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美しさにかまけて

ラスコは呆然とした。その『炎』の話は、あまりにも自分の想像を超えている。


「本来、新生したらそれまでの記憶なんてあるわけがない。前世の記憶がある人間なんていないだろう」

「はぁ……」

「でもスルトの中の『炎』である俺は、その新生先の赤子にそっくりそのまま宿ったんだ。スルトは死んだ。でも『炎』は生きていたんだ。それが俺さ」

「……」

「俺はスルトの全てを知っていて、心もある意味スルトと同じだ。そして俺がリルイットとして生まれ変わった時、俺は気づいたんだ。この子もまた、醜い顔をしていると」

「え…」

「だから俺は炎の力で、この子の顔を変えた。スルトが望んでいた、美しい男の顔に変えたんだ」


ラスコは先ほど見てしまった。火傷で崩れてはいたが、本当のリルイットの顔を。あれは『炎』が姿を変える前の、リルイットの素顔なのだと。


「俺がわざわざそんなことをしたのは、スルトが美しさを望んでいたからってのもあるけど、本当はもう1つ理由があった」

「何ですか…?」

「ユッグが新生した人間の女の子、その子がリルイットと同じ時代に生きていると、知ったんだ。俺は今度こそ、その子に好きだと伝えてほしかった。あわよくばその子とリルイットが結ばれることを夢見たんだ」

「それって……」

「もう気づいているんだろう。それが君だよ、ラスコ・ペリオット」


ラスコは唖然とした。驚いた。

でもその事実に納得できる。


だって自分の前に、ユッグが現れたのだから。


「ユッグドラシル。スルトがつけた木の名前だ。ユッグドラシルは世界樹となり、次の世界で自然を作る土台となった。その根を世界中に広げ、世界の植物の親となり、新しい命を生み出した」

「ユッグドラシルは、私がつけた名前ですが…」

「まだ君はその時幼かった。本当はユッグドラシルが、君に名乗ったんじゃないか?」

「……」


記憶は曖昧だ。そう言われれば、そうなのかもしれない。


「ユッグは世界の全ての自然と繋がっていた。だけど彼女が死んでもユッグドラシルだけは枯れなかった。ユッグドラシルは彼女とオーディンの2人の力が関わっていた。ユッグはユッグドラシルが枯れる前に、ユッグドラシルを自分から独立させたんだ」

「……」

「だからユッグドラシルは、ユッグであって、ユッグではない。でもユッグの記憶はちゃんと持っている。その意志もだ」

「……」

「ユッグドラシルはユッグの新生先である君のところに行った。君が生まれたその時に、君に会いに行ったんだ。覚えているかい」

「はい……」


不思議な気持ちだった。

私はラスコ・ペリオットで、前世はユッグだったんだ。

ユッグの記憶はまるでないが、ユッグドラシルの話はたくさん聞いた。まるで神話やおとぎ話のようなお話だと思って、これまで気にも留めなかったのだけれど。


リルイットはラスコをじっと見ている。

今目の前の彼は、リルイットではなく、スルトの中に生きていた『炎』。スルトが好きだったユッグ。その新生の私。

だから『炎』は、私を好きだと言うのだろう。


ラスコは納得した。納得するしかなくなった。

複雑な気持ちだ。答えがまるでわからない。答えがあるのかもわからない。問いが何だったのかも、わからなくなっている。


わかっているのは、スルトがユッグを好きで、自分がリルイットを好きだということだけだ。


「ユッグはスルトを愛していたんでしょうか」

「さあ、それは俺にもわからない。俺はユッグではないからね」

「そうですよね」


しばらくの沈黙のあと、リルイットは言った。


「なあラスコ…」

「何ですか…?」

「抱きしめてもいい…?」

「え…?」


リルイットは、ラスコの返事も待たずに、彼女を抱きしめた。

ラスコはリルイットの身体に包まれて顔を赤くした。彼の左頬が自分の頭に触れているのを感じる。


リルイットは涙を流した。

ずっと彼女を抱きしめたいと思っていた。


昔は触ることすら叶わなかった彼女が、今は自分の身体にこんなにも触れている。


ラスコも彼の背中に手を通して、彼を抱きしめた。


(ああ、彼はリルイットじゃない。彼は……スルトさんだ……)


醜い顔を気にして、好きだと伝えることもできなかった。

その気持ちなら、私も少しはわかる。


愛する人のために顔を変えた『炎』の考えも、よくわかります。

そのくらい外見というやつは、心を強くする力を持っているんです。

他の誰かが、思っているよりも。


だから皆はより美しく、自分を見せたいと願うのでしょう。

自分の外見になんか、関心がない人も世の中にはいるでしょうか。だけど心の奥底では誰もが平等に、美しさの概念を持っているはずです。仮にも人間ならば。


そうでなければ思いません。

その目に入る何かを見て、『美しい』とは!


ラスコは目をつぶった。

こうしていると、何も見えない。


姿は見えない。顔も見えない。抱きしめられてしまっては、元々見えませんが。


ああでもね、感じることはできますよ。

リルイット、スルト、あなたたちの体温というものを。


(あなたたちはすごく、温かいんですね…)


『炎』の気の済むまで、ラスコは彼を抱きしめ続けた。


『炎』は思った。


(ああ、花の匂いがする)


何の花かはわからないが、この子の香りは素敵だ。


すごく……いい香り……


『炎』はラスコを抱きしめていた手を緩めた。彼女の肩に手をやって離れると、彼女の顔を見つめた。


「ありがとうラスコ…」

「いえ…」


『炎』はお礼を言った。


「もう眠らないとな」

「……」

「起きたらもう、リルイットに戻ってるからさ」

「スルトさん…」


『炎』は彼女にそう呼ばれて、苦笑した。


「俺はリルイットだっての」

「ふふ…そうでしたね」


そうして俺達は、眠りについた。


俺はリルイットの顔を変え、その顔をずっと守り続けてきた。

そしてリルイットの心にあるはずの『愛』を、俺が隠していた。


スルトの心にあった、ユッグへの愛を失いたくなかった。他の誰にも邪魔されたくなかった。

そのせいでリルイットは、酷く愛に飢えていた。

誰も愛せない自分をよく罵っていた。


(ごめんな…リル……)


でも会えたよ。

ユッグの新生に。


あの子を抱きしめたよ。

この俺が。


なぁ、スルト…。



『炎』は再び、眠りについた。


俺はこれからも、俺の力の全てで、君の美しさを守るよ。


俺はリルイット、君の身体に巡る火だ。





リルイットは、本当は気づいていた。

自分の顔が、本当は美しくなんてないことを。



リルイットは思い出していた。


シェムハザと話した日のことだ。


どうしてあんなブサイクな兄貴を好きになれるのかと聞いたんだ。

別に嫌味ってわけじゃなかった。

ただ純粋にその理由を聞きたかった。

そこにはリルイットがずっとずっと求めている答えがあるような気がしたのだ。


「フェンにも同じようなことを言われたよ。自分よりもかっこいいリルとの子供が欲しくないのか、なんてね」

「……」


(兄貴、そんなこと言ったのか…)


「何て答えたんだ?」

「顔なんて人それぞれで、私にとっては誰かを認識するための判断材料でしかないと言ったのさ。それよりも私は、フェンの心が好きだとね」

「心……」

「フェンの優しさや思いやりが好きだと。だからもちろん顔も好きだとね。フェンものなら全て好きだと、だからフェンとの子供が欲しいのだと、そう言ったのさ」


シェムハザは何の恥じらいもなく、堂々とそう答え、にっこりと微笑んだ。


リルイットは気づいた。

自分を好きだと言った人間は皆、この美しい顔が好きなだけに違いないと。


それと同時に絶望を感じた。

自分の心を好きになってくれる人間は、この世にいないんじゃないかと。


自分の顔が美しくないと知ったら、皆自分から離れていくに違いないと。


そんなことを考えて、リルイットは涙が溢れた。


「ちょ、ちょっと、どうしたんだねリルイット!」


シェムハザは心配して、リルイットの背中をさすった。


「兄貴が羨ましい……シェムに愛してもらえて…」

「何を言ってるのさ。フェンはいつもリルを羨ましがっていたよ。明るくて、人気者で、かっこよくって、自分にはないものをたくさん持っている、だからこそ誇らしい弟なんだとね」

「……」


俺は知っている。

兄貴はいつだって優しかった。

だってもし俺、逆だったら、兄貴のことなんて大嫌いになると思うよ。


俺が明るく振る舞えたのは、俺の顔が美しく変わったからだ。

俺はこの顔にいつだって助けられて、いつもそれにかまけて怠けていた。


俺の素顔を好きになってくれる人なんていない。俺の心を好きになってくれる人間なんて……ううん……魔族も含めたって、いるわけない。


だから俺は誰も愛せない。おんなじように俺の心だけを見て愛してもらえる自信がないから。


贅沢言ってるのはわかってるよ。でも俺は、自信がない。


自信が、ないんだ……。



俺はよく、スルトの夢を見た。

顔の醜いスルトは、ユッグに好きだと言えなかった。


そして俺も今、ラスコに好きだと言えない。

気持ちにはもう気づいている。

彼女と初めて会った時から、他の子とは違うと勘付いていた。


森で彼女の出した大きな花に守られながら、彼女の身体に初めて触れた時から


氷山の温泉で彼女の肌をほんの一瞬見てしまった時から


彼女の生やした巨大樹の中を流線になって駆け巡った時から


祭りのあと彼女に桜の花束をあげた時から


本当はずっと、好きだった。




俺の顔を変えた誰かが、後押ししてくれているのはわかっている。

最初はイケメンなんて嫌いと罵られたものだが、この前は友達だって言ってくれた。


だけど…


すごく、怖いんだ。


だから俺は、絶対に彼女に好きだと言えない。





























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