二度目の初恋
「だから、そうではない」
「え? こう?」
「違う! また持ち方が変になってる!!」
バシっ!!
マキはシルバの手を竹刀で叩いた。
「痛〜いっっ!!」
まだ誰もいない早朝、シルバは痛みで半泣きになりながら、騎士団長であるマキに直々にスパルタ稽古を受けていた。
「お〜! やってんねぇ!」
俺も彼らの前に姿を現した。
「ご主人様〜! 助けて〜!」
「何を甘ったれている。あの時の動きはどうした?! お前がそんなんじゃ、お前を入団させた私の目が節穴かと、騎士たちに馬鹿にされるだろう!」
バシっ! バシっ!
「ひいいっ! 痛いよ! 痛いよぉ〜!!」
マキにしごかれるシルバを見て、俺は呆れながら笑っていた。
そう、俺はもう、シルバじゃなくて、イグと名乗ることにした。といっても、姿を現せるのはこいつらの前だけだけどな。
マキはシルバが呪人だと知っている。シルバに言わせたんだ。だから俺は命令を破っちゃいない。そもそもどこまで話したら服従の紋が発動するのか、もはや線引きもわかんねえ。
シルバは俺のコピーのはずなのに、何をやらせてもすげえ不器用なんだ。顔も身体も全く同じ。だけど身体能力はクソだ。おまけに頭も悪い。そういう風に作ってしまったのは俺だから、俺のせいでもある。やっぱり俺は、呪術は苦手だ。
そう言えばシルバがマキとやり合った時、まるで稲妻が走るみたいにシルバの動きがよくなった。何でいきなり強くなったのかは俺にもわからない。雷があいつを速くしたような、そんな感じだったよな…。
「さっさと拾え!」
「はぃ〜!!」
シルバはマキに叩かれて落とした剣を拾わされた。マキは怖くてすごく厳しいけれど、シルバは何とか彼女の訓練に食らいつこうと頑張ってはいるみたいだ。
その理由なら、俺も知っている。ラッツという結界師の女の子の仇をとりたいそうだ。こいつがその話をした時、平静を装うのに苦労したよ。だってその事件を起こしたの、俺達だから。まあ俺が殺したわけじゃないけど、あんなのもう同罪だ。
まあでも残念だけど、レノンはもう死んだし、主人の俺を呪人のお前は殺せない。お前の仇討ちは叶わないんだよ。マキと違ってな。
俺はマキの記憶を読んだ。マキが施設をでたあと、何をしたのかも俺は全部知っている。マキはついに、両親の仇であるパズズを倒したみたいだ。女のくせに、すげえ執念だよ。そんなところも俺は好きだ。マキは強い。強くて格好良い。
『俺と結婚しよ』
俺がそう言ったら、マキは物凄く顔をしかめていた。そりゃそうだ。知らねえ奴にプロポーズされたら引くわな。でも俺さ、お前の顔見たら、言いたくてたまらなくなったんだ。
だってやっとまともに話ができたから。
もう一度好きだと言いたかった。
通り越して、プロポーズになっちゃったけど。
『俺と結婚しようぜ!』
『誰がするか!!』
マキは俺を秒で振って、まあ当たり前なんだけど。でもその時のマキの赤くなった顔が俺は可笑しくって、何回も何回も、彼女に好きだと言ったんだ。
「ご主人様は、何でマキさんが好きなの?」
シルバが俺に聞いた。
「一目惚れ」
「へぇ〜…。あんなに怖い顔なのに一目惚れなんですか?」
「うるせえな…可愛いだろうが」
「ふぅ〜ん…」
シルバはニコニコしながら俺の話を聞いていた。
「ったく…俺の顔でヘラヘラしやがって」
「癖になっちゃったんですよ。でもニコニコしてた方がね、何でもうまく行くんですよ! マキさんももっと笑ったらいいのにね」
「ちっ」
俺は大きな音で舌打ちをして、マキみたいな鬼の形相でシルバを睨みつけた。シルバはひゅーと口笛を吹きながらそっぽを向いた。
シルバはその後もマキのしごきを受けて、あの才能なしだったボンクラが結構ましな動きもできるようになってきた。まあ、その辺の騎士と同レベルくらいだけどな。
俺はゴルドに呼ばれて、しばらく彼の手伝いをする日々が続いた。暗殺もそうだが、色んな奴の記憶を消すのに、散々利用されたんだ。ゴルドの中で、俺の能力はかなり重宝されているようだ。
「ふぅ、やっとあいつから解放されたよ」
「あいつって、ご主人様のことですか?」
マキとシルバは早朝訓練を終えて、ベンチに座っていた。
「しばらく仕事でいないんですって」
「何なんだ、仕事って」
「さぁ〜…僕もさっぱり。ご主人様、何も教えてくれないんで」
「ふうん…。全く素性が知れない男だな」
「そうですねぇ〜…」
シルバはケタケタ笑っていた。
「お前たちは、同じ顔なのに全然違うな」
「ふふ! 僕はご主人様の身代わりのはずなんだけどね、似たのは顔だけだったみたい」
マキはシルバが笑うのを、ぼーっと見ていた。
「うん? どうかしました?」
「いや……よく笑うなあと思って…」
「あはは。ご主人様にも言われました! 変ですかね」
「別に……いいんじゃないか……」
(あんな風に、私も笑えればなあ……)
イグとの記憶をなくしたマキは、笑うことはなかった。布団の中でイグに見せた笑顔の記憶も全部、消えていたからだ。
騎士団長になったマキは、案の定部下たちに恐れられた。まあ、女騎士が男共になめられないためにはちょうど良かったのかもしれない。マキも態度を変えるつもりはなかった。
だけどマキは、その頃も思っていた。彼みたいに笑えたら、自分も変われるんじゃないか、なんて。
「マキさん! そろそろお腹空きませんか! 朝ご飯にしましょう」
「ふうむ」
「僕ね、パン焼いてきたんですよ! 最近パン作りにハマってて!」
「……一体何時に起きたんだ?」
「2時です!」
「…私が寝た時間だな」
「あはは!」
シルバは持ってきたパンを取り出した。まんまるとした歪な形のパンだ。手作り感があって、意外にもふんわりと仕上がって美味しそうだ。
「ふうん…本格的じゃないか」
「そうでしょう! 毎朝練習してるんですよ!」
(そのあと早朝練習にきて1日中訓練してるのに……よくバテないな)
まあ、せっかくだから…
と思って、マキがそれを一口食べると、あまりの不味さに顔をしかめた。
「何だこれは!!!!」
「えっ?! 塩パンだけど」
「しょっっっぱすぎる!!! というか見た目甘そうなのに塩パンだったのか?!」
「そ、そんなにまずかったですか?!?!」
あまりにもマキが大声を出すので、シルバもびっくりしてそれを一口食べた。
「う〜ん? 確かにしょっぱいけど、不味いかなぁ〜??」
「お前、味覚までクソなのか?!?! 頭も悪いし運動神経もないし!!!」
「ええ〜? そんなにですかあ?!?!」
「〜〜!!!」
マキがどれだけけなしても、シルバはいつも笑っている。
「すみませーん! じゃあこれは僕が全部食べます! マキさんの朝ご飯、一緒に買いに行きましょう!」
「……いいよもう、これで!」
マキはシルバ作の塩パンを奪い取ると、それを食べ始めた。
「無理しなくていいですよ〜! しょっぱいでしょう?」
「塩パンだと思って食えば大丈夫だ!!」
「ほぉ〜……」
マキは何となくヤケになって、塩パンを1つ、2つ…、いや、3つ食べた。
「ごちそうさま!」
「お粗末様で〜す!」
シルバはアホみたいにニコニコ笑っていた。私はもうそれを見て可笑しくなってしまって、無意識にふっと笑ったんだ。自分でもびっくりした。一体どんな顔で笑ったんだろうかと。
「あはは! マキさんて、本当は優しいんですね!」
「はあ?」
「怖い人だと思ってましたけど、僕のパンもたくさん食べてくれたし、毎朝練習も付き合ってくれるし、すごくいい人ですよね!」
「……」
そんな風に言ってもらったことなんて今までなかったから、私はすごく驚いた。
「ふふ!」
彼の笑顔は、何故だか私の心にぐっと刺さるんだ。
才能もないのに、努力を惜しまない彼。
何をやらしてもとことん不器用で、私がもし彼ならそんな自分に嫌気がさして、鬱にでもなりそうだ。
それなのに彼は、どうして笑っていられるんだ。
それは彼が呪人だからなのか、そういう心を持っているからなのか、よくわからない。わからないけど、
私は本当は、彼が羨ましくて、仕方がないんだ。
「うわ〜! 上手くいったぞ〜!!」
別の日、シルバはまたパンを焼いていた。
いつかあのネズミパンよりも美味しいパンを作れるようになったら、ラッツにプレゼントしようって思っていたんだ。
あの日から毎朝、マキさんにパンを味見してもらった。それが僕とマキさんの日課にもなった。
マキさんは思ったことをはっきり口にしてくれるから、すごく貴重なアドバイスになるんだ。それに、僕って味覚音痴らしいんだけど、マキさんはどんなに不味くても食べて、ちゃんと意見をくれるんだ。本当にありがたい。
今日はチョココロネができた! 中のチョコの溶け具合も絶妙だ! これならマキさんも美味しいと言ってくれるに違いない。もう数え切れないほどパンを焼いているけど、マキさんが美味しいと言ってくれたことはまだ1度もない。
「マキさん! 今日は自信作ですよ!」
「ふん。お前、見た目は美味そうなのに、いつも何かやらかしてるから味が不味いんだよ」
「あはは! でも今回は絶対美味しいですって! ほら、食べてください!」
「ったく……」
(いつ寝てるんだ。もしかして呪人って、寝ないんだろうか)
パクリ
と、そのチョココロネをマキは頬張った。
(!!)
「どう? ねえ! どう?! マキさん!!」
「……美味しい」
「ほ、本当ですか〜?!?! やったああ!!!」
「今までのが不味すぎたからかもしれないが……これはかなり美味い。店にも出せそう」
「うわあ〜! べた褒めじゃないですか!! やったあ〜! マキさんに初めて褒められた!! 嬉し〜!!」
シルバは子供みたいに、はしゃいで喜んだ。それを見たマキも、可笑しくってふふっと笑った。
何だろう…この気持ち。彼といると、穏やかな心地になる……。
「あはは! やったやった〜!!」
(マキさんの合格が出た! これならラッツにあげられるかも〜!)
シルバはふとマキの顔を見た。口元にチョコレートがついている。
「マキさん。チョコついてますよ!」
「え……」
シルバはマキの唇にちょんっと触れながら、そのチョコレートを指で拭った。
マキは完全に不意をつかれて、顔を赤くしていた。
「ん!」
シルバは呑気にその指についたチョコレートをぺろっと舐めた。
「うう〜ん! 甘くておいしい〜! ま、チョコは既製品だから美味しくて当たり前なんだけど! あはは〜!!」
「………」
「あれ? マキさんどうしました?」
「………」
マキはびっくりした。
びっくりして、声がすぐに出なかったのだ。
「もう1個ありますけど、食べます?」
「……」
シルバはまたふふっと笑って、マキはその笑顔に完全に魅入っていた。
驚いたのは彼女だけではなかった。
「………」
イグもまた、ちょうどその様子を、呆然と見ていたのだった。




