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結界師一族斬殺事件

「な、何なのこの子…!」と、ティーニアは非常にたじろいでいる。


(何でここに、マキが……?!)


数年振りに見た。だけど俺は一瞬でわかった。

灰色の髪は肩下7センチくらいまで伸びていた。あの常にきつく睨んだような顔も健在だ。今は本当に、怒っているようだし…。


「とぼけるなよ。一族の連中はもう調査したみたいだぞ。ゴルド・ダドシアンとの息子を、殺されたふりをして本当は捨てたな?!」

「なっ……」


結界師一族のお偉いさんたちも、ティーニアのところに集まってきた。


「よく教えてくれたね、マキさん。おかげでとんだ情報を掴むことができたよ」

「ティーニア君、君も例の研究に携わっていたのかい?」

「研究…? 一体何のことですか……?!」


ティーニアが言い寄られている中、レノンは透過結界を抜けて駆け出した。


「ま、待て! レノン!」

「い〜っぱい集まってるじゃん! 父さんの噂もしてるみたいだし、もうさっさと殺そう!!」

「待て! マキが!!」


ザシュ! ザシュ! ザシュ!


「きゃあああああああ!!!!!」


レノンは結界師たちを、次々に斬殺していった。


(あれが人間の動き……?!)


レノンは目にも止まらぬ速さで、結界師たちを斬り裂いていく。


「マキ! マキを殺すな!!」

「うん?」


レノンはシュッとマキに向かって剣を振ったが、マキは翼で飛び上がってそれを間一髪で避けた。


「うっそぉ! 避けられた?!」


レノンはびっくりした様子で、振り返ってマキを見た。


「マキ!!」

「シルバ?!」


俺は急いでマキのところに駆け出して、彼女の手を引いて超高速結界で戻ると、透過結界を張り直した。すぐにゴルドのいる場所まで避難する。誰にも見られてはいない。


「シルバ、これ、どうなって……」

「マキこそ……何でここに…」

「っっ!!」


ゴルドは呪術でマキを痺れさせると、意識を失わせた。


「マキ!」

「安心しろ。殺してはいない」

「……」


俺は顔をしかめながら、気絶したマキを大切に抱えていた。


ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ!!


その間にも、レノンは次々と結界師たちを斬り殺していく。


「よーっし! 終わりかな!!」


あっという間に村中の人間を殺したレノンは、目一杯浴びた返り血を垂らしながらにっこりと微笑んで、俺たちのところに帰ってきた。


「よくやったレノン」

「ふふ! 結界効かないんだもん! ちょろいちょろい!」


しかしその時だった。


「っぶ!!!」

「?!」


レノンが突然血を吐き出したのだ。


「っは!! ぐっ!! ぁっっ!!」

「レノン?!」

「あああっっ!!!」


レノンはそのままバタリと倒れてしまった。


何が起こったのか、わけがわからなかった。

わからなかったけど、レノンはもう、息をしていなかった。


「……」

「あーあ……」

「な、何で……何で死んだの……?!」


ゴルドはそのまま何食わぬ顔でレノンを凍らせると、地面深くにそれを埋めた。


「結界師の仕業だろう。自滅結界。自分の死と引き換えに範囲内の奴を巻き添えて殺す呪いの結界だ。死ぬ間際に咄嗟に張ったんだろう」

「そ、そんな結界術聞いたこと……」

「あるんだよ。俺は誰よりも術師に詳しい」

「そんな……。それを知ってレノンを殺しに行かせたのか…?」

「まさか敵が自滅結界を張るとは思わなかったよ。まあでも、死んだものはしょうがない。死者蘇生術を使えるようになったら、生き返らせてやろう」


ゴルドは最後にそう言ってにっこり笑うと、最後の土を埋めた。


子供が死んだというのにこの笑顔。

イカれてる。この男は。間違いなく…。


「………」


結界師たちの斬殺、そしてレノンの死、俺は気絶したマキを抱えて、ただ呆然と、その場に立ち尽くした。


俺たちは馬車に乗って、エーデル大国への帰路についた。


「その子の記憶を消すんだ。君に関する記憶全てだ。命令だよ」

「え……」

「それが出来ないなら、君も死ぬし、マキちゃんも死ぬしかなくなるよ? いいの?」

「わ、わかったよ……」


そして俺は、マキの記憶を見た。


マキが生まれてからの記憶を全て、俺は辿った。


顔が怖いとけなされながらも、両親の愛情の中で、その幸せだけを頼りに生きていたマキ。両親が死んで、大きく絶望したマキ。施設にいれられ、マキは俺と出会った。


そこからは俺も知っている場所で、俺が知っている記憶もたくさんあった。

チャンバラしたことも、互いの絵を描いたことも、俺がマキの手を握って離さなかったあの日も、流星群を一緒に見た日も全部…


全部、消すんだ。



ぐしゃっ



マキの記憶は何だか固くて、俺も結構力を込めた。そしてマキの中から、俺と過ごした日々が消えた。


『やっと見つけた…』


(うん……?)


それは、マキが里親に引き取られたあとの記憶だった。


『ティーニア・イグレック……こいつが母親で間違いない』


(あ……)


マキはあのあと、俺の両親について、独自に調査していたんだ。結界師一族にそのことを垂れ込み、ティーニアの罪を暴こうとした。


そうか…。結界師たちに情報を流したのは、マキだったのか…。


『絶対に謝罪させてやる……』


マキは、俺のためにあの村にいたんだ…。

ありがとう…。俺は嬉しい…。



ぐしゃっ



マキの記憶から、俺に関わる全てを消し去った。



マキの中にいた俺は、もういない。

さよなら。



ゴルドは俺に、他の人間たちにその姿を見せないようにと命令した。常に透過結界で隠れ、人間たちと一切話をしないようにと。


「もし、姿を見られたら……?」

「10分以内にそいつを殺せ。それが出来なければ死ね。お前が死んだあとマキちゃんも殺す」

「……」


俺はこの世界にはいないものとして生きることを、強要された。


俺は最後に、1つだけゴルドに頼み事をした。


「マキとだけでいい……話をさせてください………」

「この子は君のことは、もう覚えてないんだぞ?」

「それでもいいです……。特異術のことも、あの日のことも、それに関わることは絶対に彼女に話しません……だから……お願いです……父さん………」


俺がひたすら懇願すると、ゴルドもそれを受け入れた。特別にマキの前だけは、姿を現してもいいと許可してくれた。


許可しなければ、俺が絶望して自殺するとでも思ったのかもしれない。本当にそうしたかもしれない。


俺からマキをとったら、もう何もないんだ…。


マキとまた話ができる。それは俺の生きる希望になるから。


そして俺は、もう1つ命令をされた。

レノンの代わりを命じられたんだ。


結界術、呪術、特異術。3つの術を使える俺は天才で、後はその身が追いつけばレノンを超えられる。ゴルドはそう思った。


俺はゴルドのツテを使って、身体を鍛えるように命じられた。武器の修行もさせられた。その中で槍の才能があるって話になって、槍技を強化した。何年も。何年も。ちなみにそいつの前でも姿を現すことを許可された。山奥に住む奇妙な男だったが、そいつのおかげで俺は見違えるほど強くなっていったのだ。


そして最強になった俺は、完全にレノンの代わりになった。透過できる俺は完璧な暗殺者だ。ゴルドに命じられれば、時には殺人もしたが、まあごく少数だ。ゴルドに呪鳥で呼ばれる時以外は、自由にしていていい。透過してだけれど。




話は戻ってレノンが死んだ後の話だが、結界師一族もいなくなり、ゴルドはまた呑気に研究に明け暮れたいと思っていたようだが、そう簡単に事は進まなかった。


「レノン!! レノン!! 私のレノンがあああ!!!!!」


息子を失ったネルムは、激しい錯乱状態になった。


「レノン……レノン………レノン…………」


ネルムは完全に壊れてしまって、ゴルドもそれを気にしていた。気にしていたのは、体裁だろうが。


レノンの記憶を消してもいいが、その後の彼女のふるまいが明らかに不自然になる。貴族は婦人も仕事場やパーティーに呼ばれることがあるからな。子供の話になったらボロが出る。


何かいい策はないものかと、ゴルドは考えを巡らせる。


「あ」


そしてゴルドは、良いことを思いついたような顔で俺を見たんだ。


「お、俺を代わりにしようってのか…?!」

「いやいや。君はもうこの世から消えた人間なんだから。そうじゃなくてさ、ちょうどいいのがいたろう」

「おい、まさか……」


ゴルドはネルムを連れて、孤児院に向かった。俺は姿を消して、後を追った。


「うん……?」


何も知らない俺の身代わり呪人が、ネルムたちの方を見た。


「レノン……レノンがいる………」

「?」


それからしばらくして、俺の呪人はレノンの代わりに養子としてあの家にやってきた。


もう俺が呪人の元を離れて数年経っている。呪人のシルバも俺とは違う人生を過ごして、見た目はそっくりだが、中身は完全に1人の別の人間として形成されていた。


(シルバはもう……俺じゃない………)


俺は赤く染まった髪をきゅっと掴んで、何も知らない俺の呪人がゴルドとネルムの元で暮らしていく姿を目に焼き付けた。


俺はシルバに何も言わなかった。何も言わずに、ただ見守っていただけだ。


言うことはできる。呪人に話すなとは命令されてはいないから。


だけどもし本当のことを言って、この暮らしが崩れたら、ゴルドは最初にマキを殺すだろう。そのことをゴルドもわかっているから、それを俺に命令する必要もないと考えたんだろう。俺は主人であるゴルドを殺せない。俺は、命令なんてされなくても、ゴルドに服従していくしかないんだ。


シルバは呑気に笑っている。

ネルムはレノンに似たシルバを、我が子のように可愛がっている。


似ているのは当たり前だ。他人じゃない。

そいつは腹違いの、ゴルドの子供なんだから。


「ははっ……」


俺はもう、全てに絶望した。絶望した人間にはもう、何の力も残っていない。


俺はそのまま数年、マキに会いに行くこともできずに、ひっそりと、生きていた。


そう、シルバがマキに、会うまでは。




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