復讐を誓う
「何か大きなってきたんちゃう?」
【せやねん! 腹の中でな、ぐるぐるまわりよる】
「ははっ。まわっとるん? どれ」
ミカケは、大きく膨らんできたズーのお腹に耳を当ててみせた。
(遠耳の術!)
それは忍術の1つで、聴力を異常なまでに高める術だった。
ドクドクドクドク
ドクドクドクドクドクドク
幾つもの心臓の音が、ズーのお腹の中で重なり合う。
ドクドクドクドクドクドク
(うおお…めっちゃ聞こえんねんけど……!!)
何匹おるんや…
そういやズーの親は、10匹産んだ言うてたな…
全部鼓動がちゃう……
1、2、3……
「8やろか」
【そんなにおるんやな】
そう言いながら、そのままズーの顔を見上げた。
どう見てもいかつい獣のズーやったけど、わいの目にはもう可愛い従順な女の子にしか見えへん。
わいはこの子を、本気で好きになった。
【どうしたん……】
「ズーは可愛いな」
【ええ? そんなわけないやろ…】
(可愛いの意味は、ミカケに教えてもらったんや。なかなか理解できひんかったけど、あれやろ、小さい花とか、子供とか、そんな感じの……)
「可愛いで」
【……】
(やけど、ミカケは、僕を可愛いと言うてくれた。それが嬉しくて、照れくさってしゃあない)
ミカケは優しい。
優しいから、僕を見捨てられへんかったんやろか。
そう思って、彼に聞いたら、ちゃうよって。
「わいもズーのことが好きや。好きやなかったらあんなこと出来ひんやろ」
ミカケは人間の愛し方と同じ方法で、僕を愛してくれた。
ミカケはいっつも服を着とったけど、その時は僕に裸を見せてくれた。
ミカケの体温に直に触れてな、それがすんごい、気持ちよかったんよ。
どうやら人間たちは、あんな風に子供を作るらしい。
僕とミカケは違う生き物やから子供は作られへんけど、僕の中に宿ったこの子らを、2人の子供やって言うてくれたんよ。
嬉しかったんよ。涙がでるほど。
それから僕は、大事に大事にその子を育てた。
だんだんお腹もはちきれそうなほど大きくなってきたわ。
ミカケによると、この中に8匹入っとうらしい。
そら大きなるわな。
お腹が重くて、まともに動かれへん。
飛ぶのもきつい。無理や…。
ミカケに僕の羽を渡して、食べ物だけはとってきてもらった。
そんなに食欲ないから、ちょっとだけでええんやけどな。
僕よりもミカケの方がようさん食べとったわ。
ミカケは自分の布団も着替えもここに持ってきてな、僕の隣で寝てくれるんよ。お風呂も2日に1回くらいに減らしてな、終わったらすぐ戻ってくるし、なるべくずっと、僕のそばにおれるようにしてくれた。ほんまに優しいやろ。
産み終わって、飛べるようになったら、新しく皆で暮らせる場所を探そなって、言ってくれたんよ。
【何なんこれ…】
ある日、ミカケは僕の左の真ん中のカギ爪に、銀色の輪っかをはめた。それは偉く磨かれたシルバーで、日差しに反射してピカピカ光っとる。ひし形が列に並んだおしゃれな柄のリングや。
「ズー、結婚しよな」
【結婚て何や】
「家族になんの! これは結婚指輪! 家族の証や」
ミカケの指にもおんなじように、指輪ってやつがハマってる。そういや犬も首に輪っかがはまっとったっけ。
【首輪に似とるやつか】
「ちゃうちゃう! あれつけとうのはペットや! あんたはペットやない! わいの嫁にしたるっちゅーこと!」
【彼女ってやつ?】
「ちゃうって! もっともっと上や! 1番上! 1番の仲良しの証やんか!」
僕は呆然と、ミカケが笑うのを見とった。そういやずっと日の強い岩山におるからか、ミカケの肌は出会ったときよりごっつう黒なったな。
「何や」
【いや、何もあらへん】
「何やねん。あ、この指輪……ぴったりや! もうとれへんわこれ!」
【ええ?! とれへんの?!】
「いや、とったらあかんねんで! 死ぬまでつけとってや」
【そうなん……わかった……】
ズーはそのカギ爪にハマった指輪を見て、にっこり微笑んだ。ミカケもそれを見て、心安らぐような心地だった。
(いや、それにしても子供8匹かぁ〜。皆でええ場所探さなあかんな〜。木がいっぱい生えとうとこがええよな。食べきれんくらい。自然がいっぱいで、住みよい場所……どこがええかな〜……)
そんな風に夢見ていた未来はやってこない。
それを壊したのは、1人の人間。
1人の、女やった。
【なあミカケ、血が出てきたんやけど】
「え…?」
【今日産まれるかもしれん】
「ほんまかいな!」
しばらくすると、ズーは苦しみだして、その頂でうずくまった。苦しそうに顔をしかめている。
「大丈夫か…?」
【うん…大丈夫やで……すぐ産まれるから……】
ズーはそう言ったけど、やっぱりしんどそうやった。わいがズーの身体をさすりながら、励ましよると、その女は、やってきたんや。
スパアアアンンン!!!!
刀が風を切る爽快な音が鳴ったかと思ったら、ズーの首がふわっと空に浮いたのが見えたんや。
(え……?)
その女の姿が見えたのはその後やった。
灰色の髪は腰ぐらいまで伸びとって、それがさらっと広がって風になびいたかと思うと、その女は頂の地面に着地した。それまでそいつは、空を飛んどった。いつかわいが殺したあの2人の男と女みたいに、背中に羽が生えとったんや。
「っ!!!」
身体が斬られた勢いで、ズーの身体がわいの方に倒れ込んできた。
「っ!!!」
声もでんままそのままズーの身体に押しつぶされた。
(ちょ……重っ……)
その時もう何も頭が回らんで、ただその100キロを超えるズーの身体に押しつぶされて、わいも死にそうになった。
「うん?」
その女はズーの身体の異変に気づいたみたいで、こっちに近づいてきた。潰されて見えへんかったけど、足音がするからわかった。
(やばい! こっち来るっ…!!)
そうや、擦り抜け……!
やっと冷静になって、擦り抜けの術でズーの身体から抜け出した。反射的に隠れ身の術も一緒にかけたから、その女はわいのことは見えてへんかった。
にゅるん にゅるん にゅるん
「っ!!」
その時、顔を失ったズーの身体は、子を産んだ。
にゅるん にゅるん にゅるん
次々に子供が体内から産まれてきたんや。
にゅるん にゅるん
それは確かに8匹おった。小さなネズミのような青い魔族。ズーを拾った時の姿にそっくりや。いや、それよりも少し小さいやろか。
(わいとズーの子……!!!)
わいはその生命の誕生を、色んな感情が入り混じった涙を流しながら、目に焼き付けた。
ズーが斬られて、その死を受け入れられてもなくて、せやけどその子らの可愛さといったら、言葉にできひんかった。
(可愛い……わいの子……わいの………)
「気持ち悪っっっ!!!!」
しかし女はそう吐き捨てると、産まれたてのその子らを全員、グサグサ刺した。刺し殺した。
「ああああああああっっっ!!!!」
「?!」
ミカケが大きな悲鳴を上げたので、その女はびっくりしてこちらを見た。しかし姿は見えてへん。隠れ身は解けてへんから。
ゴオオオオオオオ!!!!と激しい炎が女を襲う。
彼の火遁は、頂を覆うほどに燃え広がった。
「何だ?!」
女は再び羽を生やしてそこから飛びあがると、猛スピードで逃げていった。
「待てやあ!!!!」
ミカケはズーの羽を引き抜いて飲み込むと、羽を生やして、そのまま女を追おうとした。しかし、死んだズーの羽には、飛力がほとんど残っていなかったのか、ミカケの羽はすぐに消え去ってしまった。
「ああっ!!!」
逃げ行く女の背を見ながら、羽を失ったミカケは急降下していった。そのあまりの速度と状況に、隠れ身の術も解けてしまった。
(わいも……死ぬ…………)
完全に死を悟った。この高さやで。
壁行の術で重力ゼロにしたいけど、この落下速度の中、術がかけられへん。無理や。さすがに衝突する。死ぬ。
ズー……守れんくてごめんなぁ………
ああ、痛かったやろ……
頑張って子供も産んだのに……
それさえも…守れんくて……
何やってんや……
うまくやったら守れたんちゃうん………
どうしたら良かったん……
ああ……でも、ズーのところに行ける……
寂しくないで……すぐ行けるで………
待っとって………
ぐんぐん遠ざかっていく空を見上げながら、そんなことを考えたけど、わいが死ぬことはなかった。
「え…?」
誰かがわいの身体を衝突する前に捕まえた。そのままストンと、わいを地面におろした。
「誰……?」
それは白髪が特徴の、色白い肌と大きな瞳の美しい姿の魔族。
「エルフ……」
長い髪をした青い目のエルフは、口を開かぬままにっこりと微笑んだ。
(あれ、この子……)
せや……昔助けたった迷子の……
エルフは何も言わずに、そこを立ち去ろうとした。
「ま、待って!!」
エルフは動きを止めて、こっちを振り向いた。
間違いない、あの時のエルフや。
助けてくれた…。
「ありがとう!」
エルフは何も言わないが、笑ってうんと頷くと、その場を飛んで立ち去った。
わいは呆然とその救われた命を握りしめるように、うるさく鳴って止まない心臓に手を当てて…
生きてる感謝と共に、わいは復讐を誓った。
忘れられないあの顔、殺気の溢れ出た、人間ですらないような、あの極悪な顔…。
あの女を、殺すと、誓った。




