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及第点

 

 カトリを横抱きにしたまま会場を後にしたウィルロア。騒ぎを聞きつけたロイとサックスが駆けつけた。


「医師を呼んでくれ」


 ウィルロアには侍従がいないので護衛である近衛騎士に命じ、自分はそのままカトリの部屋まで彼女を運ぶことにした。

 部屋に到着すると、カトリ付きの侍女が待ち構えていて、慌てる彼らに事情を説明して部屋を開けてもらった。

 一瞬、カトリの部屋に入ることに躊躇する。この場合は、まあ、仕方がないだろう。

 カトリの部屋は来客用にしては本や飾り物が多く、おそらく彼女が十年過ごしていた部屋なのだろうことが窺えた。

 侍女もいることだし堂々と中へ入ると、ソファにゆっくりとカトリを降ろす。


「……あ、ありがとう、ございます」


 無表情の顔の中に多少の陰りを感じ、ウィルロアは自然な笑顔で首を振る。

 扉をノックする音と同時に医師が到着したので、立ち上がり外へ出ようとした。


「?」


 裾を掴まれ振り返ると、カトリがウィルロアを引き留めていた。

 口を少し開いたかと思うと閉じ、開いてはまた閉じてを繰り返し、瞼を落とし掴んだ裾を離してしまう。


「……」


 表情は変わっていないのに、その僅かな動きでカトリが何か言いたくて言葉を探しているのが分かり、膝を折って目線を同じ高さにしてから「焦らなくていい」と伝え、言葉を待った。


「……私……、すみません。ウィルロア様に、恥をかかせて……」


 カトリの謝罪に一瞬どきりとしたが、その理由が先程の失態だと知り胸を撫で下ろす。


「謝らなくていい。恥なんてかいていないし、私は君と踊れて楽しかったよ」


 ウィルロアは本心からそう言った。

 楽しかった。

 だがカトリは、そうではなかった。怪我をしていたのに無理をさせて踊らせてしまった。

 それに、先程のアズベルトに呼ばれ頬を赤らめた彼女を見て、鬱々とした気持ちに答えが出た。

 認めたくはないが、カトリは密かにアズベルトを想っているのだろう。

 アズベルトの登場に、普段無表情のカトリがあんなに顔を赤らめて動揺していたくらいだ。


「……ですが、せっかくの会を、台無しにしてしまいました」


 カトリの表情に変化はなくても、俯きながら呟く様子に気に病んでいるのが分かった。


「そうかな? 私が君を抱き上げた時、歓声が上がったよ。皆はきっと私達の仲の良い姿を見て喜んだのだと思う」


 だから大丈夫だと伝える。


「私こそ君の怪我に気付かず無理をさせてしまい申し訳ない。それと、許可もなく体に触れたことも許してほしい」


 ウィルロアは憂いをひた隠してスラスラと言葉を紡いでいった。対してカトリは十分な間をとって、躓きながらも言葉を繋げていく。


「あ、謝らないでください。助けて、いただいただけですから」

「ああ、こっちは悪いとも思っていないのに謝られると困るよね」


 カトリは考え、頷いた。


「私も同じだ。どうせなら、先程みたいにお礼を言ってほしいな」

「! あの、ここまで運んでいただき、ありがとうございました」


 ウィルロアは笑顔で感謝を受け入れる。

 外は既に騒がしく医師も待機していた。これ以上は話を続けられないと分かっていたから、後はカトリの頭に手をぽんと乗せ「大事にしてください」と告げた。


 部屋を出ると待ち構えていた医師が入れ替わりで入室し、廊下の先からは丁度キリクが様子を見にやって来たところだった。


「今、医師が診断しているところだ」

「そうか。ラステマに到着しても歩いてはいたから、骨は折れていないだろう」

「無理をさせてしまいすまなかった」

「いや? 黙っていたカトリが悪い。こちらこそ怪我を負っていたとはいえ、妹の失態を謝罪させてほしい」

 

互いに形式上の謝罪を受け入れ、この件を収拾させるとキリクに背を向け再び歩きだした。

「まあ、及第点だな」と、キリクが別れ際に告げるのでウィルロアは振り返った。

 ドアノブに手をかけ振り返ったのか、キリクはこちらの様子を見ながら悪戯っぽく笑っていた。

 ウィルロアは肩を竦め、キリクもそのまま妹の様子を見に部屋に入って行った。


「……」

「どうします? 会場に戻ります?」


 ロイの質問に視線は廊下の先に縫い留められたまま、「いや、疲れたから部屋に戻るよ」とはにかんだ笑顔で答えた。

 それから言葉とは裏腹に、足取りはしっかりと私室へと向かった。

 及第点か……。

 むしろ落第点だろう。カトリの想いを知って冷静さを失い、あの場を穏便に収めることが出来なかった。

 アズベルトの怒りの表情を思い出し、これはいよいよ敵視されたと心の中でため息を溢す。

 アズベルトとの仲を前向きに改善させる予定が、カトリの本心を知った後では更にやりにくくなったと頭が痛くなった。


 王子達の居住区は王城の西側に位置し、階層は違っても同じ西棟にアズベルトも部屋を設けていた。だから会いたくないと思っても、部屋に戻ろうとすれば同じ道を歩く羽目になり、こうしてかち合ってしまうのも仕方がなかった。


「お前には失望した! 私が事前に命じていた事を何一つやっていないではないか!」


 西棟の廊下の真ん中で、アズベルトがまた若い侍従の男を叱りつけていた。

 ウィルロアには気づいていないようだ。

 ハア、いくらここが王族の居住区で関係者しか通るのを許されていない場所だとしても、普通廊下の真ん中でやるか? 部屋に戻ってから騒いでくれよ通れないだろう。それにしてもなんでアズベルトがここにいるわけ? 舞踏会抜けてきちゃったの? 俺『あとよろしく』って言ったよな。こいつには何も伝わってなかったのか。デルタの一団を歓迎した会なのにラステマの王子二人共席空けてきてどうすんだよ。ほら、侍従も必死に戻るよう説得してるじゃねーか。俺は格好よくお姫様抱っこして去った手前戻りづれーんだよ、察しろ!


「……応接間の方で、待ってようかな」


 兄王子の立て込んだ状況に困った表情を浮かべて踵を返すと、護衛も同意して一行は元来た道を戻った。

 内心ため息を溢し、ストレス解消の私的空間での罵りタイムがお預けになったことに最大限の罵声をアズベルトに浴びせた。勿論心の中で。


「マイルズ! お前は今日限りで解任だ! 二度と俺の前に姿を見せるな!」


 アズベルトの怒声は廊下を抜けても響き渡っていた。

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