど。


落下スピードはどんどん速くなっていく。もしかしたらこの山の最下部まで掘られてでもいるのだろうか。その穴は人が1人入るのにちょうどいいくらいの大きさで、正直周囲は暗すぎて何も見えやしない。


(いや、こんなところで死にたくねえ!!)


リルイットは歯を食いしばり、背中に意識を集中させた。


(炎出ろぉおおお!!!)


声を出す余裕はない。心で叫ぶのが精一杯だ。


炎はもちろん現れない。炎の創造はもう出来ないのだ。とはいえ今回は意識がとぶこともなく、真っ逆さまに落ちていく。


(終わるぅうううう!!!!)


そしてついに衝突を感じた。身体に何かが触れた気がしたからだ。しかしそれは非常に柔らかく、痛みは皆無である。


(何だ?!)


それはふわふわとした何かだ。リルイットの身体はその中に沈み込んだ。綿のように優しく、しかしこの前戦ったインヴァルのように弾力がある。


ボヨンっ


リルイットの身体はそれの力で跳ね上がった。トランポリンのように何度かその何かの上で跳ねた後、リルイットは仰向けのまま静止した。


(助かった………)


激しく鳴る心臓と呼吸がやっと落ち着いてきたところで、リルイットはゆっくりと起き上がった。すると、自分の寝転がっていたその何かが、突然光りだしたのだ。


「な、何だ?!」


その光は青と緑の中間色のような美しい色だった。そしてその光の形から、トランポリンの正体が判明した。


「キノコ……」


大きな大きな光るキノコだった。直径数メートルの椎茸に似た形のキノコだ。もちろん光るキノコを見たのは初めてだし、そんなキノコの存在を聞いたこともない。


リルイットを乗せたキノコが光ると、それにつられて周りに生えていたキノコも光り始めた。落とし穴の底一体、このキノコで埋め尽くされていたようだ。あっという間に青緑色の光が一面に広がったのだ。


(綺麗だなぁ……)


自分の置かれた状況も忘れ、そんな風に思った。だって光はまるで、宝石のように美しかったのだ。


(ラスコが見たらなんて言うだろう…)


きっと目を輝かせて感嘆の声を漏らすだろう。俺はそれを横目で見て、微笑まずにはいられないだろう。


彼女の笑顔を思い出しながら、その幻想的な景色に浸っていると、遥か頭上の穴の入り口から、雰囲気ぶち壊しの訛った声が聞こえた。


「リルイット、下までついただか〜」


リルイットはハっとして上を見上げた。しかし頭上は真っ暗で何も見えやしない。キノコは数え切れないほどあり、それらは密集していてもはや床のように広がっている。周りの壁には僅かな隙間も見当たらない。ここは完全に深い深い穴の中だ。


「ヤムロさん?! ここはどこなんですか!」

「どこって落とし穴の中だべさ〜」


(やっぱり落とし穴だったのか…)


いや、そんなことより!


「ここから出してくださいよ!!」

「それはできねえだ」

「はいぃ?」


出口は遥か頭上で、確かに声は上からは聞こえるのだけれど、思った以上にはっきりと聞こえるのが何となく不審であった。


「朝まで死なずにそこで待つべよ。そしたら面倒見てやるべ」

「し、死なずにって?!」


その時だ。奥の方から、何かの気配を感じたのは。


「は?!」


見れば中でも一段と大きな光るキノコの傘がぷっくら膨らんだかと思うと、みるみるうちに人間の姿に変化したのだ。遠くて顔は見えないが、自分と似た体型で男だと察した。そいつは腰にさしてある剣らしきものを抜いて、こちらにその先を向けてくる。


「何なになにっ!!」


リルイットはたじろぎながら後ずさりした。明らかにそいつは自分を狙って、殺気立っているのだ。しかしこの穴底に逃げ場はない。


キノコの変化したその男は、こちらに向かって駆け出した。そのまま高くジャンプして、リルイットに斬りかかる。


「ちょおちょお!! 待てっての!!」


リルイットはおぼつかない身のこなしで、かろうじてそれを避けた。しかし足が絡まり、そのまま転んでしまった。床はふわふわのキノコなので痛みはない。とはいえ先ほどの男は、息つく間もなくリルイットを襲いにくる。


「ひいっ!」


リルイットは立ち上がる間もない。そのままごろんと横に転がって、男の剣を避けた。


(あ、朝までって…嘘だろ?!)


仰向けたリルイットは、やっとのことで男の姿を目にする。


「えっ……」


えんじ色のうねった髪型と、イグに造ってもらった鎧をまとった彼の体型は、自分のそれと全く同じだった。しかし、顔だけは異なっていた。それは見覚えのある顔に大変よく似ていた。


「あ、兄貴……」


リルイットは呆然とした。一瞬時が止まったようにも思えた。シピア帝国は魔族に襲われ、兄であるフェンモルドも当然死んだはずだ。


男は再び剣を振るう。リルイットは何とか立ち上がってよろけながらも剣を避けた。気づけば壁際に追い込まれていた。


(いや、別人だ……)


確かに似ているが、違う。フェンモルドよりも少し目が垂れているし、唇はぷっくらとしているし、肌は何だか荒れている。つまり、不細工だとよく自分をけなしていたフェンモルドよりも、もっともっと不細工なのである。


その顔を見て、リルイットは察する。そしてその答えをまた、男は口にするのだ。


「俺は君自身だよ、リル」


男の瞳にはまるで生気が感じられない。その声も自分とは異なり、人間のものではなく、まるで機械か何かのようだった。


「早く、剣を抜きなよ」


リルイットは息をごくりと飲み込んだ。そして腰の長剣を抜き、男に向かって構えた。


「それじゃあ、始めるよ」


男はそう言うと、再びリルイットに襲いかかった。







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