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マキを追って

次の日の朝9時、リルイットたちは昨日の約束通り本部の前に集合すると、マキのところへ行くことになった。


マキは単独行動が多いが、その行き先を教えないことなんてなかったし、あまりに遠いその場所に彼女がいることは、大変不審で怪しい。ラスコが早朝ラッツに相談をすると、シルバとゾディアスも集め、本部で話し合いをした。


西軍リーダーのミカケが裏切り、死んだことに、騎士たちも疑心暗鬼に陥っていた。その上でのマキの失踪あるいは誘拐となっては、エーデルナイツは内部崩壊にも繋がりかねない。マキの奪還は最優先だ、とラッツとゾディアスも考えた。


「お前らに任せて大丈夫なのかぁ?」

「うん。僕が責任持って連れて帰るから」

「ま、リルとラスコがついてるなら大丈夫だと思うんだわ。こっちはあたしとおっさんで、何とか体制を立て直すんだわよ」

「っしゃあ! さっさと騎士共を全員集めて、全体会議すんぞ! 団長が不在になったくらいで、駄目になってたまるかってんだ」

「だわね。北と西の仮リーダーも選抜するんだわよ」

「うん。ありがとう2人共! それじゃあ行こっか、ラスコちゃん」

「はい!」


シルバとラスコは、ラッツとゾディアスの元を立ち去った。城の本部に初めてやってきたラスコは、きょろきょろと城内を見回した。やっぱり本城はアジトの塔とは違う。立派な大きな絵があちこちに飾ってある。どれも高級なものに違いない。柱の彫刻は近づいてみると実に細かい。廊下には全部赤いカーペットが敷かれており、埃1つない。至るところに部屋があり、階段も左右真ん中と、パッと目にするだけで3つもある。


「広いよね〜! 僕いっつも迷うんだ」


シルバは優しく笑いかけながら、ラスコに言った。ラスコも彼を見て、同じように微笑んだ。彼の柔らかな笑みを見ていると、何となく心が落ち着く。


「シルバさんて、あんまり騎士っぽくないですよね」

「あは! 弱そうでしょ!」

「いえ! そんなことは言ってませんよ!」


ラスコは慌ててフォローした。とはいったものの、あながち間違いではない印象ではある。しかし彼は北軍リーダー、更にはエーデル国を襲った魔族雷鳥を倒したというのだから、底しれぬ実力者に違いない。


「集合時間までほんのちょっと時間あるね。ラスコちゃん、朝ごはん食べた?」

「いえ、まだですけど」

「あ、だったらさあ……」


ラスコは食堂に一緒に行く流れかと思ったが、どうやらそうではないようだ。集合場所の近くの外のベンチに座って待機させられた。すぐにシルバが戻って来ると、紙製の袋を持って走ってくる。


「一緒に食べない?」


シルバは袋から、パンを取り出した。まあるい形のミルクパンだ。すごくいい香りがする。


「あ、ありがとうございます」


ラスコは不思議そうな顔をしながら、そのパンを受け取った。手触りからそのふわふわ感も伺えた。


「僕ね、パン作るの趣味なんだ。これは朝焼いたやつ。まあ、もう流石に冷めちゃったけど」

「手作りですか! すごいですね」


ラスコはいただきますと言ったあと、それをちぎって一口食べた。ふわっふわで柔らかい! 懐かしいようなほんのり甘いミルクの香りがする。作り手を表すような、優しい味だ。


「お店のものみたいです! すごく美味しいです」

「ふふ! 良かった〜!」

「あ、それではお礼に」


ラスコはその地面からイチゴを咲かせると、数個もぎ取って彼に渡した。


「あ、これ植術?」

「はい! あ、3分くらいで腐るので気をつけてくださいね!」

「はは! そうなんだ! ありがとう〜!」


いい顔で笑うなあ、とラスコは思った。


「何でパン作りが趣味なんですか?」

「ああ。食べさせたい人がいて、練習したんだ」


そう言った彼の顔は、すごく和らいでいた。その人のことが好きなんだろうと、その時ラスコは何となく悟った。


「それって、マキさんですか?」

「え?」


そう思ってマキさんの名前を出したのだけれど、どうやら違うみたいだ。


「シルバさんとマキさんて、結婚してるんですよね? リルが言ってましたけど」

「あ、うん。そうだよ! 結婚してる。でもマキはパンよりご飯が好きだよ」

「え? それじゃあ……」


(別の誰かということでしょうか。何だ、私の勘違いでしたか)


「ねえ! 他の果物も出せるの?」

「はい! 何か食べたい物ありますか?」

「え〜。どうしよう! じゃあラスコちゃんのおすすめで」

「ふふ。いいですよ!」


ラスコはグラナディラを作り出した。この辺にはあまり売っていないし、珍しくて美味しいラスコのおすすめのフルーツだった。ラスコは2つグラナディラを採ると、1つをシルバに渡した。シルバは物珍しそうにそれを手にとって見ている。


「もしかしてグラナディラ? 初めて食べるよ〜! どうやって食べるの?」

「ゆで卵をむくみたいに、まずは皮を剥くんです」


ラスコに教わりながら、シルバは同じようにして皮を剥いた。


その頃リルイットも、集合場所にたどり着いていた。まだ誰もいないのか?と辺りをきょろきょろ見回すと、ベンチにいるラスコとシルバに気がついた。


(あれ、あんなとこにいた)


リルイットは彼らに声をかけようとした瞬間だった。


「うわっ」


シルバがグラナディラの果汁を、握った勢いでラスコの顔に数滴飛び散らせてしまった。究極に不器用な彼は、普通はしないミスも何故だか起こす。


ラスコは反射的に目を閉じた。すると、シルバの手が顔に触れるのを感じた。ラスコはびくっとしながら、ゆっくりと目を開けた。彼の親指が、ゆっくりと自分の顔にハネた果汁を拭き取ったのだ。


「ごめんね〜ラスコちゃん」

「っ!」


シルバはそのまま指についたグラナディラの果汁をぺろっと舐めた。


「ん! 柑橘系だ!」


ラスコはドキっとして、彼の灰色の瞳と目を合わせた。


「……」


そしてそれを見たリルイットは、何となく胸が締め付けられるような気持ちになった。何故だかその一部始終を呆然と見てしまい、声もかけられなかった。


「あ、リルイット君!」

「リル?!」


シルバがリルイットに気づいて手を振った。ラスコもハっとして、リルイットに顔を向けた。


「あ、えっと…おはよう」

「おはようございます」

「おはよ〜! リルイット君もパン食べる?」

「いや、いいや。食堂で済ませて腹いっぱいだ…」

「そっか! じゃあ余ったのは持っていこ〜! 小腹が空いたら言ってね〜!」

「う、うん…」


(何だこれ、俺……)


何故だか顔が引きつってしまう自分が、不思議でたまらなかった。


嫉妬? ラスコに?

ないない。ラスコは友達だろ。

それにシルバは既婚者だし。ないない。何にもない。


「イグはまだか?」

「うん! まだみた〜い」


リルイットはちらりとラスコを見た。ラスコはリルイットと目が合うと、そっぽを向いた。


(え…?)


リルイットは無視されたようで、何となくショックを受けた。しかしそんなはずはないと思って、気のせいだと思いこむことにした。


(やばいです…完全に意識してしまいました……)


私なんかがリルを好きになるなんて、絶対駄目です! 私みたいなブスは、リルには釣り合いません! そうです! 昔イケメンにこっぴどく振られたことを思い出すんです、ラスコ! 恋愛はもうやめたじゃありませんか! そんなことより、仕事に集中しなくては!


「よう。早えな」


最後にやってきたイグと合流した。赤髪の彼は、真っ黒な軽型の鎧を身につけていた。背中には大きな黒い槍が背負われている。


「時間すぎてますよ、イグさん」

「うるせえな。5分もすぎてねえよ。ブス」

「〜〜!!!」


ラスコはわなわなと両手をグーにして震わせていたが、イグはぺろっと舌を出して知らん顔だ。


「んじゃ、さっさと頼むぜリル」

「っし」


リルイットは、3人を乗せられるくらいの大きな赤い鳥に変化した。ラスコ、シルバ、イグがその背中に乗りこむと、リルイットは大空に向かって飛び上がった。


「とりあえず南西に飛んできゃいいんだろ」

「はい! ズレてきたらその都度伝えます」

「ふあ〜。じゃあ俺はもう一眠りすっかなぁ〜」

「寝るんですか?! 呑気ですね」

「うるせえな。俺は夜型なんだよ。お前らに合わせて朝に来てやったんだよ」

「イグ、パン食べる?」

「食わねえよ。お前が作ったクソまずいパンだろ?」

「シルバさんのパンは美味しいですよ!」

「はあ? 味覚ブスかよ」

「何ですかそれ!」

「大丈夫だよ! 今回のは美味しいから! ね! ミルクパン! 食べてみたら?」

「ったく、クソうぜえパーティだな…」

「あなたがいなければ物凄く平和です!」

「はぁ〜?!」


リルイットは彼らがギャーギャー騒いでいるのを聞いて、ハァとため息をついた。ラスコも何でイグに突っかかってんだ? そいで、いつの間にシルバと仲良くなってんの?


「え? 2人は双子じゃないんですか?!」

「ちげーよブス」

「いちいちブスって言わないでください! ラスコです!」

「あっそ。じゃあブスコでいいじゃねーか」

「発想が15歳のラッツさんと同じですよ!」

「何ィ?! あのネズミ女と一緒だとぉ?!」

「イグ、ラッツはネズミじゃないから! いい? ラッツの由来は…」

「グラッツのラッツだろ! 100回聞いたわ!」

「そうだったんですね! 私は初耳です」

「ふふ! 僕も最初ネズミだと思ってさ! ラッツに初めて会った時ね…」


何だかんだで3人は話を弾ませている。いつも思うんだけど、アシになって飛んでる時、仲間外れ感がすげえあるんだよな…。


数時間の飛行を経て、昼ご飯にしようと着陸した。ぶっ通しで飛ぶのは実は結構きつい。エネルギー的にも、精神的にも。


俺たちは、下りたところの近くの街のレストランに入った。そういや食堂以外の店の飯って久々だから何か斬新だよな。祭りの屋台を除いたらエルスセクト以来じゃねえの? 飛べるようになってからは日帰りが多かったからな。それにしても、この飛行で3日かかるって、どんだけ遠いんだって話だよ。


食べ終わったあとはまた飛行を続けた。腹がいっぱいで気分がいいな〜。と思ってたら、ラスコとイグの奴、俺の背中で昼寝をしやがった!! 何て自由な奴らだ! ていうかラスコ、ナビする気ねえじゃん!


そしてそこは、遥か南西の山の上空。こんなに南まで来たのは初めてだ。この辺りにはもう、魔族もうようよいるんだろうか。


「リルイット君!」


シルバはリルイットの頭の方までやってくると、いつものヘラヘラした調子で彼に声をかけた。


「また一緒に旅が出来たねえ!」

「そうだな」

「リルイット君って、イグと仲が良いんだね」

「え? いや…昨日初めて話したけど」

「そっか! そりゃそうだよね。イグはどうしてか、ずっと透過していたからね」

「なあ、何でイグは姿を消してたんだ? 癖だって言ってたけど」

「さあ。僕も理由はよく知らないんだよね」

「シルバも知らねえのかよ。お前なら何か知ってると思ってたのに」

「あはは〜。イグは僕のことをよく知ってるけどね。僕はイグのことは、ほとんど知らないんだ〜」


シルバのへらついた笑顔が目に浮かぶ。この調子じゃ何を聞いても無駄だろうか…。イグのことはシルバに聞けばわかると思ったんだけどな。宛が外れたぜ。


それじゃあいいタイミングだ。あの少年のことを聞こう。


「シルバって養子だろ」

「うん! よく知ってるね。ああ、ラッツに聞いたのか!」

「お前との昔話を散々聞かされたことがあるよ。それでさ、シルバ、ダドシアン家の実の子供は、レノンっていう少年なんだろ?」

「そうだよ! レノン君のことまで知ってるんだね! ラッツったらお喋りだな」

「シルバはレノン君のこと、よく知ってるのか?」


シルバはどうしてそんなことを聞かれるんだろうと、甚だ疑問といった表情を浮かべていた。しかしその顔はリルイットには見えなかった。


「よくは知らないよ。僕が知ってるのは、父さんから聞いた話だけさ」

「どんな話?」

「うーん。すごくよく笑う子だったとか、騎士になりたくて毎日素振りをしていたとか、あと、メロンパンが嫌いとか!」

「ふうん…。あとはなんか言ってた?」

「え? そうだなあ…。僕はもちろんレノン君を見たことなんてないんだけど、僕に顔が似ているって父さんが言ってたよ。だから僕を養子に選んだんだって!」


確かにそう言われるとシルバに似ている気もする…。まあでも、気がするくらいだ。そんな話もラッツはしてたな…。何だ、生前は普通の男の子だったのか。それが何だ? 死んでシャドウになって、生き返ったってことか?


「なあシルバ。これから話すことを、落ち着いて聞いてほしいんだ」

「うん。いいよ」

「俺たちに敵意を向ける茶髪の男の子の話は聞いただろ」

「うん。ステラって子に薬を飲ませた奴でしょ?」

「俺はエルフの里でそいつにまた会った。そうしたらそいつは、名前を名乗ったんだ。レノ……」

「きゃあああああ!!!」


名前を言おうとした瞬間、突然地上から女の子の叫び声が聞こえた。話は当然中断された。


「な、何だ?!」

「下りて! リルイット君!」


リルイットは叫び声の聞こえた方に向かって、急降下した。



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