巨人・ロキ
「ウル! あれ!」
ベンガルが叫んだ。
「え?」
炎の魔族イツァムの群れを撃退し、火事を収めたウルドガーデだったが、後ろを振り向くと、城と並ぶほどの大きさの巨人が、西の方から城に向かって攻め込んできているのを見つけた。
「ロキ……」
もちろん皆、その姿を見たのは初めてだ。
世界のどこかにあると言われている巨人の国。
そしてロキは、巨人界最強の魔族で、神に並ぶ力を持っているなどと、伝説上でよくうたわれたものだ。
美しい顔に、流れるような長い銀髪、そしてにじみ出るオーラは、絶対的な強者のものだ。
「西区が突破されてる!」
「早く戻りましょう!!」
ウルたち北区の軍勢は、急いで城に帰還した。
「先に行きます!」
「お、おい!」
ウルドガーデは風の精霊シルフを呼び出すと、騎士たちをおいて、シルフと共に風のように城まで飛んでいった。
「ベンガル! こっちからも魔族が!!」
「何ぃ?!?!」
ベンガルたちは別の魔族との戦闘に入った。
ロキは呪術で守られているはずのその城を、その己の身体のみで次々に破壊していく。
「きゃああああ!!!」
住民たちの叫び声が飛び交った。
「なんて力なのじゃ……!!」
「我々王族の呪術を持ってしても食い止められないなんて!!」
ロキは高らかに笑いながら、その拳と蹴りで、抵抗もできない人間たちを次々に惨殺していった。
「ぎゃっはっはっは!! 馬鹿者共ぉぉおお!!! 叫べ叫べぇええ!! この俺が来たんだァっ!! 生きて帰れると思うなよぉぉ!! この国の人間は、この俺が皆殺しにしてやるゥウウウ!!!!」
住民たちは防空壕から出ると、バラバラになって逃げまわっていく。
「オラぁぁ!!! クソちび共ぉ!! 踏みつけにしてやるぜゴラぁぁあ!!!」
城下は完全にロキの1人舞台になった。溢れる死体の中、運良く生きた人間たちが次々に飛び出しては走っていくが、ロキが一踏みすればそれだけで、100人近くが下敷きとなり、そこら中が血の海となった。
「フェン、来て!!」
かろうじてまだ生きていたシェムハザは、フェンモルドの手を取ると、ロキの目を盗んで空の彼方へと逃走した。
「み、皆がっ!!」
「全員は助けられない! 逃げるしかない!!」
シェムハザは泣きながらその手を強く握って、その戦場から逃走する。
お店で仲良くしてくれた店主や食材店のおばさん、顔見知りの研究者たち…この国の人間たちが、あっという間に殺されていく。地獄絵図だ。
「ううぅ……」
シェムハザは振り返ってその情景を見ながら、歯を食いしばって逃亡する。
「私にはお腹の子がいる……この子だけでも……絶対に助けなきゃいけない……」
「シェム……」
フェンモルドもその残劇を目にするのも苦痛で、見れば見るほど吐き気が止まらなくなる。
2人は空の果てへと姿を消して、シピア帝国を抜け出した。
「ひ、酷いっ…!!!」
ウルドガーデが駆けつけた頃には、生きている者を見つけられないくらいの死体の山が、城下に散乱していた。
「皆…力をっ…!!!」
ウルドガーデは、すぐさま四大精霊を呼び出した。
サラマンダー、ノーム、シルフ、そしてウィンディーネは、ロキに向かっていく。
「おらおら! 随分でけえ魔族だぜ!」
「ほっほ……こりゃ一筋縄で行きませんぞ、サラマンダーよ」
「僕たちが来て負けるわけには行きません」
3人はすぐさまロキに向かってその力をふるったが、どうやらあまり効いていないようだ。
「んだとぉ?!」
サラマンダーは頭を抱えて苛立っている。
「相性の問題ですわ。ロキは炎の巨人。私におまかせを!」
ウィンディーネは、大洪水とも思しきその水圧で、ロキの全身を覆った。
「ぐうう!!」
「効いてるぜ!」
ロキは苦しそうに顔をしかめている。
「溺れなさい! 巨人の魔族よ!!」
ウィンディーネは更にその水圧を増し、ロキを捻り潰そうと力を込めた。
「ぅうう……この俺がァァ、精霊なんぞにやられるかぁぁアアア!!!!」
バシャアンンンとロキは水圧を振りきって、ウィンディーネを殴り飛ばした。
「きゃああああっっ!!!」
ウィンディーネはエネルギーを失って、精霊界に戻されてしまった。
「ウィンディーネ! うああっ!!」
ついでサラマンダーたちもロキにやられると、姿を消してしまった。
「そ、そんな…!!」
(水の力でウィンディーネを越える精霊はもういない……。いや、精霊の力は精術師の力でもある……私にはその力が足りないんだ……私ではロキを、倒せないっ!!!)
「ぎゃはははは!!!! 雑魚の精術師なんか、俺の相手じゃねェんだよぉおおお!!!」
ロキはその手でウルドガーデを掴んだ。
「捻り潰してやるよ!! 目ん玉飛び出すまでなぁああ!!!」
「くううっ!!!」
ウルドガーデが死を悟ったその瞬間だった。
スパアアァンと、勢いよくロキの腕が斬り落とされた。
「何ぃぃいいい?!?!?!」
落ちていくその手は、ウルドガーデを握る力を失った。ウルドガーデは手から放たれて、空中に放り投げられた。
「っ!!」
彼女を見事にキャッチし、地面に着地したのはリルイットだった。
「リル……」
リルイットはその場にウルドガーデをおろした。
「逃げろ…ウル……」
「え……?」
「ううう!!」
(さっきから…何だこれ……うう……頭が割れるっ!! だ、駄目だっ!! 意識が……なくなる……!!)
リルイットはクラっと目の前が真っ暗になったかと思うと、その姿が別人のようにすっと変わった。
頭から2本の角、口からは長い牙。その手は、人間のものではなく獣のように太く長い爪が生えている。
ロキが後ろからリルイットに殴りかかったので、リルイットは高々とジャンプしてそれを避けた。
後ろを振り向き、自分を襲ったロキにターゲットをうつす。
「てめぇぇええ!! 何だゴラァァああ!!! 俺の腕をよくもよくもぉォオオ!!!」
ロキは怒った様子で地団駄を踏んだ。
その地面は地割れを起こして、亀裂がリルイットの方に駆け抜けていった。
「きゃあっ!!」
ウルドガーデもその地割れから身を守るべく、彼らから離れて駆け出した。
リルイットはその背中から悪魔のような真っ赤な翼を生やすと、高々とロキの目の前まで飛び上がった。
「てめぇ!! 人間じゃねえな?!?!?!」
リルイットの姿を見据えたロキは叫んだ。
リルイットはふっと笑ってその剣を抜くと、すぐさまロキの逆の腕を斬り落とした。
「ギャアアアア!!!!」
ロキは悲痛な叫びをあげた。
「お前、誰に向かって口聞いてんだ……」
「は、ハァァァ?!? お前こそ、俺は炎の巨人、ロキ……、……!!!」
ロキはリルイットと目を合わせると、ハっとしたような表情を浮かべ、言葉を失った。
「ス、スルト様……」
「ふふっ……よく覚えてたなぁ……その名前……。今はリルイットってんだよ……」
「な、何で生きて……貴方は神に……殺されて……」
「ああそうだよ……。だからこうして人間になってんだろ…?」
「……?!」
「まあいいや……それよりお前、何で人間の国に来て好き勝手やってんだよ…」
「そ、それは……ま、魔王様が……シピア帝国を襲えと……」
「へぇ」
「で、ですから…その命令に従い、灼熱の国から駆けつけて……」
「ふうん」
リルイットは空中であぐらをかきながら、冷たい目でロキを見ていた。
(炎の魔族が集まってたのはそのせいか)
「だけどさロキ、ここには俺の家族もいるんだぜ…?」
「か、家族……? スルト様がそのような……あぎゃっ!!!」
リルイットはスパアンンとロキの首を斬り落とした。
「リルイットだっつってんだろ」
死んだロキの身体は背面の城にもたれかかると、それは激しく音を立てて倒壊した。
「あーあー。だけどもう、親も兄貴も死んじまってるな〜これじゃ」
リルイットは頭をカリカリとかきながら、崩れ落ちたシピア城を空から眺めていた。
「リ、リルさん……」
「うん?」
リルイットは死んだような目で、声をかけてきたウルドガーデを見下ろした。
「リルさん…なんですよね…?」
ウルドガーデは震えるようにリルイットを見上げている。
「お前は、オトモダチの…、そうだ、ウルドガーデだっけ?」
「え…?」
リルイットは地上に降り立つと、ウルドガーデのそばに歩み寄った。
「なあ、お前、俺のこと愛してる…?」
「え……な、なんですか突然……」
「愛してはないか。オトモダチだしな」
「な、何を……」
リルイットはその剣先をウルドガーデに差し向けた。
「ひっ!」
(リ、リルさんじゃない……)
「お前は要らね」
リルイットはそう言うと、ウルドガーデに剣を振るった。




