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ケイネス・ヴェルバクトロ

「ほほほ〜! 実に楽しみだわい! 飛術師と多術師との子供!! 今度こそ蘇生術を持つ人間が生まれるかもしれぬ!!」


白髪の老人は、大変興奮していた。白髪はアフロのようにボサボサとカールし、膨らんでいる。顎にも真っ白な髭がもじゃもじゃと映えている。ギラリと光る小さな丸フチの眼鏡をかけていた。


老人の名はケイネス・ヴェルバクトロ。もう80歳過ぎのおじいちゃんである。背の低い彼特注の白衣を着て、トコトコと歩いていく。80代にしてはかなり元気だ。その先にあるのはカプセルのように全体を覆われた、医療室に良くあるベッドだ。


その上に横たわる女はマキであった。腕にも足にも顔にも、たくさんの透明なチューブが繋がれている。その先には点滴の袋がたくさんだ。どれも違う種類のようだ。静かに呼吸をしながら、眠っている。


マキのお腹は、臨月のように大きくなっていた。この前20週ほどだったにも関わらずだ。明らかに急成長をした。


ケイネスの隣には、橙色の羽の堕天使アルテマが立っている。


ここはケイネスの研究所。マキの他にも、多数の人間がマキ同様ベッドに横たわっている。ケイネスとアルテマ以外に、目を覚ましている者はいない。


「蘇生させたいならシャドウを作ればいいだろ」

「いかんいかん! 死体がシャドウになれる可能性は1割以下じゃ。失敗すれば何故だか死体は、瞬時に腐敗してしまう」

「ふん」


ケイネスはあっせこっせと移動しては、その実験体と思しき人間たちを観察し、異常がないかを確認する。アルテマは何も手伝うことなく、腕を組んでそこの老いぼれ爺を眺めていた。


すると、研究所の自動扉がウインと開いて、茶髪の少年レノンが、頭の後ろに両手を添えて入ってきた。


「ねえ、ケイネスの爺ちゃん。新型スライム死んじゃった!」

「スライムではない! インヴァルじゃ。何?! 死んだ?! いや、何勝手に持ち出しとるんじゃ!」

「ねえ、もっと強いの作ってよ〜。あんなんじゃエーデルナイツに勝てないよ〜」


レノンはキャスター付きの黒いオフィスチェアに腰掛けると、ぐるぐる回転した。そのまま研究所内をキャスターを使ってびゅんびゅんと移動する。


「こら! やめんか馬鹿者! 大切なわしの実験体に何かあったらどうする!」


ケイネスが怒鳴るのも無視して、レノンはふざけてぐるぐると回っている。ケイネスはハァとため息をついた。


「そういやレノン、昨日は惨敗だったな」とアルテマ。

「そうなんだよ〜! エルフも皆死んじゃったよ! 死んだら繁殖できないし! はぁ…。サリアーデはなかなかいい側近だったんだけどなぁ…」

「今度は繁殖用に、最低でも1匹は、別の場所で確保しておくことじゃな」

「んもう! ケイネスの爺ちゃん、それじゃあ負け前提じゃん! そんな弱気じゃ駄目なんだって!」

「実際に負けとるじゃないか」

「むぅう〜!!」


レノンはふてくされ、唇を思いっきりとんがらせた。


「インヴァルまで駄目にしよって! ありゃ貴重なんじゃぞ!」

「いいじゃん、また作れば」

「わしは忙しいんじゃ! やりたいことが山ほどあって、全くこの身が足りん!! 蘇生術もいいが、分身術も捨てがたいものじゃのう」


ケイネスは顎の下に手を当てて、目線を上げてはうんうんと納得した様子だ。眼鏡が光って、彼の瞳は見えはしない。


「そんな術あるのー?」

「あるかも知れん。ないなら作る! このわしがな!」

「そんなことできるの〜? もう老いぼれなのに!」

「うるさいわい! もうこれ以上老いぼれることはないのじゃ! 問題などない!」


ケイネスは腰に手を当てて、ふんと鼻を鳴らした。レノンは未だにぐるぐると椅子をまわしながら、ヘラヘラ笑っている。


「良かったね〜。ケイネスの爺ちゃんも手術成功して」

「成功確率は99%じゃ。あいつらの見聞に、適合者実験の記録もあったからのう」

「そのために一体何人の呪術師捕まえたのさ〜」

「さあ。もう数えとらんわい」


ケイネス・ヴェルバクトロもまた、その身に呪人の核を宿したシャドウであった。


彼はこの戦争が始まるずっとずっと前から、この研究所でただ1人、生態実験を繰り返していた。人間、植物、動物、そして魔族、全ての生態を、実験体として扱っている。

 

彼は根っからの研究者で、1日の睡眠は平均1時間だ。それを可能にするために、特殊覚醒剤と短期睡眠質向上剤を独自開発した。薬は段階的に身体に付与して耐性をつけている。今彼が飲んでいるのと同じ薬を飲めば、普通の人間は命の危険がある。そんな薬だ。


とにかく人外的な知識の持ち主で、その解剖の腕前も右に出る者はいない。自称天才研究者、しかしその名を知る者はいない。


彼が行うのは、明らかに生物虐待の罪に問われる研究だからだ。なので彼はもう何十年も、世間からその身を隠して暮らしているという。


アルテマは実は前々から、ケイネスとは知り合いだった。ケイネスの独立にも、手を貸したほどだった。

それほどまでに、アルテマはこのケイネスという男の頭脳を過信した。こいつは将来、必ずいい()()になると。


アルテマがシピア帝国の研究所から模写したシャドウ作成に関する記録を見せたところ、非常に興奮し、速やかに自分をシャドウにすることを思い立った。


そのために前段階として、当然別のシャドウの作成に取り掛かった。数々の実験を経てケイネスは、死者であっても体内に核を入れると、シャドウとして蘇るという新事実にたどり着いた。


そうして復活した数人のシャドウのうちの1人が、レノンだった。他のシャドウたちは簡単に言えば要らなかったので、実験体として散々解剖を施したあと、殺した。しかしレノンだけは、殺さなかった。レノンは他のシャドウとは違った。他のシャドウは人間だった頃の記憶はなく、知能が非常に低下していたが、レノンだけは生前の記憶があり、人間らしく、強い意思があった。この子を殺すのは惜しいと悟り、ケイネスはこの子だけは殺さず育てることにした。



そこはエーデル大国よりも遥か南西の地。大地の広がる巨大な自然界だ。その地の名前はグロンディアバレット。そこは魔族のみが暮らす場所。人間はいない。


わざわざこんな場所に研究所を建てたのは、多くの魔族を実験体として確保しやすいし、人間から隠れるにはちょうどいいからである。


「ねえ、エーデルナイツのボスの子供、もう生まれるの?」

「ああ、人体用促進剤を打ったからのう。もういつ産まれてもおかしくはないぞ!」


ケイネスの元にマキを拉致して連れてきたのは、レノンだった。ワープを使えぱ侵入も誘拐も一瞬だった。侵入したあとマキが目覚めてしまったが、レノンの手にかかれば無防備な彼女を気絶させるのは容易かった。今は妊娠に影響のない特殊麻酔をうたれて、マキは昏睡している。


「そういやケイネスの爺ちゃん、リルイットたちがこの研究所に向かってるよ」

「なんじゃそいつらは」

「エーデルナイツだよ」

「知らん。あの国からここまで来るのにどれだけかかると思っておる」

「明後日には着くんじゃない?」


レノンがそう言うと、ケイネスは驚いたような顔を浮かべた。


「なんじゃと? 何でそんなに早いんじゃ!」

「だって空飛んでるもん。ドラゴンより速いよ。ちなみにインヴァルを殺したのも、リルイットたちだよ」

「なんじゃと? そんな奴らに邪魔をされては困る。ここに着くまでに駆除といてくれ」

「え〜どうしようかなぁ…」


ケイネスとレノンが色々と話をしている横を通り過ぎて、アルテマは研究所を出ようとする。


「どこに行くんじゃアルテマ」

「魔王様が呼んでる」

「なんじゃと! この研究所の一大事なんじゃそ! お前さんもそいつらを殺してきておくれよ!」

「それはレノンに任せればいい」

「ええー?! ちょっと待ってよアルテマの姉さん!」

「昨日のゲームのリベンジだ」

「そうだけどお〜……」


アルテマは一瞥もくれず、研究所を出ると、夕暮れの空に飛び立った。


(魔王様の、憎悪が足りない)


アルテマは気づいていた。魔王が弱っている。


シェムが子を孕み、既に数え切れぬほどの魔族が殺され、哀しんでいる。


魔王の力の根源は、今は憎悪ただ1つだった。

全ての生き物の中で、1番美しく強い憎悪は、いつだって人間のモノだった。


魔王の血を利用して、人間の憎悪を吸わせることをアルテマは思いついた。ケイネスはそれを魔族強化剤に混ぜて、奴らが魔族強化剤αと呼ぶ代物を完成させた。


レノンもそれをうまいこと、ステラとミカケという2人の人間に飲ませた。魔王様はその憎悪に深く感動さえしていた。


でもまだ足りない。


(見つけ出す。更に強力な憎悪を)


戦闘狂のアルテマだったが、堕天使に落ち、今や魔王を誰よりも崇拝して生きる、その右腕と化していた。


(魔王様…)


アルテマは魔王の存する場所へと向かって、夕焼けに溶けるようなその橙の羽根を急がせた。










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