新生
「スルト! 止めてください!!」
世界を滅ぼそうとするスルトを止めようと、ユッグは彼の前に立ちはだかった。
しかし今のスルトは、ユッグのことを想う気持ちを全て壊されていた。
「スルト!!」
「邪魔をするやつは皆殺しだ!」
「っ!!」
スルトの目には猟奇が宿っている。まるで別人だった。
最強の魔族が怒りを顕にし、その力を完全に解放した。
慈悲はない。いかなる情けもない。
目の前のものを全て、焼き尽くす所存だ。
スルトはユッグの胸元に向かって炎の刃を投げ入れた。
「ぐううっ!!」
そこにはユッグの核となる根が存在する。ユッグはそのまま息を絶やし、倒れてしまった。灼熱の国の魔族たちは皆、スルトの元に集結した。
「俺はこれから神を殺しに行く。一緒に来るやつはいるか?」
炎の魔族たちは声を上げて参戦した。そこに深い意志などいらない。最強の彼が行くというならついていく。ただそれだけだ。
「この命、元よりスルト様に捧げる所存です」
オーディンは深々とスルトの前で膝まづいた。
スルトの邪魔をする者は灼熱の国には1人もいない。
スルトは炎の魔族たちに力を分け与えた。彼らもまた、寒さを感じず、国の外に出られるようになった。
「邪魔するやつは皆殺しだ!!」
「うおおおお!!!!」
炎の魔族たちはスルトを筆頭に、神の元へと突き進んだ。
邪魔をする全ての魔族を根絶やしにした。
地獄のような炎で人間たちを皆焼き殺した。
ユッグが死に、世界の自然は皆枯れ果てていた。
燃やされてそれらが灰になるのもまた一瞬であった。
蒼白の狼フェンリルは、スルトを止めようと立ちはだかった。
「スルト!! やめろ!!!」
「邪魔をするならお前も殺す!!!」
友達になったはずの狼も、その冷気でスルトを襲った。
スルトの邪魔をさせまいと、オーディンがその身を盾にすべく、フェンリルに立ちはだかる。
「スルト様、早く!」
「オーディン! 頼む!」
世界は燃えた。スルトの黒い炎に覆われた。
「邪魔するやつは皆殺しだ!!」
彼の前に、道は開けた。
あとは神の元へと向かい、神を燃やすだけのはずだった。
世界の最果て、そこは空の果てか、それとも別の世界なのだろうか。わからないけれど、スルトは迷うことなくそこにたどり着いた。まるで神様がスルトを呼びつけたかのように。
真っ白な世界にやってきた。全ては光だ。
眩しいと思って目を瞑った。しかしその光源はスルトの目を潰しはしなかった。
「あ……」
一瞬だった。
一瞬で、スルトは、
神に殺された。
死んだスルトは、神の前に座り込んでいた。神はその時、女神のような姿をしていた。
死んだスルトは、魔王の闇からも解放され、完全に取り戻していた。
故に大きく絶望した。
愛するユッグを殺し、友達の魔族を殺し、世界を全て焼き尽くした。
「俺は……何てことを………」
だけどもう、後悔さえも許されないのかもしれない。
俺はもう、死んでしまったのだから。
「スルト、あなたの力で、世界は滅んでしまいました」
神は絶望の表情を浮かべる彼に言った。
「……生きている者はもういないのですか」
神の前に立ち、その力を前にして、魔族であるスルトはまるで頭が上がらなかった。
「いえ。生きている魔族は数名いらっしゃるようです。あなたの仲間の炎の魔族は、ほとんど生き残っていますよ」
神様は透明な球体を取り出し、どこからともなく現れた壇上にそれを置いた。その球体はスルトがいた世界の今を映し出した。燃え盛る炎はスルトの死と共に消え去り、灰と化した世界と、炎の魔族たちが映っていた。オーディンはフェンリルを打ち破ったあと、燃えて死んだようだ。他の炎の魔族たちも、その多くは戦いの途中で死んでしまっていた。
生き残った炎の魔族たちはスルトの死を察し、戦いを止めたようだ。といっても、戦う敵の姿はもうなかった。
「……そうですか。でもユッグは…死んでしまったんですよね…」
「そうですね。でも1本だけ残っている木があるみたいですよ」
「え…?」
神様はその球体に、1本の木を映し出した。それはユッグとオーディンが植えた、光り輝く赤い花を咲かす木だった。
「……」
スルトはその木を見て、涙を流した。
跡形もなくなった荒野の真ん中に、1本だけ、力強く構えている。
「唯一の自然です。あの木はまだ生きています」
「……」
「そう言えば、名前をつけるといっていませんでしたか?」
神様は、何でも知っているようだ。
スルトは溢れ出す涙を垂らしながら、呟いた。
「ユッグドラシル……」
「いい名前ですね。あの木を次の世界の最初の自然に任命し、力を与えましょう」
(次の世界とは、何なんだろうか……)
神様はまた、新しく世界を構築してくれるのか…。
俺が壊した世界を……1から……
「神様、あなたの力はすごいです。あなたを殺すことなど、何人にも不可能なのでしょうね」
スルトが言うと、神様は穏やかな響きの声をなす。
「ふふ。しかし私は、何人を殺すことも出来ません」
「何言ってるんですか…。俺はあなたに殺されたんですよ…」
「いいえ、スルト。あなたの身が朽ちようと、あなたの心が死ぬことはありません」
神様は続けた。
「炎の使いスルトよ、あなたは次の世界で、別の存在となり、新生するのです」
「はぁ…」
神様が何を言っているか理解できなかった。
俺がポカンとしていると、神様は俺に尋ねた。
「スルト、あなたはまた巨人の魔族になりたいですか?」
「いや、魔王様にまた命令されて、あなたに挑み、死ぬのはもうごめんです」
スルトは苦笑しながら言った。
「そうですか。魔王も困ったものですね。ならば次は、何に生まれ変わりたいですか?」
「生まれ……変わる……?」
そして神様は、スルトに問いかけた。
「人間はどうですか? スルト」
「人間……」
それはこの神様が作りだした生き物だ。俺が魔族だった頃、恐れていた生き物だ。
「人間は、すごく怖いものだと…魔王様に聞きました。『愛』を持ち、周りを巻き込んでは自らを破滅に追いやると」
「うふふ。『愛』は素晴らしい物ですよ、スルト。人間になれば、やがて誰かと愛し合って、幸せな人生を送ることができるでしょう」
「愛し合う……って…?」
「人間は1人で子供を産めません。2人の愛が、新たな命を作ることができるのです。その命に出会えた時、かけがえのないほど幸せな気持ちになるでしょう」
「……じゃあ、そうしてください」
俺にはよくわからなかった。神様も誰かと愛し合ったことはないと言っていた。だからこそ、ものすごく憧れているようだ。
神様は俺を人間に生まれ変わらせるために、質問を始めた。
「男と女、どちらがいいですか?」
「よくわかりませんが、身体が強い方にしてください」
「それでは男にしておきましょう」
「はい……」
「素敵な家族の元に生まれましょうね。兄弟は要りますか?」
「兄弟とは?」
「同じ親から産まれ、同じ血を分かつ、最も自分に近く親しい存在です」
「ではそれもください」
「男と女、どちらの兄弟がいいですか」
「では同じ男にしてください」
男と女って、何が違うんだろうか…。
「あなたの心を継ぐ赤子が生まれたら、その時に新生しましょうね」
「はぁ……」
俺はもはや何の話かもわからなくなって、神様に全てを任せた。
「ぅう!!」
突然まばゆい光が俺を襲った。その眩しさに、目を開けることなんて到底できない。
「それではまた別の場所で、新しい人生を生きてくださいね。さようなら、スルト」
「……!!」
最後に神にそう言われて、俺が目を覚ました時にはもう、俺は人間となってオギャーオギャーと泣いていた。




