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紅炎の矢

数十分前の話だ。


バシュウウウンン!


「ぐああっ!!!」


アデラの放つ矢は、エルフを次々と射ち殺していた。


「アデラ様! 素晴らしいですわ!」


リネが歓喜の声を上げると、アデラは彼女の頭をクシャッと撫でた。


「アデラ様?」

「最高の走りだ」


(ぎゃっふ〜! べた褒めですわよねそれ!! やぁ〜ばぁ〜いぃ〜ですわ!!!)


リネの走りは見事の一言。ただ速いだけじゃない。敵に居場所を漏らさない絶妙な位置取りもそうだが、何より乗り手の呼吸に合わせている。言葉はいらない。彼女の足が、俺に最高の道を示す。


バシュウウンン バシュウウンン


「ぅぎゃっ!」

「ぐああっ!!!」


彼が射つ度、敵が落ちる。

ミスはない。


「どこだ?! どこから射ってやがる?!」


エルフたちもさすがにアデラの矢にやられすぎだと思ったのか、警戒を強める。しかし彼の位置をまるで見つけられない。


(当たり前ですわ! どれだけ離れてると思ってますの!)


あなたたちエルフの射程圏とは比になりませんわ!! 見つけられるはずがなくってよ!!


その飛距離を可能にするのは、リネの足による加速分とアデラ腕の強さ。そして、その飛距離の的に命中させる、誇らしき彼の実力だ。


バシュウウウンン!!


「ぐわああ!!!」


もう数え切れないエルフが落ちたはずだ。しかしまだまだ敵の数は多い。リネの目も鼻も、確かにそれを捉える。


「まずいな…」

「どうしました?」


アデラはふうむという表情を浮かべている。


「矢が足りない」

「!」


もう何十本も射ってますもの。そりゃそうですわよね…。


「お任せくださいアデラ様!」

「うん?」


リネは探る。

仲間の魔族…じゃない、人間のあの男の匂い!!

こちらの意図を理解して、絶好の囮を続けてくれている、あのクソ男の!!


【リル!!!】

「!!!」


エルフたちから逃げ回っていたリルイットは、脳裏に響くリネの声に反応した。それは一部の魔族が使用できる能力、テレパシー。


(リネ?!)

【矢が足りません! 創造できますか?!】

(もちろん!!)


リネはリルイットと会話を続けた。そのあと向きを変えて、走り出した。


「リネ、どうする気だ?」

「矢を調達します。場所は指示しました。こっちです!」

「?」


リネはその場所に向かって駆け出していく。深い森の中だ。かいくぐるように木々を縫って、その場所にたどり着く。


「ありましたわ!!」


そこは先ほどリルイットが通った道筋。置かれていたのは綺麗に束になった何十本もの細い矢だ。


リネがその横を通ると、アデラは腕を伸ばしてその矢を拾った。


「これは…?」

「リルが造った矢ですわ」

「ふうむ」


それは美しい、深紅の矢だった。


(熱くはないな…)


アデラはそれを背中にしょった袋に入れると、再びエルフを狙った。


(拾えたのか?)

【はい! 助かりましたわ! ありがとう!】

(どーいたしまして!!)


バシュバシュバシュ!!


ザッザッザッ!!!


エルフの狙ってこちらに射ってきた矢を、リルイットはすかさず避ける。


(明らかに減ってんな…!)


バシュウウウンン! バシュウウウンン!!


「ぐああ!」

「うぎゃあっ!!!」


アデラの矢は確実にエルフを仕留めている。


「アデラ様、リルの矢はどうですか?」

「最高に射ちやすい」


(ふんっ!!!)


リネは一瞬大層不細工な馬面を浮かべたのであった。



あっという間にエルフは数えるくらいにまで減っていた。


「バカなっ……」

「どうなってる……?!」


生き残っていたのは長のサリアーデ、若き側近のロドニーアス、その他3匹だ。


(たったこれだけ?!)


サリアーデは非常に顔をしかめた。


オーク30体をその身1つで殲滅したアデラ、例えその倍のエルフがいようと、こっちには最強の囮と足がある。落とせないわけがない。


「そこか!!」


サリアーデはアデラに向かって矢を射った。彼らに接近していたリネは、その矢をぴょんっと横に飛んで避けた。


アデラはエルフたちの前に、ついに姿を晒したのだ。


(あいつはあの時の人間……?!)


サリアーデは、彼がこの前殺し損ねた人間だと気づいた。


(ユ、ユニコーン……)


彼は魔族であるユニコーンに跨っている。


「何なんですか貴方たちは……ユニコーン、何故人間の味方をするのですか?」

「人間の味方ではありませんわ。アデラ様の味方です」

「ちっ」


同胞をいとも簡単に射ち殺されたことに、サリアーデは酷く怒っている様子だ。


「戦術は見事だった。完全にハメられたよ。リネがいなきゃ、こっちの勝ちはなかった」


アデラは残ったエルフたちを見下すように、そう言い放った。


「私達はまだ負けてなどいない!」

「どうかな」

「傲って姿を現すなど、愚か者め!! いいか! 誇り高き我らエルフを侮辱した罪、万死に値することを思い知らせてやる!!」


サリアーデはそう叫ぶと、アデラに向けて矢を構えた。他の4匹のエルフも、同じように彼に矢を向ける。しかしアデラは、矢を構えようとはしない。


「その距離からでも、お前たちじゃ、俺には当てられないぞ」

「何言ってる?! この距離で避けられると思ってるのか?!」


エルフとアデラ、その距離は10メートルにも満たない。


「確かに数が多ければむやみに近寄れないが、今はそうではない。同じ弓使い。だけど格の違いを、見せてやるよ」


アデラはそう言って、ふっと笑った。リネも同様にふふんと笑っていた。


「その減らず口、二度と叩けぬようにしてやる!!」


サリアーデはアデラの口元に狙いを定めて矢を放った。他のエルフたちも、アデラに向かって一斉に矢を射った。アデラは瞬きすらせずに、それを見ている。


すると、その矢を一掃するように、横から炎が飛び出した。その炎もまさに一筋の光の矢のごとく、一直線にアデラの前を走り抜けては、美しい乱れぬ放物線が描ききった。


「なっ!!」


サリアーデたちが次の矢を抜く暇などとてもない。避ける暇さえ、微塵もない。


ギュウウンンン!!!


その炎の矢は、エルフの矢を射ち落としたあと、大きくカーブして、エルフたち本体に襲いかかった。予想もできないその炎の動きに、悲鳴をあげることもできず、エルフたちはその炎の矢に身体を射抜かれ、一掃された。


(この炎は……)


サリアーデは愕然としながら、しかしすぐに目を閉じて、冥界へと去った。


それを見終わったあと、アデラは首を左へ向けた。その方向からは、息を切らしたリルイットがやってくる。パチパチと心のこもらないような拍手を、アデラはリルイットに贈った。リルイットは顔を引きつらせながら彼を睨んでいる。


「ハァ……ハァ……なんなんだよ……何でわざと5体残すんだよ……」

「ボスの頭くらいは譲ってやろうと思って」

「ハァ……もう………」

「奴ら完全に油断してたから、狙いやすかっただろ」

「もう………」


(疲れてんだよこっちは……何分全力疾走で逃げたと思ってんだ……)


リネはやつれた俺を見ながら、ぷぷっと馬鹿にしたような顔つきだ。


(ていうか…何でいるんだよこの馬……)


「うん?」


しかしリネは顔色を変えると、その遠くに異様な魔の気配を感じる。


(何ですのこの気配………そういえばこれ……あの時と……)


ステラが薬を飲んだ後の気配と同じだ。酷く色濃い魔族の血。その血の力が、溢れ出す瞬間!


「誰かが強化剤αを飲みましたわ!」

「ええ?!」

「そこへ行け! リネ!!」

「ああっ! ちょっと待てよ! もう〜!!!」


駆け出すリネを、リルイットも必死に追いかけた。




その先にあった最悪の光景に、リルイットは愕然とした。


マキさんのお腹から赤子を取り上げて笑うミカケさんの姿を見つけて、わけがわからなかった。


(はあ?!)


バシュウウウンン!!


俺よりも早く、アデラがそれを止めた。


(赤ちゃんがっ!!!)


そして俺よりも早く、炎がそれを助けた。


「っ!!」


俺が動けたのは、その後だった。

その後、ミカケさんの顔を思いっきり、ぶん殴ったんだ。


「リル……」


ミカケさんの顔は、物凄くやつれていて、まるで何かに生気を吸い取られたかのように、酷く、酷く、青ざめていた。


「ミカケさん……何で……」

「リル……」


『リルイット! 大丈夫か!』

『はよ飛べ! リル!!」


ドルムン谷でヒドラに羽交い締めにされて、溺れそうだった俺を助けてくれたのはミカケさんだった…

一緒に死ぬ危険だってあった…

それでも俺を、助けにきてくれたのに……。


「邪魔……すんな…!!」


ミカケは非常に怒った様子で、リルイットに向かって炎を吐いた。


(皆で邪魔ばっかりしよって……!! 何であの女を守るんや!!)


激しい炎がリルイットの全身を覆うように燃え上がったが、彼にはまるで効果がなかった。その炎が晴れると、リルイットは歯を噛み締めて彼を睨みつけると、もう一度彼を殴った。


彼はそのままふっとばされて、頭を強く打つと、気絶してしまった。


「大丈夫ですか?!」


いつの間にか人間の姿に戻っていたリネは、マキの元に駆け寄った。


「ううううう」


マキはあまりの激痛とショックで、もう目を開けることもできない。腹の臓器が今にも飛び出そうだ。それを抑えるように、炎は彼女の傷を塞ごうと、必死な様子だった。


「飲んでください!! 聖水ですわ!」


リネは持っていた聖水を取り出すと、彼女の口に押し込んだ。アデラも彼女のそばに寄ると、マキの頭を後ろから支えてリネをフォローした。


「早く飲め! 傷が治る!!」

「んんっ…んんんっ…んん」


マキは目を閉じたまま、必死でその水を飲み込んだ。飲めば飲むほど、状態が改善していくのを感じる。マキは必死でそれを飲み干した。


「水が足りません……!!」


その空いた瓶を彼女の手から受け取ると、リネは顔をしかめる。


「滝まで戻ります…!」


リネが駆け出そうとすると、突然大雨が降り出した。これまで晴れていたのに、あり得ない。いや、違う。雲が私達の上だけだ。私達のところにだけ、雨が……


(こ、これは……?!)


それは、イグの呪術だった。天候操作の術だ。


「水は……足りるか……」

「!!」


リネは振り返ると、倒れ込んでいるイグの存在に気づいた。リネの瓶にはあっという間に水が溜まっていた。リネは大きくうんと頷いた。


その額から角を生やすと、瓶に突っ込んで聖水を作り、すぐにマキに飲ませた。


マキの容態はみるみる回復していく。


(一命はとりとめましたね…!!)


その様子を見たイグも安堵し、倒れ込んだまま息をついていた。


(あとはあの人にも…!!)


リネはもう一度水を組むと、聖水を作ってイグに駆け寄り、それを飲ませた。身体の傷が全て治り、イグは驚いたように目を見張ると、彼女を睨みつけた。


「お前…ユニコーンなのか…」


リネが声を発する前に、アデラは彼女を守るように、その前にやってくる。


「お前こそ誰だ。選抜メンバーにはいなかったはずだ」

「ちっ!」


イグは舌打ちをして立ち上がると、アデラの肩を押して道を開けると、ミカケの元に駆け寄った。


『10分以内にそいつを殺せ』


(おかしい……もうとっくに約束の時間は過ぎてるのに…)


ミカケの前に俺が姿を現して、もう10分以上過ぎた。透過を解くのはルール違反。なのに何の制裁もない。


「……」


ミカケは静かに呼吸をしている。気絶しているだけだ。死んではいない。


(どうなってる……)


俺に知らされずルールが変わることなんてあり得ない。それじゃあ…まさか……。


イグは思考を巡らせていた。彼の中では、1つの答えが導かれていた。


「あ、あなたは……」


リルイットはシルバそっくりのイグを見て、顔をしかめた。イグはリルイットを睨みつけたが、何も言わずに目をそらした。


「イグ……赤ちゃんが……」

「っ!!」


マキのか細い声が聞こえて、イグはハっとしてマキの元に駆けつけた。


「赤ちゃんが……動いてない……」


マキはもう死んだ人間のような目をしていた。いつもの威厳も、力強い声も、何も残っていない。たた抜け殻のようになって、放心としたまま、ボソっと呟いたんだ。


「嘘だろ?! だって聖水で…」


すると、リネは気まずそうに答えた。


「もし飲む前に…その…死んでいたとしたら…、生き返らせることはできませんわ…」

「……」


イグは愕然とした様子で、その言葉を耳にした。もう、彼女の顔を見ることも、怖くて出来ない。








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