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対戦・ミカケ

復讐の女の名前はマキ・ロメット。見つけるのは簡単やなかったけど、そこまで難しくもなかった。こちとら忍びの術を極めてんねん。情報収集力なめんなっちゅー話よ。


まあとにかく、見つけたはええけど、相当厄介な女やとわかった。


「誰だ?!」

「っ!!」


隠れ身でこっそり近づいたいうのに、速攻バレた。警戒心が異常や。その上ごっつい強い女なんや。寝込みを襲っても勝てる気がせえへん。


せやからわいは、暗殺するのはやめた。それに簡単に殺したらつまらへん。わいの怒りも収まらへん。もっと、もっともっと、この女を苦しめたらな、気がすまへん。


せやからわいは、入念に準備して、この女に近づいた。王族の信頼を得るのは容易かった。忍術が浸透してないこの国で、わいの力は最強。代わりはおらん。


「マキ殿、彼が新しくエーデル大国直属の忍術師だ。我々に有益な情報を提供してくれる。依頼成功率は100%だ。君も何か知りたい情報があれば、彼に頼むといいよ」

「ふうむ」


やっとここまできたで、マキ・ロメット。

ほんまに目つきの悪い女やで。変わってへんな、その顔!!


ミカケは人相の悪い彼女を目にしては、心底悪態をつく。


(今すぐぶっ殺したいわ! クソアマ!!!)


「名前は何だ?」

「ミカケ! ミカケ・カタギリや!」


偉そうな態度のマキに、ミカケはにっこり笑いながら答える。作り笑いは、苦手ではない。


それから彼女との信頼も得るために、話をすることも仕事をすることも増えた。皆マキの顔を怖がって、へこへこしとう。


「マキさん! その顔怖いねん! ほんまやめてーや!」

「うるさい奴だな…いいから黙って働け」


せやからわいも、周囲の反応を真似た。周りと違ったら、わいを強く意識してまうかもしれんかな。ちょうどええ仲のよさを保たなあかん。仲良くなりすぎたら、ボロがでるかもしれん。


わいはマキのことを誰よりも観察しとった。そしたら気づいたことがある。マキは、部下の騎士であるシルバのことが、好きみたいや。早朝に、毎日仲良く訓練しとう様子を見たんや。間違いない。あれは絶対好きやで。


(団長のくせに団員に好意を持つとはな、やっぱしょーもない女やで)


そんな風に思っとったせいで、ある日ボロが出た。いや、運が悪かった。


それはとある冬の日の早朝、エーデル大国の訓練場にわいはやってきた。王族から他国の潜入調査の依頼を受けて、朝帰りしてきたんや。真面目に仕事はやっとかんとな…金も稼がな、生きていかれんしな。


「あれ、マキさん、今日は1人なん?」

「えっ?!」


マキはわいに声をかけられ、びっくりしたような声を上げた。


「な、何だ、ミカケか…」

「何やねん。シルバやと思ったんか?」

「えっ?! な、何故シルバの名前を出す?!」

「えっ? いや、前にシルバと朝練しとうとこ見つけたことあるから…」

「っ……」


シルバの名前を出したらこの反応、まじかいな……と思ったわ。この女、常に超絶目つき悪くて、自分以外全員ボンクラとでも思っとうような態度しかとらへんのに、あのヘタレ男に惚れてんの? しかもこんなにわかりやすく……嘘やろ…?


「え? 何持ってんですか?」

「えっ!」


マキが手に持っていた袋を見つけて、ミカケはピンときた。


(バレンタイン?!)


「もしかして、それシルバにあげるん?」

「えっ!!」


(うわ〜〜図星やん。可愛いよ……可愛い。他の女やったらな……)


そのあとわいは何故か、マキの恋愛相談を聞くことになってもうた。マキは自分が本当に彼を好きなのかもよくわからないという。はぁ〜ん。恋愛初心者丸だしって感じやな。普段あんなに怖いマキが、恋愛したらこうも変わるとはな。


わいは適当にアドバイスしたったんやけど、マキはすごい嬉しかったみたいや。誰にも相談したことなかったんやろな。無茶苦茶なこと言うてぶっ壊したろかと思ったけど、わいはそんなことよりももっとええことを、その時思いついた。


この女は、人を好きになる。それを知ったんや。


(この女が大好きな人と結婚して、子供を産んだら……)


わいは彼女の恋の話を聞いとったら、自分が愛しとったズーのことを……ズーと愛し合ったあの日のことを、思い出したんや…。


(その子供を、この女の目の前で、ぶっ殺したろ)


何かの合点が言ったように、もやもやしていたミカケの心の糸がピンっと張り詰めたような、そんな感覚だった。


(それ、最高すぎる………)


その未来を描くだけで、心が踊った。

この女の絶望する顔が見たい。


心底……心底絶望する顔………

それを見たあと………殺そう。



わいの抱いた夢は、早くも現実になる予感がした。マキとシルバが、結婚したんや。このクソ女の相談にのった甲斐があったんか、それとも特に役には立たんかったんかは知らんけど、ほんまに2人、結ばれよった。


そして3年も経たぬうちに、好機は訪れた。


「ミカケ…報告があるんだが……」


マキの妊娠の報告を聞いた時のわいの顔、ほんまに喜んどったやろ。


「ほんまですか?! おめでとうマキさん!!!」

「ありがとう……」


マキは優しくお腹に手を当てて、女の子みたいな顔をしていた。


「なあ、頼みがあるんだが」

「何ですか?」

「この子の名前、お前がつけてくれないか……」

「……!!」


笑いをこらえるのに必死やった。殺す子の名前かぁ…。何にしよ。


「ええんですか? ほな、考えときますわ!!」


何でもええわ……どうでもええ! そんなもん。


そんなもんどうでもええから…


はよ、大きくならへんかなぁ………。


ミカケはやっと自分の怒りの矛をふれる先に会えたんだと、嬉しさと興奮で満ち足りた。




ついこの前の話や。ラッツと一緒に、ロッソに乗って、エルフの里に行くことになった。エルフって聞いた時、うっすら予感はしてたけど、的中した。


ラッツが仲間を探してる間、わいはエルフの里に行った。そこであの子を見つけたんや。そしてやっと、あの子の名前を知った。あの子の名前は、サリアーデ。


「お久しぶりですね……」

「ほんまにおった……」


サリアーデは、今やこの里の長だという。


わいは、サリアーデと手を組んだ。

手を組んで、エーデルナイツをマキ共々全滅させようと誓った。




それが……今日の日になった。

赤子が産まれるにはちょっと早いけど……


計画は完璧や。殺るなら今日しかない。


そう決めて今日まで…、ずぅっと待ってたんやからな。


【憎悪】


ミカケの心に宿りし憎悪は、その力を彼に与える。

みなぎるようなその力は、真っ黒い闇に包まれて、彼の心と同化を開始する。


(傷が……)


斬られたミカケの右手を、その闇の力は修復していく。

確かに失ったはずの右手は、新たに生えるようにその形を取り戻した。


【お前に力を与えよう。憎しみの心を、解き放つのだ】


低く淀んだその声は、ミカケの脳裏で何度も呟く。


(ありがとう……)


闇はミカケに力を与える。ミカケは闇を受け入れる。


(死んでもええ…。復讐を果たせるんやったら…)


ミカケは嘲笑う。そして闇の主もまた、満足そうに彼に応えるのだった。





(こいつっ!!! めちゃくちゃ強くなりやがった!!)


イグは何もないところから突如現れた剣の攻撃を、既のところで避けた。


「んの野郎……」


強化剤αを飲んだミカケの強さは豹変した。隠れ身の精度が異常なまでに上がった。気配をまるで感じ取れない。透過結界と並ぶ力だ。


『10分以内に殺せ』


姿を見られた相手は殺す。そうしなければ、俺は死ぬ。

俺が姿を見せられる人間は、マキだけだ。


「どこ行きやがった……?!」


イグはきょろきょろと辺りを見回した。極限まで高めた聴力、しかしそれをかき消すように、ミカケは辺りに火遁を撒き散らした。ゴオゴオ燃え盛るその火の音は、イグの索敵を妨害する。


(逃げ出すってことはねえだろ。次の攻撃をカウンターするしかねえ)


イグは警戒体制をとって、剣を構えると集中した。木々の生い茂る森の中、緊迫するこの状況に、顔から汗が流れ落ちた。背後をとられまいと、木に背を預ける。


ザッ!!


(きた!!!)


「ぐぅっ!!!」


イグの背中に激痛が走った。


(はぁ?! 斬られた?! 後ろは守って……なのに……)


後ろを振り向くが、木しかない。明らかに後方から振りかぶって刺された威力だったのに、その木には傷1つついていない。


ザシュッ!!


再度木の方向から剣が向かってくるのを察した。今度は下腹部を斬られた。かなり深い。


「ぐぅっ!!」


(木を擦り抜けた……?! 忍術か…?!)


しかし木を通り抜けたあと、瞬時に術を解いて俺を斬った…高度すぎる……!! バーサクで完全に術の扱いも精度も上昇してやがる!!


「こんの…!!」


イグは槍を振るう。槍先は確かに彼を捉えた。しかし鋼鉄の盾にでも当たったように、跳ね返されてしまった。


「なっ……」


(何だ?!)


槍はミカケの身体に傷をつけられない。彼の身体は闇の力で守られている。


すぐさまミカケの刃がイグを襲う。


「ぐあっ!!」


やばい……深く斬られすぎた……!


イグの腹部は血が止まらなくなっている。傷を抑えるようにして、その場にしゃがみこんだ。


ザシュッ!!


そのあと足を浅く斬られた。酷い痛みがイグを襲う。


立てない……


(負けんのかよ…こんな奴に……)


殺されるのか…俺は……


「あんたじゃわいには勝たれへん。傷一つつけられへんよ」


ミカケは姿を現し、イグを見下ろすと声を発した。


「ほんま、誰やねんお前。わいの邪魔しよって…」


(はぁ…あと5分くらいはあるんかいな…)


ミカケはスタスタ歩いてマキのところに行った。イグは顔を引きつらせながら、彼の動向を睨みつけた。


「何する気だ?!」

「何って、死ぬ前にやりたいことあんねん」


ミカケはマキに覆いかぶさると、短剣を右手に持ったまま、彼女の頬を叩いた。


「おい。起きろよ、はよ……」


しかし、何度叩いてもマキは目覚めない。


「はぁ〜……やっぱもう起きひんか〜……」

「何する気だ?!」

「決まってるやろ? 赤ちゃん、出したるねん」


ミカケはちらっとイグの方を振り向くと、嬉しそうに舌なめずりをして、笑った。イグはマキの元に向かいたいのに、どうしても身体が動かせない。


「そのあと殺す! グッサグサ刺してな!!」

「やめろ! やめろぉおおお!!!!」


ミカケはお腹を守るマキの手をそこから離した。何度も踏みつけにしたお腹は、まだ膨らみを保っている。


びくっ


(嘘やろ……まだ生きてんのかいな…。あんだけ踏んだのに……元気なやっちゃで………)


「ええやん。面おがんだろ。出てきいよ……」


ミカケはその短剣をメス代わりに、マキの腹をザシュッと縦に切り裂いた。


「ぎやあああああ!!!!!」


マキは腹を斬られた壮絶な痛みに目を覚ました。


「あああああああああ!!!!!」

「やめろ!! やめろってええええ!!!!!!」


(こ、これ………? これか…………?)


ミカケはマキのお腹の中の、まだ両手のひらくらいの小さな赤ちゃんを、そっと取り上げた。立派にへその緒が繋がっている。


血まみれの腹部から取り上げたその赤子も、また真っ赤な血にまみれていた。まだ身体もほとんど形成されていない。これが人の姿になるなんて、今はまだ、信じられない。


「これかあ〜〜!!!!」


ミカケは狂ったように笑みを浮かべながら、その赤子を舐め回すように見た。


「ああああああ!!!! うああああああああ!!!!」


マキは激しい絶望と耐え難い痛みに錯乱して、つんざくような悲鳴を上げた。


「ミカケぇえええ!! 何でぇえ?! 何でこんな…ああああぁっ!!」

「なあマキ。見えるかあこれ! きんもち悪いやろぉおお!!!!」

「ああぁぁぁあぁああ…………」


マキは絶望して、ボロボロ涙を流していた。イグも喪失とした表情を浮かべて、その悲惨な状況を目に焼き付けた。


【憎悪、憎悪を……】


「うるさいな……あげる言うとうやろ………」


全部………全部やるよ………欲しいんやろ?


誰なん……知らんけど………

人間の憎悪が欲しいんやろ………


変わっとうな………

こんな怒りを………

欲しがるなんて………


ミカケはその赤子を左手で抱くと、右手に短剣を握った。赤子に向かって、その剣を突き刺そうと力を込めて振り上げた。


「いやあああああああ!!!!!」

「やめろぉおおお!!!!!!!」


バシュウウウンン!!!


「ぐぁあっ!!!!」


ミカケの右手首は、飛んできた赤い矢に射ち抜かれ、空中に飛びあがった。


【馬鹿な…?!】


ブシュウウウウ!!!!


激しい血しぶきが手首の切れた面から噴水のように飛び出した。


「ぃぎゃああああ!!!!」


ミカケはあまりの痛みに悶絶した。持っていた小さな赤子を投げ捨てた。へその緒がマキの腹から伸びていくのが目に見える。


「ああっ!!!!」

「っ!!!」


マキとイグは、放られたその赤子を目で追って、愕然とする。しかしその赤子を掴まえるように現れた炎の手が、優しくその子を抱きしめた。


(な、何だ……?!)


イグはわけのわからないその状況に目を見張った。


その炎の手は意思を持って、赤子をお腹の中にそっとしまい込む。


「ぎいいっ!!!」


マキは激痛で身体が麻痺しそうになる中、涙にまみれたその目で、赤子がお腹の中に戻る様子を見ていた。


「誰やっ!!! 邪魔すんなぁああ!!!!」


ミカケは右手首を抑えて、痛みに酷く顔をしかめながら叫んだ。しかし間もなく、誰かに顔面をぶっ叩かれるのを感じた。


(だれ………? あ……………つ…い………)


頬は燃えるように熱い痛みを受けた。そのままぶっ飛んで、木に身体を思いっきり打ち付けて、口から血を吹き出す。その拍子に彼の髪を結っていた紐が切れた。長く伸びた橙色の髪は乱雑に広がった後、彼の顔を覆い隠した。


「痛………たぁ………」


ミカケはゲホゲホ咳き込みながら、顔を上げた。


「っ!!」


目の前に立っているのは、彼も知っているえんじ色の髪の男だった。


「リル……」


リルイットは悲壮に満ちたその赤い目で、垂れた髪の隙間から執拗に憎悪を宿した瞳を向ける彼を見下ろした。







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