グロンディアバレット
マキの奪還を目指して2日目の朝、リルイットは目を覚ますと、うーんと両腕を伸ばした。
(やっべ。シャワーも浴びずに寝ちまった)
真ん中のベッドに寝ていたリルイットは、ふと両隣のベッドを見た。シルバもラスコもいない。
(んだよ。先に起きたのか? 全然気づかなかった。まあいいや。シャワー浴びよ)
リルイットはボサボサの頭をかきながらシャワールームに向かうが、使用中だ。ふんふんと鼻歌が聞こえてくる。
(何だ…シルバが使ってんな)
まああとでいいかと思って外に出ると、ラスコとイグがコテージのテラス席で話をしている。
(あれ)
昨日は喧嘩ばかりしていがみ合っていた2人。今日も確かに何やら言い合ってはいるのだが、雰囲気が違うのを感じる。何となく、穏やかだった。
「ふふ!」
すると、イグの話でラスコが笑顔になった。それはリルイットもよく見たことのある、自然な笑みだった。
(あ)
「リル! おはようございます!」
ラスコはリルイットを見つけると、いつものように挨拶をした。イグも声にはしないが、軽く手をあげた。
「おはよう…」
「昨日はリルもシルバさんも、すぐに寝てしまって残念でした。昨夜はペルセウス座流星群の日だったんですよ!」
「え、そうだったんだ」
「すっごく綺麗でしたよ。ねえ、イグさん」
(うん?)
リルイットはちょっとばかり怪訝な顔をした。
(イグと2人で見たのか?)
「まあな〜」
「リルにも見せたかったですよ!」
ラスコはイグの涙を見たことは、誰にも言わなかった。口止めされたわけじゃないが、暗黙のうちにそうしようと思った。
「ラスコ、果物ちょーだい」
「いいですよ。何がいいですか」
「何でもいいや。10個くらい適当に出して」
「もう。何がいいか言ってくださいよ」
イグはラスコに果物をねだった。朝ご飯にするのだ。
(あれ。今ラスコって…)
リルイットはなんてことない彼の一言にも過敏に反応した。昨日までブスとしか呼ばなかったのに、彼女の名前を呼んだからだ。ただそれだけなのだけれど。
ラスコはオレンジやりんごなど、適当に果物を出すと、机の上に置いていった。すると、イグは呪術でミキサーを創り出し、果物をナイフで切って突っ込んだ。ガガガガと音を立てながらミキサーが可動し、あっという間に果実100%スムージーが完成した。
イグはそれを創ったコップに移すと、ゴクゴク飲み始めた。
「うめぇ〜! 搾りたて最強だな」
「美味しそうですね!」
「飲むか?」
「ありがとうございます」
ラスコはイグの飲んだあとのコップをとると、そのまま一口もらった。
(はあ?)
リルイットはまたまた怪訝な顔になった。
(何でそんなに仲良くなってんだ?)
その目線に気づいたのか、イグがちらりとリルイットを見た。リルイットは彼と目が合った。するとイグは、ニヤっと笑った。
(な、何だ今の! 何の笑いだよ!)
すると、シャワーを終えたシルバもテラスにやってきた。
「おはよ〜! あ、リルイット君も起きたんだ! シャワー空いたからどうぞ!」
「あ、うん…」
「うわ〜! 何それ! スムージー? すっごい美味しそうだね〜! 僕にもちょーだい!」
「飲みてーなら自分で作れ」
「うん! わかった!」
リルイットは1人コテージに戻っていく。
「果物新しいの、どうぞ」
「ありがとう、ラスコちゃん! あ、このりんご美味しそう〜! りんごスムージーにしようっと!」
シルバはイグのミキサーにりんごを放り込んでいく。
「うわああああ!!!!」
しかし蓋がしっかりしまっておらず、りんごたちがシャワーのように吹き上がった。不器用な彼にはよくある光景だった。
「きゃああ!!!」
「何やってんだこらぁあ!!!」
スムージー状になったりんごの液体が、3人の顔と身体にふりかかった。
「うわあああ! ごめん!!」
「いいから早く止めろ!」
「あわわわ!」
何とかミキサーは動きを止めた。テラス席は散々な状態になった。
ラスコはりんごまみれになったシルバとイグを見ると、あははと笑った。
「何笑ってんだよブス!」
「あはは! いや、2人共汚いなあって!」
「お前も汚えからな!! このブスが!!」
「あはははは!!」
ラスコは謎のツボに入ったのか、大笑いを始めた。それを見てシルバーもヘラヘラ笑った。イグは仏頂面だったが、その中にかすかな笑みがあった。
「ちょお、何か臭くなってきたんだけど」
「ああ、3分ほどで腐敗します」
「はああ?! ちょ!! きめぇ! 普通にきめぇ!!」
「今のシャワー浴びたばっかなのにぃ!」
「いや、お前のせいだからな! このノロマアホシルバ!!」
「ごめ〜ん!!」
その後イグは更衣室付きのシャワールームを更に3つ作って、皆それぞれ体制を整えた。服の予備を使い切ってしまっていたので、イグが適当に新しい服も見繕った。呪術様々だ。
「あれ? 何だその服」
リルイットが戻ってくると、皆違う服装になっていた。皆イグの趣味っぽい麻服の上に、軽型の鎧だった。デザインは各々違う。なぜそうなったのかはわからない。
「いいから、もう出発しようぜ!」
「えっ。俺の朝飯は?」
「いいから早く!」
「えええっ!!」
朝飯も食べさせてもらえずに、リルイットは3人を乗せて飛び上がった。
「普通に腹減ったけど…」
「あ、ミルクパン余ってるから食べる?」
リルイットは創造で腕を作ると、シルバの持っている袋のパンを手に取り、口まで運んで食べた。
(固ってえ……)
昨日焼いたパンだ。パサパサでコチコチだった。
「ラスコのそれ」
「はい?」
イグは自分の鎖骨部分を指さして、ラスコの胸元の痣を示した。服が変わったので、痣が見えたのだ。
「ほんとだ〜胸のところに痣がある」
シルバがそう言ったのをきいて、リルイットも彼女の首元の痣の話だと気づいた。ブルーバーグの温泉で、ちらりとそれを見たのだ。気になっていたけど、聞けなかった。
「何なんだ? 火傷か?」
「ああ。この痣ですか。生まれた時からあるんですよ」
「生まれた時から? そんなことあるか?」
「そう言われましても」
生まれつきできた痣か…何とも不自然だが、彼女がそう言うならそうなのだろう。特に聞いても問題のないものだったみたいだ。ラスコも平然と話していた。
「そう言えば、私達が向かう場所ですけれど」
「うん?」
ラスコは植物たちから情報収集をしていた。向かっている南西の地についての情報だった。
「グロンディアバレットという名前だそうですよ」
「何だそれ。国か」
「国…というよりは、あの辺一帯をそう呼ぶみたいです。そしてもう、その中に入っているみたいです」
「ほう?」
「グロンディアバレット。人間のいない、魔族たちの住む場所だそうです」
ラスコがそう言ったのを聞いて、皆はゴクリと息を呑んだ。
未開の地は、魔族領だ。ここでは俺達は、完全に恰好の的だ。
「何でそんなところにマキが…」
「それはわかりません。でもマキさんは無事です」
「無事じゃなかったらただじゃおかねえっての」
上空から、その地を見下ろした。大自然界だ。確かに見えているのは、魔族ばかりだ。様々な魔族は種族ごとに群れをなしている。
平原と山を超えると、巨大な森が見えてきた。どこまで続いているか検討もつかないくらい、非常に大きな深緑の森だ。空から見てこれだ。入ったら二度と出られない。そんな雰囲気だ。
すると、事件は起こった。
「何だあれ」
遠くの空から、黒い何かが飛んでくる。
(鳥……?)
それはだんだん近づいてくると、その姿がくっきりと浮かび上がった。鳥ではない。黒い鱗は鍍金のようだ。それは現存で、最も強いと言われている高貴の魔族。
「ドラゴンだ!!」
「グワアアアアア!!!」
黒いドラゴンは大きな咆哮を上げて、リルイットに襲いかかった。一切の躊躇なく黒い衝撃波を吐き出した。一直線の光の筋の周りには、バチバチと黒い稲妻が発生している。あれを食らったらひとたまりもなさそうだ。
「まじか!」
「高速結界!」
イグの結界に覆われ、リルイットの動きは俊敏になった。咄嗟に右斜め方向に避けた。黒いドラゴンの下側を飛び抜ける。黒いドラゴンはすぐに方向を変えると、再び衝撃波を放った。
「止まって見える!」
「当たりめえだ!!」
リルイットは次の攻撃も、上に飛んで避けた。
「ドラゴンなんて目じゃねえよ!!」
リルイットはまたたく間に敵の背後をとると、大きな炎の渦を吐き出した。炎は高速結界の範囲外だ。スピードは通常通り、しかしそれでもこの距離なら!
炎は完全にドラゴンに命中した。猛炎はドラゴンを覆い、鍍金の鱗をも燃やし切る。
「すげえ炎術だ…」
「行けー! リルイット君〜!」
「これなら勝てます…!」
リルイットはドラゴンへ攻撃を浴びせるため、その動きが止まっていた。他の皆の視線も燃えるドラゴンに集中していた。故に気づかなかった。背後から忍び寄る別の奇襲に。
「?!」
誰よりもそれに早く気づいたのはイグだった。後ろを振り返ると、一本の白い矢がリルイットに既に放たれていた。
「守護結界!」
咄嗟にバリアを張ったが、突然何もない空中に、茶髪の少年レノンが姿を現した。
「それっ!!」
少年は陽気な声をあげながら剣を振ると、その守護結界を斬り裂いた。破られたバリアの間を通って、白い矢はリルイットに突き刺さる。
(え?!)
それほどの痛みではない。巨大な鳥状態のリルイットにとって、その矢はあまりに小さかった。ほんのちょっとだけチクっとするような痛みだ。だけれど状況は最悪になる。
「やった! 命中〜!」
レノンは笑いながら、リルイットに矢が刺さる様子を見ていた。
「っ!!」
その矢が刺さると、リルイットの変身が解かれてしまった。
(まただ…!!)
「は?」
「え?」
「嘘?!」
もちろん4人はその空中に放り出され、一瞬そこに浮いていると錯覚したあと、加速しながら落下し始めた。
「きゃあああああ!!!!!」
「うわあああああ!!!!!」
4人は下に広がる深き森の中に、吸い込まれるように落ちていく。
(リルの変身が解けやがった。あれはエルフの矢か?! まだ持ってやがったとは…クソ野郎が!!)
「死んじゃう〜〜!!!」
「ちっ!!」
イグは鎖を生み出すと、目の先にいたシルバの身体に巻き付かせて捕まえた。落下地点を見極めると、衝撃を和らげるために巨大なクッションを生み出し、更に自身に守護結界を張る。
(あいつらは?!)
イグはその途中、リルイットとラスコを探した。かなり遠くに放られているのが見える。
(くっそ!! あんなとこかよ!!!)
しかし地面からにょきにょきと、落下にも負けない速度で巨大樹が生え始めた。そのままリルイットとラスコを飲み込むのが見えた。
(植術か?!)
くそ…無事でいろよ……!!!
イグたちも瞬く間に地上まで到着し、クッションに受け止められて何とか落下死は防いだ。
「うわぁ〜びっくりしたぁ……」
「ちっ」
「ありがとうイグ! 他の2人は大丈夫かなぁ」
イグは舌打ちをしながら、抱えていたシルバを放り投げると、鎖を消し去った。
(このお荷物呪人が!!)
「ラスコがキャッチしてるのを見た。死んではねえと思うが。だいぶ東の方だ」
「そっか! じゃあ早く合流しないと! 呪術で探してよ!」
「ったく…」
イグが2人を探すために呪鳥を生み出そうとすると、彼の顔を青ざめた。
「うん? どうしたの?」
「術が……使えない……」
「え……」
イグは瞬時に他の術も試そうとした。結界術の方も同様、使うことができない。
(どうなってやがる…)
「イグ! 敵が!!」
「はあ?!」
シルバがイグの背後を指さして叫んだ。イグも後ろをハっと振り向いた。そこには花の魔族アルラウネが殺気を撒き散らしており、こちらを見てにっこりと笑っていた。
その上空で、レノンはケラケラと笑っていた。
「あはは! 落ちた落ちた! 死の森に!!」
(この森はバクト・ツリーの言うなれば対・術師版!! ケイネスが術師たちの力を封じるためにと作った最強の防護森なのさ!)
ここは死の森。グロンディアフォレスト。
術師は術が使えない。この森林たちは特殊な薬を撒かれて、対・術師バクト・ツリーに生まれ変わったんだ!
もちろん魔族たちに影響はないよ〜。
「よーし! リベンジするぞ! いや、第2ラウンドってことで!」
レノンはそのまま森の中に向かっていった。




