表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/168

気疎さの理由

「何なんだよ……」


目の前の戦闘後の光景を目にしてイグは呟いた。数時間前の話だ。


フロディス山脈に到着して、ヤムロからの洗礼を受けるまでは、大方イグの予想通りだった。ヤムロの性格からいって、弟子の俺が帰ってくるとわかったら、まずは俺に戦闘をけしかけてくる。ついでに俺が連れてきたリルイットにも、遊び半分で攻撃をしてくるはずだと。


遊びだから、ヤムロも俺やリルイットのことを殺したりはしない。とはいえ、リルイットがケガでもさせられようものなら、雷野郎にお仕置きがくると思った俺は、必死でリルイットを守ろうとした。


それまでは予想通りだ。問題はその先。まずはヤムロが、リルイットに本気で攻撃してきたこと。


普通に考えたら、リルイットは死んでいた。俺も全く避けられやしなくって、あの一瞬は血の気がひいた。それなのにリルイットは生きていた。どうやって防いだのかは不明だが、生きていた。そしてリルイットは…


俺の知っている、リルイットじゃなくなっていた。


あの時の冷たいリルイットの視線が、恐怖を飛び越えた形容し難い敬愛が俺を襲った感覚が、今でも頭から離れない。一体あの気持ちは何だったのかと、雷野郎のせいなんだろうと問うたけど、雷野郎も何も答えやしない。


そしてその後、2人は戦い、リルイットがヤムロを刺した時点でそれは終わった。


ヤムロが刺されても、俺は動じなかった。あのくらいでヤムロが死なないことはわかっていたからだ。とはいえ力尽きたのか、ヤムロは倒れた。そしてその後すぐに、リルイットも気を失って倒れた。そうしたら魔族みたいに変身していたリルイットの姿も、元に戻った。


それが今、この光景というわけだ。


俺は仕方なく2人を介抱した。といっても、コテージのベッドに寝かせてやっただけだ。目立つ傷もないし、ただ遊び疲れて寝ただけって感じだ。ヤムロの悪臭は相変わらずで鼻がもげそうだった。何となくムカついたから、リルイットの隣に寝かせてやった。ドアも窓も締め切って、この悪臭でうなされろって思ったからだ。


そうして俺は外に出て、自分専用のリクライニングチェアを出してそこに寝転がると、雷野郎に話しかけた。


「おい、雷」

【…何でしょうか】

「何でしょうかじゃねえよ。何だよさっきのは」

【さあ……】

「さあって!」


傍から見れば独り言を呟きながら怒っている変な男に見えるだろう。だけどここには誰もいない。だから別にいい。


「ざけんなよ。リルイットの中の『炎』は死んだって言ったろ?」

【ええ。そうです】

「じゃあ何なんだよ、さっきの変身はよ」

【さあ……】

「ちっ!」


イグは舌打ちをした。いつもは尋ねなくたってベラベラ喋り出すくせに、今回に限ってはこの態度だ。嫌になる。


【申し訳ありませんが、私は変貌の理由を存じあげません。私にわかることは、あれは『炎』の力によるものではないということです。リルイット様の中に棲んでいた『炎』は、あの日確かに消えたのです】

「そうかよ……」


(じゃあ何の仕業だってんだ!)


イグは普段から悪い目つきを更に悪くさせて、果てしなく続く山の景色に目をやった。この山に来たのは10年以上も前だが、大きく変わってはいないようだ。辛かった修行の日々が思い出されるが、心地よい懐かしさも感じる。変わり者のヤムロと過ごした時間は、イグにとっては気分の悪いものなんかじゃなかった。ゴルドに縛られ病んでいた自分の心の痛みを、ヤムロが多少は和らげてくれたと思っている。だからこそリルイットを彼の元に連れてくることに躊躇いもなかった。


とはいえ今のイグは、そんなことをしみじみ思い出す余裕すらなく、自分も『雷』も知らないリルイットがいたことと、ヤムロがリルイットをスルトと呼んだことに、大きく動揺していた。マキやシルバはともかく、他人に関心なんてなかったはずの自分が、この前出会ったばかりのこの男を特別に感じていることも忌々しく不愉快な気分だ。


例え自分とリルイットが前世で大変仲が良かったと言われたからって、いや、オーディンが勝手にスルトを慕っていただけに違いないが、だからといって会ったばかりの彼をどうしてこんなに気にしてしまうのだろうか。


【それに、何者なのですか? あの異様に不潔な男は】

「ヤムロのことかよ」

【人間ではありませんね】

「ああ、そうだな」

【魔族でもないですね】

「ああ」

【では何者なのですか?】

「知らねえよ」


ヤムロが俺に、自身のことなんて語ってくれるはずがなかった。ヤムロが只者ではないことはわかっていた。だってあいつ、何をやっても死なねえんだ。


「昔、修行するのが嫌になって、何度も逃げ出そうと思ったが、出来なかった」

【へえ……】

「最後の手段に俺は、ヤムロの飯に毒をもったことがある」

【まあ!】

「だけどヤムロは死ななかった。あり得ねえ。薄々思っていたけど、そのことではっきりした。あいつ、人間じゃねえ」

【なるほど】


人間じゃない。ならもう1つの可能性は、ヤムロが魔族ではないかということだった。人型の魔族は何種もいる。能力で変身している可能性もある。見た目ではわからない。


「だから俺は、ヤムロは魔族じゃないかと疑った」

【魔族ではありませんよ】

「……何でお前が即答できんだよ」

【だって、匂いがしませんから】

「……」

【血の匂いです。魔族特有の】


魔族ってやつは互いに、匂いで相手が魔族かどうかがわかるらしい。匂いといっても、嗅覚が発達してるからとか、そういうことではなく。


感じるのだという。彼らにしかわからない、何かの匂いを。


その匂いの存在をどうやって俺が知ったのかは忘れたが、魔族にとっては生まれた時から心得ている当然の知識なのだ。


だから俺は、山に棲む魔族を呪術で服従して、ヤムロが魔族かどうかを調べさせた。


結果はNO。血の匂いはまるでなし。ヤムロが魔族であるという説はなくなったわけだ。


そして今わかったこと、『雷』はどうやら、その匂いを察知できるらしい。理屈は不明である。それに、『雷』か宿った今でも、俺自身はその匂いがわからない。


「とにかく、ヤムロは魔族じゃない。普通の人間でもない」

【何かの治癒能力を持った術師…という風にも見えませんでしたが】

「そうだな。まあとにかく、どっちか起きたら問いただしてやる」


イグはそのように決めたところで、1人納得すると、思考をやめた。リクライニングチェアから起きて立ち上がると、山の中へと足をすすめる。


【どこへ行くんです?】

「山菜採り」

【…そんなことして、リルイット様に何かあったら…】

「ねえよ!!」


(俺の師匠のヤムロとやり合うんだぞ!)


ったく、何のためにここに連れてきたんだっての!


「……コテージには防御作用もついてるし、守護結界もはっとくし、俺もそんなに遠くまで行くわけじゃないし、ヤムロも一緒だし」


……寝てるけど。


【まあ、何か異変を感じたら、あなたの身体を乗っ取ってでも私が助けに向かいますので!】


イグは眉間にしわを寄せた。


(じゃあ最初からそうしてくれ!)


ていうかこいつ、俺の考えてることわかるんだろ。わざわざ説明する必要ある?


無駄だよ無駄。無駄ばっかり! ここに来たのも、全部全部!



そしてイグは山菜を集めると、特製スープを煮込み始めた。ここの山菜は思った以上に美味い。常に旬の味がするというか、深みがあってクセになる。なんでかしら、何度食べても飽きないんだなこれが。


それから夜になるまで、時間を潰した。辺りが暗くなり、月が空に登った。満月だ。


先に目を覚ましたのはヤムロだった。コテージから何食わぬ顔ででてきては、うーんと腕を広げてをして身体を伸ばした。


「あ〜〜いい匂いだべな〜」


イグは呑気な師匠を睨みつけた。匂いがわかるなんて嘘だろ。だったら自身の悪臭が気にならないはずがない。そんなことを思うと、睨まずにはいられないというものだ。


「シルバが帰ってきたら、そのスープをオーダーしようと決めてただよ」

「そうだと思って作っといたんだよ」

「にひひ! 気が利くなあ〜さすがおいらの愛弟子シルバだべさ〜」


そう言いながら、ヤムロはスープをかき混ぜるイグに近寄っていく。


「おいヤムロ、俺は改名したんだよ。シルバじゃなくて、イグに」

「うん? シルバ、何言ってるだ」

「だから、その名前で……ぅうっっ!!」


イグは悪臭に鼻を抑えた。すかさずヤムロから距離をとった。


(駄目だだめだ! 臭いが気になって話を聞くどころじゃない!!)


「どうしただ?」

「臭えんだよ! 近寄るな!!」

「う〜〜ん??」


イグは鼻をつまみながら、もう片方の手でヤムロを寄せ付けないよう振る舞った。ヤムロはそのことに対してニヤニヤしているだけで、イグにあしらわれることに関して特に何とも思っていないようだ。


「風呂に入れ! 風呂に! 今から準備するから! それまでコテージから出てくんな!」

「何だべ、せっかくの再会だってのに〜。まあいいべ、風呂の後、飯食いながら、ゆっくり話を聞かせてもらうとするだ」


ヤムロは言われるがままにコテージに戻っていった。


(聞かせてもらうのはこっちだっての!)


イグは即座に造った消臭スプレーを空中に撒き散らし、シャワールームを建てると、風呂を沸かし始めた。



…その後だ。リルイットがとんでもないことを言い出したのは。


『俺の記憶を見て』


記憶を読んでくれなんて、頼まれたのは初めてだった。


当たり前だ。他の誰かに見られたいわけがない。


生まれてから今までの全部だぞ?

俺が見るのは、お前が見た景色や映像だけじゃねえんだ。その時抱いた感情も思考も、お前の記憶に残った全てを、これまでの人生の大方を、俺に知られるんだぞ?


『お願い、イグ』


イグは目を丸くして、リルイットの顔を覗き込んだ。


記憶を見るのは簡単だ。手を触れて力を行使するだけ。


「……正気かお前」

「もちろん」


普段おちゃらけているリルイットだが、さすがにふざけているわけではなさそうだ。


【見て差し上げましょう! イグ! リルイット様の全てを知ることで、私達はよりリルイット様を理解し、守ることができるのです!】


雷野郎の悪魔の囁きみたいな台詞が頭に響いた。いやいや、ただ知りたいだけだろ。顔は見えないけどわかるんだよ。こいつ今、目がキラッキラしてるだろ!


そんな興味本位で見ていいもんじゃないんだ。他人の記憶なんてものは。なんて言ってもわかんねえかもしんねえが。


「何で記憶を見てほしいなんて思うんだ。普通は嫌だろ」

「…知りたいんだ。自分が一体、何者なのか」

「……」


リルイットはイグと目を合わせると、これまで自分の身に起こった異変的な出来事を話し始めた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ