エーデルへの奇襲
突然、エーデル城の空に暗雲がたちこめた。ピカっと稲光がフラッシュしたかと思うと、ゴロゴロと雷が音を立て始めた。
「な、何なんだわ?!」
「ラッツ! あれ!!」
空には黄色の身体の巨大な鳥が、その大きな翼を広げて飛んでいる。
「ま、魔族なんだわ?!」
「で、でかすぎるよ!」
「ピィ〜!」
ラッツとシルバは塔のベランダからその鳥を見上げた。2人共見るからにS級クラスのその魔族に、顔をしかめた。ロッソの子供のひな鳥も、シルバの頭からひょっこり顔を出すと、ぎょっとしたような顔を浮かべた。
「グワアアアアア!!!!」
鳥は大きな声を上げると、城めがけて雷を撃ち込んできた。
「嘘ぉ!!!」
「守護結界!!」
ドカーン!!と落ちた雷は、ラッツの結界で跳ね返った。
「お、重……!!」
「ラッツ、大丈夫?!」
「これ、まずいんだわよ…!」
その雷鳥は、間髪入れずに城に雷を落としてくる。ラッツも守護結界に全力集中して城を守った。
「すご〜い! 全然効いてない!」
「いや、いつかは砕かれるんだわ! あいつを倒さないと!」
「ええ〜?! あんなの倒せる奴いないよ! ていうか皆出払っちゃってるし!」
「何情けないこと言ってんだわ! 何のためにあたしたちが残ってんだわよ!」
「そんなこと言ったって〜!」
そうだわよ…。そもそも、あんなに高く飛行してる時点で、こっちに攻撃手段なんてないんだわ。ロッソもリルイットもいないんだわよ〜!!
ていうか、いたからって、倒せるんだわ?! あんな魔族が襲ってくるなんて…!! 聞いてないんだわよ!!
頼りのラッツももはや半泣きだ。しかし守護結界を張り続けることしかできない。
「あんた! 何とかしなさいなんだわ!」
「ええっ?! 絶対無理でしょ! だってあいつ、雷撃ってるよ?! 僕の術が効かないのなんて目に見えてるでしょ!」
「こんの役立たずアホシルバああ!!」
「だってぇ〜!!」
2人が言い争っているうちに、雷鳥は城に攻撃が効かないと察したのか、エーデルの城下町に雷を落とし始めた。
「ちょっ!! まじなんだわ?!」
ここからでは、彼女の守護結界は範囲外だ。ラッツは慌てて塔を降り始める。
「ま、待ってよラッツ〜!!」
「ピィ〜!」
シルバも彼女の跡を追いかけた。
「あっははは!! こりゃいいや〜!!!」
その様子を、遠くの山の上から、レノンは高笑いしながら見ていた。
「せっかく城が手薄になるんだもんね! 狙わない手はないと!!」
指をパチンと鳴らし、彼は非常に上機嫌だ。
「どこから連れてきた」
「うわ! なんだ、アルテマの姉さんか!」
どこからともなくアルテマがレノンの隣にやって来ると、声をかけた。
「適当にワープしてたら見つけてさ! 強化剤飲ましてこっちに連れてきてみたの! あはは! スーパー暴れん坊モード! あいつら何て言ってたっけ? ああそうだ、バーサクだっけ?」
「ふん……」
レノンは空間を移動できる、ワープという能力を持っていた。
行ったことのある場所にならどこでも行ける。連続しては使えず、1分ほどのインターバルが必要だ。
自分以外もワープできる。ただし対象だけにかけることは不可能。出来るのは、自分と同じ場所に、一緒に連れてくることだけだ。対象の大きさは厭わないが、1回のワープで1人(1体)が限界だ。
これは、シャドウになったレノンが手にした異能力だ。遥か未来で、この異能力は禁術と呼ばれるものとなる。
レノンをシャドウにしたのはアルテマだ。過去にシピア帝国の研究所に忍び込んだアルテマは、その研究資料を全て模写し、それを把握したのだ。それには数カ月はかかったが、彼女1人でなし得るはずもない。彼女にはまだ、別の手駒がいるのだ。
シャドウになった直後のレノンは、物体をほんの少し移動させるくらいの力しかなかった。しかし強化剤αを飲んで、その能力をワープへと進化させたのだ。
「エルフの里はどうなった」
「ああ、もうそろそろ全員倒すんじゃない? ほとんどバクト・ツリーで倒したけどね! あはは!」
「途中で放ってきたのか?」
「大丈夫だよ! エルフたちだって2倍に繁殖させたんだから! こう見えても僕は計画的だよ〜!」
レノンは得意気に言ったあと、雷鳥が街を襲う様子をうんうんと頷きながら見ていた。
「こりゃ、僕がエーデルナイツ全員殺っちゃうね〜! ごめんねアルテマの姉さん! またつまらなくなっちゃうかな!」
「いや、なかなか楽しそうだよ」
アルテマもその様子を、彼の隣でじっと見ていた。
城内に待機していた騎士たちも、騒然としながら城の外に出始めた。
「何なんだ?! 魔族か?!」
「街が襲われている! 早く城外へ!!」
騎士たちは空に漂う雷鳥の存在に、唖然とした。
「何てデカさだ…」
「とても敵う相手じゃねえ…!」
ドカーン!! ドカーン!!
雷鳥が落とした雷は、街の建物を次々に崩壊し始めた。
「きゃああああ!!!!」
「うわああああ!!!」
街行く人たちは悲鳴をあげながら逃げ惑う。建物が崩れ去り、その破片が刺さったり、瓦礫の下敷きになったりと、既に大怪我を負っているものたちが続出していた。
「何てことするんだわ!!」
ラッツは青ざめた顔で戦場を見ながら、雷鳥を追いかけては、敵が放出する雷を防ぐために、守護結界を張り続けた。
「大丈夫ですか?!」
メリアンもかけてきては、手当たり次第に治療にあたる。
「皆! 結界の中に入って!!」
騎士たちに誘導され、国民たちはラッツの元に避難を開始する。
ドカーン! ドカーン!!
雷鳥の落雷は止まらない。エーデル大国の空は闇に染まったように黒々としている。
「ぐうう!!」
ラッツは守護結界で、敵の攻撃をひたすら耐える。
(その場しのぎにしかなんないんだわよ……一体どうしたら……)
シルバもまた、これまでに会ったどんな敵よりも巨大で驚異的なその雷鳥を見上げては、愕然とする。
(ラッツは皆を守るので精一杯だ……)
僕が……やらなきゃ……
バチ バチバチ……
シルバの手のひらを小さな稲妻が走るように音を立てた。
(だけど僕には、これしかない……)
バチバチ……バチバチバチ………
「嫌ああああああああ!!!!!」
(?!)
街の方から悲痛な女性の叫び声が聞こえ、シルバはその声に過敏に反応した。
(母さん?!?!)
その声の主は、シルバの母親、ネルム・ダドシアンのもので間違いなかった。
シルバは焦って、自分の家へと足を走らせた。
(………)
シルバは愕然とした。
(父さん!!)
そこには、自分の父親、ゴルド・ダドシアンの姿があった。彼は建物の瓦礫に完全に潰されていた。
「あ……ぁぁ………」
妻のネルムは激しく狂ったように叫びながら、通りかかった騎士に助けを求める。
「駄目だ! 残念だけど…これはもう死んでる!!」
「そんな! 助けて! 主人を助けてくださいぃいい!!!」
「他の怪我人を見つけ出せ! すぐにメリアンさんのところに連れて行け!」
「はっ!!」
騎士たちはゴルドの元を去り、防衛をラッツに任せたまま、避難誘導とケガ人の介抱に尽力していた。
「父さんが……死んだ……?」
ドカーン! ドカーン!!
敵の発する雷はとどまることを知らず、何発も落ちてくる。眩いフラッシュが何度もチカチカ光って、視界を妨げる。
騒然とした城下町の中、彼は一瞬時が止まったように、絶望をした。
父さんは、僕の本当の父さんにかわりなかった…。レノン君の代わりにしたことを何度も僕に謝ってくれた。僕は別にそんなこと、気にしてなんていなかった。
『あれ、父さん…左利きなの?』
ゴルドが左利きだったことに気付いた時、僕はすごく嬉しい気持ちになったんだ。
『ああ、そうだよ』
『僕も…僕も左利きだよ!』
幼いシルバが左手に持った箸を見せると、ゴルドは優しく微笑んだ。
僕はあの家で暮らしていると、自分が呪人だってことも忘れていた。自分が本当の子供じゃないってことも、忘れて。
だってそのくらい、幸せだったから。
「ピィ〜!」
ひな鳥が鳴いたのを聞いて、シルバはハっとした。
(そうだ!!)
シルバは研究所に向かって走り出した。
まもなくそこにたどり着いて、ガラっと扉をあける。中には研究者たちが、研究材料一式を持って避難しようとしていたところだった。
「シ、シルバさん?!」
「成長促進剤は?!」
「こ、これですけど…」
「強化剤は?!」
「え、えっと……」
シルバは成長促進剤と強化剤を研究者たちから奪い取った。
「シルバさん! そっちはαっすよ?!」
そこにいたトニックも声を荒げた。
シルバはひな鳥に魔族成長促進剤を飲ませた。
(お願い…! 僕に力を貸して……)
ひな鳥はぐんぐん成長すると、窓の外に飛び出して、ロッソと違わぬ見た目にまで成長した。
(よし!)
シルバは魔族強化剤αを手に持ったまま、ロッソの子供のフェネクスの背中に乗り込んだ。
「シルバさん! そっちは飲んだら駄目なやつっすよ!! 死ぬっすよ!!」
「大丈夫! だと思う!!」
「はあ?! 何言ってるんすか……あっ!!」
フェネクスはシルバを乗せたまま、颯爽と暗雲を纏う空へと飛び立った。




