いざ王城へ
「なーに考えてんですか!」
「『目立たず王城を目指そう(キリッ)』ーーって言った側から目立ってますけど!?」
数分前に路地で起こった騒動の近く。息を潜めて足早に移動する三人組の姿があった。
侍従の格好をした体格の良い男二人は、ラステマの王立騎士団に所属するロイとサックス。もう一人は仕立ての良い喪服を纏ったラステマ国の第二王子ウィルロアだ。
なんで俺だけ女装……。
仕立て屋が嬉々としてドレスを持って来た時は絞め殺してやろうかと思った。
仕立て屋曰く、喪服なら違和感なくベールで顔も隠せて一石二鳥だという。
そのせいでカトリの前だというのに女装で助ける羽目になった。颯爽と現れてかっこつけたかったのに女装のせいで台無しーー。
「台無しですよ正体バレたら!」
「ファナ達のお陰でデルタ兵が減ってる今がチャンスなんですからね!」
「目立つ行動は控えてください!」
「……」
護衛に叱られるしクソ貴族がカトリに群がってるし勝手に触るしパンプスは歩きにくいし。
「まぁ気持ちは分かりますけど」
「駄目なもんは駄目です」
「……チッ」
「「!?」」
ロイとサックスは互いに見合った。
「……ん?」
「いや。お前じゃないの?」
「いいや……」
「……」
「……」
三人の路地を走る足音だけが響いていた。
「まぁ、いいか。とにかく目立たず急ぎましょう!」
「……うん。勝手な行動とってごめんね」
女装したウィルロアがこくんと頷き、唇を尖らせて不貞腐れたように謝る。それを見たサックスが頬を赤らめた。
「ゴホン、マイルズに殿下の女装がバレたら大目玉ですねー」
「間違っても変な気起こすなよ」
「お前っ殿下の前でそういうこと言うなよ不敬にもほどがある!」
元々華奢で中性的な体つきのウィルロアは女装をしても全く違和感がなかった。
文句を言いつつ、あの仕立て屋の判断は正しかったと言わざるを得ない。警戒中の中で男三人が歩いていたら真っ先に呼び止められるだろう。その点女装のお陰でお嬢様と付き人の一行に見えた。不本意だが。
「……尾けられてるな」
「え!?」
軽口を叩いていたロイが人差し指を立てる。瞬時にサックスも顔つきが変わり、ウィルロアにも緊張が走った。
「追っ手かもしれません」
「わ、私が目立つ行動を取ったから」
「想定内なので大丈夫です」
「追いつかれますね。ここで応戦します!」
「!」
三人は人気のない脇道に入り振り返った。
追って来たのは聖職者とデルタ軍の兵士だった。意外な組み合わせに首を傾げる。
「軍人と聖職者の方が何の用ですか?」
二人は鞘に手をかけ、ウィルロアを隠すように前に出た。
「王女様が助けていただいたお礼がしたいと申しております」
「……先を急ぐのでお気持ちだけで結構です、と主が言ってます」
「それでは我々が叱られてしまいます。せめてどこのご令嬢かお名前を聞いても?」
「お忍びで外出をしておりますのでご勘弁ください」
サックスが軍人たちとやり取りをしている間、ロイが小声でウィルロアに訊ねた。
「教会は軍と親密な関係ですか?」
「いや、私を捕らえる触れがあったとしても教会は政治と分断した独立の機関で軍との関係も良好とは言えない。率先して追ってくるのはおかしい」
軍人と聖職者、見れば見る程異質な組合せだった。
「名乗らないとは益々怪しいですね。なにかやましい事でもあるのですか? 例えば、お尋ね者のラステマ人とか――」
「そちらこそ執着し過ぎでは? 本当にデルタの軍人と聖職者なんですかね。例えばその体、聖職者の筋肉のつき方じゃあないですよね」
「……」
「それを言うならお前達も下男の体つきじゃあ、ないよな!」
軍人と聖職者が一気に間合いを詰め、隠し持っていた剣を突き出した。ロイとサックスは即座に反応しいなす。
「下がっていてください!」
二人が敵の相手をしている間にウィルロアは後方を確認して後退った。
しかし刺客は二人だけではなかった。思いもよらない方向から矢が降ってきて、紙一重でウィルロアのベールを掠めた。
「殿下!」
土壁に刺さる矢じりを見て飛んできた方向を見上げる。民家の屋根の上に覆面をした男が第二の矢を放つ構えをしているところだった。
狭い路地では隠れる場所もない。それでも逃げなければ確実に当たってしまう。
ロイが聖職者の男を一刀両断し、瞬時に小刀を屋根の上の男に向かって放った。
小刀は命中し男の眉間に突き刺さった。しかし、矢は男の手から既に解き放たれた後だった。
無情にも矢はウィルロアめがけて真っ直ぐに飛んできた。
軌道は体の真ん中に。どんなに体をひねっても当たってしまうと覚悟を決めたその時、外部の力が加わって体が宙に浮いた。
「っつ!」
勢いよく投げつけられて地面に肘を打ってしまう。吹き飛ばされるのは今日これで二度目だ。全身に痛みが走るが矢の脅威からは逃れられた。
「殿下!」
顔を上げるとロイとサックスが心配そうに叫ぶ。聖職者と軍人は既に地面で還らぬ人となっていた。
「私は大丈――後ろ!」
「!」
駆け寄ろうとした二人の背後から、新たな刺客が襲ってきた。数にして十数人。ロイとサックスは再び剣を構えた。
「立てるか?」
「!」
先程ウィルロアを窮地から救ってくれた恩人を振り仰ぐ。
まさか、この男が助けに来てくれるとは思ってもみなかった。
体格のいい男は、小麦色の肌に心配そうな顔を浮かべて手を差し出した。
「ーーゼン!」
「おう。追手が多い。馬に乗るぞ」
ゼンはウィルロアを前に乗せ、自らも馬に跨って手綱を引いた。
「護衛二人よ! 私は君達主の友だ! 目的地に運ぶ手助けをするので足止めを頼む!」
「!?」
「私のことは心配せず生き延び――」
「口閉じとけ舌噛むぞ」
嘶きと共にずり落ちそうになり馬に縋る。ロイとサックスは敵の相手をしながら託してもいいものか迷っていた。ウィルロアが大きく頷いたのを見て、「すぐ追いかけます!」と叫んで再び前を向いた。
ゼンに助けられたのは山小屋の時と合わせて二度目だ。しかしその話をする暇はなかった。
再会を果たしたゼンは、慣れた手つきで馬を走らせながらウィルロアに端的に説明した。
「あれは王弟の差し金だ」
王弟? 確かキリクの政敵だった男だ。
「軍より先にお前を捕まえて自身の仲間に引き入れる算段だった。だがあの様子じゃ計画を変更したな。お前を殺して両国に引き戻せないところまで亀裂を入れるつもりなんだろう」
王弟はウィルロアを利用して戦争を引き起こすのが目的だった。
「軍を動かしたのは王の意向だと考えているだろう? だからキリク殿下に直訴して事を収めようとしている」
ウィルロアは前を向いたまま頷く。
「残念だが対ラステマの陣頭指揮はキリク殿下が執っていた。つまり戦争も辞さない構えでラステマとお前を追い込む計画に、キリク殿下自身が賛同したということだ」
道の交差点でキリクは馬を止めた。
「それを知って尚、キリク殿下との交渉を続けるか? 戦争回避が目的ならここで道を変えて教皇庁の支部に送り届けてやってもいいんだぞ」
中立自治区の教皇庁に駆け込めば、身柄の安全は確保されるだろう。仲介を頼めば戦争回避の可能性だってある。しかしラステマは損害賠償で大きな損失を被るだろう。それだけではないーー。
ウィルロアは首を横に振った。
「戦争回避だけが目的じゃない。俺が無謀で諦めの悪い男だって知っているだろう?」
「和睦の道を諦めていないのか?」
「ああ。戦争はしない。賠償もしない。和睦も諦めない。カトリと絶対に結婚する!」
「それも諦めてないのかよ……」
「俺に考えがある。絶対にうまくいくはずだ」
「……」
背後のゼンは数秒黙った後、吐き出す息に乗せて小気味よく笑った。
「じゃあ王城か」
「ああ。王城まで頼む!」
馬の頭の向きを変え、腹を蹴った。
「口閉じてろ舌噛むぞ!」
さっきよりもスピードを上げて王都の街を駆け抜けた。
「さっきの続きだが、キリク殿下はお前と会う気は無い様だ。いいか、王弟とデルタ軍、どちらに見つかっても目的は達成できない。だからなにがなんでもキリク殿下の元に辿り着かなきゃならない」
乗馬に慣れているゼンは、馬のリズムに合わせて話した。ウィルロアは素直に口を開かず頷く。
ほどなくして二人は、王城への隠し通路の入り口がある軍の施設に到着した。
ここに辿り着く前、ゼンは先に城門の前を通った。門番が一人一人顔を確認していたので諦めたのだった。
「軍服を着てくればよかったな……」
背後で呟いたゼンの格好は貴族の令息のような高価な服だ。
なんとなく、ただの平民ではないとは思っていたが、身なりから推測すると高位貴族のようだ。
「女装がしっくりしても顔を見られたらアウトだ」
「しっくり言わないで……」
「隠し通路から侵入した方がマシだな」
「ああ」
ウィルロアも頷く。
ただし、隠し通路の入り口には建物の二階からの監視の目が光っていた。ゼンが注意を引く役割を果たすなら、王城の庭からキリクの所まで単身で向かわねばならない。
「元々一人でも行くつもりだった。だからここまでで大丈夫だ」
「わかった」
「ゼン、もう一つ頼みがある。私の身になにかあったら護衛を保護してやってくれないか? 安全にラステマに帰してやって欲しい」
「……わかった」
ゼンとウィルロアは壁を上り、監視の死角になる入り口近くの大木に身を潜めた。
「今から五分後に監視の目を引く。その隙に急いで潜り込むんだ」
ウィルロアが頷くとゼンは颯爽と建物の中に入っていった。
待つ間にウィルロアは懐かしいデルタ城を見上げる。
正門をくぐって観衆が花吹雪で出迎える中を、馬車で手を振りながら笑顔で戻ってくるとばかり思っていた。まさか隠し通路から誰にも望まれず土まみれで戻ってくるなど誰が想像しただろう。
「ウィルロア王子が王都に現れたらしい」
自分の名前にどきりとした。建物の空いた窓から軍人達の会話が聞こえた。
「ラステマ人の女の子と勘違いしたらしいぞ。応援は要らないと聞いた」
「そうなのか?」
「隊長が引っ張られていったことと関係があるのかな」
「分らん。昼には商人が殺された事件があったし、今さっきも怪しい二人組が暴れていると三隊が応援に呼ばれて向かったところだ」
「なんだか今日は騒がしいな」
ドキドキと鼓動が早まる。思ったよりも情報が早く伝わっている。早くキリクの元へ向かわないと。ここで捕るわけにはいかない。
「………………五分!」
顔を上げると時間ぴったりに監視がその場から移動をした。
今だ!
ウィルロアは上体を低くして急いで抜け穴に向かった。
女性物のドレスは動きづらいしヒールの靴だと屈んで歩くのに足が痛い。靴を脱いで素足で駆ける。
もう少し、もう少しで着くはず――。
それなのに陽の光は一向に差さず真っ暗なままだ。おかしい。
「! そんな――」
ウィルロアは目の前の光景に愕然とした。
葉で覆われて隠されていた出口は、大岩で蓋をされ、僅かな隙間も木の板のようなもので塞がれていた。
「これじゃ城に辿り着けない!」
どうする? 戻るか? 戻ったところで騒ぎを聞きつけたデルタ軍はもっと警戒を強めるだろう。
「くそっ!」
無謀にも板を拳で叩くという暴挙に出る。せめてこの板さえ外れれば、華奢なウィルロアの体一つなら通れるはずだ。
「誰だよこんなぶっとい板打ち付けたのは! ふざけんな!」
怒りを込めて一際大きく板を叩くと、『ボキッ』という音がして光が通路に差し込んだ。
折れた音はウィルロアの骨ではなく、太い板が粉砕された音だった。
まさか自分にこんな秘めた怪力があったとは――と思っていたら違った。
「おー? その声は、ウィルロア王子ですかー?」
「ガジルさん!?」
掠れた老人の声は、ここで長く庭師として隠し通路を守って来たガジルだった。
僅かに開いた隙間から窪んだ眼が覗き込む。
「んあ? 王子かと思ったらお嬢さんじゃあねえか」
「いやウィルロアです! この格好には訳があって」
「分ってますよ。冗談ですわははは」
「あの、僕、急いでいて」
「いーま出してやりますから。ちょいと避けててください」
ウィルロアが後退りした直後、再び板が大きな音を立てて真っ二つに割れた。
板を貫通して目の前に現れた斧に戦慄する。
オイオイ、タイミング悪ければ俺の手も真っ二つになってたじゃねーか!
「いよーしこれで出れますよ。岩は重くて動かせん」
ウィルロアは体をねじ込むようにして隠し通路から脱出した。
「軍の奴らが岩で塞いじまったんです。聞き覚えのある声がしたんで、斧持って来ててよかったです」
「ありがとうガジルさん。だけど、こんなことして大丈夫? 私が言うのもなんだけど」
ガジルは地面を指差し、新しい板と釘も用意してあるのを教えた。
「証拠隠滅。昔からうまく尻ぬぐいしてたでしょう?」
「はは」
ウィルロアはガジルにお礼を言って、急いで庭を後にした。
外回廊から城内に入り、人目を避けてキリクの部屋を目指す。途中何度か政務官に出くわしたが、堂々とした足取りで横を通り過ぎれば怪しまれずに済んだ。
しかし前方から王城警護の軍人が向かってくると、ウィルロアも緊張が隠せなかった。
僅かな動揺が軍人の視線を誘ってしまう。
「……待て」
すれ違いざまに呼び止められる。ウィルロアは微動だにせず両足に力がこもった。
「そこの方、ベールを外してくれませんか?」
「……」
「? 失礼。お顔を拝見します」
「――っ」
ベールを剥ぎ取られないよう両手で抑えたが、それよりも早く軍人の手が届いてしまった。
ヤバイ! 外れるー!
「どうかしましたか?」
人気のない廊下に響く女性の声に、軍人は慌てて振り返った。その隙にベールをしっかりと被り直す。
「オリガ妃殿下にご挨拶申し上げます!」
「!?」
キリクの妻で王太子妃オリガが、侍女を連れてこちらにゆっくりと歩いてきた。
見ればお腹がふっくらと丸みを帯びていて、懐妊しているのが分かる。
「怪しい者を見かけたもので声をかけておりました」
オリガが後方で俯いているウィルロアに視線を向けた。
「……どこが怪しいのでしょうか?」
「服が泥だらけでしたので。ベールを被っていたのでどこのお方か確認を取らせていただきました」
耳の奥で速まる鼓動。
オリガはキリクの妻で王太子妃だ。数分前なら彼女に助力を願い、夫の元へと案内してもらっただろう。
しかしキリクがラステマへの行軍の指揮者だったと聞いた今、彼女もまた頼れる相手ではなく警戒対象となってしまった。ウィルロアを捕らえようと動く可能性がある。
「その者は我が家の使用人です」
するとオリガの斜め後ろに立っていたシシリが、ウィルロアを自分の侍女だと答えた。
つい先日彼女の父親である伯爵が亡くなったのは皆が知るところ。シシリも黒いドレスを身に纏い、レースのモーニングベールを被っていた。
シシリは本当に侍女と勘違いしているのだろうか。それとも困っている女を助けようと? いや、ウィルロアが女装していると気づいているのか?
ウィルロアは俯いたまま戸惑いを隠せない。だからといってこの場で動く手立てもなく、成り行きを見守るしかなかった。
「その者には私の猫が逃げ出したので探すよう頼んだの。それで服を汚してしまったのね」
オリガもシシリを肯定し、更にその場を取り繕うために話まで合わせてくれた。
「そ、そうでしたか」
「猫は自分で戻ってきたわ。さぁ着替えに戻りましょう」
オリガがウィルロアの肩に手を添える。その手が女性相手にしては力強く、そこで彼女がウィルロアと知って助け船を出してくれたのだと確信した。
軍人に有無を言わさずオリガとシシリはウィルロアをその場から救い出してくれた。
「……オリガ妃」
「もう少しお待ちを。ここを通り過ぎるまでお静かに」
行政官や警護の軍人はオリガを見ると頭を垂れて道を空けた。その前をウィルロアは堂々と通り過ぎていく。
オリガとシシリの様子で、彼女達もウィルロアとの接触を公に出来ない理由があると察した。
「陛下とキリク様はウィルロア様を見つけ次第ラステマに送り返すつもりです。理由は言えませんがラステマと対話するつもりはありません」
オリガの含みのある説明に、後方のシシリは苦しそうな顔を浮かべて俯いた。ウィルロアは顔を上げて答える。
「……私はあります。そしてキリクを説得してみせます」
オリガ妃と目が合うと、彼女は目を大きく開いて驚いた顔をした後、破顔した。
「うふふふ、なんてお美しいのかしら」
「……え!?」
「嫉妬してしまうわぁ。ねぇシシリ」
「は、はい」
「あの、オリガ妃?」
扇子の向こうでコロコロと笑うオリガの真意を図りかねて戸惑う。
オリガが扇子を閉じて向きを変えた。視線は向けずに背後のウィルロアに声をかけた。
「時間がないのでしょう? 行ってください」
立場があるというのに、それでもウィルロアの危機に手を差し延べてくれたオリガに感謝する。
「助かります……」
お互い確信を持つ言葉は使わなかった。敢えて何も聞かずその場を離れようとする。
「ウィルロア様」
その歩みをシシリが呼び止めた。
「私がこんな事を言っても信じてもらえないかもしれませんが……」
なぜそんなことを言うのかと首を傾げる。
「諦めないでください。カトリ様とのこと」
「! 勿論です! 絶対に結婚してみせます!」
胸に拳を当てて即答すると、シシリは驚いた顔をした後に破顔した。
「ふふ……お二人のこと、応援しております」
「ありがとう!」
シシリの優しい笑顔を見て、ウィルロアの緊張は解れて王太子妃の輪からこっそりと抜け出した。
オリガのお陰で一番の難関だった皇宮への入り口は突破した。オリガ達は自室へと戻っていったが、ウィルロアはここからキリクの私室へと向かう。
シシリがオリガの侍女になって皇宮へ出入りしていたお陰で、喪服でも伯爵家の関係者と思われた。
女装のお陰でメイド達からも怪しまれず、ベールで顔も隠せて仕立て屋には感謝しかない。
本当に、ここまでたくさんの人に助けられた。
きっと一人ではたどり着けなかっただろう。
「私は本当に、人に恵まれているな」
キリクの部屋のドアノブを握る。
中にキリクはいるだろうか。不在でもここで待っていれば戻ってくるだろう。
緊張した面持ちで最後の扉を開けた。
「やはり来ましたか」
扉を開けると、そこにはキリクの侍従であるリジンが待ち構えていた。
「殿下に会いに来たのでしょうが、残念でしたね。ここに殿下はおりません」
「ーーっ」
「あり得ないと思いながらも万が一に備えて策を講じておりました。あなたが訪ねても会うつもりはないと、殿下はここに兵を配置し私室を移動されていたのです」
「そんな……」
「ウィルロア王子をお連れしろ」
「はっ!」
繋ぎ扉からデルタ兵が現れ、ウィルロアの両隣に立つ。リジンが扉を開けて外に出るよう手をかざした。
「では行きましょう」
ウィルロアはがっくりと肩を落とし、リジンに連れられてキリクの部屋を後にした。




