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対戦・スライムもどき

「うん? 何だ?」

「はっ! 私としたことが、眠っていました…!」


リルイットとシルバの騒然とした声を聞いて、イグとラスコも目を覚ました。まだ眠い目をこじ開けるまもなく、リルイットは急降下した。


「んだよ!!」

「ひゃあっ!!」


3人はリルイットの背中にしっかりとしがみついた。


「きゃあああああ!!」


地上からの甲高い叫び声が、だんだんはっきりと聞こえてくる。


(あそこか!!)


女の子が、うっすら透明な白濁色の魔族から逃げている。宝石のような黄色い目玉が7つもついた、巨大なスライムのような奇形のモンスターだ。


(何だありゃ!)


あんな魔族、リルイットは見たこともなかった。身体の感じや動きが似ているスライムという弱い魔族は知っているが、あんなに目玉はついていないし、もっと小さくてスイカくらいだからな。それに比べて人間くらいの背丈がある。似ているのはその身体がゼリーのようにぶよぶよしているところくらいか。


リルイットが着くより先に、雷が落ちた。シルバが撃ったのだ。すると、巨大スライムもどきは、その身体の色を黄色に変化させた。そのままスライムもどきに直撃し、びりびりと目に見える電流が走った。一瞬動きが止まったが、無傷のようだ。数秒後にまた動き出し、再び雷を落としたが、やはり効果はなさそうだ。


「あれ〜効かないな!」


イグも顔をしかめる。


(色が変わった? 雷耐性にでもなったのか?! あれが効いてねえなんて…)


リルイットが地上近くまで降りたつと、ラスコがぴょんっと飛び降りた。そのあとからイグとシルバも飛び降りた。リルイットも変身を解く。


「えい!!」


ラスコの手から放たれる数枚の葉の刃が、巨大スライムもどきに襲いかかった。ラスコの攻撃は、そのぶよついた身体に刺さっても、まるで効果はなさそうだ。葉っぱは勢いを殺されて、そのままひらひらと周りに落ちた。スライムもどきは白濁色に姿を戻した。


(効かないっ!!)


スライムもどきは怒った様子でその身体を丸く変形させると、勢いをつけて回転し、転がる巨大ボールの如くこちらに襲いかかってきた。


「何なんですかこの魔族!」

「スライムに似てるけど…珍種か?!」


リルイットはスライムもどきに向かって炎を吐き出した。すると、スライムもどきは回転を止め、赤く色を変え、その炎を受けた。


「属性の耐性変化ですか?!」

「んなことしたって俺の炎を防げるかよ!!」


リルイットは炎の熱をあげようと意志を込める。炎は更に大きく燃え上がり、敵を豪炎が包み込んだ。その熱気はこちらにも届いている。


「燃えろぉおお!!!!!」


温度は上がっていく。こちらもこれ以上近寄れないほどの熱気を帯びている。ラスコは逃げていた女の子を保護しながら、リルイットと燃えたぎるスライムもどきから離れた。


普通の魔族なら倒せたはずだ。俺の炎は炎属性の魔族でさえも燃やしていた。


しかしメラメラと燃える炎を浴びながらも、スライムもどきは平然とした様子だ。


「耐性というより、無効化しています!」

「何だと?!」


リルイットも観念して炎を解いた。スライムもどきは最初に会った時の白濁色の身体に色を戻した。


「だったら…!」


リルイットは剣を抜いてスライムもどきに駆け寄り、斬りかかった。しかし、その剣は身体にのめり込むだけで、斬ることができない。剣の切れ味が悪いからではなさそうだ。異常なまでの弾力。刃がまるで通らない。


「リル! 打撃は効きません!」

「みたいだな!」


(やっべ! 抜けねえ!!)


剣はそのまま吸い込まれるようにスライムもどきに飲み込まれた。かと思いきや、敵はその身体をゴムのように大きく伸ばすと、俺のことも飲み込んだのだ。


「リル!」


ラスコは焦ったような声を上げる。一緒にいた女の子の顔も青ざめた。リルイットは完全にスライムもどきの体内に取り込まれてしまった。そのゼリー体の中に閉じ込められ、完全に覆われた。


(まじかっ! この野郎!!)


リルイットは何とか抜け出そうと、全身から炎を出した。しかしスライムもどきは再び身体の色を赤くすると、炎を無効化する。全く抜け出すことができない。


(ど、どうしましょう…!!)


ラスコが焦っていると、イグがふわぁと欠伸をしながら歩いてくる。シルバはおろおろしながら様子を伺う。


「クソが。昼寝の邪魔しやがって」

「イグさん! 何とかしてくださいよ!」

「他力本願ブスかよ」

「いいから早く!」

「ったく……」


リルイットは炎を出し続ける。しかしどんなに強力な炎を発しても、スライムもどきから逃れられない。


「リル! そのまま燃えてろ!!」

「?!」


イグが右手を前にかざすと、拳銃に似た武器が生み出された。サイズは拳銃より2回りでかい。色は緑と奇抜だった。引き金がない代わりに、持った時の手のひらに当たる部分がレバーになっていて、握りしめると撃てる仕様のようだ。持ち手の下には長いホースがついていて、先は地面に潜り込んでいる。


「何ですかそれ?!」

「超高圧水ガン」


イグはそう言ってニヤりと笑うと、持ち手を握り、スライムもどきに水を撃ち出した。


そこから放たれる超高圧水のスピードと威力は、本物の拳銃の弾丸と相違ない。地下水脈から組み上げる水はほぼ無限で、威力が潰えることもない。


赤色のスライムもどきは、その高圧水に刺されると、爆発したように細かく割れて、弾け飛んだ。


「うわっっ!!」


リルイットはその中から飛び出すと、地面に放り投げられるように落ちた。身体が地面に打ち付けられる。


「痛ってえ…」

「リル! 大丈夫ですか?!」

「リルイット君!」


ラスコとシルバはリルイットに駆け寄った。最後にぶつけたかすり傷以外は特にケガもなく無事のようだ。


「だらしねーな。大丈夫かよ」

「イグ…助かった……」

「2つの属性攻撃を同時には無効化出来なかったようだな」


スライムもどきの色は、恐らく無効化属性の色を示していた。赤は炎を、黄色は雷を。そして打撃は元より効かない。


リルイットが出した炎を無効化するため、敵は身体を赤くしていた。それと同時にイグは、水属性の攻撃を当てにいったのだ。


どうしてその銃を作ったのかとラスコが聞くと、赤いスライムには水をかけたくなるだろうと言われた。案の定敵があの状態の時の水属性攻撃は、かなり効いていたように思えた。


イグは呪術で出した超高圧水ガンを、パっと消した。


(呪術の創造の術……凄いです……)


ラスコはこの意地悪い赤髪の男に、一目置かざるを得なかった。


「お姉ちゃんたち、ありがとう」


女の子は目を潤ませながら、彼らにお礼を言った。相当怖かったに違いない。


どこから来たのかを聞くと、平原の奥に見えている村だと言った。友達と遊んでいたがはぐれてしまい、スライムを見つけた彼女がふざけ半分で突いたところ、先ほどのような恐ろしい姿に変化し、追いかけてきたのだという。


「スライムが変身したのか?」

「そんなスライムはいません」

「だよな。まあとにかく、村まで送るよ」

「ありがとう! かっこいいお兄ちゃん」


リルイットはいつもの爽やかな笑顔を女の子に向けた。それを見たイグは、ちっと舌打ちをした。


彼女を送り届けたあと、再び彼らは空の旅を続けた。


先ほどの珍種のスライムもどきについては、無線でラッツに報告し、エーデルナイツの騎士たちにも情報を共有しておいた。後にラッツから返信があったが、その魔族を見た者も聞いたことがある者も、1人もいないとのことだった。


「そういやシルバ、雷撃ったのに気絶しねえじゃん」

「そうなんだよ〜! 何でなんだろう。イグ、わかる?」

「俺が知るかよそんなこと!」


日が落ちて暗くなってくると、街の近くに着陸し、軽く晩御飯を済ませた。4人は街中を歩いている。


「ったく、無駄な時間を食っちまったぜ」

「無駄ではありません。魔族から人間を助けたのです」

「ドヤ顔すんなブス。倒したのは俺だ」

「倒し方がわかれば、私だってあのくらい!」


イグとラスコが言い合うのを、リルイットとシルバは苦笑いで見守っていた。


「宿を取りますか?」

「要らねえよそんなもん」


イグのあとについて、皆は街の外の平原に出た。


「野宿ですか?!」

「うるせえな。喋んなブス」

「〜〜!!」


怒るラスコを他所に、イグは呪術で一瞬のうちに、テントとコテージを作り出した。テントは1人用の超簡易的なもので、中には寝袋がポツンと1つ置かれていた。コテージの中には大きなベッドが3つ並んで、ふわふわの布団セットとパジャマがついている。簡易的だが、シャワールームとトイレまである。


「おお! すげえな!」

「何故1つだけテントなのですか?」

「あれはお前用だ、ブス」

「はいい?!?!」


ブスだからなのかはわからないが、ここまでバカにされたのは初めてだと、ラスコは怒りで顔を真っ赤にしていた。見かねたリルイットは口を出す。


「イグ、さすがにそれは女の子に意地悪すぎだろ…」

「何だよ。やけにこのブスを庇うな。ずっとつるんでるし、お前ら付き合ってんのか?」

「ええっ?!」

「そんなわけありません! 私がリルと付き合うなんてありえません!」


ラスコが即座にそう言い切るのを見て、リルイットは何も言えなくなった。


(そこまで拒否らなくたって……)


リルイットが軽くしょげこんだのを見て、シルバは相変わらずヘラヘラとしていて、イグはおや?というような表情で眉を釣り上げた。


「ま、冗談だよ。テントは俺のだ。俺はいっつもあれで寝てんだよ。お前らはコテージで寝てろ。ブスは襲われる心配もねえしな」

「もう! 何なんですか! イグさんのバカ!!」


イグはラスコに向かってべーっと舌を出すと、テントに入っていった。それを見届けた後、リルイット、ラスコ、シルバの3人は、コテージに入った。


「何であんなに意地悪なんですか!」

「まあ落ち着けよラスコ」

「ごめんねラスコちゃん。マキがいなくなったから気が立ってるんだと思う〜」


ラスコは口を尖らせてベッドに座っている。


「何でそんなにマキさんのこと…」

「だってイグは、マキのことが大好きだから!」


シルバがニコニコしながらそう言うと、リルイットとラスコはうん?という表情を浮かべた。それを見てシルバもうん?という表情を返した。


「僕何か変なこと言ったかな?」

「いや、シルバお前、マキさんと結婚してんだろ」

「え? あ、そっか……」


(あ、そっか、だと?!)


リルイットとラスコは怪訝な顔つきで彼を睨んでいた。シルバはあははとシラをきろうとしたが、もう間に合わなかった。


シルバは2人に、マキがイグのプロポーズを受けたが、イグは戸籍がなく、代わりに自分とマキが結婚することになったと話をした。


「えええ?! 偽装結婚?!」

「しっ! 声が大きいって! イグに聞こえるよ!」

「いやいや。意味がわかんねえから。何でそうなるんだよ」

「それは……」

「おい!!!」


コテージのドアがバンっと開いて、イグが中に入ってきた。ご立腹だった。


「てめぇシルバ!! 何べらべら喋ってんだ!!」

「あはっ……」

「あはじゃねえ!」


イグはシルバの胸ぐらを掴んで怒鳴り散らした。


「落ち着いてください!」とラスコ。

「うるせえ! ブスは出しゃばんじゃねえ!」

「もうう!! ことあるごとにブス呼ばわりするのは止めてください!!」


リルイットもふぅ…と息をついた。


「なぁイグ。俺たちもう仲間だろ。そろそろお前とシルバの関係を教えてくれたっていいだろう」

「断る」

「何でだよ」

「何ででもだよ」

「じゃあ何でマキさんとシルバを結婚させんだよ。何で戸籍がねえんだよ」

「うるせえっつってんの!」


イグは頑なに話そうとはしない。イグに口止めでもされているのか、シルバもこれ以上は話さないと言った様子だった。


「詮索すんな。俺たちのことは。お前はアシ、ブスはナビ。そのために連れてきただけだ!」


イグはそう言って、ドアをバンっと閉めると、またテントに戻ってしまった。


「何ですかあれ!」

「ごめんね〜2人共」

「シルバさんが謝ることじゃないですけど…」


シルバは軽く微笑むと、頭を横に振った。自分のせいとでも言いたげだ。


「まあ、何か言いたくない事情があるんだな。悪かった。俺ももう詮索しねえよ」

「ありがとう、リルイット君」

「リルさん…」


シルバとイグは双子ではない。だけれど顔は瓜二つ。2人が赤の他人なわけはない。それは確実だ。


だけど、俺とラスコにはその関係を話したくないらしい。おそらく俺たちだけじゃなくて、世間全般になんだろう。本当の夫婦はイグとマキさんで、シルバとマキさんは偽装結婚。


あれ……?


矛盾するな…。確かミカケさんの記憶を見た限りじゃ、マキさんはシルバのことが好きじゃなかったか? バレンタインにはチョコを用意して、ミカケさんにしていた恋愛相談は、間違いなくシルバの話だったはずだ。


「なあ、詮索しないって言ったけど、1つだけ聞いてもいいか」

「何?」

「マキさんの腹の子供は、誰との…?」

「ああ。もちろんイグだよ! イグとマキの子供だよ!」


シルバはにっこり微笑んでそう言った。シルバの目には何の嫉妬も不満もない。嘘だとも思えない。シルバはマキのことは愛していない。それも、確実だ。


「それじゃあ僕はもう寝るね。何だか疲れちゃったし」

「あ……えっと……はい」


(うん?)


ラスコは何か言いたかったようだが、言うのをやめた。リルイットはそれを見て何となく不審に思う。本当に、何となく。


「シルバ、シャワー浴びなくていいのか?」

「うん! 僕は朝派だから!」


(ああ、何かそんなこと言ってたような気もするな…)


「じゃあおやすみ、シルバ」

「うん! おやすみ〜」


シルバは横になると、即効で眠りについた。気絶するのと同じくらい瞬速だ。


「ラスコ、シャワー先に浴びていいぞ」

「はい。ありがとうございます」


ラスコは準備をするとシャワールームへ行った。リルイットはベッドに横になった。


呪術って本当に便利だな。さすがに俺も水は創れねえもんな…。いや、水は地下から供給してんだっけ。あの超高圧水ガンも凄かったな。


「ふわぁ……」


無駄に炎を使いすぎたな…。変身も長かったし。ああ、眠い…。


「リル、お先でした」


ラスコがシャワーを終えて出てくると、リルイットも眠りについていた。


「ああ……リルまで寝ちゃった……」


湯上がりのラスコは残念そうに、眠った2人を見ているのであった。



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