手がかり
王都の街を、劇団員の少女達が駆けていた。
「お兄さんたちどこだろうね」
少女達は、検問を通るために雇った傭兵の男を探していた。
検問を通った後、気付いたら姿を消していて報奨金を渡しそびれてしまったのだ。
「あっちの方騒がしいね」
「なんだろう」
群衆に混じって覗いてみると、倒れている男の足が二つ見えた。
「なんだった?」
「待ってよく見えな――」
「やめとけ。見るもんじゃない」
少女の目がごつごつとした大きな手で隠される。
「あ、お兄さんたち!」
傭兵の男達は、少女達を連れて群衆から離れた。
直後にデルタ軍の兵士三人が「見世物じゃない!」と叫んで群衆を追い払っていた。
「お兄さんたち探しましたよ」
「何故俺達を探していた?」
「お金まだ渡してなかったでしょう」
「受け取らずにどこかに行っちゃうから」
「ああ……、そうか」
「?」
「一先ず私達の宿場に来てください」
少女達の誘いに二人は顔を見合わせて頷いた。
***
ロイとサックスは劇団員達の宿場に着いた。宿場と言っても一階は酒場になっていて、隣が劇場で繋がっていた。
入り口に立つ用心棒のような男達に上から下へ覗き込まれる。
少女達が中に入っていき、二人は入り口で待たされた。
騒がしく華やかだった女性達は、着替えを済ませて身動きのとりやすい地味な格好をしており、先程までの騒がしい雰囲気は一切なく緊張感が漂っていた。
「なんだ、さっきの傭兵さんかい。驚かせるんじゃあ――」
二階から降りてきた女たちの間をすり抜けて、二人は一気に二階まで駆け上がった。
「なんだいあんた達!」
ロイが野生の勘を発揮して部屋を蹴破る。そこに主の姿はなかったが、劇団員の中でもリーダー格の女に素早く駆け寄ると、喉元に短剣を突きつけた。
「全員動くな!」
「団長!!」
「……」
「質問に答えてくれさえすればすぐにでも開放する。抵抗するなら……斬る」
追いかけて来た団員や用心棒に向かって言い放った。
驚くか悲鳴を上げるかと思えば、団長含めて周囲は息を呑んだだけで至極冷静だった。まるで命を狙われても仕方がない、何か思い当たる節でもあるかのように。
「荷馬車から人を降ろしたな」
「何の話だい」
「知っていることを全部話せ」
「何も知らないよ」
「お前達が馬車から連れ去ったのは分かっているんだ」
「会わせてくれたら剣を退く。手荒な真似はしたくない」
「……あんた達、何者だい?」
緊迫した部屋の中で、突如「あ」という幼い声が響いた。
「もしかして、ラステマの近衛騎士団の方……?」
「!」
金髪碧眼の色白の少女は、見るからにラステマ人だった。
「なんだい。逃げてる護衛二人って、あんた達のことだったのかい」
「それなら私達は味方だよ!」
「王子を荷馬車から助け出したんだからさ!」
「団長を離しな!」
ロイとサックスは顔を合わせ、団長から剣を下ろして後退りした。
「誤解があったようだ。すまない」
「いいんだよ。お互い知らなかったんだ。謝るのはこっちも同じさ」
「どういうことだ?」
「殿下は今どこにいる!?」
サックスの質問に、今度は団員達が気まずそうに顔を合わせた。
「さっき、裏口から出て行ってもらったのさ」
詳しい事情を聞く前にロイが駆け足で部屋を出て行った。サックスも追いかけたが足を止めて振り返る。
「殿下を助けてくれたことは感謝する」
「あの商人が兵士に密告すると思った。王子を匿ったままだと私達も危なかったんだ」
申し訳なさそうな顔をする団員に、分かっていると大きく頷く。民間人である彼女達を責めるつもりはなかった。
「既に商人は兵士によって殺された」
「本当かい!?」
「ああ。俺達が一部始終を見ていた。あんた達の事を話す暇も与えられず殺されたよ。俺達は男達がいなくなったと命乞いしたのを聞いてここに来たんだ」
「そうだったんだね。情報をありがとうよ」
「それでも警戒は怠らず暫くは大人しくしていた方がいい」
「分ったよ」
団員達の間を縫ってサックスも急いでロイを追いかけた。
***
キリクとカトリは、ラステマが行軍を開始したことで国境付近のオルタナ領からより安全な王都へと移っていた。
キリクは直ぐに陛下と謁見し、現状の把握と意見交換を交わした。そこには宰相はじめ王の側近も同席していた。
任されていたラステマとの交渉はキリクの予想に反し、なんの成果も得られず不甲斐ない結果となった。そんなキリクを父は咎めなかった。
懸念していたユーゴによる王太子襲撃の件はまだ知られていないという。
ユーゴは何者かにシシリ嬢を誘拐したと脅されて犯行に及んでしまった。しかしシシリは誘拐などされておらず、無事が確認された。
ユーゴを脅していた犯人は、シシリの父親だった。
娘を使って王家に打撃を与える計画が、シシリが良心の呵責で父の罪を告発したことで明るみになった。シシリの告発で伯爵の罪は暴かれ、拘束された。
伯爵を牢獄に入れれば騒ぎが大きくなり、ユーゴの件も漏れる可能性があったので、伯爵家で軟禁していたという。
「伯爵が自殺をしたのですか!?」
軍の監視下で軟禁されていた伯爵は、父が王都に到着する前に毒薬を飲んで自殺した。
キリクは驚くと同時に、ラステマでのアズベルト王子の服毒自殺が真っ先に思い浮かんだ。
王都に着く前、アズベルト王子の死を馬車の中で聞かされた。
父や宰相も同じで、初めは罪を悔いての自殺と思ったが考えを改めた。
「和睦反対派組織が口封じのために伯爵を殺したのでしょうか」
「それが断定は出来んのだ」
「シシリ嬢の話では、ここ数年で頻繁に王弟の訪問を目撃したそうです」
「伯爵家が王家を裏切って王弟派に寝返ったのですか?」
「その可能性は高いが、反対派の介入も捨てきれない。伯爵が王弟と反対派両方と繋がっていたか、王弟が反対派と繋がっていたか、今捜査しているところだ」
「叔父上は?」
宰相に王弟である叔父のここまでの動向を訊ねた。
「和睦が潰えた後、軍を動かした後、伯爵の死後、全てに目立った動きはありません。しかしウィルロア王子のデルタ入りを聞た時だけ、動きがありました。頻繁に王城に出入りし、情報を集め、私財を投じて捜索しているようです。表向きは国の捜索に協力している形ですが、何か意図があってのことでしょう」
もし王弟が伯爵に指示を出していたなら、ユーゴの襲撃計画も知っているはず。かん口令を強いたのでラステマで何が起こったか、結果だけを知り得ない状況でユーゴの軟禁は悪手になってしまっただろう。
父はユーゴを保養地から移動させ、少数の警備の元、身を隠させていると言った。
「あいつらがユーゴの犯行を知っていたとしても証拠がない。我々を糾弾する材料がなく身動きが取れない状態だろう」
「では王弟殿下にとってウィルロア王子の入国はどんな意味をもたらしたのでしょう」
侍従が首を傾げる。
「失礼します」
王弟の意図を図りかねていた時、タイミングよくリジンが一通の書類を持って入って来た。
「王都で商人の斬殺遺体が見つかったのですが、少し気になって調べておりました。まだ捜査段階ですが、ウィルロア王子の名前が挙がったのでご報告に参りました」
「!」
「続けてくれ」
リジンの捜査で商人殺しには国軍所属の隊長の関与が判明した。
「軍の隊長が市民を手にかけるとは何事か」
殺された商人は、ウィルロア王子に金で雇われ匿っていたという。そこに隊長たちが現れ、王子を引き渡すよう交渉した。
「なに!? ウィルロアが見つかったという報告は一つも上がっていないぞ?」
「はい。国軍所属の隊長は、あろうことか軍令に反し、ウィルロア王子を王弟に差し出す気でいたようです」
「なんだと!?」
「他に内通者がいないか直ぐに調べるよう軍部に報告します」
部屋の中は慌ただしくなった。
情報提供したのは殺された仲間の商人で長身の男だった。自身も身の危険を感じ、匿って欲しいと情報提供したそうだ。
商人の話では仲間は引き渡し場所に王子を連れて来る約束だった。ところが何らかの事情で王子がいなくなってしまったため、隊長達に殺された。長身の商人は交渉役のためウィルロア王子の姿を実際には見ていないという。王子の所在は分からないままだ。
「しかしこれで王弟の意図が分かりましたね」
「ああ。あいつは我々より先にウィルロアに接触し、仲間に引き入れるつもりだったのだろう」
王権を脅かせるほどの証拠がないなら、ユーゴの件をラステマに密告し、デルタにも非があったと訴える。ユーゴの件をウィルロアが知ったなら、騙して戦争を仕掛けたとデルタを糾弾するだろう。政権の弱体化、それが王弟の狙いなのだ。
「叔父上は父上と私を王位から引きずり下ろすつもりなのですね」
王弟は虎視眈々と機会を窺っていたのだ。
「あちらに決定的な証拠がないのと同じで、我々も王弟の関与を追及する証拠はない」
「伯爵から供述を取れなかったのは痛いですね」
「だが伯爵が死んでくれたお陰で、ユーゴの件を有耶無耶に出来た。伯爵は病死とすることとした。シシリは騒動が落ち着くまでオリガの侍女として扱うことになる」
「侍女に?」
「ああ。はじめカトリが自分の侍女にとオリガに掛け合ったらしいが、王妃がオリガの侍女にした方がシシリを守ってやれると助言したそうだ。我々としても、生き証人であるシシリは手元に置いておきたい」
キリクの知らない所で女性陣も水面下で色々と動いていたようだ。
「失礼します! 王都にウィルロア王子らしき者が現れたと報告がありました!」
「!」
「やはり王都にいたか!」
父とキリクは顔を合わせ頷いた。叔父上より先にウィルロアを見つけるよう、父が命じる。
宰相が、「ウィルロア王子を捕らえた後は如何なさるおつもりですか?」と訊ねた。
「こうなると、ウィルロア王子と会するのは危険では? 王子の動向を把握しきれない中で、王弟派と繋がった前か後か、我々には判断できません」
「そうですね。もしユーゴ様の件を問い詰められても困りますし」
「ここまで来ると交渉のカードにするのもリスクがあります。時間稼ぎになろうとも王子はそのままラステマに送り返すのがいいかと」
「……ふむ。そうだな……」
「……」
宰相達の意見に答えた父の反応は鈍かった。父の中で迷いがあるのが見て取れた。
それはキリクも同じだった。
そこから一時間ほど今後のことを議論して、キリクは王の執務室を出た。
背後のリジンに「カトリは何をしている?」と訊ねる。
「アズベルト王子の訃報を聞き、教会に出かけられました。オルタナ公子もご一緒です」
「そうか……」
アズベルト王子の死は、カトリにとっても辛い報告だったろう。
「オルタナ公子を頼りにしている様だな」
「はい。姫様の支えになってくださっておりますし、姫様もお心をお許しになっているようです。ただ……」
リジンが言うには、今王都ではウィルロアとカトリを模した劇が盛況で、劇をロマンス小説にしたものが国内で広く触れ回っているそうだ。それによりオルタナ公子との仲が思ったほど市政に浸透しておらず、劇団には公演を控えるよう達しを出した。
「国内に出回るのが早すぎます。王妃様のご病気のことも描かれており、貴族か、内部の事情を知る者が後ろ楯にいそうなので背景を調べてみようと思います」
「いい。黒幕は大体わかった」
「え?」
王都に戻ってから、オリガは一度もキリクに会いに来ていない。オルタナ邸にいた時も、一度も連絡はなかった。
そして、大事な話し合いの場に母の姿もない。
母とオリガが、ラステマに対して賠償と戦争という凶行手段に出た我々を強く非難しているのが否応にも伝わる。
それでも王妃と王太子妃という立場で表立って反対は出来ないだろうから、裏で色々と画策しているのだろう。
「皆ウィルロアの味方か……」
「キリク様?」
キリクはリジンにも念を押してウィルロアとの交渉は無いと伝え、束の間の休息をとった。




