対戦・雷鳥
バチバチバチ
『あ』
シルバが雷を使えるようになった日は、突然に訪れた。
それまでは、何の力もないただの呪人だった。
その日、今日と同じように暗雲が立ち込めていて、嵐が来ていて、大きな音をたてて雷が鳴っていた。まだ施設にいた僕は、その部屋の窓から雷が落ちるのをぼーっと見ていた。
その時僕は、何の前触れもなく、雷を落とせる力が備わったことを確信したんだ。
『あれ…』
その時僕の目から、一筋の涙がこぼれたんだ。涙は出るよ、呪人だけど。人間と全く同じように作られているからね。
でも、その日は、別に悲しくもなんともないのに、涙が、流れたんだ。
悲しくないと思っていたはずなんだけど、何だか悲しいような、辛いような、苛立つようなそんな気持ちになって。
わけもわからずね。
ねえ、これ、本当の僕の涙だったのかな。
僕の悲しみだったのかな。
誰かの、怒りだったのかな。
バチバチバチ……
そんな気が、したんだ。
【おい! てめえ!! 俺をいきなり、こんなにデカくしやがって!!】
(うん?)
【うん?じゃねえ! とりあえず飛んでんだ!! 俺はどうしたらいいんだ!!】
(ああ! ロッソの子供君か!)
【んああ?!?! いいから早く、どうするかを言え! このクソボケナス!!】
(……)
ロッソの子供は、成長すると僕に話しかけてきた。ロッソの時とは何というか…エラい違いだ……。
(あの鳥を倒したいんだ。近づいて!)
【んああ?! あのクソ鳥か! 俺よりデカイ図体しやがって、ムカつく奴だ!! ぶっ殺してやる!!】
(う、うん…)
フェネクスは好都合(?)なのかはわからないが、雷鳥に敵意を持ち、協力してくれそうな雰囲気を醸し出した。
「し、シルバ?!」
ラッツも地上から、ロッソそっくりの鳥に乗って、シルバが雷鳥に向かっていくのを目にした。
(なるほど、あの赤ちゃん鳥に成長剤を使ったんだわね…)
って、本当に大丈夫なんだわ?!
「グワアアアアア!!!」
雷鳥は、こちらに敵意を向けて近づいてくるフェネクスに気づくと、雷を撃ち出した。
(来るよ! 避けて!!)
【誰が避けるかぁあああ!!!】
(ええ?!)
フェネクスは負けじと巨大な炎を吐き出した。2匹の魔族からそれぞれ放たれた雷と炎は衝突し、激しい爆発を起こした。
「ぅわっ!!!」
強大な2つの力が起こす風圧は異状なまでの衝撃で、シルバは振り落とされまいと、フェネクスにしっかりと捕まった。
「グワアアアアア!!」
「グワアアアッッ!!!」
2匹は叫びながら、互いに敵意をむき出しにする。その雷をと炎の力は互角のようだ。
「ちょっとちょっと! 何あれ!!」
レノンは突如現れたフェネクスを見ては、顔をしかめた。
「ふっ。面白くなってきた」
「面白くないよ! 何であの鳥がこっちにいるんだよ!」
「ふふ」
レノンが口をへの字にしている横で、アルテマは高見の見物を続けた。
【クソが! なかなかやるじゃねえか!】
フェネクスは雷鳥を睨みつけると、右方向に飛びたった。そのまま炎を吐きつける。フェネクスの炎は赤と黒の入り混じったような色をしている。背中に乗っているシルバも、その熱気をひしひしと感じた。
「グワアアアアア!!!!」
雷鳥も旋回してその炎を避けると、フェネクスに雷を撃ちつける。激しい稲妻の波が、こちらに向かって押し寄せる。
【クソ野郎があっ!!!】
フェネクスは再び炎を吐いてそれに衝突させた。再び激しい爆発が起こった。空気をまるで目に出来るかのように、爆発音と共に大きく広がる。
シルバは再び目を眩ませた。
(互角……いや……)
ビリビリビリっとフェネクスの身体は痺れに包まれた。空気中に潜ませられた帯電した空気に触れて、一瞬身動きが止まってしまった。
(あんな技も…?!)
フェネクスに乗っていたシルバもビリっと身体が痺れるのを感じる。
【グウウウウっ!!】
(大丈夫?!)
【んの野郎〜!!!】
しかしフェネクスは痺れて動けないようだ。そこを狙うかのように、雷鳥はフェネクスに向かって雷を放つ。
【まじかっ!!】
(っ!!)
シルバは、奪ってきた薬を飲んだ。
それは魔族強化剤α。謎の魔族の血が混入された、人間が飲むと死ぬ危険がある薬だそうだ。
無意識にフェネクスの背中で立ち上がると、その放電に向かって突っ込んでいった。
【おいっ! 何やって!】
身体に力がたぎるのを感じる。
そしてマキと対峙したあの時のように、身体が勝手に動く。
電流が、身体を伝って、加速する。
「シルバ?!」
地上で彼の戦闘を見ていたラッツも、声を荒げた。
シルバは剣を抜いて、左手に持った。その剣で、敵が放射したその雷に、斬りかかった。
【無茶だ! おい!!】
フェネクスも叫んだ。
だけどシルバの身体は、止まらない。止められない。
僕は、ただの呪人。
本当はご主人様が、この力をくれたんじゃないですか?
『はあ? 雷が落とせる?』
『え? これって、ご主人様が僕にくれた力じゃないんですか?』
『知らねえよそんなもん。お前はただの身代わり呪人だぞ。そんな能力いらねえだろ』
『ええ〜?』
ご主人様は、そんなの知らないと言っていたけど。
シルバの剣は、雷鳥のいかずちを受け止めて、吸収していく。強大なエネルギーが、一瞬で吸い込まれると無になって、そこには何の音もなく、光もなく、
時の流れも、
感じない。
その剣を伝って、身体中に電気が巡る。
それは確かに、ピリピリっと痺れる気がしたんだけれど、別に痛くも何ともなくて、どっちかっていうと、心地良かった。
バチ バチ…
目の前の敵は、大きい。僕の何倍も何十倍も大きい。
僕はそのまま、フェネクスの頭を蹴って飛び上がった。
遥か下には、見慣れたエーデル大国の城下町が広がっている。
あ……
景色を見ている暇なんてないはずなのに、僕の目にはラッツの姿がはっきりと見えた。こんなに上空から、しかも一瞬で、彼女を見つけられるわけないのに。
「シルバ!!」
僕の力は、僕のものなのかな…
バチバチバチ…
僕は弱いけど、強くなりたいと願っていた。
僕が大好きな彼女をね、助けるための力が欲しかっただけだ。
電気に混じって、確かに何かの血が、僕の血液に混じって流れるような感じだった。それは誰かの、怒りだ。
誰かが激しく、怒っている。
バチ バチ
だけどその怒りはね、僕の心の怒りに、馴染むように反応した。
例えばラッツの一族を殺した男に対する怒りに
あるいは僕の父さんを殺したこの魔族に込める怒りに
だけど
これまで僕が抱いたどんな怒りよりも
大きな怒りを、僕は、持っている
あの日僕が雷を手にした日から
それは僕じゃなくてきっと僕を生んだイグの……
果てしないくらい
悲しい、怒りだ
シルバの姿がふっと消えた。
消えたように、見えただけだ。
そのくらい、速かっただけだ。
「っ!!!!」
シルバは身体に流れる憎悪に屈しなかった。その憎悪がくれる力も思いのまま、自分のものにした。
ザシュッ!!!
雷鳥は、見事に真っ二つに、斬り殺された。
「っ!!」
「や、やったのか…?!」
地上からそれを見ていた騎士たちは、騒然とした。
雷鳥は心臓を斬られ、即死した。
その巨大な身体は半分になって、墜落していく。
そして、シルバもそのまま仰向けになって、墜落した。
「あ……」
瞬く間に暗雲が、晴れていった。その雲の隙間から、太陽の光がこぼれ落ちる。
(眩し……)
【おおっと!!】
やっと痺れがとれたフェネクスは、急降下してシルバを背中でキャッチした。
死んだ雷鳥はそのまま加速して落ちていく。
「お、落ちてくるぞぉおお?!?!」
「うわああああ!!!」
「逃げろおおお!!!!」
騎士や住民たちは雷鳥の落下地点から離れようと、一目散に駆け出した。ラッツも雷鳥の落ち行く場所を見ると、ハっとした。
(っ!!!)
その下にあるのは、私たちの家だ。ダドシアン家、マクラス家だ、その他周辺の家々を、雷鳥の巨大な影が覆う。
ラッツはそこに向かって駆け出すと、歯を食いしばって結界を張った。
「守れぇえええ!!!!!」
巨大な守護結界が、落下地点内の家々を守った。
「ぐううっ!!!」
「ラッツ!!!」
シルバはフェネクスの上から、ラッツの結界が降下した雷鳥の衝撃を防いだのを見ていた。
雷鳥はその結界に衝撃を吸収されると、滑り落ちるように結界のバリアにそって、誰もいない地面へと落とされた。
(や、やったんだわ……)
ラッツは完全にエネルギーが切れた。あの雷の衝撃を、何十発と耐えたのだ。その場にバタリと倒れ、気絶した。
「ラッツ!!」
シルバはすぐにラッツに駆け寄ると、彼女の身体を起こした。意識はまるでない。
(ありがとう…ラッツ……)
「ラッツさん!!」
そのあとトニックもそこに駆けつけて、シルバが彼女を抱きかかえるのを目にした。
「シ、シルバさん……」
「君は、研究員の…」
「…トニックっすよ。本当は予備軍すよ。研究は手伝ってるだけっすから」
「そ、そっか……」
(ったく…あんなに研究所に出入りしてたのに、名前も覚えてないんすから…)
トニックは少しばかりシルバを睨みつけていた。
「薬、飲んでないっすよね?」
「飲んだよ! 飲まないと倒せないでしょう」
「の、飲んだんすか?! 死にますよ?!」
「大丈夫だって! 何ともないし!」
笑顔を浮かべるシルバを見て、トニックは顔を引きつらせた。
(αを飲んだら、例え人間でも、10分間バーサクしたあと死ぬはずじゃ…)
でもシルバさん、全然バーサクしてないっすよ…。
通常運転すぎっす……
「街がめちゃくちゃだね…」
「そうっすね…。でもシルバさんが倒してくれなかったら、この国は終わってたっすよ…」
「あはは! それは困るね! 良かった、倒せて!」
「……」
エーデル国城下町の一部区画は大惨事となったが、ラッツの守護結界によりそれ以上の崩壊は防がれた。
怪我人は多数でたが、メリアンの療術で事なきを得た。
しかし、死者が数名。
大切な家族の死に、泣き崩れる者の姿もまたあった。
彼の、父親も。
「ううっ……ゴルド………ぅう………」
主人を亡くしたネルム・ダドシアンは、酷い悲しみに襲われた。
「母さん……」
シルバは彼女の元に駆け寄った。
「シルバ……」
ネルムはシルバを強く強く、抱きしめた。
シルバは彼女が鼻水をすする音を聞いて、また一筋の涙をこぼした。
そしてまた、彼女を抱きしめ返した。
「僕が……いるからね……母さん……」
「うう……ぅぅ………シルバ………シルバぁ………」
彼女は、主人も実の息子も失った。残ったのが、本当は人間ですらない僕だけなんて、本当に可哀相だ。
そんな風に思ってしまう僕もまた、本当に家族に、なりきれていないんだろうか。
どこかでやっぱり、人間と線を引いてしまっているんだろうか。
すうっと身体を流れていた魔族の血が、消えていったような気がした。
それなのに僕の中にはまだ、憎悪が流れている。
僕はふと、母さんの肩に手を触れた。
バチ
「あっ」
小さな静電気が、僕の指に走った。
「……」
震え続ける母さんをもう一度強く抱きしめて、僕もまた、涙が止まらなかった。




