絡まる指先
マキが施設に入って1年経ったある日、施設の皆で遠足に行くことになった。毎日施設の中だけで過ごすのも億劫だから、たまにこうして外に出かけるのだ。
7歳になるとマキとシルバは上のクラスに入った。ちなみに同い年なのは彼ら2人だけだ。7歳から12歳までの、小学生のクラスだ。クラスが変わってからは、初の遠足だ。
上のクラスに入ったからって、もちろん友達はいない。いらない。上級生たちも、無愛想でずっと睨んだ顔のマキに、わざわざ話しかけることはしない。
「うっひょ〜! 楽しみだな〜!」
「ガキかよ」
「ガキだよ! お前もな!」
「ふん!」
だからマキが話をする子供と言ったら、シルバしかいない。別に友達ってわけじゃない。ただのムカつく男、それ以上でも以下でもない。
「どこに行くか知ってんのか?」
「エーデル城だろ」
「そう! 城内見学なんて超面白そうじゃん!」
「別に」
「ったく、ノリの悪い奴だな。目つきも悪い、ノリも悪い! ほんとクソ女だな! お前は!」
「勝手に言ってろ…」
施設の皆は数台の馬車に乗って、城へ向かった。このアホと罵りあっていたら、あっという間に城の前にたどり着いた。
エーデル城は、私の両親が働いていた場所だ。もちろん中に入るのは、初めてだ。
「すっげ〜!」
城の外では騎士団たちが訓練をしている。皆で整列し、騎士団長の男の声できびきびと動いている。
「騎士団かっけぇ〜!」
「……」
マキはその訓練に魅入っていた。真剣を使い、対人訓練を行っている。その身の振りも、剣の扱いも、皆プロだ。自分のチャンバラ訓練とはわけが違う。
(私も…ここに入ったら、強くなれるだろうか…)
そんな憧れの眼差しで、マキは訓練を見ていた。その様子をシルバもぼーっと見ていた。
次に城内の見学をした。赤いカーペットがひかれ、壁にはたくさんの巨大な絵が飾られている。部屋も階段もたくさんあって、1人ではすぐに迷子になりそうだ。
城内をしばらく皆で散策していると、過去の王族の絵が飾られて入る場所にたどり着いた。その絵の前で、案内人の話を聞いていた。
「おいマキ! こっち来てみろよ!」
「おい! 話を聞けよ!」
「いいから! 見ろよ! すげーから!!」
シルバは壁の絵の説明を聞いている皆の集まりからこっそり脱走して、とある部屋に入っていった。マキはイラつきながら彼を連れ戻そうと追いかける。
「この問題児! 早く戻れって!! 怒られるぞ!」
「いいから、見ろって…」
「……?」
マキが部屋に入ると、たくさんの武器が飾られていた。
「全部本物……?」
「そうだよ! 超かっけぇじゃん?」
「……」
短剣、長剣、そして大剣。レイピアに弓矢、大きな盾…。ここは武器庫なのだろうか。それぞれの武器は美術品のように綺麗に飾りており、その横にはプレートで、武器の名前と作成者の名前が書かれていた。
「やっべぇー! 1個持って帰りてえな!」
「絶対バレるだろ! 触るなよ?!」
「見ろよ! これとか超かっこいい!!」
「触るなって!!」
シルバは1本の刀を手にとった。シンプルなデザインだが、よく見ると持ち手には細やかな模様が彫られている。
横にはもう1本似たような刀が置かれている。
「これも同じデザインだ」
「ふうむ…」
そしてマキは、ふとその2本の刀の作成者の名前を目にする。
(あ……)
両親の名前が書かれていた。2人で1本ずつ作ったようだ。右が母親、左が父親だ。
(お父さん、お母さん………)
大好きだった2人。大切だった家族。
父と母が鍛冶場で笑い合いながら、切磋琢磨と働いている姿を思い浮かべると、涙が溢れてきた。
「マキ……?」
「うっ……ぅうっ……ひっく………」
「ど、どうした……?」
「ぅぅ……お父さん………お母さん………うう……」
普段常に怒った様子の彼女が顔を真っ赤にして泣き出したので、シルバは非常に驚いた様子だ。
「この名字……も、もしかしてお前の親が作ったのか?」
「うっ、うっ、うわ〜ん!!!」
「お、おい!!」
両親が死んで、辛くて、辛くて、本当は仕方なかった。
笑うなんてもちろん無理。でも泣くことだって、出来なかった…。
私の顔は、いつも怒っている。
シルバが描いた私の顔は、鏡で見た自分の顔によく似ていた。
「ううっ……ぐすっ………ふぅう……」
「落ち着け……マキ……」
シルバは見かねて彼女を抱きしめた。その日シルバは私に罵声を浴びせず、私の背中を優しくさすってくれた。私は大嫌いだったはずの彼の胸元に顔を埋めて、この日ばっかりは彼に甘えて泣いてしまった。
騒がしくしていたので、すぐに先生も駆けつけた。
「ちょっと! 何やってるの!!」
「こら! シルバ君! マキちゃんに何したの!!」
「いや、何もしてねえから!」
「うわ〜ん!! あ〜ん!!!」
私が泣いたのを見て、先生もたいそう驚いていた。私も自分に驚いた。こんなに涙が溜まっていたなんて。
「ん」
シルバは目を腫らした私に、手を差し出した。「?」と私が首を傾げると、シルバはさっと私の手を握った。
「……」
私も何も言わずに、そのまま彼の手を握り返した。
その後も城内見学は続いて、私は両親のことを思い出しては涙が止まらなくなった。その間シルバはずっと私の手を握っていた。私もその手を離すことはしなくて、逆の手で涙を拭いながら、ずっと黙ったまま、彼に引っ張られるようについていった。
見学が終わって、馬車に乗り込んだあとも、ずっと手を握られていた。その頃には私も泣き止んでいた。目は赤く腫れていたけれど。
施設に着いて、晩ごはんを食べることになったので、シルバはやっと手を離した。お風呂にも入って、就寝時間になった。疲れた皆はパタリと倒れるように布団に転がり込むと、あっという間に眠ってしまったようだ。私も布団に入って、天井を見上げた。
「マキちゃん、大丈夫?」
先生も心配だったようで、私のところにやってきて声をかけた。だけど何か言おうと思っても、どうしても声が出なかった。何か言おうとしたら、また涙が流れそうだったから。
すると、シルバが枕を持って、私のところにやってきたのだ。
「どうしたのシルバ君」
「大丈夫だよセンセ。今日は俺がついてるから」
「え…?」
先生も私も顔をしかめたが、シルバは私の隣に自分の枕をどーんとおいて、寝っ転がった。
「な、何?!」
私もびっくりして、やっと声が出た。
「寝るぞ、マキ」
「はあ?」
シルバはふわぁと欠伸をして、布団の中で私の手をまた握りしめた。
「ちょっと!」
私がいつもの調子になったのを見た先生は安心したようで、「そっか! じゃあ今日はお友達と一緒に寝ましょうね!」と言って、部屋から出ていってしまった。
(ちょっ……とぉ〜……)
「もう大丈夫だから! 離せ!!」
「しっ!」
シルバはもう片方の手で私の口元に人差し指を押し当てた。
「皆もう寝てる。静かに」
「〜〜〜!!!」
マキはわなわなしながら、彼をいつもの鬼の形相で睨みつけた。
「わかったから、手を離せ」
マキは小声で彼に言う。しかし彼は、手を離そうとはしない。それどころか、指の間に指をいれて、密着させるように繋いでくる。
「女が泣いてたらほっとけないだろ」
「かっこつけるなよ! 似合わないから、お前には!」
「なあ、マキ……」
私たちは横になって並んで、1つに布団に入って、顔を見合わせている。布団の中は彼の体温を感じていつもよりも遥かに温かい。彼の顔がすぐそばにあって、彼の吐息がよく聞こえるんだ。
いつもは睨み合っているだけだったのに、今日は違う。私の目は真っ赤に腫れて、彼の細い目はいつもより開いていて、まっすぐに私を、見ているんだ。
「マキの両親……どんな人だった…?」
「え……?」
「話すの……嫌かな………」
「別に……いいけど……」
私はその夜、シルバに自分の両親の話をした。優しくて明るくて仲のいい両親。幸せだったあの暮らしを思い出しては、話が止まらなくなった。
「それでね、お父さんったらね……」
「マキ……」
「え? ああ、ごめん。もう飽きた?」
シルバは軽く頭を横に振った。
「いつもそうやって、笑えよ」
「え……」
シルバは、彼に似合わぬ穏やかな笑顔を浮かべていた。
「私、笑ってた…?」
「うん…」
「……」
あんなに笑うのが下手だったのに。
友達の前で、笑ったことなんてなかったのに。
不思議だ…。
「楽しそうだなぁ〜…そんな思い出、俺にはねえや…」
「ご、ごめん……」
「はっ…何で謝んだよ。そんなに大切な親が死んだんだ。もっと泣けばいいだろ。怒ってばっかいねえで」
「別に怒ってるわけじゃない。こういう…顔なんだよ」
「そうなの…? いっつも怒ってんのかと思ってたよ…」
「怒ってはない。まあお前にはイラついていたけど…」
「んだよ…。やっぱ怒ってんじゃん…」
「うるさいな…。もう寝ろよ。自分の布団に戻れよ、狭いから!」
「無理……」
「はあ…?」
シルバは私の手を、更に強く握った。そういえばまだ、こいつに握られていたままだった。
「ここから出たら寒ぃもん…」
「……知るかよ…」
結局そのまま、私達は眠りについた。




