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フロディス山脈を目指して

「本当にブスコに何も言わねえでいいのか」

「言うって何を」

「何をって……まあいいけどさ」


リルイットとイグの2人は、馬車の中にいた。2人はエーデルナイツを抜けた。完全に辞めたというわけではなかった。いつか必ず帰ってくると決めていた。その事はラッツにしか伝えていない。


「前みたいに、ラスコと話せないんだ。情けないけど、今の俺には何もない。だから…」


だから、強くなりたいと、生まれて初めてリルイットは思った。


「わーったよ。だけど覚悟しといた方がいいぜ。ヤムロはまともじゃねえからよ」

「何度も聞いたよ。覚悟はできてるって」


2人は馬車を走らせ、ある場所へ向かっていた。そこはエーデル国より遥か西にある、フロディス山脈と呼ばれる山脈地帯である。そこには昔イグが戦闘稽古をつけてもらっていたヤムロという師匠が住んでいる。どうして山に住んでいるのかとリルイットが尋ねると、変わり者だからとイグは答えていた。


「悪いな、付き合せちゃって」


イグはリルイットのそばを離れられない。そのように、彼の中にいる『雷』と約束をした。


「別に」


イグは頭の後ろに手をやって、足を組んでは怠そうな顔をしていた。リルイットはそんな彼を見ては申し訳ないと思う反面、何となく嬉しそうな表情を浮かべていた。


(強くなるんだ……)


そうじゃなきゃ…彼女を守れない。


ラスコの笑った顔が頭によぎる。彼女には何も言わずに国を出てしまった。いつ戻れるかもわからないのに。


「何でブスコが好きなんだ? あんなにブスなのに」

「だから、ラスコはブスじゃねえから」

「やっぱあれか? 前世でも好きだったから?」


イグはスルトとユッグの存在を知っている。彼の中の『雷』はその昔オーディンという名の魔族に宿っていて、スルトたちと同じ時代を生きていた。


「俺は何も覚えてないから。前世の記憶なんて、あるわけない」

「ま、それは俺もないけど」

「正直こんな気持ちも生まれて初めてで、よくわからない。だけど俺は今、どうしても強くなりたいんだ」


彼女を守りたい、ただその気持ちだけが、リルイットの心を支配している。


「ヤムロの修行についてきゃ強くなる。俺を見りゃわかんだろ」


イグは自慢げにそう言った。


「お前は多術師で、修行する前からチートだらけじゃねえかよ」

「はあ?! 俺は術になんて頼んなくても強えんだよ!」

「ふうん」

「ふうんじゃねえよ! ったく……心配すんなよ。超絶へっぴり腰のお前だって、ヤムロは必ず強くする」

「おい! 酷い言い草だな! まあでも……」


リルイットはふふっと笑って言った。


「イグ、ありがとう」


イグは一瞬照れたような顔をしたが、すぐに顔を背けた。


「ま、稽古についていけたらだけどな」

「わかってるって!」


イグはその後もしばらく窓の外を眺め、リルイットから目をそらしていた。


(何か調子が狂うんだよな……)


イグは思う。

それは不思議な……なんとも不思議な、心地なのだ。


リルイットとはまだ出会ったばかり、ちょっとばかしグロンディアバレットに遠征に行っただけだ。


話だってそんなにたくさんしたわけじゃないし、別に話したいとも思わないし……それなのに……


どうして彼の傍は、居心地がいいんだろう……。


『スルト様!』


オーディンが昔、スルトの傍に付いていた記憶は何度も見た。


不細工面のスルトに、イケメンのこいつは似ても似つかない。


だけど何だか……何かが……


(似ている………)


「何? 何かついてる?」

「えっ…?」


無意識のうちにリルイットの顔をガン見していたイグは、ハっとしてそっぽを向いた。


「療術で治んなかったのかよ、その火傷」

「あ〜駄目だった! メリアンも頑張ってくれたんだけどなぁ〜…」

「ふうん…」


まあいいや。そうだよ。

前世のことも、『雷』の気持ちも、俺にはどうでもいいことだ。


別にしたいことはない。

マキのそばに、俺は要らない。


正直人間と魔族の戦争ってやつも、あんまり興味はない。


(ただ……)


リルイット・メリク。

彼には少し……興味があるんだ……。


イリルイットのはえんじ色の髪を再び軽く見つめると、ふぅとため息をついた。




その頃、ラスコはメリアンの療養室にやってきたところだった。部屋に入るなり、ラスコは中を見渡した。


「ラスコさん?」

「……ここにもいない」


ラスコはしょんぼりと呟くと、メリアンは首を傾げた。


「どうしたんですか?」

「リルがどこにもいなくて…」

「え……?」


(部屋にも食堂にもいない……。こうなったら植術で…)


「リルならもうこの国にはいないんだわよ」


ラスコとメリアンが療養室の外を見ると、ラッツが立っていた。


「索敵は不要なんだわラスコ。リルはイグと一緒に、自分から出ていったんだわよ」

「っ……?! 依頼ですか?」


ラッツは首を横に振った。


「2人はエーデルナイツを脱退したんだわ」


ラッツの言葉に、ラスコは目を丸くした。


「わ、私、何も聞いてませんが…? リルは一体何処に…?」

「さあ。でも()()にってわけじゃない。2人は必ずいつか戻ると、そう言っていたんだわ。いつになるのかは、わからないけど…」

「そんな……」

「ラスコさん……」


ラスコは明らかにショックを受けた様子だった。メリアンも心配そうに彼女を見ていた。


「そうだわブスコちゃん。あんたもうそろそろ休養はいいんだわ? 第二本部の建設を進めたいの。あんたの植術の力も借りたいんだわよ」

「…わ、わかりました」


ラッツは戸惑うラスコを連れ、療養室を出ていった。


(リル……どこに行っちゃったんだろう…)


メリアンもまた、リルイットの突然の脱退に困惑しながら、去り行くラッツたちを眺めた。




そして、精霊界では、ウルドガーデが今日も精霊たちと心を通わすべく、広大なその世界を旅しているところだった。


「あれ? ここは空き家ですか?」


精霊界の国リルフランスの、名もない田舎町。古木で出来た簡素で古風な家が立ち並んでいる。そこにもまた、様々な精霊が自由に暮らしているのであった。


「本当だ。誰もいないねぇ〜!」


陽気な時の精霊クロノスは、そんなウルドガーデに付き添って共に旅をしている。


2人は田舎町の空き家を見つけ、その中を見渡した。


「鍛冶場……?」


家の中には、たくさんの鉄くずや、随分使われていないホコリにまみれた大竈や作業台、鍛冶作業に使用する道具が置かれている。


「へっくしゅ! ほ〜こりっぽいねこりゃ!」


クロノスは可愛いくしゃみをして、指で鼻を擦った。


「精霊もくしゃみをするんですね」

「するよ! するする! だって僕、擬人化中だから! 人間がすることな〜んでもするよ! 欠伸もするし、涙もでるよ! まあ別にしなくてもいいんだけど。ご飯を食べなくたって生きていけるいいようにね」

「はぁ……」


数カ月の旅を経て、クロノスとは随分親しくなったウルドガーデだったが、精霊については未知のことだらけであった。何となくわかるのは、精霊は人間が大好きで、姿を似せたり言葉を話したり、とにかく人間の真似をするのが好きだということだ。


だけれど、彼らはあくまで精霊。人間の真似をするのは、ただの彼らの趣味だ。


「ここには精霊はいませんよ」


見知らぬ声が聞こえて、ウルドガーデは玄関先を振り返った。


「やぁ。久しぶりだねぇ、鋼の精霊君!」


クロノスは振り返りもせず、声の主に話しかけた。


「どうもクロノスさん」


鋼の精霊と呼ばれたその精霊は、クロノスに向かって頭を下げた。鋼の精霊は成人男性の姿をしていたが、肌も服も全身銀色に染まっており、まるで彫刻像のようだった。


「そうか〜。ここは鍛冶の精霊君の家だね」

「そうですがしかし、随分前に鍛冶の精霊は、精霊界を追放されたのです」

「つ、追放ですか?!」


ウルドガーデは驚いたような声を出した。精霊界から精霊が追放されるなんて話、聞いたことがなかったからだ。


「へぇ〜。そうなんだ。まあでも、大丈夫だよウルちゃん。精霊はたっくさんいるからさ! 1人くらいいなくたってなんてことない。それより鋼の精霊君と仲良くなろっか!」


クロノスはいなくなった精霊のことには、さほど興味がないようだ。クロノスが横目で鋼の精霊を見ると、鋼の精霊は再び頭を下げた。


「もちろんです。話は聞いてますよ。ウルドガーデさん」

「ありがとうございます…!」


鋼の精霊は手を差し出し、ウルドガーデはその手を握り返した。心を通わせるにはこれだけでいい。


「ふふふ! 1203人目だねぇ! ウルちゃん!」


ウルドガーデは鋼の精霊にペコリと頭を下げると、再びクロノスと旅を続けるのであった。





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