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今際の礼

「あれ」


リルイットが剣を振り下ろした瞬間、ウルドガーデの姿が消えてしまった。


「どこ行きやがった…」


辺りをキョロキョロと見回すが、ウルドガーデの姿はない。


「まあいいや」


リルイットはさっさと諦めて、西に向かって飛び立った。




シェムハザとフェンモルドは、空を飛んで逃げ、だいぶ離れたところまでやってきた。


「こ、ここまで来たら…うぅっ」

「シェム! 1回降りよう!!」

「ごめん…フェン…」


お腹が張ってきたようでシェムハザは腹痛を訴えた。

そこは来たこともない、世界のどこかの湿原地帯だった。


「ハァ…ハァ…ハァ…」

「シェム……大丈夫か……?」

「大丈夫……ハァ……少し張ってるだけ……休んでいれば治るさ……」


お腹の子とフェンの重さを抱えて、だいぶ長く飛んだ…。それで疲労が溜まっただけさ…。


「ぐっ……」


憎悪は相変わらず私を取り込もうとしているが、無駄だ…。

私の心の中の愛情が、抵抗してくれている。そんな憎悪、寄せ付けやしないよ…。


「シェム……お前そんな……灰色の羽だったか……?」

「はは……真っ白だったからね…だいぶ汚れたさ…」

「無事でよかったよ…一体どこに連れて行かれてたんだよ…」

「ふふ……心配かけてごめんよフェン……ハァ…ハァ…」


シェムハザはその苦しさに、答えることもなかなか出来なかった。


何とか生き延びられた…。

絶対に死ぬもんか…。この子を産むんだ…絶対……。


しかし、シェムはおぞましい憎悪を背後に感じると、顔を引きつらせた。


「要塞にいないと思ったら、こんなとこで何してる、シェム」


シェムハザが振り返ると、そこには魔王の姿があった。

シェムハザは顔を青ざめた。


(駄目だ…、逃げられない……魔王様からは……)


「魔王様……私はこの子を……産みたいんです……」

「まだそんなことを言っているのか。愛に溺れるなシェム。自分を取り戻せ。お前は魔族だ。私の血を継ぐ子供だよ。自分の子供が欲しいなら、1人でつくれ」

「い、嫌です……私は…フェンとの子供を産みたいんだ…!」


フェンモルドはシェムハザを見つめた。

そして対峙する恐ろしい魔族の長、魔王の姿を垣間見る。


(こいつが……リルの言っていた魔王なのか……?!)


「バカバカしい。この男(こいつ)がいるから駄目なんだ」

「?!」


魔王はその身体から闇の手を生みだすと、物凄い勢いでフェンモルドの体内に手を入れると、彼の心臓を掴みかかった。


「や! やめてぇ! やめて魔王様ァぁぁあ!!!」

「教えてやろう。愛とは無駄だと、その意味も」

「やめて! やめてやめてやめて!! やめてぇええええ!!!」


フェンモルドはその憎悪に目を見開いた。


(そうか……シェム……だからこれまで……わからなかったのか…)


その憎悪は、愛が嫌いだと叫んでいるかのようだ。

フェンモルドの心に、強く訴えかけている。


だけどその遠くに垣間見えるのは、魔王がシェムを想う心だ。


そうか…魔王がシェムを、産んだからか…。


「やめてくださいぃぃいい!! 魔王様ァァァァ!!!!」


シェムハザは顔をクシャクシャにして涙を流しながら、魔王に懇願した。


「魔王様…だっけ……」

「どうした人間、最後に言いたいことがあるか」


フェンモルドは死を悟ったような、しかし安らかな表情を浮かべると、言った。


「シェムを…産んでくれてありがとう……」

「!!!」


グシャ


っとフェンモルドの心臓が潰された。


「っっ!!!」


シェムハザは絶望した表情で、倒れ込むフェンモルドを見ていた。


「ああ……フェン……フェンが……フェンが……」


シェムハザは狂ったように、その死体に駆け寄ると、滴る彼の血に手を浸けた。


「苦しいだろう、シェム。愛なんて知ろうとするから、そんな気持ちになるんだよ。馬鹿だねぇ。これに懲りて、もう人間に関わるのはやめなさい。いいね」

「………」


何も答えられないシェムハザに魔王は近づくと、その顎を掴んで顔をあげさせ、シェムハザの目を見た。

魔王の瞳は真っ暗だった。


「いいね?」

「はい……魔王様………」


シェムハザはこれまでに感じたことのない絶望でいっぱいになった。堕天使となった彼女にたぎる魔王の血は、彼女の心を憎悪で纏う。


「その子供はどうすればいいか言ってごらん。シェム」

「堕ろします。いりません。人間との子供はいりません」


シェムハザは壊れた人形のようにそう呟いた。


「よろしい。それではこれで腹を刺しなさい。君はその治癒を持って死ぬことはなかろうが、赤子は命を落とすだろう」


そう言って、魔王はシェムハザの前に短剣を捨てた。


「おや」


魔王はロキが何者かに殺されたことを察した。


「……じゃあ私はもう行くよ。元気でね、シェム」

「はい。さようなら。魔王様。私に憎悪をありがとう、魔王様…」


魔王は颯爽と空の彼方へと消えていった。


シェムハザは1人呆然と、その見知らぬ湿原地帯に立ち尽くした。




「ぅぅ……」


ウルドガーデがハっと目を覚ますと、見知らぬ世界にやってきていた。


美しい花々、広がる草原、澄み切った青空、心地よいそよ風と、清々しい空気。ふと遠くを見ると、草原を駆け回る可愛い子供が2人。そうだ、ここは、まるで天国のよう。


「わ、私、死んだんですか?!?!」


(そうだ…私、リルさんに斬られそうになって……えっと……)


あれ、斬られましたっけ……。


「死んでないよぉ、ウルちゃあん!」


その声にハっとして、ウルドガーデは後ろを振り返った。


「あ、あなたは……?!」


そこにいたのは確かに精霊だった。

ウルドガーデは、ひと目見れば人間と精霊の違いがわかるのだ。


大きな黒いシルクハットをかぶって、男か女かもわからないような可愛らしく子供っぽい顔立ちだ。背はウルドガーデよりも低く、その薄い金髪の髪は肩のあたりまで伸びている。


「僕はクロノス! 時の精霊だよ!」

「と、時の精霊さん?!」


クロノスはにっこりと笑った。


ウルドガーデは精術師。四大精霊を始めとした多くの精霊の力を借りることができるが、それは精霊界に住む精霊の中のごくごく一部だ。時の精霊は中でも強大な力を持つ精霊と言われ、歴代の精術師たちでさえ、その姿を見た者はいないと言われている。


「あはは! びっくり? びっくりでしょお!! ねぇ、ウルちゃん」

「えっと…どうして私なんかの前に…いえ、それよりもここは……」

「ここは精霊界だよ! ウルちゃん!」

「せ、精霊界?!?!」


ウルドガーデはびっくりして、ひっくり返ったような声を出した。

それを見てクロノスはケラケラと笑っている。


「あはは! そりゃびっくり! びっくりだよねぇ〜! 精術師と言えど、精霊界までやってくる人間は早々いない。っていうか、初めてかもぉぉ??」

「……」


ウルドガーデはあまりの驚きに、もはや言葉も失った。


「ああそうそう。どうしてウルちゃんがここにやって来たのかって話だよねぇ」

「は、はい……」

「それはねぇ、神様にお願いされたからなのさ〜」

「か、神様……」


神様、それは何よりも尊い存在、しかしその存在は正直嘘か本当かというおとぎ話、あるいは神話の中の、登場人物にすぎない。

精霊も一般的にはそうだが、精術師のウルドガーデは、精霊の存在はもちろん信じている。だって彼女には、精霊が目に見えるから。


とにかく神様はいるらしい。

そういえば精霊たちは、神様の絶対的信者なのだと聞いたことがある。


「まあでも、危なかったよね、ウルちゃあん。僕が連れてこなかったら殺されてたよ〜ん!」

「あ、ありがとうございます…」


(そうだ…やっぱりリルさんが私を殺そうと……)


「まあその絶妙なタイミングをわざわざ狙ってみたんだけどねぇ! びっくりした? ねぇ、びっくりしたあ?!」

「は、はい…」


ウルドガーデがそう言うと、クロノスは満足した様子だった。


「だよね! だよねぇ〜! ふふふ! あの人間もびっくりしたに違いないよ! 突然ウルちゃんが消えたからさ! あはは! あははは! あははのは!」

「……」


時の精霊クロノス。もっと偉大で堅苦しい精霊を想像していたので、ウルドガーデのイメージとはだいぶかけ離れていた。

クロノスは何が面白いのかわからないが、とにかくご機嫌に爆笑している。


「さてさて、それじゃあ向かいますか?」

「ど、どこにですか?」

「精霊の国、リルフランスさあ!!」


クロノスはウルドガーデの手をきゅっと握ると、その国とやらに向かって駆け出していった。





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