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襲撃

劈くような雷が森の中に落ちたのを、当然リルイットとラスコも目にしていた。ラスコがその技を見たのは初めてだった。


「あれは…?!」

「シルバの雷だな。ほうら生きてるだろ。ほっとけ」

「ちょ、やっぱり合流した方が…ひゃっ!!」


リルイットは更に加速して森の上空を飛び抜ける。ラスコは心配そうに後ろを振り向いたので、リルイットは気に食わないという表情でそれを見る。


飛びあがったラスコは、植術が使えるようになったことに気づいた。ウイルスの効果は森の中でしか作用しないようだ。


(伝えてください…! 先に行くと…!!)


ラスコは植術で、イグたちに自身の状況と情報を速やかに伝えるように植物に命じた。あまり離れてしまうと植術が届かなくなる。伝言は、先に森を出て研究所に向かっていること、森にいると術が使えなくなること、研究所の方向、その3つだ。


「あなたは本当に誰なんですか」

「だから、リルイットだってば」

「違います。私が今まで一緒にいたリルではありません。あなたも私の言いたいことはわかるでしょう! 何なんですか。二重人格なんですか」

「そんなこと言われても…俺は俺なんだよ。これまでお前と旅を続けてきたリルイットも、俺だよ」

「でもさっきは、自分とリルは別人のような言い方をしていたじゃありませんか。私のことも初めて見たような物言いで」

「そうだけど、でも俺はリルだから」

「意味がわかりません!」


何度聞いても彼は、自分はリルイットだとしか言わなかった。リルイットの中には、もう1人のリルイットがいるんだろうか。さすがにリルがふざけているわけではないと思うし…。


あっという間に森を抜けてしまった。シルバさんとイグさんは、本当に大丈夫だろうか…。

自然が永遠に広がる。今は岩山の上を飛んでいる。


「研究所はどっちだ」

「このまま真っ直ぐです」


ラスコはさっきからずっと、彼にお姫様抱っこ状態だ。


「疲れませんか? この体勢」

「いや、全然」


リルイットは嬉しそうにラスコに笑いかけている。彼女と2人きりの空の旅。リルイットは非常に満足気だ。


(何なんですか。ブスを抱っこして何がそんなに嬉しいんですか。頭おかしいんですか!)


ラスコは終始怪訝な顔つきだったが、リルイットは構わず空を飛び続けた。




その頃イグたちは、アルラウネを倒してようやく一息ついたところだった。


「敵がまだ近くにいるかもしれない。矢を射ってきた。警戒しろ」

「うん! わかった〜!」


イグはヘラヘラと返事をするシルバを見ると、また舌打ちをした。


俺の身代わりとして生んだはずなのに、何でこんなに似てねえんだ。

もちろん顔は同じだが、性格がここまで違うとは。

呪人の性格は、選ぶことができない。できてみないとわからない。命令は従うから、ある程度は言った通りにふるまうが、根本的な性格を変えることはできない。こいつは俺の身代わりだが、あくまで別の人間だ。


まあでもさっきはこいつに助けられた。油断した俺が悪いが、本当に死ぬとこだったからな。


それにしても、あり得ない。

何でレノンが、ここにいる…?!


「ねえ見てイグ」

「んあ?」


シルバが1本の木を指さした。木はそのしわがれた幹が顔のように変化すると、のっそりと話しだした。


「やあ、僕はリフールロット。ラスコから伝言があるよぉ〜〜」

「何だこりゃ!!」


イグはその気持ち悪さに後ずさったが、シルバはニコニコと笑っている。


「すごいね! 木が話してるよ!」

「植術か……? びっくりさせやがって……で、何だよ?」

「ラスコとリルイットは、先に研究所に向かってるよぉ〜」


リフールロットと名付けられた大樹は、イグたちに話を続ける。苛つくほどゆっくりな話し方だった。


「はあ? 何で? 俺たちを置いて?」

「この森の中にいると、術が使えなくなるらしいよ〜」

「いや、質問に答えろ!」

「研究所はこっちだよ。森を抜けたら何とかなるよ〜」


リフールロットは枝を生やすと研究所への方向を示した。太陽の位置から判断すると、大体南南西の方角のようだ。


「おいこらリーフ野郎! 会話になんねえやつだな!」

「僕の名前はリフールロ……」


名前を言いかけたところで、大樹の顔は元に戻ってしまった。植術が切れたようだ。


「何なんだよ! 何で俺たちを置いてくんだよ! 何であいつらは普通に術が使えんだよ! どうなってんだ!」


イグは喋らなくなったその大樹を、げしげしと蹴りながら怒鳴り散らした。すると、やめろとでもいうかのように、枝が曲がって落ちてくると、イグの頭をゴツンと叩いた。


「まあまあ! とにかく僕らも向かおうよ」

「ったく…向かおうって、徒歩でどんだけかかると思ってんだ…。何で俺たちの場所もわかってるくせに、拾いに来ねえんだ…頭おかしいのか?」


イグはずっとブツブツ文句を呟いていた。シルバは状況をわかっていないのか何なのか、ずっと笑っている。イグはそれを見てもまた更に苛ついたが、もうこの苛つきにはキリがないと悟った。


「そういやお前、気絶しねえな」

「あれ? 本当だ! あんなに雷撃ったのに。どうしてだろう」

「はぁ…まあこれ以上荷物になられたら困るからな。絶対にくたばんなよ」

「わかってるわかってる! 力もまだ全然残っているような気がするし!」

「本当かよ…」


途中で魔族が2人を襲ったが、イグがその槍で蹴散らした。

シルバも遠距離から雷を撃って敵を倒した。気絶するからやめろとイグは言ったが、シルバは大丈夫と言って笑っていた。何の根拠があってそう言ったのかはわからなかったが、シルバがその後気絶することはなかった。


森をひたすら突き進んで、あっという間に夜になった。ここに来るまでに相当な魔族と戦闘し、殺した。身体はかなり疲弊していた。


(クソが……リルイットとラスコのやつ、何の虐めだ! 見つけたら絶対に許さん!!!)


やがて足場もよく見えないほど真っ暗になった。もう進むのは無理だ。野宿するしかない。


呪術に頼り切っていたから持ち物が何もない。食べ物もない。


昼から何も食べていない。イグは近くの木にもたれかかって座り込んだ。イグのお腹がグーっと鳴った。


「くっそ腹減ったぁ〜……」

「大丈夫?」


シルバは心配そうにイグの顔を覗き込んだ。

シルバは呪人だ。身体は人間そのもので、食べることももちろんできる。味覚もある。しかし、食べなくても生きていける。


「あ、そうだ!」


シルバはいいことを思い出したようで、その目を輝かせた。


「なんだ? 何か食い物持ってんのか?」

「うん! 持ってる!」

「でかしたシルバ! 全部よこせ!」

「うん!!」


と、シルバが出したのは手作りのミルクパンの余りだった。イグは白々しい目で、笑顔のシルバとパンを交互に見たが、この際仕方がないとそれをぶんどった。


「パッサパサじゃねえか!」

「昨日の朝焼いたから〜。できたてはもっと美味しいよ!」

「腐ってねえだろうな」

「ええ〜?! 大丈夫でしょう! 1日くらい!」

「くっそ……」


ったく、このクソまずパンを食うことになるとはな。


「何でパンなんて焼くんだよ。お前は食わなくても生きていけるだろ」

「趣味だよ趣味」

「気持ち悪い奴だな…」


俺の顔してパンなんて焼いてんなよ……。

ほんっとに意味わかんねえ。何でこんなに真逆の性格になっちまったんだ。

おまけに不器用で、運動音痴で、頭も悪くて、何でそんなに出来損ないになっちゃったんだ…。

シルバを作ったとき、確かに俺は幼かったが……やっぱり呪術のセンスがないんだろうか…。

ったく、こいつを見てると、自分に嫌気がさす。


森の中は静かだった。魔族も眠りについたのだろうか。

夜型もいるはずだが、姿はない。気配もない。


「3時間交代で寝るぞ」

「うん! イグが先に寝ていいよ。僕見張ってるから!」

「あっそ…。じゃ、何か気配察したらすぐに起こせよ」

「うん! 任せて!」


何となく信用できねえな…。まあでも眠い。寝よう。


シルバに見張りを任せて、イグは速やかに眠りについた。木に持たれたまま、座った体勢で眠った。


シルバは彼の横に座り込むと、同じ木にもたれかかって座った。


(どうして気絶しなくなったんだろう)


これまでは、雷を落としたあとは必ず気絶した。まるで僕の身体は機械で、電気を使い切ってしまってショートするように、バタリと。少し眠ったら、目を覚ましてはいたけど。


今日は一体何発撃ったかな。数え切れないほど落としたけど平気だ。


こうなったのは…そうか、あの薬を飲んだ後からだっけ。


ドクン


「!!!」


突然核を掴まれるような感覚がシルバを襲った。

痛みではない。だけどもその力は強く、心が苦しい。


バシュウウンン!


「?!」


矢が僕に向かって放たれた。僕の身体の電流が過敏に反応して、僕が気づくよりも早くその場から飛び退いてそれを避けた。


僕はハっとして、すぐにイグを起こそうと、彼の名前を呼ぼうとしたが、それより先に敵が動いていた。


「イグ?!」


イグは既に、茶髪の少年に捕まり、少し離れた木の上に置かれていた。その横に少年は立ち尽くし、僕を見下ろしている。

あり得ない。この一瞬で? 一体どこにいた? 人間が近づいた気配なんて全くなかった。寝ていたからって、イグがそんな簡単に捕まるなんて…。

透過結界? それとも隠れ身? いや、この森では術は使えないはずだ。


シルバは少年を見上げる。初めて見る顔なのに、初めて会った気がしない。茶髪で赤目の10歳くらいの少年。黒いローブに、黒い剣が、右腰に…。そうだ。僕たちの敵である謎の少年だ。事前に聞いた情報と一致している。この子がそうだ。


少年は何の感情もなさそうな笑みを浮かべて、シルバを見下ろした。そうだ、そう言えばこの子、誰かに似て……。


「おい!!」


イグもさすがに目を覚まして、自分の状況を察知する。太い木の枝の上に寝かされている。左腕はだらんと下に垂れている。かなりの高さだ。


すぐに起き上がろうと思い立ったが、イグは身体の異変を感じる。


(何だ?! 身体が動かせない?! 全身が痺れる…!)


「特殊麻痺剤だよ〜。ケイネスの爺ちゃんが作ったの! 凄いよねぇ! でも意識はなくならないみたいだよ〜」


首を動かせないから顔は見えないが、この声、間違いない。


「レノン……」

「?!」


イグはそう呟いた。シルバは耳を疑ったのかと思った。

そんなこととは露知らず、レノン本人は喋りだす。


「やあ! 久しぶりだねシルバ君!」

「?!」

「………」


シルバは目も疑った。レノンはシルバではなく、イグに向かってそう言ったのだ。イグのことを、シルバと呼んだのだ。


「レノン……君……?」


シルバはおそるおそる彼の名を口にする。

そうだ。誰に似ているのかと思えば、自分に似ているんだ。

そしてそれと同じくらい、いやそれ以上に、僕の両親に似ている。


「うん! 僕はレノン・ダドシアン! 君と話すのは初めてだね。えっと……ああ、そうか。今は君がシルバなんだもんね。ややこしいなあ、もう」


少年は名乗った。間違いなくダドシアンと姓も名乗った。


「そ、そんなわけない…。レノン君は死んだんだ。だから僕が、代わりにあの家に……」


レノンは笑っている。そのまま後ろから落ちるように飛び降りた。と思うと、すぐにレノンの身体が消え、気づけばシルバの前に何の反動すらなく着地した姿を現した。


(消えた…? 瞬間移動したのか…?)


レノンはまだ笑っている。だけれどその笑顔は笑顔に見えない。ものすごく、殺気を感じるんだ…。


「僕ね、結構ゲームが好きなんだ。将棋とか、チェスとか戦略ゲーム全般ね!」

「……」


何の話だろうと思ったが、シルバは言葉もなくなり、彼の話を呆然としたまま聞くことしかできない。


「だからね、本当は僕は指揮官になって、手駒を操って人間を殺す方が好きなの。僕が手をくだすんじゃなくってね!」

「……」

「エルフの里では参ったよ。あんなに入念に計画したのに、まさかバクトツリーが効かない奴がいるなんて思わなかったもん。ユニコーンも魔族のくせにあいつらに加担するし」


エルフとの戦争の話はあらかた聞いた。首謀者はミカケ君だと思っていた。でも違うのか…本当の首謀者はこの子…レノン君だっていうの…?


「おまけに城に送り込んだサンダーバードまで倒してくれちゃって。ああ、ていうか倒したの君だったよね? よくあいつを倒せたね。そんなに強そうには見えないのに」


レノンはシルバの腰に刺さった剣を冷ややかな目で見つめた。


「剣の才能もまるでないのにね!」

「……」


シルバは唇を噛み締めて、レノンを睨みつける。


「ああ、話がそれちゃった。僕はゲームが好きなんだ。だけど今回の敵が君たちだって知って、気が変わった」

「……どういうこと」

「君たち2人は、僕が殺す。そう決めた」

「っ!!」


笑っていたレノンから、笑顔が完全に消えた。その顔には殺気しかない。


ドクン


(?!)


シルバの核を掴む何かが、反応している。

誰かの憎悪に。


「それじゃ、行くよ」


レノンはもう一度笑顔を取り戻して、にっこりと笑うと、姿を消した。そして次の瞬間、シルバの背後に現れると、左手を鞘にあて、素早く引き抜き、彼に斬りかかった。































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