対戦・エルフ
リルイットがその声の方を振り向くと、あの時ステラに薬を飲ませていた茶髪の少年の姿が見えた。楽しそうに笑いながら、ゆっくりと歩いてこちらにやってくる。
「お前は……」
「何で? バクト・ツリー、効かないの? そんな人間いるかなあ」
「……」
「あ、君この前の! もう! 君の炎の術さあ、めちゃめちゃ熱くて困ったよ! 背中火傷したんだからね!」
「……」
そう言った少年は、マスクをつけてはいなかった。
「まあいいや。でもさすがエーデルナイツだね! エルフ何体か死んじゃったよ! まあいいか。また産めばいいだけだもんね」
「誰だ、お前は!」
少年はにっこりと笑って答えた。
「ああ。自己紹介してなかったっけ? 僕の名前はレノンだよ!」
「レノン……?」
(何だ……どこかで聞いたことがあったような……)
『ダドシアン家には息子がいたが、数年前に事故で死んでしまったんだ。名前をレノン君と言った』
そうだ…思い出した。ラッツが言っていたんだ。
シルバは養子で、その家の本当の子供の名前…。
『僕は似ているんだってさ、レノン君に…』
そうだよ…。確かにこいつ、子供だけど、どことなくシルバに顔が似て…。
「レノン・ダドシアン……?」
「そうそう! よく知ってるねぇ!」
「レノン君は…死んだはずじゃ……」
そうだよ。おかしいんだ。レノン君は死んだと、そう聞いていた。
本当にレノン君だとしたら、シルバと同じくらいの年齢のはずだ。こんなに子供のはずがない。
レノンはにっこりと笑って答える。
「うん! 死んじゃった!」
「は……?!」
こいつ、何言って……
「でもまた生き返ったんだ! シャドウって知ってる? 呪人の核をね、人間の身体にいれると、シャドウになるんだって!」
「シャドウ…? 何だよそれ……」
待て……呪人の核を人体に……? それって、兄貴たちの……
「シャドウは人間であって人間じゃあないの! でも成功する確率ってすっごい低いらしいよ? だけど僕は奇跡的に生還を果たしたんだ!」
「……」
ペラペラ話し出す無垢な笑顔の少年を、俺は呆然と見ていることしかできない。
リルイットはふと、少年の剣が右腰にあることに気付いた。
こいつも、左利き……なのか……?
レノンは自分の足元に倒れているミントを持ち上げた。高熱により顔が真っ赤だ。意識はない。ミントを見ながら、面白そうに少年は話をする。
「シャドウってね、病気にならないんだよ! だから僕にはバクト・ツリーは効かないんだあ〜!」
間違いない……こいつらがシャドウと呼んでいる存在…。
それは兄貴たちの研究によって生まれた、魔族と交配が出来る人間……!
「俺の仲間に触るな…!」
「えー? いきなりそんなに怒んないでよ」
「触るなよ!」
リルイットが声を荒げると、レノンはミントを雑に放り投げた。
「別に何もしないよ。だって……」
森の奥から、リルイットの前に次々とエルフたちが現れた。その数は里に住んでいると聞いていた30人を遥かに超えていた。その筆頭者は、エルフの里の長、サリアーデだ。袋のネズミを捕らえんとばかりに、全員弓を構えて、リルイットを狙っている。
「僕が手を下す必要ないから!!」
(この戦争、僕らの完全勝利だっ!!)
少年はけらけら笑うと、ふっと姿を消した。
「よし、これで23人目ですね」
別の3人のエルフたちは、次々に倒れた人間たちの回収に回っていた。木でできた荷台に人間を山のように積んでいく。すぐに殺しはしない。何でも、レノン様が人体実験に使うから殺さず確保しろというのだ。
「さすがレノン様だ! こんなに楽に片付くとは」
「力よりも知ある者が勝利する。レノン様の手を煩わせる必要はありませんね」
「人間たちは全部で33人、あと10人か」
「1人はうちのスパイだ。残り9人だ」
「ふ! 余裕じゃないか! 無理に繁殖する必要はなかったか」
「まあいい。こちらの数が大いに越したことはないからな」
「これもレノン様のくれた薬のおかげだな!」
エルフたちは完全に勝利を確信していた。故に、油断していた。
バシュウウン バシュウウン バシュウウン!!
あっという間に3人は心臓を射抜かれ、その場に倒れた。
「やりましたわ! アデラ様!」
「ふん…」
エルフを射って仕留めたのは、ユニコーンに跨ったアデラだった。アデラは捕まった人間たちを見下ろした。
(死んではいないようだな)
バシュウウン!!
アデラを狙って1本の矢が放たれた。ユニコーンは軽快にその矢を避ける。
バシュウウン!!!
「ぅがあっ!!」
アデラは矢を撃ち返す。遠くのエルフがやられた悲鳴が聞こえた。
「お見事ですわ!」
「ふうむ」
アデラを乗せたユニコーンは、その自然の地を軽快に駆け抜けた。
バシュウウン! バシュウウン!!
「うわっ!!」
リルイットは総勢50人ほどのエルフたちに、一斉に襲われていた。
(無理無理!! 数多すぎ!)
あの矢、かすったらエネルギーが全切れになる! 下手すりゃまた気絶しちまう! あんなの当たったら終わりだっつーの!!
翼を生やして飛び上がると、全力で疾走する。エルフたちもその羽で飛び上がると、リルイットを追いかけてきた。
これまでに出したことのないスピードで、リルイットは森の木々の間を飛び抜ける。しかしエルフたちも、負けじと彼を追う。
(何だよあいつら!! 早っっ!!)
しかし、さすがのエルフたちも、リルイットを追いながら弓は射てないようだ。
このまま逃げてりゃ何とかなるか…? いや、なんねえか…。
くっそ……他の騎士たちは何やってんだよ! まさか皆、ツリーのウイルスにやられちまったのか?!?!
そうだとしたら、戦場で戦ってるのは俺だけ?!
いやいや! さすがに不利すぎるだろ!!
ビュン
ビュンビュン!!
前方からエルフの矢が飛んできた。
「まじかっ!!」
かろうじてその矢を避けはしたが、状況は悪くなる一方だ。
(待ち伏せされた!! くそ…ここはあいつらのテリトリーだ! 分が悪すぎ……!!)
矢の飛んできた方とは違う方向に飛び立った。この先も森が続いていた。隠れるにはもってこいだが…。
バシュウウン!
(うん?!)
「ぐわあっ!!」
突然飛んできた矢が、1匹のエルフの心臓を貫いた。
「何だ?!」
エルフたちは驚いた声を上げて、矢の主を探るが、まるで見つけられない。
(あれは、アデラの……)
エルフを射ち抜いた見覚えのある木製の矢を見て、リルイットはそれか彼の物だと察した。
(いる……アデラも…! やられてない……!)
「まずはそいつを殺せ!」
「うおおお!!!」
エルフたちは再びリルイットに矢を射った。地面を蹴って加速して飛び立つと、その矢を避ける。
バシュウウン!!
「ぐわあああ!!!」
再びアデラの矢がエルフを射ち抜いた。見事に心臓を射抜かれ、バタリと地面に落ちた。
(いける……!! 俺が囮になれば…!!)
リルイットはそのまま逃走を続けた。エルフたちはその矢に戸惑いながらも、リルイットを逃すまいと彼の跡を追い続ける。
しかしエルフたちの数は、着々と減っていた。
数十分前の話だ。
リルイットを庇ってエルフに矢を射たれた、東軍選抜の騎士ペルゴは、皆が自分を置いていなくなると、ガバアっっとラスコの植術を破って、外に出た。彼の傷は、もう完治している。
「ふう! つい反射的にあの男を庇ってしまいましたが、うまくいきましたわ!!」
ペルゴはすぐさま金髪美女に姿を変えた。
「男はやっぱり汗臭いですわ! どうして騎士は男ばかりなのでしょう!」
ペルゴのふりをして、選抜隊に紛れ込んでいたのは、ユニコーンのリネだ。ラッツのファンクラブに入っているペルゴに、ラッツの姿でうまいこと言い寄って油断させたあと、力技で彼を拘束した。今彼は、エーデル国の彼の部屋で、縄をぐるぐると縛られている。
まあとにかく、リネはアデラの後を追って潜入したわけだ。今回は事前に聖水も用意してきた。湖が近くになくても対応できる! 万全の体制だ! しかし事態は既に、非常に悪い。
(さて! アデラ様を援護しなくては!)
リネは颯爽と彼の匂いを辿り、後を追った。
東軍はうまくエルフたちを仕留めている。二手に別れたところで、リネは当然のごとくアデラの後を追った。彼がエルフを射ち抜いたのを見て、リネは遠目からパチパチと手を叩きながら、呑気に傍観していた。
しかし、突然事態は急変した。
ボン!!
「げっ!!」
リネは再びユニコーンの姿に戻ってしまったのだ。
(はあ? またですの?! ちょっと!! この私のマスク!! 壊れてるんですの?!)
人間にバレてはまずいと、こっそりと木の陰に隠れて様子をうかがう。
(アデラ様!!)
どうやら壊れているのはリネのマスクだけではなさそうだ。バタリバタリと東軍選抜陣が倒れていく。愛しい彼も、あの時のように倒れてしまった。それを見たリネは察する。
(このマスク、全部偽物なんですわね?!)
倒れているエルフからマスクを剥ぎ取ると、アデラの物と付け替えた。
「アデラ様〜!! 私が来たからにはもう安心ですわ!」
リネは聖水の入った瓶を首に下げながら気付いた。
(しまった! ユニコーンの姿では口移しができません!!)
くぅ〜私としたことがっ!!
「うっ……」
しかしアデラはうなされながら目を開けると、リネの聖水を奪い取ってがぶがぶ飲んだ。
(おお……)
アデラは解熱に成功したようだ。リネはほっとした。
「アデラ様……」
「リネ…何でここにいる…?」
「そ、それは〜あはぁ〜……」
リネはしらばっくれた馬顔をするだけだった。
「まあいい。助かったよ、ありがとう」
「いえいえ! アデラ様のピンチに駆けつけるのは当然ですわ!」
リネがにっこり笑ってそう言ったので、アデラもふっと笑って彼女の頭を撫でた。
「乗るぞ」
「はい!」
アデラはさっと彼女の背中に跨った。
(うっひょお〜!!! きたこれ!! きましたわ!!! クソ臭い男に化けてまで、ついてきた甲斐がありましたぁ〜!!!)
リネは初めて彼を乗せることができて、大興奮していた。しかしその喜びもつかの間、矢が飛んでくる気配を察して、加速する。
矢はさっきまでリネがいた場所に突き刺さった。
「エルフ……」
アデラがエルフの方を向くと、さっとエルフは身を隠した。
「追え。リネ」
「お任せください!!」
リネに跨り、アデラはエルフたちを追いかけるのであった。




