2人の出会い
イグはテントの中にいた。
呪術で作り出す寝袋はいつも同じで、これまでの使用感まで再現しているときた。他の呪術師には不可能な芸当だった。
高級ホテルを出すこともできる。だけどイグはそれじゃあ落ち着かなかった。おんぼろテントに寝袋がちょうどいい。
テントの天井をぼーっと見上げていた。
そして彼はふと、思い出した。
だけどそれは彼の記憶ではなかった。
でも今は彼だけの記憶だった。
イグは、ゆっくり目を閉じて、彼だけの尊い夢を追う。
「マキちゃんとは遊ばな〜い」
飛術師である両親の元に産まれたマキだったが、その頃両親はエーデル大国に移住していた。術師がエーデル大国に移住するのは珍しくない。仕事も多いし何より都会だからだ。
そして4歳のマキは、エーデル大国の幼稚園に通っているというわけだ。
「何で?」
そしてマキは、友達がいなかった。
マキはムスっとした顔でそう尋ねた。だけど彼女は、怒っているわけではないのだ。
同じクラスの女の子たちは答えた。
「だって、マキちゃん、顔怖いもん」
マキは子供ながらにショックを受けて、家に帰っては自分の顔を鏡で見た。確かに釣り目で、何となくムスーっとした顔をしている。口角をあげてにっこりと笑おうと試みたが、余計に怖くなった。
「何やってるのマキちゃん」
母親がマキのところにやってきて、声をかけた。
「お母さん、マキの顔、怖い?」
「怖いわけないでしょう! こんなに可愛いんだから!」
「……」
母親は優しくマキを抱きしめた。母親の胸元に顔を埋めながら、マキはやっぱりムスっとした顔をしていた。
「ただいまマキ〜」
「あらおかえりなさいお父さん!」
「おかえりなさい…」
陽気な父親も家に帰ってきた。
「はっはっは! マキは今日も可愛いなあ!」
「さあ〜! ご飯にしましょう! 今日はビーフシチューよ〜!」
「お母さんのビーフシチューは絶品だ! はっはっはっは!!」
両親は仲がいい。私のことも可愛がってくれる。兄弟はいない。どこにでもいそうな、幸せな3人家族だ。
2人共、城で武器を作っている鍛冶職人だ。騎士団たちの武器を手がけることもあるようで、大層儲かっており、裕福な暮らしをしている。
「おやすみマキ」
「おやすみマキちゃん!」
毎晩2人に挟まれて、私は眠りにつく。
友達がいなくたっていい。私には大好きな、お父さんとお母さんがいるんだから。
スー スー……
私は夢を見る。夢の中は私は、いつも笑っている。
ああ、こんな風に現実でも笑えたらいいのに。
「………」
幸せは、続かない。
皆は私を何と不運で可哀想な子供だろうと噂する。
私が6歳になった年、両親が魔族に殺されて死んだのだ。
「どうなるの? あの子…」
「親しい親戚もいないみたいよ…」
両親を殺したのは、パズズというライオンの顔をした、青色の鷲の魔族だ。それは両親がパズズと戦っているのを目撃した村人が多数いたから確定的だった。
そいつは到底人間にはたどり着けないような、高い高い岩山に住んでいる魔族だ。両親たちがどうしてそんなところに行ったのか私にはわからなかったが、何らかの仕事だろう。2人共優秀な飛術師だから、簡単にたどり着ける場所だ。
しかしいつまでたっても帰って来ないので、騎士たちに調査を依頼したところ、数日後、ようやく死体を見つけだしたそうだ。
「………」
マキは絶望した。大好きな両親がいなくなったことも、これからの真っ暗で不安しかない将来も、全てがマキを恐怖に追いやった。
そんなマキが、例えば笑うことなんて、もうあり得なかった。元々怖い顔は更に強張って、ただ両親を殺した魔族への恨みが心を支配していた。
「マキちゃん、今日からここがマキちゃんのお家だからね」
身寄りのないマキは孤児院に入れられた。そこには何人もの親のいない、あるいは親から引き離された子供たちが集まっている。
「皆、新しい家族のマキちゃんよ」
「えー? そうなの! よろしく! マキちゃ……」
近くにいた女の子がマキに声をかけたが、マキはその子をきっと睨みつけた。いや、そういう顔だっただけなのだけれど。
「……」
女の子は完全にビビって、マキから離れていった。他の子供たちも、顔が怖いと彼女に近寄ろうとはしなかった。マキ自身も心を閉ざしていたから、皆を敢えて遠ざけた。幼稚園の頃に受けたようなショックはない。友達なんてもういらない。
「こーわ……」
施設にいた銀髪の少年も、それを見て呆れた声で呟いた。
マキはずっと1人でいた。玩具には一切目を向けず、枝を拾ってきては木刀代わりにして、庭で素振りを始めた。いつか両親を殺した魔族パズズを、この手で殺してやろうと心に決めていたのだ。
「なあ、お前いつも1人で何やってんの」
「はあ?」
銀髪の少年が、突然マキに話しかけた。施設に入って数日、話しかけられたのは初めてだ。
「はあ?じゃねえよ。何やってんのか聞いてんの」
「復讐するんだ。魔族に」
「ふくしゅ〜?! 何言ってんの〜?」
「お前には関係ない」
「ふ〜ん……」
マキは終始冷たい態度で彼をあしらった。彼の名前はシルバ。2歳の頃、施設の前に捨てられていたらしい。今は6歳。マキとは同い年だ。
「なあ、俺が相手してやろうか?」
「断る」
「なんだよ! 俺に負けんのが怖いのか? やっぱり女だもんな〜!」
「はあ?」
「何だよ。俺に勝てねえで、魔族なんて倒せると思ってんのか?」
「ちっ」
少年の挑発にまんまとのってしまったマキは、彼と勝負をすることになった。先生たちの見ていないスキに、太い枝を拾ってきては互いに構えた。
「ルールは流行りのチャンバラと一緒だ! 頭を叩かれるか、剣を落としたら負けだぜ」
「お前、私に負けたら二度と話しかけるなよ」
「お前じゃねえよ。シルバだよ」
「ふん」
2人は打ち合いを開始した。
「お前、捨て子なんだろ? シルバってのも本当の名前じゃないんだろ」
「うぜえ女だな! そんな性格だから友達がいねえんじゃねえの?」
「うるさい!」
カン カン
枝がかち合う。いい勝負だ。
2人は枝を合わせながら、口喧嘩をしていた。
「その程度で魔族を倒せると思ってんのか? お前もその魔族に殺されるだけだな!」
「口の減らないやつだな! 親を知らないお前にわかるわけないだろ! 私の悲しみが!!」
マキが力を込めて枝を振るうと、シルバの枝に当たってボキっっと折れてしまった。
「あ……」
シルバはマキの頭を狙おうと、枝を大きく振りかぶった。
「っ!!」
頭を叩かれると思って、マキは反射的に折れた剣を持った手を顔の前にやって、きゅっと目を閉じた。
(あれ……。叩かれない……)
コロンと枝が落ちる音がして、マキは目を開けた。
「あーあ。手が滑って剣が落ちたわ。俺の負けだ」
「はあ?」
(何なんだ? 今絶対勝っただろ…?)
「わ、わざと落としたな?!」
「んなことしねーよ」
少年はそう言って、マキの前から去っていった。マキは呆然と、その場に立ち尽くした。
「今日は2人1組になって、相手の顔を描いてみましょう」
ある日、先生がそう言うと、皆は仲良しの友達とペアになり始めた。
4歳から6歳までは1クラスにされ、簡単な授業を毎日行う。全部で15人いるから、2人組の課題が始まると、いつもマキは余っていた。
「あ、今日はレイ君がお風邪で休んでるから、ぴったりね」
と先生が言った。皆続々とペアになっていき、気づけばマキと4歳の女の子のモミカが余っていた。マキはモミカを睨みつけた…ような顔だっただけだ。
「私、マキちゃんとペアやだ〜!!!」
モミカはえんえんと泣いて、マキとのペアを拒絶した。
「うわ〜ん!!」
「ちょっとモミちゃん!」
先生は慌ててモミカに駆け寄った。マキはその様子を黙って見ているだけだ。
「おいフルグ、お前モミカと組んでやれ」
「え? 俺が? いいけど…お前は?」
シルバは組んでいた少年のフルグに、モミカと組むように伝えた。
シルバはびしっとマキを指さした。
「俺がマキと組んでやる」
「ちっ」
マキはうざそうに舌打ちをした。
モミカはフルグの元に走っていって、怖がりながらマキを見ていた。
「じゃ、じゃあ、シルバ君はマキちゃんを描いてあげてね」
先生も安心したように手を合わすと、そう言った。
シルバはスケッチブックを広げてマキの前に座った。マキもしぶしぶ同じようにして、シルバを睨みつけた。
「くっそブスに描いてやるからな」
「勝手にしろ」
2人は相手の顔を睨みつけながら、互いの顔を描いていった。
シルバはクレヨンをぐるぐると描き殴るようにしている。
(はぁ……ほんとガキ……ムカつく男だ)
マキは心で悪態をつきながら、彼の顔を描いていった。
その時マキは、まじまじと彼を見た。
銀色の髪は地毛のようだ。自分も灰色の髪をしているが、彼の方が少しばかり色が濃い。目が細くて、鼻は割と高い。肌は白くて、背も高い。いつもガンつけたような顔をしていて、喧嘩っ早くて、私なんかよりもよっぽど問題児だ。
「ほーらできた!」
シルバは、への字の口をした、怒ったようなマキの顔を描いて、彼女に見せつけた。
「すげえ似てる!」
「ちっ!」
マキもムカついたので、ピノキオみたいに鼻を高くしてとんがらせて、キツネみたいな目をした彼の悪そうな顔を描いた。
「こっちの方が似てる!」
「はあ?! どこがだよ! 下手すぎだろ!! バーカ!!」
「馬鹿はお前だ。クソ」
「女のくせにクソとか言うな!! 将来結婚できねえぞ?!」
「そんなものしないからどうだっていい!」
「はぁ〜?!」
「こらこらやめなさい!」
先生は焦って2人を止めに入った。2人が描いたお互いの絵も、同じように睨み合っていた。それを見て先生は、ハァ…とため息をついた。
「クソ女!!」
「クソはお前だ」
そしていつの間にか2人は、常にいがみあって、睨み合って、罵り合う仲になった。




