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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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世界は広く、私達は自由だ

 


 ラステマ王国の元太子で、和睦の式典中に謀反を起こした逆賊アズベルト。

 彼は捕えられた牢獄で自らの過ちを認め、服毒して獄中死した。

 アズベルトの死は謀反の失敗による自害とされ、瞬く間に大陸中に広まったが、その後の戦争の危機と和睦の再締結という大きな変遷に、人々の記憶から徐々に薄れていった。


 そう世間では認識されていたが、事実は違った。


「カイン様」


 眠りから覚めてベッドの上で再び微睡んでいたところを、聞きなれない名で呼ばれる。

 『カイン』という名は王族の名を捨てたアズベルトに与えられた仮の名だった。


「サイラス近衛騎士団長にお伺いを立てましたら、庭までなら外に出てもいいとのことです。気分転換も兼ねて少し歩かれてはいかがでしょう」

「……」


 メイドがカーテンを開けていく。陽はすでに高く、毎日やる事も無く飽きてきたところだったので、カインは提案通り庭へ出ることにした。

 広大な庭を散策していると農園を見つけた。

 農園には瑞々しい野菜が収穫の時を待っていた。


「……」


 城の野菜より葉も大きく色つやもいい。実際に触って生育の状態を調べ、土をひとつまみしてみる。ざらりと重く湿気を含んだ土に興味を惹かれた。


「おや? 珍しいお客様ですね」


 農園から顔を出し声をかけて来たのは、過去に王城で庭師をしていた壮年の男だった。


「……土づくりがしっかりしているな」


 思わず興味を引かれて話しかけてしまった。


「野菜を育てるのに大事なのは土ですからね」


 自分から話しを広げておきながら視線をそらして足早に去ろうとする。カインはエーデラルの使用人達と接する機会を避けていた。


「よかったら交配もご覧になりますか? ちょうど向こうでは冬に向けて品種改良された苗が育っているんです」


 カインの足が止まる。


「冬は収穫率も下がりますが屋敷自慢の保管庫では葉物が一月も新鮮に保てるのですよ。種類によっては半年もつ物もあります」

「半年だと?」


 堪らずに振り返ったカイン。さすがに無理だろうと意固地になって見に行くことにした。その後にしっかり交配の苗も見学した。


「カイン様こちらにいらしたんですか? いいですね外! 昼食はこちらに運びますね!」


「カイン様はどこだ? この間のチェスの続きをしようと思ったのに……」


 意図的に避けてもここの使用人達はカインにやたらと構い、放っておいてはくれなかった。

 結局外で昼食を取り、そのまま畑仕事を手伝うことになった。



 アズベルトもといカインは、極秘にラステマ城からエーデラル領の先代国王の屋敷で身柄を拘束されていた。

 牢獄に入れられた日、深夜に近衛騎士団長サイラスとウィルロア付きの護衛騎士が訪ねてきた。

 二人はアズベルトと背格好の似た死刑囚を用意し、入れ替えて極秘に王城から連れ出した。

 後日その死刑囚が毒殺されたと聞いた。

 おそらく反対派組織の仕業だろう。あの場に残っていたら確実にアズベルトは死んでいた。

 アズベルトはデルタの国境に近いエーデラル領の屋敷で軟禁された。

 エーデラルはアズベルトの祖父である先王が隠匿生活に選んだ場所で、亡くなった後は弟のウィルロアが受け継いだ土地だった。

 つまりアズベルトがここエーデラルで過ごしているのは、ウィルロアの計らいがあったからだった。

 エーデラルへ到着した時は驚いた。

 使用人の殆どが見知った顔で、かつて自分が無能の烙印を押して王城から追放した者達だったのだから。



「珍しい組み合わせですね。ご一緒しても?」

「……」

「その恰好じゃ無理でしょうハリスさん」

「では見学しています」


 エーデラルの住人で一際驚いたのがこの男だった。

 過去にカインの侍従だったハリス。解任した後のことを気にも留めなかったが、まさかウィルロアが拾っていたとはこの時まで知らなかった。


『こんな形で再会することになり残念です……』


 再開の時にハリスが心の底から悲しんでいるのが伝わり、カインは居心地が悪くて顔を逸らした。

 大罪人のカインだが、拘束されることもなく屋敷内なら自由に歩き回ることが許されていた。

 とはいっても来た当初は何もすることがなく、ほとんどの時間を与えられた部屋で過ごしていた。

 生まれて初めて無気力に時間だけが過ぎていくという経験をした。

 しかしロッシと農園で会ってからは、カインは毎日早起きして農園に通った。

 初めは戸惑っていた肥料作りも今ではそつなくこなせるようになった。

 こんな風に穏やかな気持ちで毎日を過ごしたのは生まれて初めての経験だった。


「時間とは、こうもゆっくりと流れてゆくものなのだな」

「そうですね」


 農園で汗を流すカインにハリスが穏やかな笑みを浮かべて同意する。

 太陽が眩しく温かいのも、頬に当たる風が冷たく心地よいのも、鳥の鳴き声に心洗われるのも。知らずにこれまでを過ごしてきた。いいや、知ろうともしていなかった。


「ここは今際の際にぴったりの場所だな……」

「……」


 穏やかな時を過ごしながら、カインは自分の死期が近いことを知っていた。

 本来なら即刻首をはねられてもおかしくない状況で、こうして生きながらえているのは黒幕である周辺諸国を断罪するためだろう。

 周辺諸国はアズベルトの暗殺に成功したと勘違いし、油断している。あとはウィルロアとキリクがうまくやるに違いない。

 これで犯した罪が軽くなるわけではない。

 この騒動が落ち着いたなら、カインはけじめをつけてその生涯に幕を閉じるつもりだ。

 ウィルロアが刺客を送り込んだなら素直に殺されてやるし、再び王城に戻されて逆賊としてつるし首にされるなら受け入れよう。

 万が一に恩赦で命が長らえたとしても、生き恥を晒すくらいなら自ら命を絶つつもりだ。

 カインには、すでに生きる意志がなかった。

 だから最期を迎える前に、エーデラルで過ごさせてくれたウィルロアには心から感謝していた。



 それから数日が経ち、ラステマとデルタの戦争は回避され、新たに国王となるウィルロアとキリクによって、再び和睦が結ばれるという知らせが大陸中に広がった。


 両国の戦争が回避された後、エーデラルに一台の馬車が到着した。

 ウィルロアの伝令が訪れたと知らせを受けた。


「ようやく来たか……」


 カインは覚悟を持って犯した罪の沙汰を受けるつもりだった。しかし玄関ホールに立っていたのは、予想だにしない人物だった。


「この目に見るまで信じられなかったが本当に生きているとは……。ウィルこそ身内に甘いと思わないかい?」


 デルタの新国王となるキリクのお忍びの訪問に、カインは言葉を失う。しかも護衛や侍従を連れず外に待機させていた。

 ハリスがキリクを応接間に通し、人払いをして二人きりになった。


「大陸会議の帰りでね。ウィルには色々と世話になったからお節介に君への処罰の伝令役に名乗り出たんだ。君の存在はなるべく伏せられた方がいいからね」

「……覚悟は出来ている。余計な口添えはしてくれるな」

「誰も他国の法に口を出そうなんてしないさ。ウィルからもしっかりと『アズベルトには死んでもらう』と聞いている。あれだけのことをしておいてお咎めなしなんて大陸中が許さないだろう」

「……分かっている」


 キリクが立ち上がり腰にかけた剣を抜いた。


「……」


 どうやらここでカインの処刑が執り行われるらしい。

 死を前に取り乱すこともなく、冷静に受け入れていた。

 キリクは剣を大きく振りかぶり、カインの首めがけて振り落とした。


「……今ここで、ラステマ王国第一王子アズベルトが国家を仇名した逆賊として死んだことを確認した」

「……?」


 キリクの剣はカインの首すれすれで止まっていた。わけが分からずゆっくりと顔を上げる。


「ウィルロアからの言伝だ。『生きて、生涯償い続けろ』と――」


 ウィルロアがキリクを通して提示したのは、『第一王子アズベルトの死』だった。

 王籍を剥奪され、名前を捨て、二度とラステマの地を踏まず一年同じところに留まってはならない。そしてその身に流れる血を残すことを固く禁じた。

 それがウィルロアが課したカインヘの罰だった。

 カインが危惧した命を長らえるという万が一にもありえない処罰が下されてしまった瞬間だった。


「ラステマに関わる一切を禁じ、万が一この地に再び足を踏み入れたなら命はないと思った方がいい。まあ、君の場合わざと殺されに来そうだが……」

「……」


 本来ならば平伏して処罰を受け入れなければならないのだが、拳を握ったまま頷くことができなかった。


「今にも自害する勢いだな」

「……」

「少し、昔話をしてあげよう」


 するとキリクはデルタへ渡ったウィルロアの幼少期の話を持ち出した。

 デルタで冷遇されていた日々。孤独に耐え、自身がカトリの婚約者ではないと知って尚、和睦のために心を砕いていたウィルロア。


「前にデルタに来た日の話をしたな。歓迎会の席で、並べられた料理の前でウィルはポロポロと涙を溢した」

「……」

「父が何故泣くのかと聞いてもウィルは頑なに答えなかったし、きっと寂しくなって泣いたのだと、その時は疑わなかった。……でも違った。ウィルは寂しくて泣いたわけでも、運命を嘆いて泣いたわけでもなかった。新鮮で豊かな食事を国民に食べさせてあげたいと、デルタでの当たり前に羨望して涙したのだ」

「……」


 キリクもまた、カトリを迎えに同行した時に同じ経験をしたという。

 王城に着くまでの間にラステマという国を初めて見た。発展した産業国を前にして、デルタがいかに後れを取っているか、ラステマの技術があればもっと民の暮らしが楽になったのではないかと思った。


「私は王族として民に苦しい暮らしを強いていた事実に恥ずかしさと情けなさで泣きそうになった。そしてあの時のウィルを思い出した。あいつもきっと、自国の民に豊かな食事を取らせてやりたいと、願い涙したのだろう」


 乾いた土地では作物は育たず、新鮮な野菜はラステマに着くころには痛んでいるので干した野菜がほとんどだ。

 何故隣り合う国同士、仲良くできなかったのだろう。


「ウィルはいつだって民に寄り添い心を砕いてきた。最後くらいウィルの願いを聞き入れてやったらどうだ」

「……」

「デルタで過ごした頃、ウィルはよく君の話をしてくれた。いつも瞳を輝かせて、慕っているのが見て分かった」

「……」

「少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、生きてはくれないか。兄として、弟の想いに答えてやって欲しい」


 カインはその場で返事をすることは出来なかった。それでも、膝の上に落ちた雫が答えとなった。

 キリクは剣を収め、カインに今後の身の振り方が書かれた手紙を置いて、その日の内にエーデラルを発った。



 それから数日が経ち、父である国王が回復してウィルロアに王位を譲ると国民に向けて発表された。

 新国王となるウィルロアの戴冠式を前に、カインは旅立つ決意を固めた。


 キリクが置いていった一式には、カインの身分証とデルタが懇意にしている商会の後ろ盾を得られる札が用意されていた。これさえあれば、暫くは金に困る事は無いだろう。

 エーデラルの使用人達も戴冠式に招待された。身を踊らせながら準備をする使用人達を横目に、キリクも密かに旅立の準備を進めた。


 戴冠式に出発する日の朝、カインは誰よりも早起きをして旅装に身を包み、馬を引いて荷物を括りつけていた。

 慣れない作業には時間を要し苛立ちが募る。


「本っ当に、あいつはっ、あま過ぎる」


 荷造りをしながらブツブツとウィルロアの文句を言う。

 プライドを捨てきれず遺恨を残していたなら、生きながらえることに苦痛を感じただろう。

 しかし凝り固まった憎しみはいつの間にか洗い流されなくなっていた。


「人一人傷つけるのも怖がるような臆病な男に王が務まるのか?」


 初めてウィルロアを王として認める言葉が出たが、それにすら不快感はなかった。むしろ心配の方が大きい。


「まぁ、昔から人望はあったからな」


 ウィルロアには足りない部分もあるが、それを補う臣下がいる。

 この国はウィルロアがいれば大丈夫だ。


「あいつならやれる。俺の弟なんだから……」


 最後の荷物を括りつけ、カインはゆっくりとラステマ城のある方角に身体を向けた。

 今頃は戴冠式の準備に追われて弱音を吐いていることだろう。

 最後に深く、深く頭を下げて踵を返した。


「……北の方にでも行ってみるか」

「北へ行くのにそんな軽装ではだめですよ」

「!?」


 振り返ると屋敷の方からハリスが大きな荷物を持ってやって来た。


「……お前、その恰好はなんだ」


 ハリスの格好はいつもの小奇麗なタキシードではなく、旅装に身を纏っていた。


「お前、まさか――」

「監視とでも思ってください」


 本当に監視ならそんな曖昧な言い方はしない。自らの意思で付いて来る気なのだ。


「だめだ。エーデラルに戻れ。私はもう何者でもない、義理を果たす必要はないのだ」

「知っています。ですが私が忠誠を誓ったのは国でも王家でも王太子でもない。あなたなのです」

「ーー私はお前を捨てたのだ! 忠誠ならウィルロアにしろ!」

「そうですね。あなたに侍従を解任され、長子のくせに家督も継げず、行き場を失った私を拾ってくださったのはウィルロア様でした。しかし私は最初から伝えていたのですよ。どんなに恩を感じても、生涯お仕えしこの身を捧げる相手はただ一人ですと――」


 言いたい事は山ほどあるのに喉につかえて言葉が出なかった。


「ウィルロア様は全てわかった上で私を受け入れて下さいました。そして再びあなたと供に行く私の我が儘を、許してくださいました」

「あのお人好しの大馬鹿者めっ!」

「カイン様、その発言は不敬に当たりますので気を付けてください」


 新たな名で窘められる。


「温室育ちのカイン様一人ではすぐに野垂れ死にますよ。なんですかその恰好は。旅を舐めすぎです」

「お前、態度が違い過ぎやしないか!?」

「当たり前でしょう、もう王族でもないんですから。さあ北に行くなら荷づくりをやり直しますよ。まさか皆に挨拶もせずに行くわけじゃあないですよね?」

「う……」

「全く、礼儀すらなっていないとは……。子供の頃からのやり直しですね」

「くっ……! カンタールの忠誠は執着に近いものがあるな!」


 何がおもしろいのかハリスは声を立てて笑った。


「……ふん」


 カインは諦めたように慣れない手つきで荷物の紐を解き、ハリスの見様見真似でやり直した。


「大丈夫です。見たことない物、食べたことない物、したことのないことを、二人で経験して行きましょう。世界は広く私達は自由で、それはきっと素晴らしく、明るい未来となるでしょう」


 広大な土地を前に大空を見上げた。

 空には自由を謳歌して飛ぶ鳥がカイン達の旅路を祝福するかのように鳴いていた。 


「……」


 世界は広く、私達は自由、か。

 その言葉の通り、この広い世界で自分の存在がやけにちっぽけに思えて、だがそれが不快ではなく心地よかった。

 もう、頭痛に悩まされることは無いだろう。

 気持ちのいい風に背中を押されながら、カインは新たな人生を歩み出したのであった。



いつもありがとうございます。

あと2話で完結です( ° ω ° ; )ドキドキ

5月中に終わるかな?と思ったら6月になってしまいました( ´∀`υ)

最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

次話更新は月曜日となります。

よろしくお願いします。

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