アリスと不埒な世界
もう絶対!ぜーーーーーーーーーっっったいっ!
《不思議の国》なんか行かない!行くもんですか!!
今度あの世界に行ったらーーーー
私の《貞操》が危ない!!
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窓OK!
鏡OK!
そして布団を被る!
これで完璧!
彼女の部屋の窓はビッシリと新聞紙で覆われており、部屋にある鏡と云う鏡には布や同じく新聞紙が掛けられていた。
時計の針が深夜0時を指す
部屋にある姿見が布の下から光りだし、布を弾き飛ばして、彼女の潜っている布団に光が当たった瞬間、布団ごと彼女が空中に浮き上がる
「嘘でしょ!?隠しても隠れてもダメなの!?ちょっまっ!あーーーーーーーーーーーっ!!」
そのまま光に包まれ彼女は鏡の中へと布団ごと消えた。
目を開ければ、そこは何度も訪れた世界
《不思議の国》
「ハーイ!アリスさん、毎度こんばんワー!
コレ、今回の魔王様かラの指令デェーーーッス!」
蝙蝠の羽根と、悪魔のような尻尾に羊の角を付けたショタっ子が、ツリ目をニッコリとさせ、彼女に封筒を渡した。
恐る恐る赤い封蝋のしてある黒い封筒を開け、中の、これまた黒い便箋に書かれている白い文字を読み上げる
『Mission
ーーーー己の純潔を喪えーーーー』
その紙をグシャグシャに丸め、地面…煉瓦で出来た道に叩き付けると彼女は叫んだ。
「こっのっっっっ!!セクハラ魔王がぁあぁああぁーーーーーーーーーーーッ!」
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アリスこと、中条ありす(28)書店員。
生まれてこのかた男性と手を繋いだ事など、フォークダンスの時しかない。
特筆するまでも無い容姿の地味眼鏡な喪女。
しかし、無駄に主張する豊満な胸だけが男性の視線を(胸のみ)惹き付けうんざりしていた。
地味顔なのに胸の為に痴漢やら、変な手合いの男に云い寄られたり、身体目当ての男の多い事、多い事…
そんな事もあり、男性不信と男性恐怖症になり、生涯純潔を貫き、妖精になる覚悟をしていた。
ある日、部屋で大好きなファンタジー小説を読んで幸せな時間を過ごしていると、突然部屋の姿見が強烈な光を放った。
光に目を瞑り、そして開けた瞬間にもう《不思議の国》に来てしまっていた。
少しカラフルな煉瓦作りの異国の建物に、煉瓦の道、街の遠くの方には大きな城も見える。
ふと、家の窓ガラスに映っている自分の姿にアリスは叫んだ。
「なんじゃこりゃーーーーーーーーーッ!?」
いつも雑に束ねてある、癖のある色素の薄い長い赤茶の髪は下ろされており、そして自分の着ている服はーーーー
《不思議の国のアリス》!?
頭には大きなリボンのヘッドドレス
ふりっふりのレースの付いたエプロンドレスにボーダーのニーハイソックス。
正に《不思議の国のアリス》の衣装だった。
少し違うのは、その配色が空色ではなく、毒々しい赤と黒と云う事だった。
「にじゅう…はち…の女が……ゴスロリ……」
ズッシャアーッと顔を両手で覆い、膝を付く
服装とかは年齢関係無く、個人の自由だと思うが……アリス的に自分の趣味では無いし、何せ自分のような地味女には過ぎた服装だった。
「恥ずかし…死ぬる……恥ずか死ぬ……ッ!」
「エー?大変お似合いデスヨー?」
人生初のコスプレ的服装に悶えていると、明るい声が響いた。
涙目になった目を向けると、そこに居たのは美味しそうなショタ…いやいや、可愛らしい小悪魔コスのショタっ子が居た。
しかし、普通のショタっ子と違うのは、彼が宙を浮いている点だった。
「初めマシテー!ナカジョウ・アリスさん!アリスさんデ宜しいデスネ?」
「あ、は、あ、ハイ」
何だかよく分からないまま返事をしてしまう。
「お喜び下サーイ!貴女は栄えあル、ナンバー250人目の魔王様の暇ツブシとしテ選ばレマシター!」
「…………………ハァ!?暇つぶし!?」
"魔王"と云う単語にも引っかかったが、何より"暇つぶし"と云う単語に引っかかってしまった。
「長ーイ、長ーーーーーーーァイ間生きテキタ魔王様は長ーイ戦いの果てニ、この《不思議の国》を統一しマシタ」
「はぁ……」
理由は聞きたいけど長ーい話になりそうでヤダなぁ…と思いつつ耳を傾ける
「ンデ、ぶっちゃケ平和になってヒマなんデ、異世界人呼んデ、無理難題ふっかけテ、アタフタすル様を楽しモウ!と考えた訳デス」
「思ったより短い話だった!!じゃない!いやいやいや、待て待て待て、何でその発想になるの。自分の国の民でやれよ。てか、魔王が統一した世界なのに平和なのかよ。」
つい、言葉遣いが荒くなってしまう。
「そんナ訳デ、アリスさんにハ、この魔王様かラの指令を完遂しテ頂きタイと思いマスー」
「無視か、無視なのか、ガン無視かコラ」
ジト目で睨むがショタっ子はお構い無しに黒い封筒を押し付けた。
中に書いてある文章を読む。
『Mission
ーーーチチカカ山のホーケキョの卵をゲットせよーーーー』
「ネーミングセンス!!どこの山!?何の卵!?何で日本語!?」
「異世界の方の為ニ、各種言語の指令を取り揃えテマース」
「そりゃご親切にどうも!?」
「ア、ちなミニ指令クリアするマデ元の世界ニハ戻れマセーン」
「分かってた!お約束だって分かってた!!」
結局、この指令をクリアするのに1ヶ月もかかってしまったが、元の世界に帰ったら、たったの1時間だった。
それから何度か呼び出されたが、不思議の国での1ヶ月は1時間程度で、元の世界に居る時は不思議の国も同じ時間で進むらしい。
うらしま太郎現象にならない為の配慮らしい。
呼び出されるのは元の世界の日付にして1ヶ月に一回の深夜0時ちょうど、鏡から二つの世界が繋がる。
一年指令をクリアし続ければ別の人に代わるらしい。
要は12回、指令をこなせば終わり。
そしてアリスはその250番目。
こんな事を250年も繰り返してるのかとアリスは呆れた。
ちなみに、喚び出された人間の服装は毎回何となーくイメージで決めているらしい。
アリスの場合は名前から決めたらしいが、《不思議の国のアリス》知ってるのかーとか、色々思ったがスルーした。
色の配色は魔王様の好みらしい。
そんなこんなで不本意にも始まってしまった《不思議の国》での冒険だが、困惑はするものの、アリスは楽しんでいた。
だって大好きなファンタジーの世界なのだ。
興奮しない方がおかしい。
指令も難題ではあったし、時間はかかるけど、こなせないモノでは無かったのでクリアするのにどうするかと手段を頭に巡らせるのも楽しかった。
しかしーーーーー
ある日から指令の内容がおかしな方向に変わってきた。
『可愛いポーズをとれ』
『服を脱げ』
『女豹のポーズをしろ』
『キスをしろ』
『胸を触らせろ』
などなど、何だか性的香りを匂わせる内容ばかりになってきた。
しかも1ヶ月に一回の筈が、1週間に一回のペースになり、最近ではもう1週間に2〜3回のペースになってきており、要求もどんどんと過激になってきたので、流石に無理!と…二つの世界の入り口となる鏡から離れてみたのだが…
窓ガラスから不思議の国へ
コップに入れた飲み物から不思議の国へ
動物の目から不思議の国へ
要は鏡のように姿を映せるモノなら何でも不思議の国に連れて来られてしまう。
ので、隠れれば!
ーーーと思ったら無駄だったので、冒頭の始末である
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『アリス』
にゃーーーん
と、可愛らしい声と共に自分を呼ぶ声がする
「マオ!」
アリスの足元に居たのは赤い眼をした黒猫
アリスのこの世界での旅のパートナーである
もっとも…最近の指令では旅のパートナーと云うよりは指令をクリアする為だけに協力してもらってるので"旅の"では無いが…
マオはこの世界に来て何回目かの時に街角でボロボロになっているのをアリスが見つけ、助けた。
それ以来『アリスの役に立ちたい!』と一緒に行動してくれている
マオを抱き上げスリスリする
黒い艶々の毛並みはサラサラふわふわで気持ち良い。
『今回はどんな指令だったの?』
「も〜!聞いてよマオ〜!!あのセクハラ魔王、とんでもない指令を…!!」
『またボクで解決出来るなら喜んで協力するよ!』
「あ、いや…今回のは……」
実はおかしくなってきた指令をクリアするのに全てマオに頼っていた。
『可愛いポーズをとれ』『服を脱げ』などの指令には『誰かに見せろ』と付け加えてあったからだ。
"人間"とは書いて無かったので、アリスはマオに見てもらった。
『キスをしろ』『胸を触らせろ』も同様である
猫のマオになら、若干恥ずかしさも薄れた。
しかし今回の指令ではーーーーー
「…………サイズが小さ過ぎるのよね」
『え?』
マオがキョトンとした顔をする
可愛い。
あ、サイズってソッチじゃないから!身体の大きさの事だから!え、や、でもソッチも重要!?じゃなくて!そこまでマオにさせるのはさすがに…てか、そんな問題じゃないからーーーーッ!
浮かんでしまった自分の妄想をかき消すように頭の上を手でパッパッとはらう。
マオをチラっと見る
いや、でも…私初めてだし…下手な男とするより、猫でもマオの方が良くない?いや、下手ってソッチの意味じゃなくてね。いや何考えてんだ私。でも、マオ可愛いし、身体さえ大きければマオが良い………ああぁあああーーーー!何考えてんの!ナニ考えてんだ!私ィィィイィ!!?
『ア、アリス…?どうしたの…?』
「ふ、ふふ……ごめん……ごめんね…マオ…汚れちまった……私…穢れて……ッ!?」
『!?…アリス!?』
途端にアリスの身体が光り出す
次の瞬間、アリスの姿は消えてしまった
残されたのは黒猫のマオのみ
『オイ……どういう事だ』
マオが可愛かった声から一変、冷たい声音へと変わる。
スッとマオの背後に男が現れる
モノクルを付け、髪をキチンと整えた魔術師風の男が書類のような物を見つつ答えた。
「どうも何も…指令をクリアしたんじゃないんですか?」
『はぁ!?まだ始まってもいなかったぞ!?』
溜め息を吐きつつ、ヤル気無さそうに答えたその男にマオが牙を見せて唸る
「………とりあえず…その格好から元に戻りませんか?魔王様」
『五月蝿い!云われなくともそうするわ!!』
ブワッとマオの周りを黒い霧が渦巻き、それが消えた後、そこには黒い艶やかな長髪に赤い眼、全身黒ずくめのマントを羽織った男が立っていた。
ーーーアリスに降りかかる全ての元凶《魔王》その人である
「一体何が起こった?アリスはまだ指令を遂行していなかったぞ?」
「んーしかし、指令こなさないと元の世界には帰れませんからね…あ、もう条件クリアしてたんじゃないですか?」
「………どういう意味だ」
「処女じゃなかったとか」
「!!馬鹿を云うな!あいつが生娘だと云う事は匂いで分かる!!」
「うわぁ…変態臭ッ」
「お前!仮にも主君に対してその云い方はどうかと思うぞ!?」
魔王がギャーギャーと部下らしき男に怒鳴る
部下がそんな魔王を冷静に軽ーくあしらっているので、どっちが上なのか分からない。
「とにかく!あいつが経験が無い事は分かっている!では戻った原因は何だ!」
「んーまぁ…身体が穢れていないのであれば、精神が穢れたんじゃないですか?」
「はぁ?精神?私は"純潔を喪え"と書いたぞ!?」
「"純潔"って『心と身体に汚れが無い事』らしいので、心と身体、どっちがとは指令には書いて無かったので心が穢れたからクリアしたのではないかと」
「……心が…?」
「あれですよ。何かヤラスィ〜〜想像とかしちゃったり何かしちゃったりしちゃったんじゃないんですかね?アリスさん」
「アリスが…イヤラシイ…想像……」
ポッと
魔王の頬が赤く染まる。
その様子を見て部下が溜め息を吐いた。
「遠回しな事してないで、早く告っちゃえば良いんじゃないですか?猫の姿で文字通り猫被って接してないで」
「そ、そんな事…で、出来る訳無いだろう……ッ!」
「ちょっとー魔王様、アンタ一体何歳なんですか…それこそアンタの方が童貞か!って話ですよ」
「違う!と云うより本当にお前の態度は毎度毎度不遜だな!!」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない!!解雇されたいのか!!」
「よ!魔王様!世界一!素敵ィ!抱いて!」
「あからさま!!てか、馬鹿にしてるな!馬鹿にしてるだろ!オイ!!」
部下と魔王の云い合いは続く
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250回目の異世界人召喚。
しかし、魔王は正直飽きていた。
「……今回は外れだな…特に何も良い所が無い………まぁしいて挙げるなら胸の大きさくらいか……」
召喚する異世界人はランダムで決まる。
当たりもあれば、外れもある
当たりは、見目麗しく頭脳明晰、運動神経抜群な完璧な者。
外れは、容姿は平凡か並以下、特に何も面白そうな所も特技も無い者。
前者は見ていてワクワクするような事をしてくれるのでちょっと難題を出してみたりして愉しむが
後者は見ていてイライラする程に鈍臭いので、適当に簡単なお題を出して還していた。
期間は一年だが、残念な者の期間は短くする事もあった。
「コイツで一年か…短くするか?」
はぁ…と溜め息を吐きながら、映像の映る水晶玉を軽くつつくと映像が消えた。
「……久々に街に降りてみるか…」
右手をサッと振ると、魔王の周りを黒い霧が包み、消えた時には魔王は猫の姿になっていた。
魔王の姿のまま、街に降りると云い寄って来る女が鬱陶しいからだ。
前はそれも一時の遊びと愉しんでいたが、香水と化粧のキツイ匂いのするケバケバしい女達には飽きてしまった。
純真な女や、慎ましい女も居たが、面白味が無くすぐ退屈になってしまった。
要は魔王はクズである
好き勝手遊んでいたが、最近になって「世継ぎを」「ご婚姻を」と望む言葉が多く、下手に女に手を出そうものなら、直ぐにその候補へと挙げられてしまう。
なので飽きたのと鬱陶しいのもあるが、女遊びは控えていた。
最近は猫の姿で街を散策するのがお気に入りだったりする
猫の目線で見る世界は魔王で見る時とは違うからだ。
しかし、その日はツイて無かった。
酔っ払いに捕まり、酒を飲まされた挙句、フラフラになって道を歩いている所を悪ガキにボール代わりに蹴られてしまった。
ーーく…!動物虐待だろ!!
元に戻ろうにも全身痛くて身体が動かせず、喉を蹴られたのか声も出なかった。
口に溜まった血をガハッと吐き出し、道端でぐったりしていると、女の集団が通った。
魔王に云い寄っていた女達だ。
「ヤダ!猫?死んでんの?気持ち悪ぅ」
「黒猫よ、縁起悪いったら」
「アンタ、片付けなさいよ!店の前にこんなのあったら辛気臭くてたまんないわ!」
「え…私…死体はちょっと……」
ーーー何なんだこの街は…鬼の住処か
自分だって魔王なのだが、小さな猫の姿で見る人間達は酷く醜く見えた。
勿論、そんな人間ばかりでは無いが、今日は本当にツイて無かった。
「ジョンに食わせちゃえば?」
「ええ〜?気持ち悪ぅ〜」
「アンタ!連れて来なさいよ!」
「え…でも…」
「云う事聞かないならメシ抜きよ!」
女の1人が嗤う
ジョンとは酒場の番犬だ
大人しげな女が戸惑いつつジョンを連れてくる
ジョンは猫の魔王に噛み付かんばかりに吠えた
ーーー死ぬのか?こんなマヌケな死に方で?魔王ともあろう者が、猫に化け、元に戻れず、犬に喰われて死ぬのか…?
朦朧とする意識の中でぼんやりとそんな事を考えていた時、不意に身体が柔らかく温かいモノに包まれた。
「あんたら!こんな小さな猫ちゃんに何するのよ!!」
1人の女が猫の魔王を抱き締めていた。
抱き締めている女が女達と云い合いをしている
しばらくすると女達は去って行った。
「大丈夫?すぐお医者様に連れてくからね?」
魔王は重い瞼をゆっくり上げ、抱いている女の顔を見た。
それはさっき水晶で覗いていた異世界人だった。
優しく魔王に微笑む
「大丈夫、大丈夫だから…きっと助かるからね…大丈夫、間に合うわ!」
それは魔王に云うような、自分自身に云い聞かせるような云い方だった。
服から出ている腕や手が魔王の血で汚れるのも構わず、大事なモノを抱くように優しく魔王を抱え、道行く人や店の人に治療出来る場所を尋ねる
その間も魔王に「大丈夫!頑張って!助かるから!」懸命に声をかけ続けていた。
魔王はその声を聞きながら目を閉じた。
目が醒めると温かいベッドの上だった。
身体には包帯が巻いてあった。
ベッドの端にはあの女が居た。
『アリス…だったか…』
猫の自分にベッドを譲り、本人は床に座り、頭だけをベッドの上に乗せて寝ていた。
多分、夜通し魔王の事を見守っていたのだろう。
魔王は魔王だ。
あれだけの怪我をしても放っておけば、自然に完治する
現に今、身体は全く痛くないし、傷も治っていた。
『放っておけば良いものを…』
だが、助かったのも事実だ
犬に喰われ、噛み砕かれ胃の中に入っていたらどうなっていたかは分からない。
自分を猫だと思っていたから助けたのだろう
だが、魔王だと知っていたら?
何となくだが、このアリスと云う女はそんな事に関係無く、誰でも助けてしまうのだろうと思った。
『一年…にしといてやるか…』
期間が短い方がアリスにとっては喜ばしい事なのだが、まさかこの時の事で魔王に気に入られてさらなる受難を受ける事になろうとは思っていなかっただろう
『さて…どう遊んでやるかな?』
意地悪な事を云いながら、アリスを見つめる猫の姿の魔王の眼は優しかった。
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ちょっとアリスを気に入って、ちょっかいかけてたつもりが
いつの間にか手放したくなる程に溺愛する事になるなど、魔王もそしてアリスも予想していなかった。
私は貧乳派です