対戦・ケイネス
「ふぉっほっほ!」
鳥化したインヴァルと呼ばれるスライムに似た新たな生物、ケイネスはそれをインヴァルバードと呼んでいた。
研究所にあった全てのインヴァルを使用しているため、それはレノンが乗っていたインヴァルバードの3倍くらいの大きさがあった。
「んの野郎!!」
リルイットもインヴァルバードに対抗しようと、巨大な赤いドラゴンに姿を変えた。その背にラスコを乗せ、インヴァルバードを迎え撃つ。
インヴァルバードの突きをリルイットは急上昇して避けた。そのまま身体を前に落として回転すると、通り過ぎていくインヴァルバードに向かって炎を吐いた。
「無駄じゃと言っておるに」
インヴァルバードはすぐにその色を赤くする。炎に反応するように、自然と変化する。色が変わる前に攻撃を当てることはできそうにない。
「こんの!!」
リルイットは炎を吐き出したまま、後を追うようにインヴァルバードに突っ込んだ。その強靭な牙で、インヴァルバードのしっぽに噛み付いた。しかしドラゴンの歯を持ってしても、敵の身体を噛み切ることができない。分厚いゴムのように弾力があり、歯と歯が届かない。
(こんなに柔らけえのに! 何なんだよ…!!)
「ふぉっほっほ。そんなことをしては終わりじゃよ」
インヴァルバードのしっぽに向かってゲルが集まっていく。そのまま大きなスライムと化して、ドラゴンの顔を飲み込んだ。
「リル!!」
リルイットはすぐに顔と首を分離させた。分離した顔は炎となって燃え上がったが、赤いインヴァルに吸収されて瞬く間に消えてしまった。首からはすぐにドラゴンの顔が生えてきた。それを見たラスコは驚きの表情を浮かべる。
(炎の創造…こんなに器用に…!)
「やっぱり物理攻撃は効かねえか…」
「ほっほっほ! 当たり前じゃ! インヴァルじゃぞ!」
インヴァルバードは旋回して、リルイットの方に向き直った。その動きは本物の鳥のように流暢で素早い。
「だから、インヴァルって何なんだっての!!」
リルイットは牽制に炎を吐くが、完全に無効化される。しかし敵も、物理と飲み込み以外の攻撃手段はないようだ。インヴァルバードとリルイットは攻防を続けながら、空中を飛び交う。
「インヴァルは『形無き者』じゃ。この世の自然の持つ力、全てを無効化することが出来るんじゃ。そして今、わしの身体もまたインヴァルとなった。わしはもう、最強の身体を手に入れたのじゃ!」
「何でそんなもんを作るんだよ! そんなことして…お前はもう人間ですらねえぞ?!」
「当然じゃ! わしはインヴァル! 並びにシャドウでもあるがな!」
「?!」
リルイットはシャドウという言葉に反応し、一瞬動きが止まった。そこをすかさずインヴァルが襲いに来るが、下から生えた長いツタがインヴァルを妨害する。ラスコが援護したのだ。
「ラスコ! 助かった…!」
「シャドウ……呪人の核を体内に宿した人間ですか……」
ラスコがそのように呟いたので、リルイットは驚いた声を上げた。
「ラスコ、何でシャドウを知ってんだ…?」
リルイットはまだ、レノンに聞いたその話を、誰にも言っていなかった。自分と同じ、シャドウという存在の話を。
「研究所を植術で調査中です。そこにある資料を読みました。インヴァルの弱点がないか、探しています…!」
ラスコは小声で呟いた。
「もう少し時間を稼いでください…!」
「了解!」
すると突然、インヴァルバードはリルイットに向かって、炎を吐き出した。
「?!」
リルイットはラスコを自分の炎の創造の盾で守りながら、その身で炎を受けた。もちろん彼には効かない。
(この炎……俺の……?!)
「ほっほ。やはり炎は効かぬか。炎術など聞いたこともない。お前さん、もしかして多術師なのかのう?」
「タジュツ師……?」
「2つ以上の術を使える術師の総称だそうです。最も現存で確認できるのは最大でも2つの術だそうですが…。異なる術師の間に生まれた子供は、その両方の術を使えることがあるそうです」
ラスコは小声で言う。
「多術師は突然変異術という、新しい能力を生まれ持っているそうですよ」
「突然変異術…? 何なんだそれ……」
わかるのは、俺は多術師ではないということだ。だって俺の両親は、何の術師でもないのだから。
「まあよい。ならこれはどうじゃ」
続いてインヴァルバードは紫色の液体を吐き出す。
「?!」
「毒です!! 避けてください!!」
ラスコの声で間一髪攻撃を逃れた。毒の落ちた地面の草花は、腐敗したように枯れてしまった。
「これまで受けた攻撃を吸収して吐き出しています!」
インヴァルにはそのような能力がある……! ラスコはついに、研究所内でインヴァルの資料を見つけ出した。
研究所を這っているツタには、大きなギョロ目がついている。その目で見たものは、ラスコも見ることができる。第3の目というやつだ。
最初に見つけたのはシャドウの見聞。ざっと目を通しただけだが、呪人の核を体内に入れた人間のことを、そう呼んでいるらしい。その研究をしていたのは、シピア帝国であると記録されていた。
(シピア帝国……)
今は無きリルの故郷……。
そしてシャドウは、魔族と交配可能な人間であるそうだ。『長寿計画』、『人間と魔族の子供を作る』、そんな言葉をちらちら目にし、ラスコはその研究の当初の目的を察した。
ケイネスは自身にも呪人の核を入れ、シャドウとなったそうだ。彼に拉致され拘束されている呪術師は数名いた。その中からケイネスに適合できる核を持つ呪人を作ったものがいたようだ。人間がシャドウになれる確率は元々かなり低いようだが、ゼロではない。ケイネスは運が良かった。
シャドウになるメリットの1つに、病気にならないということがある。
(そう言えば、魔族が病気になるなんて聞いたことないですね…。シャドウは魔族の身体に近くなるんでしょう。核を入れたらどうしてそんな体質になるのかは、よくわかりませんが…)
メリットの2つ目、魔王直系の魔族の血液を飲むと、歳をとらない。それは心臓も衰えないことを意味した。理屈はわからないが、身体が成長しないそうだ。病気にならない、歳をとらない、その2つが意味することは、不老不死だ。
(ケイネスは不老不死ということ…?!)
もちろん、心臓をさされたり首を斬られれば死亡する。避けられるのは、寿命による死だ。
そしてケイネスの新たな実験で、死人をシャドウにして復活させることができるという検証結果を得ている。ただしそのシャドウは、知能も低下し生存時の記憶もなくなる。しかし1人だけ、生存時の記憶を持ち、同様の知性を持ったシャドウが復活したそうだ。名前はレノン・ダドシアン。
(ダド……シアン………?!)
ラスコは首を傾げた。シルバの姓もダドシアンだったはずだ。貴族の苗字は珍しいものが多く、偶然とは考えにくい。
(レノンとは……誰なんでしょうか……?)
リルイットは自分たちを襲ったあの少年の名前がレノンだとは、誰にも言えていなかった。本当は最初にシルバに尋ねたかったのだが、インヴァルとの戦闘でうやむやになり、結局話は出来ていなかった。
ラスコが続いて見つけたのは、多術師についての見聞だ。
2つ以上の術を使える人間のことをそう呼ぶ。そしてケイネスが気にしているのは、多術師の持つ突然変異術というものだ。
レポートの中に、過去の見聞資料が切り取って張られているのを見つけた。死者蘇生術と呼ばれる突然変異術があったという記述がある。あまりに古い見聞のため、真実かどうかは定かではない。
突然変異術には他にも様々だ。空間を移動したり、物の大きさを変化させたり、自然の力を操ったりと多種多様だ。術師に子供を産ませ、その子供の突然変異術を調べては記録している。しかしその術にケイネスは興味がなかったのか、赤いペンで力強く名前と術名を消されている。大きく赤丸で囲まれている『死者蘇生術』以外、全てである。
最後にようやく見つけたのは、インヴァルに関する見聞だ。
インヴァルとは、ケイネスが永年研究・開発をしていた新型生物である。
身体の基盤となっているのは、弱小魔族として名高いスライムだ。スライムを元に、様々な魔族の身体を合成したり、遺伝子組み換えしたり、珍素材を食べさせたりと、天才研究者でさえ到底思いつかないような実験を人外的なほど繰り返し、やっと完成したのが『形無き者』インヴァルである。
インヴァルの身体は強固したスライムだ。その身体は絶対に刃物で切ることはできない。如何なる物理攻撃も効果がなく、痛みも一切ない。
それに加えて、この世の術師や魔族が操る様々な攻撃を無効化できる体質である。それは攻撃が触れた瞬間オートで体質が変わり、攻撃を無効化する。その際身体の色が変化する。炎なら赤、雷なら黄色、毒は紫色だ。
しかし一度に1つの攻撃しか防げないので、2つ以上の攻撃がきた場合はダメージがある。スライムと同様、炎耐性の時は水が、水耐性の時は雷が、というように、耐性変化の際は弱点が生まれる場合もある。
(イグさんが水圧ガンを当てたのは正しかったんですね…)
インヴァルだけでは知能が低く、実践ではその弱点をつかれてまんまとイグに負けた。しかし今、インヴァルを操作しているのは天才を超える天才研究者のケイネス・ヴェルバクトロ…。インヴァルを分離させたり、身体を自由に変化させたりと、巨大インヴァル。自在に操り攻撃を防いでいる。
また、受けた攻撃を吸収している。それをケイネスの意思で自在に攻撃として吐き返すことができる。ただし、ためておけるのは3つまでだ。
(読まずともわかる内容でしたか……)
インヴァルの見聞はそれだけだ。せっかくのラスコの調査をもってしても、これといった必勝法を見つけ出すことはできない。
(やっぱり同時に属性攻撃を仕掛けるしかないんでしょうか…)
ギョロ目のついたツタは、研究資料が置かれていたその部屋から出ようとした。すると、小さなインヴァルがふっと後ろから現れたのだ。出遅れたようにそのインヴァルは、ツタをスルーしてケイネスの元へと急ぎ向かっていく。
(うん……?)
ギョロ目は後ろを振り返る。そこには壁しかないはずだが…。
ツタは壁の全面を調査した。壁の端に小さな隙間を見つけ出すと、ツタを細く変形させてその奥に侵入する。
そこには明らかに部屋があった。人目には気づかないような隠し部屋だ。少し暗かったが、研究所の灯りが隙間から差し込み、見えないということはない。
(これは……)
その部屋にあるのは、大きな棺だった。異様な冷気を感じたツタは、ラスコにそのことを伝える。
ラスコの命令で、ツタを人の手のように変形させると、棺を開けた。その中に入っていたのは、凍らされた人間の男の死体だった。




