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愛を知る巨人

「スルト、見てください!」

「うん?」


ユッグは大きなさつまいもを持って、スルトのところにやってきた。まるで人間の赤ん坊みたいにでっかい。その野菜を、スルトは初めて見るのだ。


「何だそれ」

「さつまいもです!!」


ユッグは満面の笑みを浮かべ、こんなに大きなさつまいもはなかなか出来ないのだと、自慢下に話した。


「スルト、炎を貸してください! 焼き芋を作りましょう!」

「何だそれ」

「いいからやりましょう!」


ユッグは薪を拾い集め、スルトに火をつけさせた。そこにドワーフの友達のオルゾノが作ったアルミホイルに、さつまいもを包んで、薪の中に放り投げた。


「うふふ! 楽しみですね!!」

「……」


野菜を焼いたのは初めてではなかった。にんじん、ナス、ピーマン、かぼちゃ…色々焼いた。そのまま焼くと、あっという間に焦げて灰になってしまったので、オルゾノは野菜を炎から守るための鉄板やアルミホイルなんかを作ってくれた。ついでに熱い野菜を掴むトングも、それを乗せるお皿も、とにかく必要なものは全部オルゾノが作ってくれた。


待つこと40分、炎の温度も200度を超えていた。待ってる間はずっと話をした。灼熱の国(ムスペル)の話、野菜の話、炎の魔族の話、ユッグの見た人間の話……2人の話が尽きることはなかった。


「出来ました!!」


ほっかほかの焼き芋を、軍手をはめたユッグは半分に割った。嗅いだこともないようないい匂いが溢れだす。皮の中身はユッグの髪色よりも、遥かに鮮やかな栗の実の色だ。


「どうぞ」


ユッグは笑って、スルトに焼き芋を渡した。スルトはいつでも耐火性グローブをはめていて、焼き芋を受け取った。


「いただきます!」

「いただきます…」


見ているだけで喉が鳴った。一体どんな味がするんだろうと、初めての焼き芋を一口食べた。


「美味しい!!!」

「うふふ!」


ものすごく柔らかくて、ものすごく温かくて、ものすごく甘かった。こんな甘みは初めてだった。


スルトは夢中になって焼き芋を頬張った。あっという間に食べきってしまった。


「ごちそう様…!」

「ふふ! 気に入ったみたいで良かったです!」

「もう寒い季節だからな……身体を温めるにもちょうどいい」

「私はずっと暑いですけどねぇ…やっと過ごしやすくなってきましたよ」


2人はそう言うと、笑いあった。灼熱の国(ムスペル)は炎の魔族以外にはかなり暑いというが、ユッグは今だにこの国に住んでいた。


ユッグのおかげで自然もたくさん増えた。ユッグがここに留まる理由はよくわからない。だけどスルトは、ただ彼女と過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。こんな気持ちは、初めてだった。


やがて冬がやってきた。灼熱の国(ムスペル)の冬は世間じゃ春くらいの気候なのだけれど、彼らにとってはそれは真冬だ。


そして冬は、毎年毎年寒くなっていた。話によると、太陽の力が弱くなっているという。そんな今年の冬は、去年より段違いに寒い。


ユッグが植えた木を木材にして、魔族たちは皆で協力して家を建てた。その国には自然だけでなく皆の家も立ち並んで、まるで人間の住むような、大層しっかりとした国になった。


「ユッグ、お前さんは寒くねえだか」


防寒具を何重にもかぶったオルゾノは、いつもの姿で平然としているユッグを見つけると、家から出てきて声をかけた。


「とっても過ごしやすいです」

「何だそうかい。お前さんのためにも防寒具を作ったってのに」

「あら、わざわざありがとうございます。せっかくなのでもらっておきますね!」


ユッグはオルゾノから、彼女のドレスの色に似た、青い防寒具をもらった。ユッグがそれを着るには暑い。でもせっかく作ってもらったからと、袖を通した。


「似合ってるぞ、ユッグ」

「ありがとうございます!」


オルゾノは上機嫌のようだ。

ユッグは国の南の方へと歩きだす。


「ユッグ、どこへ行くんだ?」

「桜を見に行きます! もう満開でしょうから!」

「そうかい。あっしには寒すぎるから…もう家に戻るよ」

「はい! ではまた!」


ユッグはスキップしながら、この前植えた桜の並木道に向かって行ってしまった。


「ぶえーっくしゅん!」


オルゾノは大きなくしゃみをした。


「はあ、毎年寒くなってると思っていたが、今年の寒さは異常だ! 家がなかったら死んじまってたところだよ!」


そう呟いて、すぐさま家の中に入っていった。


ユッグはるんるんと鼻歌を歌っていた。


(ちょっと暑いけど、せっかくだから防寒具はもう少し着ようかな。うん! 本当にいい天気だな〜!)


しばらく行くと、桜並木が見えてきた。桜は満開だ。心地よい春の日差しに、桜も気持ち良さそうにしている。そよ風が吹くと、花びらがふわっと舞い上がった。


「スルト!」


先客がいた。炎の魔族たちは皆家にこもり、オルゾノの防寒具を着て縮こまっているというのに、そこにはいつもと同じ服を着たスルトがいた。


「ユッグ…」

「寒くないんですか?」

「寒いよ」

「じゃあ何で?」

「桜が見たいから」


スルトはそう言って、満開の桜を見上げた。

小さな花たちが束になって、青空を埋めている。光に照らされた花びらは、限りなく白に近い桃色だ。


花びらがヒラヒラと落ちて、スルトの身体に触れると、一瞬で燃えて消えてしまった。スルトはそれを何となく、申し訳なさそうに見ていた。


「へっくしゅん!」


スルトは盛大にくしゃみをした。


「やっぱり寒いんですよね? どうして防寒具を着ていないんですか?」

「普通の服は、俺に触れると燃えてしまうんだ。耐火性グローブも服の素材には向かないからな。俺が今着ているのは、俺が炎で創造している服のだ。だから俺に触れたら、花びらが燃えてしまうんだよ」

「そうなんですか…」


ユッグは自分の防寒具を貸そうと思ったが、それは無意味だと悟った。


「どうにかして、もっとスルトを温かくできないんですかね」

「ふふ…できないよ。俺より熱い奴はいないからね。俺を温められるのは俺の『炎』だけさ」

「そうですか…。あ、でも他にもありますよ!」

「何?」

「焼き芋です!!」


ユッグがそう言ったので、スルトはくすっと笑った。


「まださつまいもがあったはずです! すぐに持ってきますね!」


そう言ってユッグは足早に駆け出すと、さつまいもとアルミホイルを持って戻ってきた。


「ふふ! また作りましょう!」

「うん」


この前と同じように、薪に火をつけ、焼き芋を作った。


出来上がるまで40分。2人はまた、話を続ける。


スルトの口数が少ないのに、ユッグは気づかなかった。桜のうんちくをベラベラ話したり、さつまいもを使った他の料理の作り方なんかを楽しそうに話していた。


「出来ました!」


ユッグが焼き芋を手に取り、半分に割ったところで、突然スルトが倒れた。


「え……?!」


スルトの顔は青ざめて、完全に意識を失っていた。それを見たユッグは、当然パニックになった。彼に触れると燃えてしまうから運ぶこともできない。とにかく急いでオルゾノのところに戻って、助けを請うた。


「何?! 40分近くもこんな寒い外にでていたのか?! 何やっとるんじゃスルトの旦那は! 凍死するぞ!」

「そ、そんな……た、助けてください! スルトを助けてください! オルゾノさん!!」

「とにかく旦那を家の中に運ぶぞ! ロキを呼べ! あいつなら1人で運べるはずだ! あっしは耐火性グローブを鍛冶場から持ってくる! スルトのところに集合だ!」

「わ、わかりました…!」


(どうしよう! どうしよう! 私のせいで、スルトが…!!)


ユッグは泣きながら、オルゾノに言われた通りにロキに助けを求めた。ロキも慌ててスルトのためにと防寒具を着込んで、桜並木に駆けつけた。


ロキは耐火性グローブをはめ、スルト持ち上げて、何とか彼の家まで運んだ。


「スルトさん! スルトさん!!」


スルトは未だに気絶していた。


「こりゃまずい。助からねえかもしんねえ」

「そんな! 何とかならないんですか?! 火で炙るとか、何か…!」

「旦那はこの国の誰より熱い炎を持っている。その炎は俺達の出せる炎とは、全く別格の特別な炎だ。あっしらの出せる火じゃあ、スルトの旦那には何の効果もねえ」

「そんな……」

「スルトさんの炎は俺たち皆の憧れでした。誰もがスルトさんの熱を浴び、この国で強く生きてきたんです」


オルゾノもロキも他の魔族も、スルトを大変慕っていた。昔スルトは、ここにいる魔族で自分が1番強いからだと言っていたけれど、それ以上に彼の炎は、魔族たちに恩恵を与えていたようだ。


『火が…入ってるのか…?』

『トマトに火は入っていませんよ』

『……どうして力を感じるんだろう』


「……!!」


ユッグは前に、スルトがトマトを初めて食べた時に、そう口にしたことを思い出した。


(太陽……!!)


ユッグはその腕を木の枝に変えた。いや、こっちが本来の姿なのかもしれない。ユッグの髪もまた木の枝となり伸びていく。それはドアを開けて地面に根付いた。


「おい、何する気だユッグ」

「ユッグさん?」


そしてユッグは、枝と化したその自分の腕を、スルトの身体に根付かせた。


ボウウウウウ!!


ユッグの腕は、勢いよく燃え始めた。


「何やってんだお前さん!」

「ユッグさん?! 腕がっ!!」

「スルトさん! 目を覚ましてください!!」


(熱い…熱すぎる……!!)


これがスルトさんの炎なのですか…

スルトさんの熱ですか……


でもまだこんなに、勢いよく燃えている………!

死んでなんかいない! まだ熱を持っている…!!


ユッグの腕は燃えていたが、まだその形を保っている。

燃えながらも何とか身体に根付いたその根っこは、スルトの心臓を掴んでいた。


(同じですよ…!! 同じ……!!)


ユッグは送った。


それはこの世界中の植物たちが、光合成のために得た光エネルギーだった。


ユッグは世界中の植物と繋がっている。


どんなに小さな雑草も、傘になれるほど大きな葉っぱも、みんなみんな、力をください…!!


(太陽の……恵みを………!!)


ユッグの声に答えるように、膨大な光のエネルギーがスルトに与えられた。



スルトはその力を、ひしひしと全身で感じていた。


(何て……何て慈悲深いんだろう……)


俺の心臓を優しく包み込んでいるのは、あの子の手に違いない。


俺が触れたくて触れたくて仕方ない、

だけどまるで手の届かない、

愛しいあの子の体温………


「ユッグ………」




オルゾノとロキも、溢れ出したその熱を浴びては、力に感動し、涙さえ流した。


青ざめていたスルトの表情が、明らかに良くなり、スルトは目を覚ました。


ボウ……


そしてユッグの腕は、燃え尽きた。


ユッグは肘上の部分の枝を切り落とした。元に戻ったユッグの腕は、なくなっていた。


「ユッグ……?!」


腕を無くしたユッグを見たスルトは、愕然とした。


「スルト……無事で良かったです…!」

「ユッグ……腕が………」

「大したことはありません! スルトに命に比べれば!」


ユッグはそう言って、にこやかに笑った。


オルゾノとロキも、目を疑った。

自分が傷ついてまで他の誰かを助けるなんて、あり得ない思考だった。


「ユッグと2人にして……」


スルトに言われ、オルゾノとロキはその家から立ち去った。

スルトはユッグと目を合わせる。しかし彼女の無き腕が気になって仕方がなかった。


「ユッグ、何で俺なんかを……」

「スルトさん! どうして命が危険なほど寒いと、言ってくれなかったんですか!」


スルトの言葉を遮るように、ユッグは叫んだ。


「え……」

「何で外になんか出るんですか! そんなに寒いのに!」

「桜が……見たくて………」


ベッドに転んだままのスルトは、顔だけユッグに向けて、呟くようにそう言った。ユッグは泣いていた。泣きじゃくっていた。


「少しだけ見て、帰ろうと思っていた……」

「じゃあ何ですぐに帰らないんですか!!」

「ユッグが……来てくれたから……」

「私のせいにしないでくださいよ!! 自分のことなんですから!! 教えてくださいよ! 凍死するくらい寒いんだって!」

「ユッグともっと…話がしたくて……」

「話なら家でも出来るでしょう! 何なんですか! 馬鹿なんですか!!」


何でユッグは、怒っているんだろうと、スルトは思っていた。

何でユッグの腕がなくなってしまったのかを、必死で考えた。


自分が燃やしたってことはわかっていた。だけど、何で、腕を燃やしてまで、自分を助けるんだろうと、そんなことを考えていた。


「俺は……」

「何ですか? 言い訳があるなら聞きますよ! 言ってくださいよ!」

「俺は……君といると……心が暖かくなる………」

「………?」


ユッグは声を荒げるのをやめて、彼の話を黙って聞いた。


「だから……身体が寒いことを……忘れていた………」


俺はそう言った。ユッグは動揺したように顔をしかめていた。


「ごめんユッグ……俺のせいで……君の腕がなくなってしまった………」


ユッグは謝らないでという風に、首を横に振った。


「大したことではありません。私は植物でできています。燃えてもまた、根が生きている限り、また成長し、生え始めます。すぐにとはいきませんが」 


それを聞いたスルトは、安心したように目を閉じた。


彼女を燃やしきらなくて良かった…。俺に意識はなかったが、俺の炎が、セーブしてくれたに違いない…。炎は時に、俺の意思を組んでくれるからさ…。


目を開けると、ユッグが笑ってこちらを見ていた。


(何て美しいんだろう……)


彼女を見ると、1番最初にそう思ってしまう。

それは無意識で、反射的で、回避できない。


俺の心臓に彼女が触れた。


その時俺は、確信したんだ。


俺はずっと、ユッグに触れたくて仕方がなかったんだと。


そんな風に思うのは、俺がユッグのことを、愛しているからなんだと。
















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