突然変異術
「突然変異術が何かわかるまで、ここから出られないよ。あ、これ命令ね」
「は……? そんなの俺…使えないし……」
「何かしら使えるはずだよ」
「そんなこと言われても……」
そのホテルの中で、ゴルドは俺に術の解放を強要する。
「マキちゃん、だっけ?」
「は?」
「1週間以内に術が出なかったら、マキちゃんを殺す」
「え……」
ゴルドはにっこりと笑って、俺は愕然として、あまりの放心状態にもう身動きすらとれない。
「はい」
震えるように返事をすることしかできなかった。
ゴルドは俺の横に、能面みたいなあるいはマネキンみたいな髪1本ない呪人を作り出すと、「対人用の特異術かもしれないから、そいつを試験体にしていいよ」と言った。
「また来るね」
ゴルドは俺と呪人を残して、部屋を去った。
「ま、待って父さん…!!」
俺がドアに手をかけると、激痛が走った。
「うわっっ!!」
俺は尻もちをついて倒れた。
『突然変異術が何かわかるまで、ここから出られないよ』
俺は服従されている。ここから出るのは命令違反なんだ。
『1週間以内に術が出なかったら、マキちゃんを殺す』
「っっ!!!」
ゴルドは本気だ。あいつなら本気でやる。
「くそっ!! くそっ!!!」
俺はソファをがんがん叩いて、溢れる涙を止めることができなかった。
最低だ。
俺の両親は、最低だ。
ティーニアとゴルドの顔を思い出しては、虫唾が走るほど憎しみの感情が湧いた。
「……」
でも駄目だ。マキを死なせるわけにはいかない。
俺がゴルドにマキの話をしたばっかりに…
くそ……
俺は目の前の呪人を睨みつけた。
「シルバ君。頑張ってね!」
呪人は死んだような目で、棒読みでそう言った。
(やるしかない…)
外はいつの間にか大雨になっていた。暗雲が立ち込めて、ピカっと雷が光った。ゴロゴロゴロ…と響くような音が、俺の耳を劈いた。
「うん…?」
その頃施設では、彼の身代わりの呪人も、同じように外を見ていた。
「うわあ、雷だ〜…」
フラッシュのように眩く光る雷を見た呪人は、呑気にそう呟きながらも、その雷から目が離せなくなる。
「ご主人様……」
バチ バチ
「あれ…?」
呪人のその手から、同じように小さな稲妻が現れた。
バチ バチ バチ バチ
「あ……」
その日、俺の知らないうちに、呪人に雷を落とす力が伝播したらしい。
朝昼晩、部屋の中まで客室係が食事を持ってきてくれるから、餓死するってことはない。その他にも飲み物やお菓子が常備されているが、必要以上にそれに手を触れることもない。
マキが殺される。そのことが、俺にとって1番ダメージがあることだと、ゴルドもわかっていた。
俺に服従しないと死ぬと命令するよりも、断然有効なんだって。
5日目になった。能力が何かわからない。俺は焦っていた。
「シルバ君、頑張って〜!」
「うるせええ!!! このハゲぇえええ!!!!」
俺は苛立ちと共に、その呪人の顔を握りしめた。
「……!!!」
何だこれ…。
『シルバ君。頑張ってね!』
初日にこの呪人が俺にそう言った時の映像だ。映像には俺が映っている。間違いない。これは、こいつの…視界だ。
その後ずっと、俺が苦難している様子が映っている。呪術や結界術をむやみに使って、新しい術が発動しないかを模索したんだ。
(これは……この呪人の……記憶だ………)
俺は察した。俺はこの呪人の記憶を、見ることができる。
こいつは生まれて間もない。だからここ数日の記憶しかない。
そして俺は、その記憶を、
潰せる。
「ハァ……ハァ………」
ぐしゃっという音がした。感触がした。
記憶がまるで、具現化したような、そんな感覚だ。
俺は記憶を、選ぶことができる。
選んだ記憶を、消すことができる。
その時俺は、その力の使い方もふっと察したんだ。
「君、誰?」
呪人は俺を見ると、そんな風に答えた。
呪人の中から、俺の記憶が、全部消えたんだ。
(これだ……)
俺の突然変異術、人の記憶を読むこと、そして消すことだ。
「なるほど、いいじゃない。便利じゃない」
「そうですか……」
「記憶の書き換えはできないの?」
「出来ません……それに、自分の記憶はいじれません」
「へ〜ぇ。とにかくその力、俺に使わないでよ。これ、命令ね」
「わかってますよ…」
ゴルドは俺の能力を聞いて、うんうんと頷いていた。いらない能力だったら、俺を殺すつもりだったに違いない。
「死者蘇生術は生まれなかったかあ〜」
「生き返らせたい人でもいるんですか…?」
「ううん? 俺が死んだら生き返らせてもらおうと思っただけ」
「……」
俺は父親があっけらかんとそう言うのを聞いて、もう言葉もない。そのために、あるいはこいつの趣味の研究のために、一体何人の術師の女に子を産ませたのだろう。
この男が憎いと思っていた。でももはや、憎しみを超えて、何の感情もない。こいつが俺の父親だということは変わらないし、俺が一生仕える相手だということも覆せない。
そう、俺は絶望したんだ。もうどうでもいいと。
(家族……)
いらなかったんだ。最初から。
知ろうとするのが間違ってた。だって捨てられたんだから。
「いい色じゃないか!」
ある日ゴルドは、俺の髪を赤く染めた。自分と同じ、血の色に染めた。これは俺がゴルドの息子である証だ。俺の銀髪は、その日なくなった。そして今も俺は、赤色を保っている。そのように命令されたからだ。くだらない命令だ。
ゴルドに攻撃をしてはいけないことは、服従された時点で決まっていることだ。主人を殺せば、俺は死ぬ。
そして俺は、特異能力をゴルドの命令以外で行使しないこと、またそれに関する全ての話を誰にも口外しないことを、命令された。
「見たって人がいるのよ。貴方が隣町であなたによく似た見知らぬ子供に会ってるのを」
ゴルドの妻ネルムは、そんな情報を手にしては、ゴルドに言いがかった。
「はぁ……」とゴルドはため息をついた。
「ちょっと! 何よそのため息は! 何なの? 誰と会ってるの?!」
ネルムは少し、ヒステリックな面があるそうだ。ゴルドはネルムのことは全く愛していないと俺に言っていた。ちなみにネルムは、何の術師でもない。
何で結婚したのかと聞いたら、貴族の体裁を整えるためと言っていた。美人の妻と結婚し、子供を産んで幸せな暮らしをする。それが重要なんだそうだ。
「シルバ、やれ」
ゴルドは俺に、ネルムの記憶を消すように命令した。消すのは、俺の噂を聞いたところの記憶だけだ。
ネルムの寝ている間に、俺は記憶を消した。
その時、ゴルドとその息子と幸せな生活をしている、彼女のたくさんの記憶を見た。
「……」
そのあと彼女は、俺のことなどすっかり忘れて、また前のように幸せな生活に戻ったようだ。
数カ月経ったある日、ゴルドに呼び出されて、俺はまた彼と会うことになった。それはまたホテルの一室だった。俺が着くなり、ゴルドはハァとため息をついた。
「どうしたんですか…?」
「結界師の一族が、ティーニアの不倫相手が俺だと勘付いたらしいんだ」
「え?」
「そこから俺のことを探っていたみたいなんだよね。俺の研究のことまで突き止めたみたい。見てよ、これ、脅迫状まできた」
「……」
ゴルドはそう言いながら、結界師の一族から届いた手紙を俺に見せる。内容は、その研究で得た術師の子供の引き渡しと情報の共有だ。それが出来なければ、研究のことを口外すると。
もちろん口外なんてされたら、ゴルドはあっという間に牢屋行きだ。だからといって、1人でここまで培った研究成果を、みすみす結界師一族に渡すなんて真似、絶対にしたくはない。
「まさか、シルバじゃないよね?」
「はあ?」
「結界師一族にティーニアと俺の不倫を吹き込んだ奴がいるはずだ」
「俺じゃないですよ」
「本当か? 嘘をついたらお前は気絶する。命令だ、答えろ」
「本当に俺じゃないですって……」
俺は気絶しない。当然だ。俺はそんなことしていないんだから。
「……確かにお前じゃないみたいだな」
「だからそう言ってるじゃないですか…」
服従の紋の命令は絶対だ。どんな拷問よりも効率的だ。ゴルドは俺が裏切ってはないと、納得したようだ。
「で、どうするつもりですか…」
「しょうがない。奴らを殺そう」
「え…?!」
淡々とそんなことを口にするゴルドに、俺は唖然とするばかりだった。
「小細工はいい。全員皆殺しにしよう」
「さ、流石に結界師全員を相手にして勝てるわけないですよ……。奴らに守護結界張られちゃ、手も足も出ませんよ」
「大丈夫。こっちにはとっておきがあるから」
「はあ……?」
「もうすぐ着くよ。ここに呼んであるから」
「は……?」
しばらくすると、ホテルのドアが開いた。
「なっ……」
俺はそいつを見て、目を丸くするばかりだった。
部屋に入ってきたその少年は、ゴルドとネルムの息子だったのだ。
名前は……
「レノン……」
「や!」
レノンは随分ひょうきんな様子で右手をあげると、にっこりと笑って俺に挨拶をした。
「一体…どういう……」
「ああ、こいつには全部言ってあるから。お前の特異術のことも、話して構わないよ」
「……」
レノンはソファにどんっと座り込んであぐらをかいた。
「何なに? 今度は誰殺せばいいの?」
「結界師一族」
「ふうん。いつ殺んの?」
「口外されたらたまらない。今からでも行くか」
「おっけー!」
「ちょ、ちょ、ちょ……何がどうなって…」
「うるせえな。説明は向かいながらする」
わけもわからぬまま、俺はゴルドとレノンに同行した。呪術で馬車と乗り手を出すと、俺たちはそれに乗り込んで、結界師一族の住む村に向かっていた。
「この子は……あなたの息子ですよね……?」
すると、レノンが答えた。
「そうだよ! 君もでしょ? 腹違いだけど! あははは!」
「……」
レノンは終始ニコニコと笑っていて、その笑みからは狂気しか感じない。完全にイカれている様子だ。これまで俺が見たあの幸せ家族の絵面は何だったんだ…?
「こいつはな、天才殺人鬼だ」
「そ! 僕はね、小さい頃から殺人衝動が収まらないんだ!! 父さんは僕の願いを叶えてくれる。こうやって僕に、殺していい人間を用意してくれるんだぁ〜!」
「は………?」
両手をグーパーさせながら指を鳴らしている少年を見て、俺はただただ怯えていた。
「大丈夫だ。お前を殺しはしない。レノンも俺が服従している。俺が命令した奴しか殺せない。そうしないと、誰彼構わず殺してしまうからな」
「そうそう! 最初に殺したのは飼ってた犬でね! 名前はマックスっていうんだけど! それが父さんに見つかった。見つかったのが父さんで本当に良かった〜! 父さんが俺を、この殺人衝動から守ってくれたんだ!! 服従の紋ってやつでね!!」
(何を言ってるんだ……こいつは……いや、こいつらは……)
「ネルムさんは知ってるんですか…?」
「母さんは何にも知らないよ〜」と言いながら、レノンはふわあと欠伸をした。「母さんは何も知らない。もし知ったらあのヒステリックが…うわ〜もう絶対止められないぞお〜!」
レノンはそう言いながら、涙が出るほど笑っていた。
俺は吃驚仰天して、もう彼に目も当てられない。
「……」
こいつらは本当にやるつもりだ。結界師一族を、皆殺しに……。
「シルバ、君もティーニアのことはよく思ってなかったろ? ちょうどいいじゃないか」
「……」
「シルバ君を捨てたお母さんか! どうする? そいつは君が殺す?」
「殺しません……」
「ああそう? じゃあ僕がぜーんぶ殺しちゃお! 嬉しいなぁ〜! 一体何人いるんだろ〜!」
「……」
「子供もいっぱいいるかな? 僕ね、子供殺すの大好きなんだよね! 特に親の前で殺すのが楽しいよ! 親たちの絶望した顔、あれねぇ、最高だよ!」
「……」
こいつらは……何を言ってるんだろう…。
俺はもう………何もわからないよ……。
「シルバ、守護結界は剣を弾くのか?」
(……!)
このままこいつらが結界師に負けて死ねばいいと思っていた。だけどそれも、叶いそうにない。
「弾きますよ……」
「じゃあ弾かない剣を創造しろ。お前も結界師なら、そのくらいできるだろ。命令だ」
「……」
俺は言われるがままに、結界を無効化する剣を創り出した。結界師同士は反する結界を張れば効果を打ち消せるんだ。強化結界に弱体結界を張れば元に戻るように。それを応用しただけだ。
「うわ〜かっこいい! ありがとう! シルバ君!」
「……」
レノンはその剣を見て、嬉しそうに微笑んだ。彼は無邪気な少年。俺はそう思っていた。だけど彼の実態は、最低最悪の殺人大好き少年だった。
俺はゴルドとネルムと一緒にいる彼の姿を何度も見ていたのに、まるで、気づかなかった。あの笑顔が偽物だなんて、俺は気づかなかった……。
「着いたね!」
あっという間に結界師一族の村までたどり着いた。俺たち3人は馬車を消すと、俺の透過結界で全員身を隠しながら、村に近づいた。
レノンは左手に俺のあげた剣を持っていた。
「左利き……?」
「うん! 君もでしょ! シルバ君!」
「……」
俺も左利きだった。この子も、それに、ゴルドも。
「皆おんなじだね! やっぱり遺伝かな? ふふ!」
「……」
レノンは笑った。ゴルドもそれを見て、ふっと鼻で笑っていた。
村に近づくと、なんだか様子がおかしいことに気づく。俺たちは一度止まって、その様子を見ていた。
「ティーニア・イグレック。裏はもう取れているんだぞ! 呪術師と孕んだ子を捨てたんだろ?!」
(え……?)
その村で、見慣れた女が声を荒げていた。服がまるで違うから、村のやつじゃないことは一目瞭然だ。俺は目を見開いてその女を見る。
(マキ……?!)
ティーニアに声を荒げていたその女は、マキだったのだ。




