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シャドウ

(何なんだよ、シャドウって……)


イグはレノンの記憶に現れた謎の老人ケイネスの話を聞いては、首を傾げるしかなかった。


誰だよケイネスって…。ゴルドと知り合いみてえだが、聞いたこともねえ。

身体はアメーバみたいだし、レノンの攻撃を避けるほど強えし、見た目はよぼよぼの爺さんのくせに、もう意味がわかんねえよ。


レノンはゴルドに会いたいと言ったが、ゴルドのところまではここからかなり遠いと伝えた。どのくらい遠いのかと聞くと、インヴァルバードに乗って飛び続けても2日はかかると言われた。


『何なのインヴァルバードって!』

『インヴァルで出来た鳥じゃよ』

『インヴァルって何なんだよ!』

『そう声を荒げるでない。そんなに耳は遠くないわい』


ケイネスは研究室の隣の部屋の扉までやってきた。そしてその扉を開けると、ぶよぶよした白濁色のゼリーがだら〜っと流れ出てきた。ゼリーには模様のように目玉が散りばめられている。ケイネスはすぐにその扉を閉めた。


扉から出てこれた白濁のゼリーは、ひとかたまりになると、まあるい台形になった。目玉はぎょろりと動いてレノンを見た。


『何これ! 気持ち悪! スライム?!』

『インヴァルじゃよ』

『スライムじゃん!』

『スライムも確かに合成したが、こいつの名前はインヴァルなんじゃって』


名付けたのはケイネスだ。どうやら魔族の身体を解剖して新種の生き物らしい。


『お前さんはシャドウ。こいつはインヴァル。2人共この世の新生物じゃ。仲良くしたらどうかの』

『嫌だよ! こんな気持ち悪いのと一緒にしないでよ』

『ほっほ。まあとにかく、こいつを鳥の姿にしたのがインヴァルバードじゃ。普通の鳥型魔族よりも速いぞ〜!』

『……じゃあインヴァルバードを僕にも貸してよ。父さんのところに帰るから』

『やめといたほうがいいぞ、若者よ』

『いいから早く貸して』


ケイネスは一瞬沈黙したが、仕方がないなと言って、インヴァルを更に部屋から取り出して大きくし、鳥の形にした。ケイネスはレノンに、往復分の食料と少ない小遣いと、暇つぶしの本を持たせてくれた。レノンはインヴァルバードに飛び乗って、ゴルドを追うようにエーデル国を目指した。


ケイネスはレノンを止めず、見送った。あっという間にレノンは空の彼方へと消えていった。


『ぶよぶよしてるけど寝心地いいじゃ〜ん』


レノンはインヴァルバードにころりと転がって、空から景色を見たり、ケイネスの貸してくれたつまらない本を読んだりして、何とか暇を潰しながら、空の旅をした。


ケイネスの言った通り、2日後にエーデル国に着いた。インヴァルバードを国の外に乗り捨てて、城下町に駆け出した。

レノンが死んでから10年近く経っていたから、景色は結構変わっていた。でもレノンの住んでいたあの家は、まだちゃんとそこにあった。


(僕の家だ…!!)


レノンは目を輝かせた。足早に自分の家に駆け寄った。


(父さん! 母さん! 僕、帰ってきたよ…!!)


『シルバ〜早くしなさい!』

『レストランの予約に間に合わないぞ』

『待って、父さん、母さん!』


すると、自分の家からゴルドとネルム、そして1人の銀髪の20才くらいの男が、家から出てきたのだ。


『……』


レノンはふと足を止めた。


『久しぶりだね〜家族で外食!』

『父さんが出張ばっかりなんだもの』

『いやいや、シルバが騎士団の仕事が忙しいから』


(シルバ君……)


レノンは思い出した。僕が死んだ日、一緒に結界師一族の村に向かった男の子だと。あんなに大きくなって…。一体いつから僕の代わりをしているの…?


ゴルドたち3人は楽しそうに話しながら、馬車に乗り込むと、レノンに気づきもせずに駆け出していった。


(……)


シルバ君は本当の家族みたいに、僕の両親に馴染んでいた。何だろう。でもあの時会ったシルバ君とは、感じが全然違ったなあ…。


あんなに笑って、あんなに楽しそうで。


僕の…家族なのに。


レノンは馬車が立ち去った後を、呆然と見ていた。


まあでも仕方ない。僕が死んでからもう何年も経ってるんだ。

でも僕には力がある。

父さんの右腕としての力が…!!


(レノン……)


イグは気の毒そうにレノンの記憶を読んだ。


俺もお前の、気持ちがわかるよ…。


(……)


場面は変わる。レノンは、ゴルドとイグが2人で裏仕事をこなすのを目にする。レノンは動揺を隠せなかった。


(またシルバ君…? いや、でも髪も紅いし……雰囲気が別人だ…。僕が会ったシルバ君は彼だ…。じゃあ、僕の家に住んでるのは誰なの……?)


「……」


何でもいいや。

せっかく生き返ったのに。

もう僕の居場所はどこにもない。


レノンは絶望し、ふらふらとエーデル国の外の森を彷徨った。すると、置いてきたインヴァルバードが、レノンの元にやってきた。


『……』


レノンはしばらくそのスライ厶状の鳥を見たあと、重い足取りで倒れるようにそれに飛び乗った。インヴァルバードはそのままレノンを乗せて、ケイネスの研究所に戻った。


『ほっほっほ。やっぱり帰ってきおったか』

『……』


丸2日、何も食べなかったレノンは、ケイネスの顔を見るとバタリと倒れた。


『可哀相な奴じゃ…同情するぞ。ほっほっほ』


ケイネスは美味しいご飯をたくさん用意した。その匂いに釣られてか、レノンはハっと目を覚ました。目の前に並んだごちそうを、端から端まで平らげていく。


『ほっほ。いい食べっぷりじゃな』


涙が止まらなかった。同時に、手も止まらなかった。

レノンはこれまで、自分の中に欲を満たしてくれるのは殺人だけだと思っていた。


(美味しい……美味しい………)


ケイネスは丸眼鏡越しに、ごちそうを頬張るレノンを黙って見ていた。


(ああ、お腹が満ちるのってこんなに幸せなんだ。いつも家にはあり余るほどのごちそうがあった。だから僕は、気づかなかったのかなぁ……)


途中から涙と鼻水が混じって変な味になった。それでも食べた。美味しかった。


『ごちそう様でした……』


こんなに心から、ごちそう様を言ったことなんてなかった。


『ほっほ。満足できたようじゃな』

『はい……』


ケイネス・ヴェルバクトロ。この爺さんが誰なのか全く知らない。意味不明な研究を普通の人間には不可能なくらいやり続けている、キチガイ爺さんってこと以外は。


レノンはしばらく、ケイネスと共に暮らした。

他に住む家もないし、お金もないし、何となくこの爺さんが、気に入ったからだ。


レノンはケイネスの手伝いをした。主に魔族を狩ったり、必要なら人間を狩ったり…。レノンの殺人欲求は、それで充分満たされた。


器用だったレノンは、研究所でもその手を働かせた。人体や魔族の解剖にはかなりの興味があったようだ。やってることはキチガイだが、2人は毎日楽しそうに暮らしていた。


するとある日、その研究所に訪問者がやってきた。アルテマという名の堕天使だ。


『え? 誰?!』


それはすこぶる美しい、ピンクグレージュの髪の女だった。その目は非常に冷ややかだ。


『話したじゃろ。わしの古き友人のアルテマじゃ』

『友達になった覚えはないが』

『ほっほ。相変わらずつれないやつじゃのう』


アルテマという名前はレノンも知っていた。シャドウの研究資料をパクってケイネスに横流しした魔族だ。


(随分綺麗なお姉さんなんだな…)


『シャドウのレノンか』

『う、うん…』


すると、アルテマは赤ピンクの液体の入った小瓶を取り出した。


『私の仲間になる気はあるか、レノン』

『え…?』

『私はアルテマ。一緒に人間を殺さないか?』


レノンは知っていた。数カ月前にシピア帝国が崩壊して、その日以来人間と魔族が敵対し、殺し合う仲になっていたということを。


『お姉さん、僕を手駒にしたいんだ。捨てられた僕なんかを』

『いや、手駒ではない。仲間だよ、レノン』

『……』


レノンは首を傾げた。


『手駒になるんじゃない。手駒にするんだ。お前が、魔族を』

『…?』

『自分で殺すよりも、面白いぞ』

『……』


レノンはアルテマの要求を受け入れた。

アルテマの持ってきた小瓶の薬を飲んだ。


『………っ!!!』


レノンは喉の焼けるような苦しさにのたうち回った。


(何だこれ……?! 何?! 何なの?!)


アルテマはその様子を見てほくそ笑んだ。


『耐えてみろ、レノン。お前は耐えうる器だ』

『うっ…あうっ…うぅっ……』


イグもその様子を目を細めるようにして見ている。


(血液x……あの堕天使の血だったのか…)


レノンはしばらく苦しんだあと、急に痛みが消えたかのようにすっと落ち着いて、立ち上がった。そのまま輝くような瞳でアルテマを見上げた。


『アルテマの姉さん! すごいよ! すごいの!! すっごく……』


レノンは天使のような満面の笑みを彼女に向けた。


『すっごく、美味しいねぇ〜!!!』


イグはその時、薬の味のことだと思った。


あれを飲んだらステラって女もミカケも死んでいた。だけどレノンは全く動じていない。そのあと10分以上経過したけれど、死ぬ様子もなかった。レノンは新能力ワープを手に入れて、大陸の移動が自由自在になった。俺の見込んだ通り、距離にも限界があり、一度使うとインターバルがあるようだ。


そしてレノンは、アルテマという魔族と共に、魔族に加担した。アルテマもレノンも、相当な実力者。しかし彼らは、自分で手を下そうとはしなかった。


『本当だね! 手駒を使って倒すのって、すっごく楽しい! 僕元々戦略ゲームとか好きだからさ! でも、見ているだけでさ、アルテマの姉さん、自分も戦いたくならないの?』

『戦いたいよ。私は根っからの戦闘狂だ。お前と同じだ』

『僕は戦闘狂じゃないよ。殺人に快楽を覚えるから殺してるだけ!』

『そうかい。そりゃ失礼したよ…』

『で、何で戦わないの?』

『つまらないからだよ』


アルテマは言う。


『弱い奴と戦うのは、つまらない。私は待っているのさ。強い奴が、生き残るのを』

『へぇ〜…』

『お前に勝てない相手がいたら、私が相手をしてやろう』

『そんな奴いないよ〜! だって僕のワープ、最強だもん!』


レノンがけらけら笑うのを、アルテマは眉一つ動かさずにじっと見ていた。


そうしてレノンは、謎の魔族アルテマと手を組み、その力を誇示し、魔族を配下に加えた。やがてアルテマとレノンは、エーデルナイツの噂を耳にすると、彼らを潰すために手駒の魔族を動かした。そしてケイネスは、様々な薬を生み出し、アルテマとレノンに明け渡した。


イグはレノンの記憶を追っていくうちに、敵の全貌を掴んでいった。これまでエーデルナイツを襲った繁殖・巨大化及びバーサク化の魔族たちが、彼らに操られていたものだと把握した。


(首謀者はこいつらか……)


そして遥か昔から蘇生術を求めるケイネス・ヴェルバクトロ。マキをレノンに誘拐させ、その子供を手中に収めようとしている。まだ妊娠4ヶ月だったというのに、薬で臨月まで成長を無理に促されたことも知り、イグは怒りを隠すことができない。


(させるかよ…ケイネス……)


レノンの記憶はおおかた全て見た。ちなみに記憶を読むのは一瞬で、外の世界ではまるで時間が経っていない。


(あとはこのガキをどうするかか…ぶち殺してえが…)


グシャ


まずは彼の記憶を消した。ワープされてはどんな拘束をしようとも逃げられてしまうからだ。記憶のなくなったレノンは、ただの空っぽのシャドウだ。本来死人から出来たシャドウはそうらしいじゃねえか。ただでは殺さねえ。存分に利用してやるよ。


イグは未だ気絶したレノンを連れ、呪術で出した馬車に乗り込んだ。目指すはケイネスの研究所だ。呪鳥を出してリルイットたちの位置を探らせ、焼け野原の中を真っ直ぐ南西に進んでいった。









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