りんご、あげる
「ちょっとアデラ! あんた何でここにいんだわよ!!」
そこはステージ裏の広いスペース。アピールタイム中の者を除いた参加者の待機場所だ。現在、出順1番目のディルリーがステージでアピール中だ。
「何でって、優勝したいからだけど」
「はあ? そういうこと言ってんじゃないんだわよ! あんた、ミスコンは、美しい女が誰かを競う場所なのよ?」
ラッツはこそこそしながらアデラに言いがかりをつけていた。しかしアデラは眉1つしかめない。
(な〜んかあいつら揉めてやがる…)
リルイットは端の方に1人でいながら、ラッツたちの様子を見ていた。
「君たち、出演者同士の揉め事はタブーだぞ」
「うん?」
ラッツたちの元に行って注意をしたのは、去年の優勝者のティーサだ。するとラッツはコロっと態度を変えた。
「別にぃ〜? 揉めてないよォ〜?? 可愛い子がいるなぁ〜って、ちょっと話しかけてただけだも〜ん!」
(何でぶりっ子きどるんだよ…ラッツのやつ…うぜえなほんとに)
「ならいいけど」
ティーサはボソっとそう言って、彼らから離れていった。
「次、ラッツさんお願いします!」
スタッフの人に呼ばれ、ラッツはハっとしてステージの方へ向かった。最後にアデラの方を振り返ると、「優勝は絶対あたしなんだわよ!」と言い残して、颯爽と去っていった。
観客席ではラスコとリネが傍観していた。1人目のディルリーは、得意の琴を演奏し、美しい音色とたたずまいを見事にアピールした。
「ラッツさんですわ」
「一体何するんでしょうか…」
ステージ上にはラッツがやってくる。観客席からはロリ好き男の熱い声援や、エーデルナイツたちの応援が飛び交っていた。
「あ、あれ!」
ステージ脇にエーデルナイツの騎士たちが100人ほどやってきたかと思うと、ステージにぞろぞろと上がってくる。何とみんな、目がやられそうなドピンクの衣装を身にまとっていた。
(ほ、ほんとに何するんでしょう…)
その後ろからメリアンが息切れしながら走ってやってきた。
「んもう…何なんだよ〜いきなり僕まで呼び出して…」
「いいから! メリアン、あんたには後始末を任せるんだわよ」
「はーぁ?」
司会者には、各参加者がどのようなアピールをするかの情報は予め伝えられていた。
「はぁ〜い! それじゃあ続いてラッツちゃんのアピールがはんじまっるよー!! さあ、エーデルナイツの有志の騎士100人がステージに上がってきました! これはすごい迫力だぁー!」
彼らはラッツのファンである。リルイットにファンクラブができているように、ラッツにもファンクラブがあるのだ。東軍だけでなく、全軍から有志が集まっている模様だ。皆ドピンクのお揃いの衣装を身に纏っている。
ゾディアスとミカケもその様子を見ている。
「俺の南軍騎士たちまで! ったく、しょうがねえやつらだ!」
「見てみ! あれあんたんとこの参謀ちゃうん」
有志の中にはゾディアスの側近、ダルトンの姿もある。
「あいつぅ〜! 俺たち南軍を裏切ってたのかぁ?!」
「いや、東軍の情報を聞き出すためにファンクラブに潜っとんちゃうか! スパイは潜入捜査の基本やからなぁ!」
「何ぃ〜〜? なるほどな! さすがダルトン、俺の右腕よ! がーっはっはっはぁ!!」
ダルトンの額には、ラッツloveのはちまきが巻かれていた。彼の手作りだ。
ちなみに、有志の者たちは、これから何をやらされるかを聞かされていなかった。ラッツがミスコンに参加し、そのアピールタイムに100人必要だと、ファンクラブの会長、東軍騎士のベベルに連絡が入ったのだ。有志はすぐに集まり、ステージ上に駆けつけたところだ。
「皆〜! 集まってくれてありがとぉ〜〜!!」
「うおおお!! ラッツ様ぁああ!!!」
有志たちはラッツの元に整列すると、大声援を送った。
(な、何ですかあれ……宗教…?)
ラスコは完全に顔を引きつらせていた。
「それでは、ラッツちゃんの自由アピール、100人組み手です!」
「うん?」
ファンクラブの騎士たちはそれを聞いて、一瞬目を点にした。
「ラ、ラッツ様?!」
「大丈夫だよぉ〜! メリアンも呼んだから!」
ラッツはばっちりウインクをすると、騎士たちは完全ノックアウトされて、目をハートにした。
「あたしに攻撃を入れられた人にはぁ〜ご褒美あげちゃうから、本気で来てね?」
「うおおおお!!!!!」
それを聞いた騎士たちは、我先にとラッツに襲いかかった。ラッツもそれを見てニッコリと笑った。
「超高速結界!」
ラッツの姿が、一瞬にして消え去った。
「強化結界!!(弱)」
ズガっ バキッ ボコっ
100人集めた有志たちを、瞬足でノックアウトしていく。
ズゴっ ボキッ ドドーン!!
(いや! すごいですけど!! 何も見えませんよ?!?!)
ラスコも目を細めたが、見えるのは積み上げられていくやられた騎士たちの残骸だけだ。モニターも、ラッツの姿はうつらない。速すぎて、誰も彼女を見つけられない。
「ふにゃ〜ラッツ様ぁ……」
「うおお……ラッツ様の拳が私の頬に…」
のされていく騎士たちは、何となく幸せそうな顔を浮かべていた。
(……)
ラスコは白けていたが、隣のリネは感動とばかりに手を祈るように組みながら、ステージを見ていた。
「すごすぎますわ! ラッツさん!! 何て美しい動きでしょう!!」
「リネさん、見えるんですか?!」
「はい! ほら見てください! あの連続外受蹴!! 人間ごときの身体であの動き! 神業ですわ!!」
「……」
目にも止まらぬラッツの攻撃を追えるユニコーンの視力もま凄まじい。とラスコは感心するばかりだ。
「やっぱりラッツはすごいな〜!」
別席のシルバもにこやかに笑い、うんうんと頷いている。
「あいつら! 全く気合が足りねえな!! あんなこてんぱんにやられやがって!!」
「しゃーないってゾディアスはん…。戦う結界師には、誰も敵わへんわ……」
ゾディアスとミカケも、ラッツの神速組手を見ながら話をする。
(やっぱり第2本部の次期ボスは、ラッツで決まりやろかな〜……)
見事な拳法で、ラッツは100人の騎士たちを完全にノックアウトした。やっとラッツの可愛い姿が見えて、観客たちもホっとする。最後にドヤ顔アイドル決めポーズをすると、ラッツのアピールタイムは終了した。
(うっふふ! 私よりすごいアピールはないに違いないんだわよ! 優勝はいただきなんだわ!)
ラッツは最後に審査員たちに愛想を振りまいたあと、ノリノリでステージ裏に戻っていった。
「はぁ……」
傷だらけの騎士たちの残骸は、ステージの横に立っているメリアンの前にどーんと下ろされた。
メリアンはその100人の手当てをブツブツ文句を言いながら行っていく。
(ラッツったらもう……リーダーの権力乱用だよっ……今度はお金とってやる…)
そのあともアピールタイムは続いた。
ピアノを演奏したり、料理を披露したり、皆それぞれ女の子らしい得意技を披露していた。しかしラッツのインパクトに勝るようなものはなかった。
「きました! きましたわよ!」
リネはバシバシとラスコの肩を叩いた。
ようやく6人目、アデラの番になった。背中に弓と矢を背負って、ズカズカと歩いてくる。服はもういつもの服に戻っていた。ドレスを着てみたはいいものの、動きづらくてうざくなったのだ。
「さあ! 続いては、参加者一の不思議ガール、アデラちゃんのアピールタイム!! エーデルナイツでは弓を使って魔族を倒しています!! 今回も得意の弓うちを披露してくれるようです!!」
スタッフたちは弓うち用の的をステージ端に用意してくれていた。アデラはそれを無表情のまま見ていた。
(やっぱりアデラさんのアピールはそれですよね)
ラスコもデレデレのリネと一緒に、彼の様子を見ていた。
すると、アデラは司会者のマイクを奪い取って、言った。
「ラスコ!」
(え?!)
突然ステージ上の彼に名前を呼ばれ、ラスコはびっくりして目を丸くした。
「ラスコ! どこにいる?」
(な、何なんですか?!)
「アデラ様〜!! ラスコはここですわよ〜!!!」
すると、リネがぴょんぴょんジャンプしながら、アデラに向かって手を振った。皆は一斉にラスコたちに注目した。
「は、はぃい?」
ステージ上のアデラにマイクを通して命令される。
すると、ラスコのところにも瞬時にスタッフが駆けつけた。マイクを持ち、ラスコにそれを向ける。
「ラスコさんは、あなたでしょうか」
「そ、そうですけど…。っ!!」
気づけば、モニターにラスコが映っている。焦って両手で顔を隠した。
(さ、最悪です!!)
「ラスコ、りんごだ」
「はいい? いや、無理ですよ! 土がないですもん!」
すると、どこからともなく別のスタッフが駆けつけ、ラスコの前に装飾されていた植木鉢を持ってきた。
(早っ!!)
「りんご」
「わかりましたよ!」
(何するつもりですか…全くもう!)
ラスコは顔を隠しながらりんごを作り出してその手に持った。
「上にあげて」
「こ、こうですか?」
ラスコはりんごを持って、腕を伸ばした。観客も審査員たちもモニターも、皆ラスコを注目してくる。
(いや、モニターには映さないでくださいっ!!)
「おおっとアデラちゃん! 用意していた的は使わないのかぁ?」
(ま、まさか……)
ラスコは嫌な予感がしたまま、その手を上げ続けていた。その間、アデラは司会者にこそこそと何かを伝えている。
「何とアデラちゃん、このステージ上からあのりんごを射抜くようです!」
「おおおお!!!!」
「ラスコちゃん、3カウントしたら、思いっきり上に放り投げてください!」
(ほ、本気ですかぁ?!?!)
「アデラ様、素敵ですわぁ!!」
リネは呑気に彼を囃し立てるだけだ。
「流石に届かんやろ。この高低差やで?! てか、あの子女やろ?」
「がっはっは! アデラはやるといったらやる女だ!」
ミカケとゾディアスも、後ろ席のラスコと、大弓を背負うアデラを順に目で追った。
ここからでもかなりの高低差なのに、更に上に投げるんですか?! 届かなかったら客席に矢が落ちますよ?!
それだけは防がないと…と、ラスコは植木鉢からいつでもツタの網を出す準備をした。
「それでは行きますよ!」
司会者が盛り上げ、カウントダウンが始まった。
「3」
(アデラのやつ、あたしと張り合う気だわね!!)
「2」
(てかあいつまだ構えてへんのやけど!)
「1」
(私は知りませんよ!! どうにでもなれぇええ!!)
「ゼロぉおお!!!」
ラスコはりんごを思いっきり上に放り投げた。りんごは綺麗にラスコの上空に飛んでいった。
アデラが弓を構えて背中の矢を抜いたのは、ラスコがりんごを放った後だった。
バシュウウウンンン!!!
上から弓をおろし、構えの姿勢になると同時に矢を放つ。
(出ましたわ! 零射ちっ!!!)
改めてアデラが弓を持ってから射つまでの一連の動作を見たリネは、その独特の弓うちスタイルに、ケンタウロスのそれを重ね合わせる。
あれは腕の筋力が発達したケンタウロスだからこそ出来る、遺伝的な技術…。軸となる左腕が異様に強くないと、簡単にブレてしまうはず。人間には向かない射ち方なんですわ…。
(アデラ様……一体どれだけ……)
「っ!!!」
「風だっ!!」
するとその時、肌で感じるほどの風が吹いた。りんごもまたその風のせいで若干横に流れていく。
(や、やばいです! りんごの軌道が!!)
ラスコも突風に反応すると、空飛ぶりんごと射たれた矢を焦ったように見上げた。
(どれだけ……努力したんでしょうか)
ラスコがツタで矢を捉えようとしたのを察したのか、リネは言った。
「当たります!」
「っ?!」
リネの言った通り、その矢は吸い付くようにりんごのど真ん中に綺麗に命中した。
『それは人間の射ち方だ。俺たちのじゃない』
『そうだ。お前はやっぱり仲間じゃない』
ケンタウロスたちは、頑なにアデラを仲間だとは認めなかった。
バシュウン バシュウン
アデラは何度も何度も、ケンタウロスの射ち方を真似て練習した。
バシュウン バシュウン
腕の筋力をつけた。誰よりも遠くに飛ばせるように。
バシュウン バシュウン
『まだやってるのかアデラ』
『アデラート…』
『何だ。腕がボロボロじゃないか』
『……』
アデラートはアデラの様子を見て声をかけた。
『そんなことをしなくても、お前は俺の子さ』
『そうだとしても、俺は認めてもらいたい…』
『そうかい。どれ、俺が見てやろうか?』
『うん…』
彼にとって父に値するアデラートとの特訓も数年続いた。やがてアデラはその技術をモノにして、才能で射つだけのケンタウロスよりも弓射ちがうまくなった。
(今度こそ…仲間だと認めてもらえるだろうか……)
「おっと!」
ラスコは矢のささったりんごをツタにキャッチさせると、それを上に掲げてみせた。
「うおおお!!!!!」
「すげえええええ!!!!」
モニターには矢の刺さったりんごが映され、会場は大歓声で包まれた。
(風を…読んだんか……?!)
「ほんまに当てよった……」
「な! あれが俺の女よぉ!!! がーっはっは!!」
「さっき違うて言われとったやん……」
(信じられへんわ…ラッツといい……ほんま東軍は化物揃いや…)
ミカケもまた呆然として唇を噛み締めながら、彼の実力を目に焼き付けた。
リルイットもステージ横からこっそりと、お友達の有志を見届けた。
(天才だな…ったく)
アデラは命中は至極当然という雰囲気で、顔色一つ変えなかった。
「天才ですぅ!! アデラちゃん、凄すぎますねっ!!! 何と見事な弓うちパフォーマンスで…あっ」
アデラは司会者からマイクを奪い取ると、りんごを指さしながら喋りだした。
「リネ、りんごはお前にやる」
「ア、アデラ様!!」
リネはびっくりしたように立ち上がると、ステージを見下ろした。
皆はリネに大注目だ。司会者はそうっとマイクを取り戻した。
「お、おおっと、アデラちゃんの……お友達?! それとも彼女?! わかりません! 私にはわかりませ〜ん!!!」
何とか彼のアピールタイムは終わって、袖にはけていった。
「アデラ様〜〜!!!」
リネはりんごを受け取ると、その矢に巻かれた紙切れに気づいた。ラスコもそれを覗き込んだ。
「あれ……」
「あら!」
『優勝したらもっと良いものやる』
そんな言葉が、書かれていた。
(アデラ様ぁ〜〜!!!)
リネは感激してその手紙に頬をすりすりしていた。
(文字は書けないと言っていたはずですが…)
ラスコは黙ってその様子を見ている。
綺麗な文字ですから…誰かに書いてもらったのでしょうが…。
(そう言えば…あのネックレスはバラの形でした。リネさんはバラが好きだと言っていましたもんね)
とはいえ、男でミスコンに出るのは、なかなかの勇気がいりそうですけどね…!
(それにしても、羨ましいなあ…リネさん!)
その後幸せそうにりんごをかじる彼女を見ながら、ラスコはそんなことを思っていた。




