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街の踊り子

「さっきはありがとう」

「別に」


アデラはステージ裏に戻って来ると、紅髪のティーサにお礼を言った。矢につけた手紙は、彼女に書いてもらったのだ。


「だけど、優勝は私だよ」


ティーサはそう言ってふっと笑うと、ステージに上がっていった。リルイットも腕を組んで立ったまま、横目にそれを見ていた。


(なんだ? アデラのやつ、優勝者のあの女と知り合いか?)


会場は完全にアデラのインパクトが強く、他の参加者ならこのあとアピールをするのは気が進まなかったことだろう。


しかしティーサは、全く動じない。


アピールタイムなんて、まさに自分のためにあるようなものじゃないか!


ティーサがステージに上がると、会場は更にヒートアップした。彼女が見せる得技、それはもちろん、ダンスだ!




私がプロを目指すきっかけになったのは、子供の頃に親に連れられて見に行ったベリーダンスが、ものすごくかっこよくて憧れたからだ。だけどダンサーとして生きていくにはなかなか難しいこの世の中で、ダンスで生きていこうと決心したのは、ある人に私のダンスを褒められたから。


ある日、学祭の教室ステージで私はダンスを披露していた。だけど名のしれない私なんかの、個人出し物のダンスを見に来るお客さんなんてほとんどいないし、見に来ても1曲終わる前に席を立ってどこかへ行ってしまっていた。


そんな中、たった1人だけ最初から最後までしっかり見たあとに、声をかけてくれたえんじ色の髪の男の人がいた。


『なあそれ、何てダンスなんだ?』

『べ、ベリーダンス…です…』

『へぇ〜! すっげぇかっこいいな!!』


その人はダンスにも詳しくなさそうだったし、適当に声をかけてくれただけかもしれないけど、私は物凄く嬉しかった。


『将来、ダンサーになりたいんですけど、迷ってて…』

『絶対なれるよ! だって俺感動したよ? めちゃめちゃ上手いじゃん!! 頑張ってね!』

『あ……ありがとう…ございます……』


彼は私に激励までくれて、この部屋を立ち去った。



しばらくして、その人は同じ学校の1つ上の先輩なんだと知った。すごくかっこいい先輩だったから有名だったみたいで、すぐに名前もわかった。


気づいたら私はその先輩に片想いをしていて、先輩が卒業する前に勇気を出して告白した。


『あのっ…、す、好きです…。私と付き合ってください…』


だけど、結果は予想通りだった。


『あ〜、ごめん! 俺、自分が好きになった子と付き合いたいんだ!』

『あ……そう……ですよね……』

『うん! ごめん!』


無理だとはわかっていた。先輩はこれまでに何人、いや何十人もの女の子を振っている。だけどやっぱり実際に振られると、ショックだった。


『また告白されたんですか?』


そのあと先輩が、いつも一緒にいる女の先輩と話している声が聞こえた。


『うん! 2年の子!』

『本当にリルさんはモテますねぇ…』


(そうよね…。先輩にとっちゃ私なんて、告白してきたたくさんの子の中の1人にすぎないよね…)


『その子さ、めっちゃダンスがうまい子なんだよ!』


(……!)


私のこと、覚えてた………。


そのことがすごく嬉しかった。もちろん失恋が辛くて、家に帰って泣いたんだけどね。


先輩は、学校1の美人と言われているウル先輩と、いつも一緒にいた。2人は付き合ってはないと聞いていたのだが、本当かどうかは定かではないし、ウル先輩には敵わない。


そして、翌年、私の両親が離婚することになった。珍しいことじゃないし、私も両親の仲がよくないのは察していたから何の疑問もないし、意見もない。


私は母方の実家のあるエーデル大国に引っ越してきた。その後、街の踊り子に就職したものの、なかなか名前が売れずに悩んでいたが、去年ミスコンで優勝し、一気に名前が世に知れ渡り、今ではエーデル大国で1番人気の踊り子になった。


(今の私なら、ウル先輩に勝てるかな……)


しかしこの前、故郷でもあるシピア帝国が壊滅したと聞いた。生き残った者はほぼ皆無だときいた。


(……)


私がずっと好きだった先輩も、もう死んでしまったのだろう。


(リルイット先輩……)


彼に褒められたダンス。これだけは絶対にやめない。

ダンスは私の、全てだ。




「それでは7番目、プロの踊り子ティーサちゃん! 彼女のダンスを見るには、本来ならかなり高額のチケットが必要……で、す、が! 今回は何とタダで閲覧できちゃいます!!! これを見るだけでもここにきた甲斐がありますねぇ!!」

「うおおお!!!」

「ティーサちゃあんんん!!!!」

「それではぁあ!! ティーサちゃんのアピールタイム、スタートですっ!!!」


ティーサの持ってきていた音楽が鳴り始めると、会場はしーんと静まり返った。ティーサは巨大な扇子のような布を孔雀のように広げ、舞い始めた。その布はイシスウイングと呼ばれている代物だった。


(ベリーダンスか!)


リルイットは彼女のダンスを見ると、ひゅーっと口笛を吹いた。


妖艶な身のこなしで踊る彼女のダンスは、世界最古のダンスと呼ばれるベリーダンスの類だった。腰とお尻を曲に合わせて振りながら、イシスウイングをまるで身体の一部のように舞わせていく。


肌がたくさん見えている衣装であの動きは大変エロいのだが、それ以上に魅力的で芸術的だ。


(すんげ……)


会場の空気は完全に彼女のものになった。


さすがはプロだ。惹きつけ方が違う。


彼女から一瞬たりとも目が離せない。

それは彼女の洗練された動きや、しなやかな身体の賜物なのだが、それ以上に心をつかむのは、彼女の笑顔だ。


(好きなんだな……ダンスが……)


彼女の姿は非常に美しく、リルイットの目にも強く焼き付いた。


「………」


勝てねえな…これは……。


ここにいる中で、彼女が誰よりも、美しい。


俺はそう…思うよ……。


曲が終わって、大歓声があがった。今日1番の歓声だった。


参加していた8番目と9番目の女の子は、それを見て敵わないと悟ったのか、辞退すると言いだした。2位や3位も景品があるよなんてスタッフたちも弁解もしていたが、このあとに何もやりたくないとのことだった。


(確かにな…)


「リルアちゃんは頼むよ〜! 君まで辞退なんて言わないでよ〜!」


司会者は3人辞退で終了なんて流れは避けたいみたいだ。何でもいいからやってくれという雰囲気だ。


(まあ、このまま終わってもいいとは思うけど……)


しかしリルイットは、ラスコがまじまじとあのネックレスを見ていたことを思い出した。


自分をブスだと言うラスコ。あんなに欲しそうなのに、参加することも出来ないなんて。


同情じゃねえよ。別に。

ただ俺が、ラスコにあれをあげたいと思ったんだ。


全くおんなじのはないんだろうけど、似てるやつならその辺にあるだろう。赤いアクセサリーなんて山ほど売ってる。


でも俺は……あれをラスコに、あげたいって思っちゃったんだ。


「それではラスト、謎の美女リルアちゃんの、自由アピールタイム、スタートです!」


リルイットはステージの真ん中にやって来ると、その会場をぼんやりと眺めた。


「あ」


会場の外側に、1本の桜の木が見えたのだ。


(もう桜が咲いてんだな…)


冬の終わりは春の始まり、誰よりも早く咲いた桜の木に違いない。





『いい天気ですねぇ』


ユッグは真冬にそんなことを言った。

それは、俺がユッグを好きになるもっと前の話だ。


灼熱の国(ムスペル)は1年中暑いが、その暑さも1年の中で若干異なる。

その灼熱が少しばかり弱まる真冬、それは他の国じゃあ春と呼ばれる気温に近くて、それを知るユッグはとっても過ごしやすい気候だと言うんだ。


『俺は寒いよ』

『私にはちょうどいいんです。いつも暑すぎますからね』

『だから、さっさと他の国に行けばいいだろ』

『何でそんなことを言うんですか! 駄目ですよ。もっともっと、この国にも自然を増やさないと』

『……』

『あ、そうだ!』


ユッグは突然何かをひらめいたようだ。


『春にとっておきの花があるんですよ!』

『いや、今は真冬だから』

『こんなにポカポカなんですから、春に決まってますよ!』

『……』


ユッグはその力で、1本の木を生やした。ユッグが水をかけると、それはぐんぐん育っていき、巨大な木になり、数えきれないほどの桃色の花を咲かせた。


『……何これ』

『桜と言うんですよ!』

『サクラ……』


ユッグと俺はその木を見上げた。満開に咲き誇る桜の花は、1つ1つはすごく小さい。だけれど俺たちの空を桃色に塗って、この寒い空気を何だか暖かく感じさせてくれる。


これまでいくつかの花を見てきた。確かにこの数は集まるとすごい。だけど…


『アネモネやバラの方が、綺麗じゃない?』


俺がそう言うと、ユッグはニッコリと笑った。


『確かに桜は、スルトさんのイメージする美しさからは少し遠いかもしれませんね』

『うん…』

『でも桜って、何だか可愛くないですか?』

『……うん?』


ユッグはハっとして彼に尋ねた。


『「可愛い」も、ここでは使いませんか?』

『使いませんね』

『可愛いも、似たような褒め言葉ですよ!  小さいものやか弱いものなんかに、心をきゅーんと惹きつけられるような感覚です! ほら、桜って小さいでしょう?』


ユッグは桜の花を指さしながらそう言った。


『他にもね、深い愛情を持って大事にしてあげたいなんて意味があるそうですよ! 赤ちゃんとか、子犬とか、無条件で可愛いと思いませんか?』

『あ、愛……?!』


魔王様の大嫌いな『愛』。その身を滅ぼすほどの危険な感情だと、俺達は聞いていたけれど…。


『はい! 可愛いという字には、愛という字が入っているんですよ! 漢字は人間たちがあとからつけたらしいんですけどね!』


知らねえ…人間たちの文字なんて…。読めもしないし、書けもしない。何で口で伝えればいいのに、わざわざ書いて読むことをするのか、甚だ疑問だった。


いや、それよりも『愛』だって?

そんな恐ろしい感情が含まれる『可愛い』とは、一体……。


桜を見ても、そんな恐い要素はなさそうだ。


ユッグは色々と説明をするのだけれど、俺はその日『可愛い』の意味は結局わからずじまいだった。





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