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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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劇団

 

 女性物の刺繍が施された足まで隠れるケープを羽織り、ウィルロアは劇団員と名乗る集団に連れられて、劇場の裏にある酒場に押し込められた。

 自害用に隠し持っていた長針を袖の中に再び隠す。自分を商人から連れ去った団員達が、味方なのか敵なのかまだ判別は出来なかった。


「心臓が止まるかと思ったよ」

「みんな無事だね?」

「傭兵のお兄さんたちは――おや既にどっか行ったみたいだね」

「追い払う手間が省けたね」

「だけどサファビ達が探しに行ったみたい」

「謝礼を渡し忘れたんだって」

「ほっときゃいいのに」

「外を確認してくるわ」

「二階は見た? 鍵かけて窓も閉めな」

「兵士が来ても冷静にね。知らない振りするんだよ」


 劇団員たちのほとんどは女性で、中には屈強な男も数人いたが、入り口に立っていたので役者というよりは裏方、用心棒のような役割なのだろう。

 部屋に入るなりそれぞれが役割を持って動き出した。一応ウィルロアも男なのだが、お構いなしに目の前で着替えを始めてしまう。

 地味な服に着替えた数人の団員が外の様子を見に出て行った。

 黙って部屋の中央で佇むウィルロアに、一際華やかな女性が優雅に頭を下げた。


「……私の正体を知っているのだな」

「はい」

「助けてくれたと思ってもいいのか?」

「はい。我々は尊いお方に害をなす者ではありません」

「何故こんな真似を?」

「尊いお方は商人に騙されていたんですよ」

「……まさか」

「あいつらは金が正義と思っている。金であなたをデルタ軍に売って引き渡すつもりだったんです。あのまま検問を抜けていたら捕まるところでした」

「それが真実なら、内部の事情を何故あなた達が知っている?」

「私達劇団は大陸中を巡業し、公演をしています。全ての国に私達の拠点がある。そして堂々と国を行き交うことが出来る。それが何を意味するか、説明せずとも尊いお方ならお分かりかと……」

「情報業も兼業しているのか」

「はい。ですが私達は誰の味方でも敵でもない。誰の支配下にもおりません。倫理に反することは一切しません。私達の正義の元に活動をしております。無事に戻れた際は貴国でも重宝してくださいな」

「……そうだな」

「あーもう時間がないよ!」


 気だるげに団員の一人がウィルロアのケープを剥ぎ取る。勢いでカツラも落ち、輝く金の髪と青い瞳が露わになった。


「あら、いい男」

「こら!」


 剥ぎ取ったケープの代わりに旅装のローブを差し出した。


「悪いけどここまでだよ」

「尊いお方、助けはしましたがあなたを匿っていると我々も危険なのです。ご理解いただけますか?」

「分っている。助けてもらい感謝する」


 ウィルロアはカツラを拾い上げて素直にローブを羽織った。


「裏口に案内します。ファナ」

「はい」

「お気をつけて」

「ありがとう」


 先程兵士にフードを剥ぎ取られた少女、ファナがウィルロアの目の前で胸に手を当てて礼をとった。

 ファナの後に続きながら廊下を歩き、隠れ階段を降りる。


「何故彼女達は危険を侵してまで私を助けてくれたのだろう」

「……」


 少女は答えなかったので独り言のような形になってしまった。

 「あ」と、自分が失念していたことに気づく。長らく祖国を離れ市政に出ていなかったので忘れていたが、ラステマのしきたりでは平民は王族に直答できないのである。


「今は臣下も護衛もいない。気にせず答えてくれ」

「……私のような平民が殿下と直答することをお許しください」

「許そう。名はファナといったか」

「はい」

「ファナ、ラステマ人である君が私を助けるよう働きかけてくれたのかい?」

「私だけではございません。殿下をお助けするのは劇団の総意です」

「総意?」

「その、今は浮浪の身ですが、私の生まれ故郷はラステマのソルディでした」

「ソルディと言えば、数年前に山火事で街が焼かれたと聞いた」

「はい。三年前の山火事で被災し、両親を亡くしました。生まれ育った家も町も家族も、みんな燃えてしまいました」


 火を逃れて移動した難民は多く、避難先では人が溢れかえり、食料の奪い合いが起こっていた。

 子供が大人に混じって配給を勝ち取れるわけもなく、このまま餓死するのだと少女は諦めたという。


「そんな劣悪な環境の避難所に、デルタの王女様が慰問にいらしたのです」


 食料と水だけでなく、衣類や温かい毛布まで用意し、一人一人に声をかけていった。子供達に食料が行き届いていないと知ると、親のいない子、子を亡くした母を一か所に集め、互いに助け合うよう、そこに最優先に物資を配るよう命じた。


「王女様がいらしてすぐの事です。一年で数日しか降らない雨が、滝のように降り出したのです。私達は奇跡を見たのです。火はたちまち消え、女神さまがお助けしてくださったのだと、皆感謝しました」


 カトリはデルタ国で豊穣の女神から祝福を受けたと聞いている。もしかしたら、本当に女神の慈悲があったのかもしれないとウィルロアは思った。


「雨は全ての炎を消し去りました。残ったものは、一面焼け野原で過去の賑わっていた町は跡形もなく消え去っていました。命は助かっても、生きていくのに絶望した者がほとんどでした」


 失意の中にある住人達に、カトリは声をかけて励ました。


『百年続いた大陸戦争では、世界中のどこかしこも焼け野原となったそうです。それでも諦めなかった人々の力で今では森が生き返り、人が戻り、作物が育つまでになりました。時間はかかるかもしれませんが、ソルディは再び美しい街になるはずです。そのための協力を惜しまぬことを、ここに約束します』


「絶望で失意の中、これからどうやって生きていくのか先の見えない未来に、王女様のお言葉に救われた者がどれほどいたか……」


 王女の言葉で大人達は立ち上がり、国の支援で街を復興させるために結束した。

 孤児は里親と暮らす道を選んだ者もいたが、ファナの様に興行で移動中に被災にあった劇団に拾われた者もいた。劇団員達もまた、運悪く興業の移動中に被災していたのだった。

 裏口のドアに辿り着くと、ファナは振り返って頭を垂れた。


「私達ソルディの民とハイワーナ劇団は、カトリ王女様に多大なるご恩があります」

「……そうか」


 ウィルロアを救ってくれたのは、カトリだったのだ。

 その事実に胸が熱くなる。


「多くの民が戦争を止めたいと願っております。どうかご無事で、お二人が幸せになる未来を願っております」

「ありがとう、ファナ」


 迷いは振っ切れ、扉を開けたウィルロアの瞳には決意が宿っていた。




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