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2つの熱力

(こんなに美味い心は初めてじゃ………!!)


シッダはケイネスの心をむしゃぶるように舐め回しながら、彼の心を読み漁った。


(ケイネス……君は………君の心は………)


何て素晴らしいんじゃ………!!



『君、そこで何をしとるんじゃ?』


ケイネスの視界に、ついにシッダが現れた。

彼の目線で自分の姿を見るのは不思議な感覚だった。


『僕って頭がおかしいんだよ…。皆僕のことを虐待者って呼ぶんだ』

『そんなことはない! お前さんは素晴らしい研究者じゃよ!!』

『えっ?!』


ケイネスの心は高ぶった。

それは彼の心が今までに味わったことのない高揚感だった。


(この人……僕と一緒だ………)


初めて同士に出会ったと、そんな風に思った。

これまで誰一人、自分を理解してくれなかった。


(この人は僕の………理解者だ…………!!)


ある日シッダが魔族だということも知った。

身体を持っていないと聞いた。

いつも身体が死ぬ恐怖に怯えているということも聞いた。


だからといって、ケイネスがシッダへの態度を変えることはなかった。


彼の知性、人生、存在、彼の持つその全てに、ケイネスは憧れ、尊敬した。


ケイネスの中で、シッダは特別に存在になった。


(僕、この人が好き…………)


「えっ……」


シッダはケイネスの心の声を聞き、大変驚いた。


ケイネスの中には、愛が芽生えていた。

しかしシッダはそんなことには、全く気が付かなかった。


シッダは魔族だ。愛など持ち得ない。誰かを好きになったことなどない。


しかし永年生きた彼は魔族のことも人間のことも誰よりもよく知っている。その愛という気持ちがどんなものであるかも、説明することだってできる。


ケイネスはそれから、愛する人を見る目で、シッダのことを見ていた。

でも何だかそれは、恋愛なんかよりも、もっともっと深い、神への崇高のようなもののように感じられた。


ケイネスは彼のために、インヴァルという永遠無死の身体を何年もかけて作っていた。


そしてついに、ケイネスはインヴァルを完成させた。



ある日、ケイネスは眠っているシッダの元にやってくると、彼の寝顔と身体をじっと見回した。


そしてそのあと、彼はシッダにキスをした。


寝ている間にそんなことをされているとは知らなかったシッダは、大変驚いた。


「シッダ………好きだよ………」


ケイネスは愛をつぶやきながら、シッダを抱きしめるように覆いかぶさったあと、シッダの心臓部分を2本の指でトントンと軽く叩き続けた。


「だから僕ね……君のこと………解剖したい………」


(っ!!!)


その声を聞いたシッダの顔は、これまでにないほど興奮していた。


(ああ……ケイネス……君もわしと同じなんじゃな……)


シッダは感動で涙が出た。


ケイネスは袖にいつも持っている解剖用の愛用のメスを、さっと取り出した。その刃を心臓に向けた。思わずシッダは息を呑んだ。


「なんてね……」


ケイネスはそのメスをさっと袖の中にしまった。ベッドの上のシッダは何も知らずにスヤスヤと眠っている。


シッダは安堵と残念さで胸がはちきれそうになるほど興奮した。


(ケイネス……僕は君を愛してる。君と一緒になりたいよ。やっと明日、僕の夢が叶うね)


その時もう既に、ケイネスはインヴァルとなっていた。インヴァルの形成に必要なものは魔族の身体と人間の脳だ。ケイネスはそこに、自分の脳を入れることにしたのだ。


なあに、やり方は簡単である。インヴァルに自分を食わせるだけだ。

ケイネスはインヴァルの目の前に自分の頭を落とした。

脳のないインヴァルは、目の前に来たものなら何でも食らう。


そして脳が食べられた時、インヴァルの身体はケイネスが支配した。ケイネスは空になった頭を身体から吐き出すと、その姿を人間のケイネスと同じように変えたのだ。


そして次の日、ケイネスはシッダにインヴァルを差し出した。


それはもう、数秒前の記憶だった。


(美味しい…………美味しいよ……ケイネス……)


ああしかし、わしには耐えられんのう……


シッダは夢中で心を食べていく。それはナマモノのようにとろけるような食感で、歯がいらないほど柔らかくて、濃厚で、溢れる汁は彼の心身を絞り出したような、クセになる独特の味わいなのだ。


そしてそれを、ひと思いに食べきってしまった。


そのあと濁るようなゲップが出て、シッダはひと呼吸ついた。


(耐えられんよ……)


目を開けるともう、その身体は自分のものとなっていた。

シッダは急いでケイネスの部屋に行った。そこにはケイネスの死体が転がっている。記憶の通り、頭と胴は切り離されている。


ケイネスはその死体を縫い付け、凍らせ、専用の冷凍棺で丁寧に保管した。




(耐えられん。ケイネス、君の………)




心をもう、食べられないなんて!!!!!




『炎』はインヴァルの足元から、地面に根をつけた。根はその地の深く深くへと進んでいく。


まるでその根は手のように、何十本もの指を成して地中を泳いでいく。


そしてその手は見つけ出した。同じく手を伸ばす、巨大樹の根を。




炎と巨大樹は手を繋ぐ。

炎が巨大樹を燃やすことはない。

巨大樹が炎を恐れることもない。


スルト、ユッグ、数千年前に生きた2人の魔族は、この世で再び新生した。彼らの出会いは偶然か、それとも運命か。



巨大樹の根は、世界中の自然につながっている。

ラスコは昔、そんな話をユッグドラシルに聞いたのだ。


『はじめまして、ラスコ』


生まれたばかりのラスコに、ユッグドラシルは話しかける。

今思えば、それは人間の言葉ではなかった。


だって0歳の赤ちゃんに、言葉がわかるはずありませんものね。


ラスコはユッグドラシルを見た時、何て美しい樹なのだろうと感動したものだった。生まれたばかりじゃあ、まともに目なんて見えているはずがないのに。


そこにはラスコとユッグドラシルしかいない。辺りは無限に広がる茶色い土の大地しかない。空は白いが、雲っているというわけではない。


『はじめまして。あなたのような木は、見たことがありません。名前をつけなくてはいけませんね』


ラスコは無意識にそんなことを口にした。ユッグはいつだって、木々に名前をつけていた。他の者からは全く見分けのつかない木々たちも、ユッグにとっては全く別の生き物に見えていた。


目の前の大樹に咲く赤い華は、この世界の光源ですらある。


『いえ。私にはもう名前があります。私の名前はユッグドラシルです』


大樹は言った。


ユッグドラシルとの出会いは不思議なものだった。

夢のような、夢ではないような、曖昧な記憶だった。



ラスコは今、巨大樹ユッグドラシルに乗っている。確かにその木は大きいが、本当のユッグドラシルはこの世界を支えるほど大きい。それに比べれば今の姿なんて、本当にちっぽけだ。



リルイットは未だに炎を全身から吹き出し続けていた。インヴァルは真っ赤な身体でそれを無効化し続けている。


「無駄じゃと言っておろう」


しかしリルイットが不適な笑みを浮かべたので、シッダは少し不安そうな表情を浮かべた。


(この男……何を……?!)


リルイットは力を手にする。それは世界中から集めた、限りなく高温の、もう1つの熱である。


「燃やしてやるって言っただろ」


リルイットはその力を解放した。


その瞬間、インヴァルは真っ白い光に包まれた。


インヴァルは防げなかった。2つの属性は同時に無効化出来なかった。体外からなら身体を分離して防ぐことができた。だけど体内から吐き出されては防ぐことが出来ない。それがインヴァルの唯一の弱点だった。


しかしシッダは、そんな攻撃をされるとは推定していなかった。なぜなら放出した者も、その2つの力に耐えられなければ自滅することになるからだ。どんな魔族だって、無効化できるのは多くても1つの属性のはずだ。


(馬鹿な……あり得ん………!!!)


シッダがそう思った時には、彼の身体はもう燃え尽きていた。


触れる必要すらない。この力は炎ではない。

核融合がもたらす光の熱だ。


(熱いな……流石に………)


リルイットもまた、その熱を全身で浴びていた。

炎を耐えられるリルイットにとっても、全力の太陽光を無効化することは出来ない。

リルイットの身体は魔族のスルトではない。人間なのだ。


(熱すぎ………俺もこれ、死ぬな………)


そんなことを考えながら、ふっと目を閉じた。

意識は確実に、現実からは遠のこうとしている。


【無茶をするなあ、リルは】

(……!!)


リルイットは驚いて目を見開いた。目の前はもう真っ白だった。光がインヴァルを燃やしているからだ。


声が聞こえた。自分の声だった。

だけれど声を出したのは自分ではない。そいつは俺の声で、俺に話しかけたんだ。


(もしかして…お前がスルト……?)

【いんや。俺は『炎』だ。リルイット、君の中のね…】

(炎……)


リルイットは唖然とする。


【やっと話せたけど、もうお別れだよ】

(え……)

【俺は君を守って、もう消える。炎は一度消えたら、二度と燃え上がらない。わかるだろ】

(…ごめん)


俺のせいで、『炎』は消えてしまうというのだ。

これまでに幾度も俺を助け、力を貸してくれた『炎』。


【全く、思いついたって普通はやらないと思うけどね】

(だって…他に倒す方法がないから…)

【まあ確かにね。ここでシッダを殺しておかないと、人間は間違いなく負けるだろうからね】

(……)


俺もそう思う。こいつを倒せるやつなんて、俺以外に思いつかない。


【俺はもう、君を助けてあげられなくなるよ】

(わかってる。炎はもう、使えなくなるんだろ。それにこの顔も、元に戻るんだろ)


リルイットは自分の顔に手を当てた。


リルイットは何となくだけど、気づいていた。この顔が炎の創造であるということを。


気づいたのは最近だった。それはロッソに創造の話を聞いた後、自在に炎を操れるようになってからだ。


だけど創造を解くことは敢えてしなかった。本当の顔を見るのが怖かったってのもある。


【大丈夫だよ、リル】

(うん……?)


なあスルト……君の欲しかったものは……

俺が守るから……


「!!!」


激しい衝撃がリルイットを襲った。

だけれどその身体は『炎』に包まれ、守られている。


(!!!)


リルイットは目を見開いた。


インヴァルは弾け飛んで、ケイネスの身体もシッダの身体ももう、跡形すらなくなった。この世から消滅したみたいに、チリ1つ残さず消えていった。


リルイットの身体は放り出された。核融合の光熱がリルイットを襲う。『炎』はか弱い人間の彼を、全力で守った。


しかしそれで終わりではない。

リルイットの心に、黒い光が近づく。

リルイットの心を食らって、その身体を乗っ取ろうと、闇に支配された悪心が襲いかかってくるのがわかった。


「絶対に許さんぞ!! ケイネスの身体も、ケイネスがわしのために作ったインヴァルも、粉々にしよって!! お前のその身体を奪い取って、これ以上ないほどズタボロにしてやる!!!」


シッダは怒り狂ったようにこちらに向かってくると、リルイットの心に噛み付いた。舐めて味を見ることもしなかった。ただただ怒りに身を任せ、この身体をさっさと奪って苦しめたいという思いでいっぱいだったのだ。


「っっ!!!!!」


激しい熱がシッダを襲った。口が火傷するなんてもんじゃない。彼の全身がもう、燃やされつつある。


【お前は俺が葬ってやる。解放してやるよ、永遠の生き地獄からさ…!!】


『炎』は薄ら笑った。


(死ぬ………!!!)


シッダは初めてそう思った。

身体のない自分が、今度こそ本当に死ぬ。


この男の、心に焼かれて……。


驚くことに絶望はしなかった。

それよりももっと尊い、昇天するような心持ちだった。


(やっと終わるんじゃな………)


この長い長い命が……

無限だと思われていた、永遠の人生が……


ああ、良かった…

死ぬのはこれで最後だ……

もうこれ以上、死ぬ苦しみを知ることもない………


ケイネスの心を食べるよりも、

死ぬ(こっち)の方が、幸せか………


シッダは燃えた。永年生き続けてきた、名も無き1人の魔族の魂は、やっと成仏することができたのだ。




「リル!!」


ラスコは巨大樹の手を伸ばし、落下するリルイットをキャッチした。リルイットに意識はある。『炎』が守ってくれたとはいえ、痛みはある。身体は動かせないほど痛く、青空を眺めることしかできない。


リルイットは巨大樹の温もりに触れて、そっと涙を流した。

リルイットはそれが何の涙かわからなかった。

そして『炎』は小さな灯火となって、彼の中から消えていった。そのまま安らかな気持ちで目を閉じた。


(またね、ユッグ…)


最後に『炎』は、そんな風に呟いた気がした。




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