愛されたから(※)
数年経ったらそんな事件のことなんか、完全にわいの頭から消えた。全力で、消そうとしたんや。
人間の脳ってやつは不思議やで。本当に心から消したい記憶は、消し去ることができるんや。鍵をかけて、絶対に開けへんと心に決めた。そしてその鍵は、時間が経てば経つほど、強くなる。
やから思い出すことなんて、もう、なかった。
「ズー! 凄いやんか!!」
あの事件から数年、ミカケとズーの関係は変わらず、よもや2人は最高のパートナーだった。
その日は最高に嬉しい知らせを聞いた。ズーが妊娠をしたという。
【ありがとう! でもごっついドキドキするわ!】
ズーはめっちゃ嬉しそうやった。魔族は単為生殖っていうてな、なんやよう知らんけど、勝手に子供が腹に宿るらしい。わいは魔族やないから、どうやって作るかとかほんまに未知やねん。
でも基本的には、欲しいと思ったら出来るらしいわ。そうじゃない奴もおるらしいけどな。魔族のことは、ほんまにようわからん。
「おめでとうやな! 大事にせなあかんで!」
【当たり前やんか! せやけど…ほんまに僕、ちゃんと育てられるやろか…】
珍しく不安そうにしているズーの頭を、ミカケは優しく撫でた。
「大丈夫やって! わいが手伝うたる! 一緒に育てようや!」
【え、ええの……?】
「当たり前やろ! わいら親友やんか!」
【親友……】
そう言ったズーは何となくふわ〜としたような感じやった。何や、親友じゃ気に入らんのか…?
「何やの」
【ううん。ありがとうな。ミカケ】
「何やねん! ほな頑張って産まなあかんな〜」
【うん!】
何や、気のせいか。まあでもほんまにめでたいな! 友達が妊娠て、ほんまに嬉しいな〜! ズーの子供の頃が懐かしいわ〜!!
「そういやな、わいも報告があんねん!」
【え…? 何なん…?】
「彼女ができたんや!」
【かの……じょ……?】
「せやで! まあまだ付きおうたばっかりやけどな!」
【え……】
「なあ、今度ズーに会わせたってもええか?」
【……】
ズーは何だか放心とした様子で、ミカケもその違和感を感じていた。
「ほな、そろそろ帰るわ。彼女と会う約束してんねん。下まで送ってや」
【う、うん…】
ちなみにその頃、ミカケはもう18歳だった。ちょうどズーと出会った頃から、10年が経っていたのだ。
(もうそんなに経つんか〜…)
思えば、ずーっとズーと一緒におったな。いや、別にシャレちゃうけど……。人生の半分以上、ズーと一緒におるんやな…。
彼女は村の年下の女の子で、あんまよう知らんけど、告白されたからまあ付き合ってみたるか〜くらいの感覚。まあこれからズーとも仲良くなってくれたらええんやけどな。
ズーはわいにとってもう、親友どころか、家族も同然。そのくらい、かけがえのない存在や。
また新しい家族ができる。そんな気がして、すごい嬉しいんやけど、ズーは何だか、様子がおかしい。妊娠したから、不安なんやろか…。
次の日、大雨が降った。この村では珍しく激しい大雨やった。
(ズー、大丈夫やろか……)
わいは自分の家の窓から、その大雨が降るのを見とった。
(……)
わいは何でか知らんけど、いてもたってもいられんくなって、家を飛び出した。もちろん、親に止められたら面倒からな。隠れ身使ってよ。
気づいたら岩山の前まできとった。こんな日に外におるやつなんて誰もおらんで。
「ズー! 大丈夫か!!」
ミカケは叫んだが、ズーの返事はない。
「何やねん……せっかく様子見に来たのに……」
隠れ身では雨は防げない。ミカケの身体は既にびしょ濡れになっている。
(ごっつい雨……)
空から落ちる雨粒が、全身を強く打った。見えない頂を見上げようとするほど、豪雨にもまれて息ができなくなりそうになる。
(あ……)
すると、頂から青い羽が1枚、落ちてきた。
「ちょおちょお…!」
雨にまみれて見えづらかったが、その見慣れた色濃い青に、ミカケは反応すると、その羽を追って、捕まえた。
「ズーの羽…」
(一体どうしたんや……)
ミカケはその羽を飲み込んだ。すぐに背中に異変を感じる。
バサっっ!!と大きな羽が姿を現した。痛みはない。あるのはその羽が、身体の一部と相違ないという感覚。
(これが飛力っ!!)
ミカケは空を飛び立つと、頂に向かって飛び上がった。身体が軽い。不思議な心地だ。自分もズーみたいに、空を飛んでいる…。
雨は飛行を妨害するように、ミカケに向かって水針をさす。ミカケは目を細めながらも、雨雲に1番近いその場所を目指して、羽を休めることはない。
「ズー!!」
頂では、ズーが雨に打たれている。青い羽が、散らかるようにズーの周りに落ちていた。
【ミカケ…】
「どうしたん…」
【羽が…抜けてまう……何でやろ……】
「えぇ…? 何? どうしたん…?」
ズーは酷く弱っている。雨のせいなのか、妊娠のせいなのか、何かはわからない。
抜けていった羽は、風に吹かれて頂から落ちていった。ああやってわいのところにも飛んできたっちゅーわけか…。
【ミカケ……】
「どうしたんよ……」
【僕……この子要らん……】
「はあ?」
何を言い出すんや…?
昨日あんなに喜んどったやんか……。
「何でそんなこと言うん」
【要らん……もう要らんなったんや……ぅぅ……】
「え……?」
何で泣いとん…。
「ちょっと…1回落ち着かんか…」
【ぅぅ…要らん………要らんのに………うう………】
ミカケは突然泣き出すズーを抱きしめ、びしょ濡れになったライオンのたてがみに手を触れた。いつの間にこんな大きくなったん。ああ、昔は手のひらに乗っとったのになあ…。
今までこんな風に、泣いたことなんてなかったやん。
毎日ズーは楽しそうに生きてた。実はちょっと冷血なとこもあった。花とか踏んでも何とも思わん、泣いとう子がおっても知らんぷりやし、親が死んだ日も泣いてへんかったよな…。
わいは暇があればズーと旅して、色んな魔族にも会ったりしたけど、魔族って大体そんな感じやった。やから、ズーがたまに冷たいのは、魔族なんやからやと思っとった。
せやけど、ズーはわいが育てたようなもんや。やから他の魔族よりは、温厚やと思うよ。わいには優しいしな。
「何で妊娠したん。欲しかったからちゃうの?」
ふとわいはズーにそんなことを聞いた。するとズーは、言うたんや。
【ミカケのことを考えとったら、出来た】
わいはびっくりして、耳を疑った。せやけど、ズーは本気やってわかった。
気づかんかった……。嘘やろ……。
【ミカケにとって、僕は親友。それでも良かった。せやけど、ミカケには彼女ができてもうた】
「ズー…あんた……」
【ミカケとずっと一緒におりたい。けどあかん。ミカケは人間や。人間と魔族は、家族にはなれへんの】
「……」
気づいたら、雨がやんどった。
さっきまでの豪雨が夢かと思うくらい、晴れてきよった。
(寒っ……)
身体にはりつく濡れた服が、気持ち悪い。
晴れとういうても、この服きとったら、風邪引くやん。
やから、服を脱いだんよ。
「ズー、わいのこと好きなんや…」
【好き………って……何やの……?】
「何で知らんの……知ってるやろ……」
【うう……わからんよ………】
「ほんまに好きか、確かめたるわ…」
不思議やった。
信じられんと思った。
自分が?
ズーが?
もうわからん。
せやけど、ズーはいっつも裸やったやろ。
やからわいも、同じ姿になろうと思った。
【何で裸になるん】
「寒いやん。服濡れとったら」
【風呂の時以外は恥ずかしいから脱がへんて言うてたやん】
「そうやったっけ」
【そうやん】
ズーはわいを見て、何を考えてるんやろ。
【今恥ずかしい?】
「まあちょっとはな」
【ここには風呂ないで。温泉も】
「せやな。やけど、人間、好きな子の前では裸になってもええんよ」
【好き……? 僕のこと好きなん?】
「そやな。そういうことになるんやろな」
わいはそのままズーの顔に頬を擦り寄せた。
ズーはわいの顔をペロッと舐めた。犬みたいに。
それはいっつもしてることやったんやけど。
やけどわいは、その長い舌を自分の舌で舐め返した。
それはもちろん初めてやってみたことなんやけど。
なんや、ざらざらするなあ……。
【ミカケ……僕、なんか変……。変になる……】
「んん………ええやん………」
そのまましばらく、ズーと舌を舐め合った。
あかんわ……舌の長さ足りひん…人間のじゃ短すぎる。
ズーはそのままわいの身体もベロベロ舐めて、完全に雨の水滴拭き取られたわ。
「なあ、前にどうやって人間が子供作るか聞いたやろ」
【聞いたけど教えてくれへんかったやん…】
「やから。今日教えたるわ……」
動物…いや、魔族虐待?
ちゃうちゃう。双方合意やし。
何なら、ズーはわいのこと好きやし。絶対。
だってわいとの子供が欲しかったんやろ…?
そんなん言われてさあ……
どうしたらええの?
気持ち悪い?
そんなん思うわけないやんか。
家族やもん…わいの……。
答えたらんわけないやん。
見捨てるわけない。
彼女? どうでもいいわ…そんなん……
名前もちゃんと覚えてへんし……
「ズー、好きやろ……? わいのこと……」
【好き……。好き……ミカケ………】
「やっぱりそうやん……なあ、もっと言うて……」
まあでもちょっと冷静になったら
自分何してんやろとは思うけどな。
魔族って性別ないらしいやん。
せやけどわい、どっちかっていうと、
ズーのことは男やと思ってた。
男友達なんやと。
せやけど、違うとったみたい……
だってこいつ、完全メスやんけ……
わいの初めての相手は、ライオンの顔した鳥になった。
その生き物、パズズ。名前はズー。
【ミカケ……好き…………】
「産めよ…ちゃんと……」
全部終わったら、完全に脱力した。
やけどごっつい、気分がええよ。
「その子ら、わいとズーの子やからな」
【……!】
目の前の動物を、わいはぎゅうっと抱きしめた。
愛されたから、愛し返した。それだけ。
それだけのはずやのに、すごい、幸せな心地やの。
その日からわいは、ズーのそばを離れんことに決めた。
ずっと一緒におるよ。
わいはその魔族を、生涯のパートナーに決めたんや。




