ミカケとパズズ
みなぎる……力が……
魔族強化剤αを飲んだミカケは、その力に目を輝かせた。
(ごっついわ……なんやのこれ……)
それは闇にも等しい、魔の力。
【憎悪を……】
低く淀んだ声がミカケの脳裏に響き渡った。
彼の脳裏で、真っ黒い闇が、こちらに向かって手のひらを向けている。
(憎悪が欲しいんか……?)
あげるわそんなん。いくらでも。
ミカケは笑って、その闇と手を繋いだ。
「おらおらあああ!!!!」
垂直100メートルほどの崖を、まだ8歳のミカケはあっという間に駆け上った。壁行の術と呼ばれるその術は、重力を無視してどんな場所にも身を置ける。この術を使えば、天井に立つことも、壁を歩くことも出来るのだ。
「おお〜! すげえ〜!!!」
ミカケの同年代の友達は彼に大きな拍手をおくった。
壁行の術は、難しいのだ。ましてや8歳で壁行の術が使えるなんて、忍術師の住むこの村で、彼くらいのものだろう。
ミカケの住む村は、エーデル大国よりも、もっとずっと西にあった。村の周りには入江のある広い森や巨大にそびえる岩山があって、他の国との親交もあんまりなく、自然に囲まれながら暮らしていた。
「ミカケやったらあの岩山も登れるんちゃうの!」
「そんなん楽勝やろ!」
男友達にそう言われ、余裕の笑みを浮かべるミカケだったが、女の子たちは言った。
「あかんって! 岩山には魔族が住んでるんやで?! 縄張りに入ったら拉致されて殺されるって、お母さんも言うとったよ!」
「そんなんなあ、子供だけであそこにいかんようにするために、適当に言うとうだけやで!」
「ちゃうって! ほんまに魔族がおるんやで!」
「じゃあ何の魔族がおるんかいうてみ」
「そんなん……行ったことないんやから、知るわけないやろ!」
女の子たちはそっぽを向きながら、ブーブー文句をつけていた。
「じゃあわいがどんな魔族がおるか見てきたろ」
「ちょっと! だからあかんって!」
「いったれミカケー! 弱そうなやつがいたら捕まえてきてえよ!」
「ええで! 楽しみにしときよ!」
「んもう! 危ないって言うてるやろ〜!!」
真面目な女の子たちはやめておけとミカケに何度も言うのだが、男の子たちはどんどん囃し立て、ミカケもまた調子に乗って岩山に向かって駆け出した。男の子たちは呑気に手を振ってミカケを見送った。
「頑張りよ〜!」
「なぁ! 絶対危ないって!」
「大丈夫やって! あいつがどんだけ忍術がうまいか、知ってるやろ」
「せやけど……」
ミカケは岩山の前にやってきた。最近覚えた隠れ身の術を使えば、大人たちの間を通り抜けてここまで来ることなんて簡単だ。
確かに、危ない危ないとはわいも親によう言われとった。なんや色んな魔族がこの世にはおるらしいけど、会うたことはまだないねん。何ならほんまにそんなんおるんか〜と疑うレベルやわ。
村から出たこともない。森も岩山も、危ないから行ったことないねん。やから、今初めて見るんや。わいの目の前にそびえ立つ、頂きの見えへんこの山を。
「おお〜………」
その岩山は、ほとんど絶壁になっとる。大人たちも手を加えたことはないって言うてた。自然のままの形や。基本は垂直のゴツゴツした崖になっとる。壁行が使えんかったら、上るのは無理や。ロッククライミングに使えそうな飛び出た岩も、なーんもないからな。
頂きまで完全に絶壁ってわけやない。何層かにわかれて足場もある。ただ4層目くらいからはもう高すぎてどうなっとうか見えへんけどな。
階層には洞窟みたいな穴も、ぎょーさんあるわ。トンネルになっとんか、穴なんか、知らんけど……そこに魔族がおるんかもしれへんな!
(魔族かぁ……一体どんなやつがおるんやろ…)
同年代の子らは、まだまだ使えん壁行の術。わいはそれをつこうて、どんどん絶壁を上っていった。何回も使って慣れてはきとんやけど、やっぱり多少は怖いでな。後ろを振り向いたら、めっちゃ高いとこにおることに気づくからな。足に集中しとかんと、術が解けでもしたら、真っ逆さまや!
(ふぅ〜……)
ミカケはやっとのことで一層目にたどり着いた。術は体内エネルギーを使うからな。壁行ももちろん使う。歩いた距離は数キロくらいやのに、ごっつい疲れたわ…。
(これは簡単には頂上にはいかれへんで……)
少なくとも手ぶらじゃ無理だ。登山と一緒や。休憩はさみながら、じっくりかけて登らんと無理やで。
(まあ、雑魚そうな魔族でも1匹捕まえて戻ったら、あいつらも満足するやろ)
1層目には洞窟もなさそうだ。魔族の気配もない。ふと自分が登ってきた崖の下を見下ろした。
(ひょお〜……こんな高いところまできてるやん!)
怖いもの知らずの8歳といえど、さすがにこの高さはビビるで。
ミカケはゴクリと息を呑んだ。
(あかんあかん! こういうのは、下を見たらあかんねん!)
ミカケは首をブンブンと振って、再び2層目の崖を登り始めた。
(さっきより長いなぁ……)
数キロ登って、やっと2層目にたどり着いた。その頃にはもう、彼はヘトヘトだった。ふぅ……と息をついて幅5メートルくらいの足場に一旦座り込んだ。
(くそ体力つこうた……てか、これまた下まで戻らなあかんねんぞ……)
すると、2層目にあったミカケから100メートルほど離れた洞窟から、何かがひょっこりと出てくるのを感じた。ミカケはハっとして隠れ身で姿を消した。
心臓がものすごく速く鳴っている。ここまで登ってきて息切れしているというのもあるが、突然現れた恐らく魔族に完全にビビったのだ。
「ファ〜ズゥ〜」
「?!」
甲高くて可愛い、だけどちょっと変わった鳴き声が聞こえた。もちろんその声にビビりはしたが、聞く限り驚異的ではなさそう。ミカケはその絶壁に沿って、その声の方に近づいた。
(何も問題あらへん。だって、わい、見えてへんからな!)
しかし声なんかは聞こえてしまうから、音を立てないようにゆっくりと近づいた。
「ファズゥ〜〜」
(あいつか…!!)
それは、青くて…何やろ、ネズミみたいな…いや、犬みたいな…猫みたいな?顔で、とにかく小動物みたいな…。そんで、背中から、羽が生えとう。身体よりもごっつい小さい羽や。そいで……
「ズゥ〜……」
「あっ!」
わいの目の前で、倒れよった。
「ちょ、ちょっと…!」
わいは何かわからんけど、その魔族を放っておけんで、そいつに近寄った。周りを見渡しても、他の魔族も誰もおらん。せやから隠れ身ももう解いて、その小さい魔族を手のひらにのせたんや。
「大丈夫かいな……」
「ズゥ〜〜……」
「何や、元気がないがな……」
キュルルル〜
その小さな魔族から、何とも情けないような、お腹のなるような音が鳴った。
(腹でも減っとるんか……?)
しゃあないなあ……もう………
わいはその魔族を連れて帰ることに決めた。その青い魔族はわいの胸元にぴょんっと入り込んで、ついてくる気満々って感じやった。
そのまま壁行の術で再び絶壁を降りた。上りも下りも使う体力一緒やからな! 何なら降りるほうがめちゃ怖いねんで! それにしても、ごっつうしんどかったわ!
「ミカケ〜! 何かおったんか?」
「何もおらん! もう疲れた! 帰るわ!」
「ええ〜?」
つまらなそうにしていた友達の横をスルーして、ミカケは胸元に魔族を隠したまま家に帰った。リビングの机の上のカゴに入っていた果物をいくつか取ると、自分の部屋に入って鍵をかけた。
「これ食うか?」
「ズゥウ〜!!」
ミカケが果物を差し出すと、魔族は彼の胸元から飛び出した。子犬のようにぴょんぴょん走って彼のところまで行くと、喜んでそれを食べ始めた。見ていて気分のいいその食べっぷりに、ミカケも満足していた。
「もっと食うか?」
「ファ〜ズゥウ〜!!!」
魔族は非常に喜んで、ミカケが持ってきた果物を全部ぺろりと平らげた。皮も種も、全部だ。
「ようまるごと食べれたな〜」
「ズゥ〜〜ン!!」
「まあ、元気になったんやったら良かったわ」
「ズゥ〜」
「あんた何ていう魔族なん」
「ズゥ〜?」
ズゥ〜〜しか言わへん。会話になれへんがな。
魔族って犬みたいなんやな。村に犬飼っとう奴やったらおるからな。それと似とう。
「ズゥ〜!」
「何やズー」
「ズゥ?」
「あんたの名前や。ズーズー鳴くからあんたはズーや! ええやろ!」
「ズゥウ!!」
ズーは気に入った様子で、ニコニコと笑っているように見えた。言葉は話せないが、何となくこちらが言っていることはわかっているようだ。
(わいのペットにしよ〜!)
「ズゥ? ズウウ?」
「うん? わいの名前?」
「ズゥ!」
「わいは、ミカケ・カタギリ! 仲良うしょうな!!」
「ズ〜!!」
その日からズーは、ミカケの家にこっそりと住むようになった。小鳥くらいの大きさのズーは、外に行く時はミカケの服の中に隠れてついていった。
ズーは人間の食べるものを、何でも喜んで食べた。ミカケは子犬を拾ったような気分で、誰にもバレないようにズーの世話をした。
そんな生活が1ヶ月ほど続いた。
「うん?」
「ズゥ?」
子犬くらいだったズーは、ある日目が覚めたら突然に大きくなっていた。村の中型犬と同じくらいのサイズになった。
「でっか!」
「ファズッ!!」
ミカケは知らなかったが、魔族ってのは突然大きくなったりする奴がいるらしい。獣型のやつは、大体そうみたいや。
四足歩行やったのに二足歩行にまでなった。なんや人間みたいやんか。
飾りみたいについて、まるで飛べもせんかったズーの羽も、ごっつう大きなった。これやったら空飛べるんちゃうかなあ…。
顔もなんかいかつくなって、かっこよくなったわ!!
「こら隠されへんなあ」
「ズウ〜……」
2人して顎に手をやって悩むような姿勢をとった。
「岩山に帰るか?」
「ズウ!」
多分やけど、わいが拾った時、ズーはまだ子供やった。自分でエサも探せんくらいにな。
1ヶ月そこらで、ズーは頭も良うなった。さすがに話すのは無理やけど、前よりもズーが何を言っとうか、ようわかる気がするねん。
早朝、両親の目を盗んで、まだ誰もいない村の中を進んで、2人は岩山の前までやってきた。
「ズー、あんたの親はおらんのか?」
「ズウ!」
「うん? どっちや? おるんか?」
「ズウ!!!」
ズウはうんと頷いた。そして、岩山の上を指さした。
「上におるんか?」
「ズゥ!!」
ミカケは腕を組んで岩山を見上げた。すると、ズーがミカケの肩を手で掴むと、そのまま上に飛び上がったのだ。
「えっ?!」
「ズゥ〜〜!!!」
ズーは楽しそうに鳴いて、しかしミカケは足が浮いたことに非常に驚いて、「ぎゃああああ!!」と叫び声を上げた。
1層、2層、3層……ズーはミカケを掴んだまま、彼の見知らぬ上層まで一気に飛びあがっていく。
(やばいやばいやばい!! めっちゃ高いんやけどぉおおおおお!!!!!)
気づけば地上はもう見えなくなっていた。速くて層も数えられなくなった。ぐんぐん飛び上がって、雲の上かと疑うばかりのその頂にたどり着いた時、ミカケは目を見張った。
その頂には、ライオンの顔をした青い身体の鳥が、傷だらけで横たわっていたのだ。大きさはライオンよりも少し大きいだろうか。そしてその鳥の羽はもうほとんど残っていない。むしりとられたように、傷だらけである。
そいつは瞼をゆっくりと上げて、まるで生気のないような濁った黄色い瞳で、ミカケを見つめたのだった。




