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主従を超えて

「んの野郎!!!」


イグは槍でアルラウネの棘付きのツルを薙ぎ払った。最初の敵の攻撃で即効捕まっていたシルバは、やっとそこから解放された。


「ありがと〜イグ!」

「ボーッとしてんなよクソが!! 隠れてろボケ!」


アルラウネは次々にツルを伸ばし、2人を捕らえようと襲いかかった。真っ赤な花の真ん中には、可愛らしい少女が微笑んでいる。リルイットとラスコが倒したアルラウネよりも、ほっぺが赤く、より幼い顔立ちだ。


イグはツルの隙間をくぐり抜け、時にはツルを切り落としながら、本体を目指す。アルラウネはちっと舌打ちをしながら、桃色の花びらを盾のようにして自身を守る体制をとった。イグの背後からも再びツルが戻ってきては、彼に襲いかかる。


イグは振り返らずに後ろから襲うツルを切る。もちろん見えてはいない。気配を感じ取るのは得意だ。


アルラウネは花びらに守られながらも焦っていた。術を封じたというのにこの動きだ。しかし逃げるわけにはいかない。縄張りに侵入した人間を、放っておくわけにはいかない。


「おら!!」


イグはアルラウネの目前まで来ていた。その槍を花びらに向かって突き刺した。しかし見た目に反して、鉄のような固さだった。


「ちっ!」


貫けないとわかったイグは、上に飛んで迫りくるツルを避けた。シルバはイグが捕らえられるのを危惧して、剣を持って駆け寄ってくる。


「イグ!」

「馬鹿! 隠れてろっつったろ!!」


ツルはシルバにも狙いを定める。20本近いツルのうちの半分はシルバの方へ向かった。渾身の振りも空振りし、あっという間にシルバは再びアルラウネのツタに捕まってしまった。


アルラウネはシルバを締め付け、生気を吸い取っていく。呪人といえども身体は99割生身の人間だ。吸われ続ければ死んでしまう。


「ったくもう!!」


イグは悪態をつきながら、身軽に飛び上がってはツルの上を駆け、横から襲いくるツルを槍の一振りで斬り落とし、シルバの元へと急いだ。シルバを掴んでいるツルを斬り落とそうとすると、背後から何かが近づいてくるのを感じる。


イグは瞬時にそれを避けた。白い矢だった。彼の膝下ギリギリを通り抜けた。


(さっきリルを射った奴か?!)


イグが矢の方向を振り向くと、驚きに目を大きく見開いた。


(レノン?!?!)


そこには幼きレノンの姿があった。レノンはイグを見ると、にっこりと微笑んだ。彼を見つけたイグは驚きのあまりスキができてしまった。そのスキをつかれて、アルラウネのツルに足を掴まれた。


(しまった……!)


ツルは次々にイグに巻き付いて、彼をがんじがらめにした。


「ふふ…」


アルラウネはイグを捕らえたことで勝利を確信し、花びらの中から本体が姿を現した。2人の生気を吸いながらほくそ笑んでいる。


「不思議ね。全く同じ生気だわ」


生気には味がある。人間によって異なるはずの味が、全く同じだったことにアルラウネは疑問を抱いた。


「当たりめーだ。このクソ魔族…」


イグは顔をしかめながら、レノンのいた場所を見た。もう彼の姿はない。そのまま先に捕まったシルバの方に顔を向ける。シルバはもう半分以上生気を吸われて、意識もなくなっていた。


(この役立たずが…)


これはやばい…まじで…やばい………


生気は体内エネルギーにも近しいものだ。故にイグの多量の生気を飲み干すには時間がかかるようだ。とはいえ、確実に吸われている。アルラウネはだんだん大きく成長していった。


それに伴い、ツルの束縛は更に威力を上げる。万事休すだ。


(ざけんなよ……こんなところで死ぬのか…)


こんなところで死ぬわけにはいかない。

いや、違う。

殺すわけにはいかない。


イグは既に意識のないシルバに目をやった。


(シルバを殺すわけには……いかねえんだ……!!)


『イグ、ありがとう』


マキの笑顔がイグの脳裏をよぎった。



その時、シルバは夢を見ていた。

呪人もどうやら夢を見るようだ。


(まただ……)


シルバの目に、一筋の涙がこぼれた。


どうして僕はまた、悲しくもないのに泣いているのだろうか。


『お前は今日から俺だ。お前が今日から、シルバだ』

『……僕が、シルバ』


僕はイグに生み出された。

イグに成り代われるように、イグのこれまでの記憶をもらった。イグが施設に入った時から、今日までの記憶。

でもその記憶は最初から、何かが欠けていた。


『ご主人様、本当にこれで記憶は全てですか?』

『は? 当たり前だろ』

『ですが、これではご主人様がこの施設を出たい理由がわかりません』

『だから、親がどんな奴か見てみたいからって言ってるだろ』

『本当にそれだけですか?』

『それだけだよ。うるせえなあもう』


そう言ってイグは、僕の脳裏に命令を下した。イグの言うことに口出しをしない、行動に一切の疑問を持たない、そういった内容の、抽象的な命令だ。その時から僕は、イグに何かを尋ねるのはナンセンスだと察するようになった。僕はただの呪人だ。イグの望んだ通りに、生きなければならない。


バチバチバチ


雷の力が宿ったあの日、僕はイグのことを思い出した。イグがあの時どこで何をしていたのか、僕が知る必要はない。



その夢の中で僕は、恋をしている。

同じような夢を何度も見る。

その相手はいつもマキだった。


マキはイグの好きな人だから、僕が好きになる人ではないと思っていた。だけど夢の中では必ず、イグをさしおいて僕は彼女を好きになる。そして彼女も、僕のことが好きだ。現実ではありえないけど、夢だから許される。


だってマキが好きなのはイグだ。大きな声では言えないけど、僕が好きなのはラッツだ。呪人のくせにと言われるかもしれないけど、僕にも好きな子がいるんだ。


だけど僕は、ラッツに好きと伝えることなんて許されない。

だって僕は、マキと結婚しているから。

そうすることを、イグが望んでいるのだから、そうする以外に僕がすることはないんだ。疑問は抱かない。もちろん不満もない。当然だ。


僕はイグに絶対的だ。

そのことが辛かったり、嫌気がさしたりすることはない。

だってイグは、ご主人様であるとともに、シルバだから。

イグは僕のオリジナル、本当の自分なのだから。


「イグ……」


イグは僕を守ろうとしてくれた。

だから僕もイグを守りたかった。


僕は弱いから、うまくいかなかった。

イグに迷惑をかけるだけだった。

最初から手出しなんてするんじゃなかった。


(シルバを殺すわけにはいかねえんだ……!)


イグの声が聞こえる気がした。

イグはどうして僕を守ってくれるのかな。

この世にシルバがいなくなったら困るから?

それとも僕にほんの少しくらいは愛着があるのかな。


ああ、疑問を抱いてはいけないんだった。


「イグ……」


君が僕を守ってくれるように、僕も君を守るよ。

僕は弱いから無理だろうか。

だけど……



シルバは突然、意識を取り戻した。目を大きく開いた。それと同時に雷雲が空に現れる。太陽を覆って影を作る。


「シルバ?!」

「イグは殺させない! 絶対に!!!」


僕はイグに絶対的だ。

それは主従関係にあるからではない。単純な思考だ。


僕が、イグであるからだ。


アルラウネに向かって雷が落ちた。それはつんざく炎の槍のように真っ直ぐに落ちた。アルラウネの身体は激しく爆発して、大きな花びらもまた跡形もなく粉々になった。


1発目で僕らの拘束は解かれた。僕は超加速してイグを助け出すと、その場から離れた。


アルラウネはもう死んでいたけど、雷は何発も落ちた。連続する熱界雷だ。落ちた後、目に見える稲妻の線が、空に登っていくかのように見えた。


イグは驚いたようにその落雷を見ていた。僕が雷を落とすのを見るのは初めてではなかったはずだけれど。


僕はイグをアルラウネから離れたところに下ろした。アルラウネの周辺の森林も破壊され、木々たちは枝の葉を丸ごと落としては次々に倒れた。


「シルバ、お前……」

「イグ! 無事でよかった!」


シルバはにっこりと微笑んだ。その笑顔はイグが絶対に作れないような、穏やかで優しい笑みだ。


僕はシルバ。

名前はイグにもらったんだ。

僕がイグである証だ。


イグが守りたい物は、僕も守りたい物だ。

僕はシルバ。だけど、僕はイグでもある。そうだろうと、勝手に思っている。


イグを守るためなら僕は、自分がどうなろうと構わない。

そういう風にも思っている。



































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