裏切り者
「大丈夫だろうな…」
「一応皆さん先輩ですから!」
アデラはサリドマたちを、ちょっと馬鹿にした様子で見ていた。
「だ、だ、大丈夫だと思うけどぉ〜…み、皆強いしぃ……」
「お前は行かなくていいのか」
「ぼ、僕は……やめときまぁ〜す……」
「……」
1人リルイットたちと共に待機するパールは、両人差し指をツンツンしているだけだ。彼は戦闘する気はないようだ。
(こいつ、まじ何しに来たんだ……)
「オラァああ!!!」
「っ!!」
エルフたちもサリドマたちの接近に気づいたようだ。しかしもう、サリドマたちの射程圏だ。
サリドマはその大剣をブンっと振るった。15キロの大剣のスピードとは思えない。彼の腕力は凄まじい。剣が軽そうに見えてしまうのだ。
エルフはサッと飛び上がってその大剣を避けた。弓を構えて射とうとするところに、ミントの月輪が飛んできた。
「射たせないっちゃ〜!!」
ピュン ピュン!!
ミントは連続して、腕にかかったその月輪を、エルフに投げつける。その輪っかの外側は全て鋭利な刃だ。そのうちの1枚が、飛び上がったエルフの顔を斬り裂いた。
「それそれ〜!!」
ミントは楽しそうにその月輪を投げつける。投げ終わった月輪はブーメランのようにミントの元に戻ってくるのだが、見事にその腕に通してキャッチする。誤って彼の肌が斬れるということはないようだ。
一方ティムールは、もう1匹のエルフに向かっていた。
「はあっ!!」
リルイットはティムールの戦いに目が行った。
(ハンギングガードか!)
肘を上げ、切っ先を斜め下にする構えから打ち出す突きは、上級者向きの剣技だ。遠距離型のエルフとの戦いにはもってこい。だけど難しくって、俺にはできないけど…!!
「オラっ!」
サリドマはその大剣をぶん回す、派手で一見ワンパターンな攻撃法だが、連続して猛スピードで襲い来る大剣は非常に驚異だ。月輪に邪魔をされ、エルフは弓を1本も射てやしない。
「動きが鈍ってるっちゃ! そろそろお疲れっちゃ〜?」
ピュン! ピュン!
月輪は激しく円を描き、予想外の方向から飛び交ってくる。
(あれを避けんのは至難の技だ…)
実際エルフも避けられず、既に何本も当たって傷を負っている。
「じりじり! 削るっちゃ!」
サリドマとミントは全く疲れが見えない。体力にはかなり自信がありそうだ。
「はあっ!!」
見事な突きで、ティムールはエルフを倒し終えた。パっと後ろを振り向くと、サリドマたちもまたエルフを倒し終えたところだった。
「っと! 1丁あがり!」
「余裕っちゃ!」
サリドマとミントはパンっと手を合わせた。2人はいいコンビのようだ。3人はエルフが死んだのを確認すると、リルイットたちの元に戻ってきた。
「お待たせしました」
「いえ…皆さん凄いですね!」
「なあに! このくらい当然だぜ」
「よ、よ、良かったぁ〜…。は、早く皆倒して帰ろうよ……」
「お前は何で戦わねえんだ!」
「ひぃっ!」
何もしなかったパールは、ボコボコとサリドマに殴られていた…。
「ふうむ…」
手柄を先輩に取られたアデラは、少しばかりつまらなそうだった。
さすがは選抜の騎士だ。術師なしでこの強さ、本物だ。これなら行ける……! ラスコの索敵で少しずつエルフを叩いていけば、俺達の勝ちだ。
「ラスコ、次に近いエルフは…?」
「こっちです!」
その後も俺たちは、エルフを見つけ次第倒していった。そしてだんだんと、ナイゴラの滝に近づいていった。
「うん……?」
飛行中のマキは滝の近くまでやってきた。その周辺で、倒れている仲間たちの姿を見つける。北軍、及び西軍騎士たちだ。しかし何やら様子がおかしい。誰も矢で射たれていないのだ。
バシュウウウンン!!
マキを狙って矢が飛んできた。マキは過敏に反応し、それを避ける。
スパアン!!
そのまま襲ってきたエルフを、マキは一撃で仕留めた。地面に降り立つと、倒れている1人の騎士の元に駆け寄った。
「おい! 大丈夫か?!」
「マキさん……。か、身体が……熱い……」
「え……?!」
マキはそいつの額に手を置いた。異常に熱い。
(熱がある……?!)
やがてその北軍騎士は気を失った。
(どうなって…)
「っっ!!!」
マキは突然、目が眩んだ。突発的な高熱が、彼女を襲う。
(なっ……)
この症状、バクト・ツリー……?!
バカな……研究所で開発したこのマスクの検証には私も立ち合った…。開発は成功して……
「っっ!!!」
マキは背中に痛みを感じた。何かが刺さった。
何でだ……?! 何の気配もなかった…!!
傷は浅い……だが……
高熱で頭が重いっ……
くそっ……ウイルスの与える影響がここまでとは……!
振り向いた先には誰もいない。
(どうなって……?!)
すると、マキの羽が突然に消えてしまった。
(力が吸い取られた……?!)
間違いない。エルフの矢だ。
だけど射たれたわけじゃない。零距離から、急に刺さったんだ……
「よ〜っし、ボスは落ちたな〜……」
「……!!」
マキはその声に反応する。声の主は、ようやく姿を現した。
「その身体で高熱……更に能力も使えへんなった。あんたにもう脅威はないねんで」
「ミカケ……」
ミカケは苦しんでいるマキを嘲笑っていた。彼は死んだような目をして、いつもの彼の様子とはまるで違っていた。
「お前がロッソを……」
「せやで。強化剤αを打ったんや。逃げられたら嫌やからな。アシはなくしとかんと。あれやろ? ロッソは人を襲ったからもう死んだやろ」
「お前……」
(くそ……ハァ……立っているのがやっとだ……)
「薬を盗み返したのもお前か…? 何でわざわざそんなことを……」
「そらちゃんと信用も得とかんと。あとはこのマスクやな。これ持って帰ったら、あんたらも同じもの作るとふんだんや。それをごっそり、偽物と入れ替えさしてもろたけど」
(やっぱり……このマスクが偽物……見た目は全く同じで気づかなかった…)
「油断したんやろな。見たやろ? みーんなバクト・ツリーで倒れよる。楽な戦争やで」
「計画してたのか……? ハァ……ハァ……だからって……、お前が選抜されるとは…限らなかっただろ…」
「いや? 予想はしてたで。一撃必殺のシルバは連れて行かれへん。ラッツも術が使えんなったら終わりや。わいも術師やけど、術なしでも近戦出来るし、何かの時に忍術は便利やからな。本来突撃前に隠れ身を使って様子も探らせる作戦やったやろ」
「………」
(こっちの作戦を知った上で、迎撃にうってでたのか……完全にやられた……)
マキは歯を食いしばりながら、彼を睨みつけた。
「くくっ! あんたが辛そうなところ、初めて見たわ」
「ミカケ……」
「喋んな!! クソ女が!!」
ミカケは声を荒げると、マキのお腹を思いっきり蹴飛ばした。
「ぐぅっっ!!」
マキはお腹を抱えてうずくまった。彼女の目からは涙が流れている。
「やめろっ!! この中には、シルバとの……!!」
「はあ? どの口が言うてんの? お前もおんなじように殺したんやからな……!!」
「な、何のことだ……?!」
「覚えてへんのか?! そらそうやろな!!」
ミカケはもう一度、彼女の腹を蹴り飛ばした。マキはもう立ち上がる気力もなくなってしまった。高熱と激痛で、身体が動かない。しかしお腹だけは守ろうと、両手で自分の腹部を覆った。
「ぅう……」
「思い出すまでやったるわ! ああん?! 意識ちゃんと持っとけよ!!!」
ミカケはマキの腹を踏みつけにした。何度も何度も、彼女の腹部を強く踏みしめる。
「くくっ……さすがにもう腹の子は死んだやろ……」
「うっ……ぅうっ……」
マキはボロボロ泣いた。絶望した。
授かった彼との新しい命が、酷く傷つけられた。
もう、息をしていないかもしれない……。
「ああ……その顔やばいわ……めっちゃ快感なんやけど……」
ミカケは自分に踏みつけられて泣きじゃくる彼女を見て、パンパンと手を叩きながら、異様に興奮していた。そのまましゃがみこんで、彼女に覆い被さった。懐から短剣を取り出して一舐めすると、彼女の腹に向けた。
「腹えぐって、中身どうなっとうか、見したろ」
「ううっ……やめて……やめてぇ……」
ミカケはその刃先をすっと彼女の腹部に入れると、服を斬った。少し膨らんだ彼女の腹部が晒される。
「こらええ眺めやな」
「やめてミカケ……うぅっ………」
「もっと絶望するとこ見してえよ……」
ミカケはそう言って、マキの腹部に刃を刺そうと、思いっきり短剣を振り上げた。
しかしその瞬間、短剣を持つ彼の手首が、ブシュン!!と斬り落とされたのだ。
ミカケは転がっていく自分の右手を見つめた。
「?!」
あまりの痛みに声も出ない。再びミカケを斬撃が襲った。その剣先だけが一瞬垣間見える。
(何やのっ?!)
ミカケは既のところでそれを避けた。ちっと舌打ちをすると、身体を後ろに向ける。
(そこかいな!!)
自分を攻撃したその何者かの気配を察すると、火遁を吹きかけた。
「誰や! 邪魔すんな!! 焼き殺すぞ!!」
火遁が晴れると、その男は姿を現した。
(誰や……?)
「てめえ……何したかわかってんだろうな……」
それは赤髪の男だった。男は非常に怒っていた。左手に持った槍もまた、黒ぐろとして、怒りを露わに闇に燃えているかのようだ。
(シルバ………? いや、そんなわけないやろ…。でも、顔が同じ……?!)
ミカケは見知らぬその男を睨み、手首の痛みに顔をしかめた。
(イグ……)
マキは彼の姿を目に焼き付けると、そのまま気を失った。




