対戦・ウォータードラゴン
(やっべえ…無理だ! 無理無理!)
リルイットは剣を振り回すが、魔物には全く当たらない。魔物にカウンターされ、頬を蹴られてすっ飛ばされた。
「痛って!」
「リル!」
「おいおい! まじかよ!!」
(何だよあのへなちょこの動きは…! マキに鍛えられた後のシルバの方が、まだましじゃ…)
間髪入れずにウォータードラゴンは、再び水鉄砲を撃ち出す。
「ぐうっ!!」
イグは再びそれを耐える。
(くそ! あれを防ぐのに手一杯だ! 攻撃まで手が回らねえ…!)
イグはハっとラスコを見る。ラスコのツタは水の魔物をほとんど抑えている。取りこぼした魔物を葉の刃で倒している。ウォータードラゴンにまでは手が回らない。
リルイットも再び立ち上がって魔物に向かうが、全くもって戦力になっていない。
(何なんだよあいつ!! 雑魚になり下がりやがって…!!)
リルイットは半泣きだった。これまでの優れた自分は全て『炎』によるものだった。『炎』が消えた今、自分には何も残っていない。
「この! この!!」
リルイットは剣を振るうが、魔物1体倒せない。危険に晒されてはラスコに助けられる始末だ。
「下がれリル!! ラスコの邪魔だ!!」
「っ!!」
イグにも邪魔者扱いされ、立場をなくした彼は、やむなく研究所に引き下がった。そうする他ない。自分が足手まといになっているのは明らさまだったからだ。
本当は自分がウォータードラゴンを倒さなければいけなかった。イグが守って、ラスコが道を作ってくれていた。それなのに……。
(くそ…炎さえあれば……)
駄目だ…。『炎』はもう消えたんだ。
あれは元々俺の力じゃなかったんだ。
でも無理だ。今の俺の力で、ウォータードラゴンなんて倒せるわけない!!
どうする…。このままじゃ2人も……。
リルイットは窓の外から戦いの様子を見る。ウォータードラゴンの水鉄砲は留まることなく発射され、イグは防戦一方になる。
(イグの代わりにあの攻撃を防げたら……)
「!」
リルイットはハっとして、研究所内を駆け出した。
イグは攻撃の止んだスキを伺おうと試みるが、敵は一切攻撃の手を止めない。
(クソ野郎が……)
長期戦は不利だ…! 俺の無限(自称)エネルギーを使ってるとはいえ、この攻撃の重さじゃ守護結界が持たねえ!
ラスコもエネルギーが減ってきている。水の魔物はウォータードラゴンの波からそれこそ無限に現れてくるのだ。
(キリがありません…!)
(これはラスコももたねえか…?!)
「イグ!!」
「?!」
リルイットの声がして、イグは振り返った。
「!!!」
イグの前に現れたのは、白濁のスライムもどき、インヴァルである。
(さっきの生き残りを連れてきたのか!!)
ウォータードラゴンの攻撃をインヴァルは全身で受け止めた。インヴァルの身体は青く染まり、驚異の水鉄砲をも無効化する。
「でかしたリル!! おいインヴァル! 絶対に研究所に攻撃いれさせんなよ!」
インヴァルは瞬きを繰り返した。了解の合図のようだ。次々に放出される水鉄砲を、分裂を繰り返して全て受け止めていく。
イグは防御をインヴァルに任せ、槍を手に持ち駆け出した。
「どこから湧いてきたのか知らねえが、ぶっ殺してやるよ!!」
ウォータードラゴンは攻撃を止めない。波は更に高くなって、怒りを顕にしている。しかし渾身の水鉄砲も、インヴァルには無意味だ。
「イグさん!! 核は背中の真ん中です!」
ラスコは叫んだ。彼女も魔物たちを倒し、イグの道を開けていく。
「おらああ!!!」
イグは高速で駆け寄ると、ウォータードラゴンの後ろに回り込み、背中の高さまで飛び上がった。水でできたその身体の真ん中に、目立つように真っ赤な核があるのが見える。
(あれか!!)
イグはその黒い槍を突き刺そうと、限界まで腕を引く。そのまま思いっきり、核めがけて槍を突き刺した。
「っっ!!!」
(硬った……!! 何だ?! 水じゃねえのかよ!!)
ウォータードラゴンの身体は見た目に反して氷のように硬い。どうやら核の周りは、強靭な硬い鱗で守られているようだ。槍の先が背中に食い込み、抜くことも出来ない。
(強化結界張った俺のこの槍が、貫けねえなんて……まあいい。このまま雷を…!!)
「?!」
イグは愕然として目を見張った。電気が出せないのだ。
(何だ?! どうなって…)
炎も水も、葉っぱも出せる。イグの呪術の創造で出せないものなんてない。だけど今、電気だけが発動できない。
【イグ】
イグの脳裏に声が響く。自分の名前を呼ぶのは間違いなく自分の声である。
(気持ち悪りぃな! 誰だよ…!)
【力を貸しましょうか】
(あぁん?! 誰だっつってんだ!!)
その声の主は何となくだが、上から目線の物言いである。そして全く名乗ろうとしない。
【貸しましょうか。目の前の核、一撃で仕留められますよ】
(じゃあさっさと貸しやがれ!)
【その代わり約束してください。リルイット様のことを、この命全てを捧げて守ると】
(はぁああああ?!?!)
リルイット様だぁ?! 命を捧げて守る?
このポンコツを?!
「ウガアアアアアア!!!」
ウォータードラゴンは咆哮を上げ、背中の槍を抜こうと身体を激しく動かす。
「ぅわっっ!!」
イグは今にも吹き飛ばされそうになるのを耐えながら、必死で槍に掴まった。
【私が力を貸さないと、敵は倒せませんよ】
(うるせええ! 俺を誰だと思ってんだ!! こんな奴俺1人で…!!)
【いいんですか? このままでは研究所も崩壊しますよ】
(〜〜!!!)
研究所内にはマキがいる。マキの子供もだ。絶対にこいつを倒さなければならない。
【約束していただけますか?】
(何で俺が、あのポンコツを…!!)
【ポンコツではありません。リルイット様です!】
何なんだよこいつぅうう!!!
俺の声でリルイットを様なんてつけて呼ぶんじゃねえ!!
「ぐうっ!!」
ウォータードラゴンは激しく荒ぶる。槍が抜けないとわかると、波を翼のごとく広げ、イグを覆い隠した。
(っっ……!!!! 溺れるっっ……!!!)
あっという間に海の中にでもいるような状況に陥った。
【約束、しますか?】
(わかったよ! する! するよ! するから何とかしろ!!!)
【ふふ。最初からそう言えばいいのです。あなたはリルイット様を守るために生まれたのですから】
声の主はわけのわからないことを言っている。
だけどももう、こいつに頼るしか打開策がない!
【リルイット様。炎が尽きてしまった貴方様のこと…この私が、命に代えて、お守り致します!!】
(何を言ってんだお前はさっきから! うううっ!!!)
バチバチバチバチバチバチ!!!!
「っ!!」
イグの槍に、電流がほとばしる。槍の先から溢れんばかりのスパークが音を立て、その核めがけて刃のごとく線を引いた。
「イグ!!」
「イグさん!!」
線が核に到達すると、大爆発を起こした。
「うわっっ!!!」
「イグ!!」
イグの身体はその反動で放り出された。リルイットは飛んできた彼を、すかさずキャッチし、尻もちをついた。
ウォータードラゴンの身体は弾け飛んだ。海のように研究所の周りを広がっていた水も、核が破壊されると同時に蒸発するように消えていった。
(何だよこの力は……)
イグは解放された強大な雷の力に目を見張る。そうだ、これはシルバが持っていた、雷と同じ力だ……。
俺の声をした、誰か……こいつがシルバにも力を与えていたんだ…。
「イグ、大丈夫か…?」
リルイットは心配そうに、背中越しにイグに声をかける。
「ったく……お前が役に立たねえから」
バチバチバチバチ!!
「痛だぁっ!!!」
イグの身体を痺れるような電流が伝った。
(何だよ!!)
【リルイット様に何という物言いですか! 信じられません!】
(はぃいい?!?!?! ていうかお前は、一体誰なんだよ!!!)
イグは心の中で声を荒げる。
【早くその身体をどけなさい! 失礼極まりない!!】
「痛いっっ!!」
雷の主はバチバチっとイグの身体に再び電気を巡らせる。イグはそのままリルイットから身体を離し、前方に倒れ込むと、そのまま顔を地面に打ち付けた。
「痛ってえ……」
イグは地面に思いっきり擦った頬の痛みを感じながら、小さく呟く。
「何やってんの…?」
リルイットは顔をしかめながら、先程から変な動きをしているイグに近寄り声をかける。ラスコも「大丈夫ですか?」と声を上げながら、彼らの元に駆け寄った。
「リルイット様!!」
イグの身体が声を出した。イグは慌ててその手で口を塞ぐ。
「は?」
「違う! 俺じゃねえ!!」
イグが否定するも、再び口が勝手に動く。身体中に電気が走ったかと思うと、イグはリルイットの前にひざまづくような姿勢をとった。
(な、何させんだ…!! こいつぅ!!)
雷の主がイグの身体を操る。イグはそのままリルイットを見上げると、にっこりと微笑み、言うのだった。
「リルイット様! ご安心ください! 今日から私が貴方様のことを、この命に代えてもお守り致します!」
「は?」
「え?」
リルイットとラスコは目を点にして、イグを見下ろした。
(は? 何言ってんだ俺……)
雷の主は笑う。ついにこの時が来たかと言わんばかりに笑う。
これまで『炎』に守られ、他の誰かが守る必要などなかったリルイット。そんな彼が今、その力を失ったという。
その時は必ず自分が彼を守ると、雷の主はずっと決めていた。その時が今、ついに、やってきたのだ。
【イグ、共にリルイット様をお守りしましょうね!】
(だから、お前は誰なんだっての……)
イグはリルイットを見上げたままだ。彼に忠誠を誓うこの姿勢を、未だに崩すことができない。というか、身体が全く動かせない。完全に痺れているのだ。
【私は雷です】
(はあ……?)
【その昔、スルト様と共にラグナロクを戦った、スルト様の右腕、オーディンの中にいた、雷です!】
雷の主の顔なんて見えないけれど、間違いなくドヤ顔をしているに違いない。雷の言っていることを、イグは半分も理解できやしない。
イグの顔は、リルイットに向かって優しく微笑んでいる。その笑顔を見たリルイットは、何となくシルバを思い出した。
その日、イグはリルイットに忠誠を誓った。その日からイグは、リルイットの元を離れることが出来なくなった。




