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誘拐

ラスコと食堂で晩御飯を済ませたリルイットが、シルバの様子を見るために、北軍アジトの彼の部屋に向かっていると、廊下でイグと鉢合わせた。


「あ、イグだ」

「またお前か。何なんだよ。ストーカーか」

「そんなわけないだろ」


イグはもうあのウィッグはつけておらず、頭は赤い髪だった。姿を隠してもいない。


「じゃあ何でここにいんだよ。お前は東軍だろ」

「シルバに会いたくてさ」


リルイットがそう言うと、イグは目を細めて彼を見据えた。


「シルバは部屋にいないぜ。マキのとこだ」

「そうなんだ。目を覚ましたんだな」

「用があるなら明日にしな。2人の邪魔をしに行く必要ねえだろ」


ああ、そっか。シルバはマキと結婚してるんだ。そうだよ、子供だっているんだ。あれ…でもイグは、マキのことが…。


リルイットは察していた。イグはマキのことが好きだと。人の恋路にめっぽう気づく。それは術でも何でもない。それこそ彼の、生まれ持った能力、なのだろうか。


「わかった。じゃあイグは暇そうだから、俺と話そうぜ」

「おい。暇そうに見えたのか…。悪いが、今日会ったばっかのお前に話すことなんて何も…」

「なーに言ってんの! さっき会ったばっかりだから話したいことはたくさんあるじゃん! お互いのことを知るためにさ」

「別に俺はお前のことなんて知りたくねえんだよ」

「俺は知りたいんだよ。イグのこと!」


リルイットはそう言って笑みを浮かべた。男のくせにこんなに美しい笑顔は見たことがない。イグはそんな風に思って彼の顔を呆然と見たまま、完全に彼のペースに飲まれそうだった。


「なあ、イグの部屋ここにあんの?」

「俺の部屋はねえ」

「え? ないの? じゃあ俺の部屋来る? 東軍だけど! それとも食堂で話す?」

「行かねえ。話さねえ」


イグはリルイットの横を通り過ぎて、その場を立ち去ろうとする。


「ああ! ちょっと待てって! いいじゃん! お手伝いは終わったんだろ?」

「うっせえ」


リルイットはイグを追いかけて北軍アジトを出た。イグは相変わらずリルイットを無視している。すると、2人はエーデル本城から出てきたシルバと鉢合わせた。イグはシルバを睨みつけて言った。


「おい、マキのとこに行けっつっただろ」

「違うよ! マキが部屋にいないんだよ」

「はあ?」


リルイットもきょとんとした顔で2人のやりとりを目にする。


「何でいねえんだ」

「さあ…先に起きてどこかへ行ったのかな」

「そんなはずねえだろ…だったらお前のところに行くはずだ」

「え? でも会ってないけど…」


2人は何となく不審な表情を浮かべる。マキは確かに個人行動はするが、必ず目的を持つ。用もなくふらっと出ていったりはしない。どこかへ行くにしても、イグかシルバのどちらかには一言あるはずだ。


「食堂で飯でも食ってんじゃねえの」


とリルイットが頭の後ろに両手をあてながら呑気に言うと、「マキは食堂で飯は食わねえ」とイグに言われた。マキはいつも、シェフたちに別口で料理をもらっては、部屋で1人で食べる。その理由は、他の奴らと並んで食べるのが嫌だから、というものだったが、それは今はどうでもいい。


「ったく…」


イグは呪鳥を数十匹生み出した。呪術で創造した鳥の姿をしたモノだ。主に伝達や索敵に使用される。シピア帝国の王族たちが使っているのをリルイットも見たことがある。だけど、一度にたくさんの呪鳥を作るのを見たのは初めてだ。動くモノは創るのが難しいと聞いたことがあった。


呪鳥はイグに命令され、マキを捜索するためにエーデル大国中に一斉に飛び立った。


「すっげー! あんなにいっぱい出せんの?」

「こんくらい普通だろ」

「普通じゃないって! 優秀な呪術師でも一度には数匹が限界だって聞いたことあるぜ」

「ふうん。知らねえけど」


リルイットは気づいていた。イグは2つの術を使える上に、体内エネルギーが尋常じゃない。


(こんなにすげえ奴がいるなんて…!)


シルバは雷落とすことしかできなくて、それをやったらすぐに気絶してたっていうのに。同じ顔でも、エライ違いなんだな…。


「イグ、どう?」

「この国にはいねえな」


しばらく呪鳥に探させたようだが、どうやら見つからないようだ。イグとシルバは心配したようにうーんと頭を悩ませている。リルイットはハっとして、声を上げた。


「そうだ! ラスコに頼みゃいい!」

「ラスコ? 選抜に来てた東軍の子だっけ」

「あのブスかよ」

「ブスじゃねえから!」


そこで待っててくれと言って、リルイットはラスコの元に向かった。飯を食い終わったあと、もう部屋で寝ると言っていたはずだ。


東軍アジトのラスコの部屋に向かう。何の気遣いなくガチャっとドアを開けた。


「きゃあああ!!」

「え?」


完全風呂上がりだったラスコがバスタオルを巻いて一息ついていたところだった。髪は滴り、湯気がたっている。彼女の大きな谷間も垣間見えた。


「ああ、ごめん」

「リル?! 何で勝手に入ってくるんですか!」

「いや、鍵空いてたし」


ラスコは結構鍵を閉めるのを忘れる。なぜかというと、彼女の故郷イスタールの家は植術で作られていて、自然と鍵がかかったからだ。前は着替え中にアデラが入ってきたことがある。彼女もあんまり、学ばないのであった。


「着替えますから、出てってください!」


ラスコに追い出されて、リルイットは彼女の部屋の前でしばし立ち往生した。


(ラスコって顔の割にはスタイルいいよな〜)


なんてことを考えていた。別にエロい意味じゃねえけど。


「何ですか」


ようやくガチャっとドアが空いて、着替えを済ましたラスコが、その隙間から怪訝な顔でリルイットを見上げた。


「マキさんがエーデル大国にいないんだって。ラスコの植術で探してくんね?」

「マキさんですか…? わかりました…」


2人はそのまま外に出て、イグとシルバが待っているところに戻ってきた。イグには数時間前挨拶をしたが、シルバとはまだまともに挨拶もしていなかった。ラスコはシルバを目にすると、深々とお辞儀をした。


「植術師のラスコちゃん! 話すのは初めてだね!」

「ラスコ・ペリオットです!」


穏やかな様子のシルバに、ラスコも安心したような笑みを浮かべた。


「マキはいたか?」


それとは打って変わって、イグは偉そうな態度だった。ラスコは顔をしかめた。


(そもそもこの人は誰なんでしょう! シルバさんに瓜二つですが…双子なんでしょうか?)


「今探しています。でも国の外ですから、そんなにすぐには見つかりません」

「ああそう。どんぐらい待ってりゃいいの」

「そんなことはわかりません。植物さんたちが見つけ次第連絡がきます」

「ふうん。じゃあ早くしろって植物さんに言っとけよ」


(何なんですか! この人は!)


完全に湯冷めしました! もう寝ようと思っていたところを、わざわざこの寒い外まで出てきてあげたというのに!


「わりいなラスコ。急に呼び出して」

「別にいいですけど…」


リルの頼みですから、仕方なくです!


…って私、リネさんみたいなこと言ってます。


「っくしゅん!」


ラスコは部屋との寒さのギャップに耐えかね、くしゃみをした。リルイットは術でポンチョに似たふわふわの毛布を作り出すと、彼女の服の上から優しく這わせた。


(あ、あったかいぃいい!!!)


炎で出きたその毛布は、ほかほかのカイロのように熱を持っている。リルイットは毛布の上からラスコの肩にとんっと両手を置くと、にっこりと笑った。


「ひっ!」

「どう? よくね? 絶妙な熱加減だろ!」

「は、はい……」


ラスコは心臓が止まりそうだった。顔が真っ赤に火照った。風呂上がりだからか、毛布の熱のせいだろうか。


いや、違う。ラスコはもう気づいていた。本当はずっと前からそうだった。気づかないフリをしていただけだった。


ユッグにもそんなようなことを言われて、あのミスコンの日の夜に彼と話して、もう気づかないフリなんて出来っこない。


ラスコは、リルイットに恋していた。


しかし他人の色濃い沙汰に即座に気づくリルイットだったが、ラスコの想いにだけは気づかなかった。自分に対してだけは鈍感なのか、何なのか。とにかくリルイットは、彼女の好意に全く気づいていなかった。


「あ、見つかりました」


植物からのサインを感じ取ったラスコは、ハっとして声を上げた。マキの捜索にかかった時間は僅か10分だった。彼女はエーデルナイツ1の、索敵の天才だ。


「どこだ?」


イグは過敏に反応をして、ラスコに言い寄った。


「かなり遠いですね…」

「おい、どこなんだよ! ブス!」

「ブ、ブスぅ?!」


ラスコは顔を引きつらせた。ブスコちゃんはまだ可愛げがあった。それでも言われるのは嫌だった。それがこの男、何の装飾もなく自分をブス呼ばわりだ! ほぼ初対面で、女の子にブス?! しかもリルイットの前で! 全くなんて男だ! と、ラスコの中でイグの評価は最悪になった。


「イグ、ラスコはブスじゃねえから! やめろ! 女の子に!」

「ちっ」


リルイットはそう庇ってくれたが、なんと惨めなものだろうか。ラスコはもはや半泣きだった。


「んで、どこだよ」

「遥か南西ですね。エーデルナイツの進軍もまるで届いていないエリアです。リルに乗っていっても3日はかかりますよ。マキさんがいるのは研究所のような建物の中みたいです」

「はあ? 何でそんな遠くにいんだよ」

「リルイット君の足で3日? マキが1人で行けるはずがない。不可能だよ」

「敵に攫われたな」


リルイットがそう呟くと、彼以外の3人は顔を皺ばませた。でもそうとしか考えられないと、彼らも状況を察した。


「リル! 今すぐ連れて行け」

「ちょっ、そんな急に?!」

「マキに何かあったらどうすんだ! てめえ責任とれんのか? あぁん?!」


イグはリルイットの襟元を掴んで、急に怒り出した。


「待ってください! リルは今日皆を乗せて、帰還したばかりです。今夜は休ませてあげてください! 今すぐ発っても、すぐに着くわけではありません。植物さんによれば、マキさんは無事です。リルは無茶させると長い昏睡状態に陥ることもありますし、夜の飛行は危険です。それに準備もなし、他の皆に報告もなし、そんな考えなしで行動されては困ります! 出発は明日です。ラッツさんにも相談をします! そうでなくては案内はしません! 私なしではそこにたどり着けませんよ! わかりましたね!!」


ラスコもすごい剣幕でリルイットを擁護した。イグは女の子にここまで言いくるめられたことは初めてだったので、若干退いた。


(んだぁ〜このブスはぁ〜!!!)


「うん! そうしよう! 僕もすぐ気絶しちゃうからよくわかるよ! エネルギーの使い過ぎは良くない! リルイット君を万全の状態にして、連れてってもらおう!」


(この呑気野郎がっ!!!)


イグはシルバを睨みつけたが、ヘラヘラの彼にはまるで効果がなかった。


「とにかく、明日の朝9時にここに集合です。今日は遅いですから、ラッツさんには私が明日話をします。今日は部屋に戻りましょう」


ラスコは4人を取り仕切ると、解散を促した。イグはもはや反論すらできない。リルイットはそれを唖然とした様子で見ながら、東軍アジトに戻るラスコの後についていった。


「すごい子だねぇ!」

「クソうぜえ女だ!!」


ラスコたちが立ち去っていくのを、シルバとイグは見送った。


「おいラスコ!」


ラスコは東軍アジトに着くなり、ヘナヘナと廊下に座り込んだ。


「おい、ちょ、どうした?!」

「またやってしまいました…」

「へ?」


ラスコはリルイットのくれた毛布に身を包んだまま、半泣きの様子で彼の方を振り向いた。


「怒るとやっちゃうんです…。でも暴力は駄目だと思ったら、口がベラベラと…!」

「怒ってたんだ…」


リルイットは苦笑いで、目を潤ませる彼女を見下ろした。


「だって…」


(リルの前で、私をブスって呼んだんですよ…)


「まあ、俺は助かったよ! あのまま飛んで行ったらラスコの言う通り、気絶してたかもしんねえ。ラスコは俺のこと、よーくわかってんだな!」


リルイットがそう言いながらにかっと笑うのを見て、ラスコは胸を締め付けられるような感覚に襲われた。ラスコは確信する。自分は、彼のことが好きなのだと。


「……」

「うん? どうした?」

「いえ、何でもありません…」

「そうか? お前も疲れたろ。もうあのまま寝るとこだったんだろ? 悪かったな。それじゃあまた明日な」

「は、はい…」


リルイットはそう言って、ラスコを部屋の前まで送り届けると、自分の部屋に向かっていく。最後に一度だけ振り返った。


「おやすみ、ラスコ」


ラスコはまたドキっとして、一瞬言葉を失う。


『おやすみ、ユッグ』


(あれ…?)


一瞬そんな風に、彼に呼ばれたことを思い出した。


「お、おやすみなさい…」


リルイットはいつもの笑顔で微笑んで、綺麗に並んだ白い歯をちらりと見せたあと、そのまま背を向けて歩いていった。


ラスコはしばらく呆然としていた。



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