検問所
デルタ王国の王都の入り口は、東西の二か所にあり、ロイとサックスは護衛対象である劇団員の少女たちと合流して早朝に街を出て向かった。
西側の検問所では朝から長蛇の列が出来ていた。
最後尾に並び列の様子を窺う。旅人や傭兵の他に、戦火を怖れて逃れてきた家族や、商人、物資を運ぶ馬車も多く並んでいた。
列に並んでいる途中で何度もデルタ軍の早馬が行き交いしていた。開戦間近で国境付近にはデルタ軍が配置され、行軍の合図を待っているそうだ。
戦争が現実味を増し、二人も祖国ラステマの事が心配だった。それでも今自分達の役目は主君であるウィルロア王子と合流し、任務を遂行することだと前を向いた。
ロイとサックスたちの番は正午近くになりそうだ。
この中からウィルロア王子の乗った馬車を見つけるには困難を期しただろう、作戦を変更して良かったと二人は顔を合わせて頷いた。
王都に入ったなら西の検問所近くにいる軍人三人を探す。商人は王都に届けるまでが仕事と言っていたくらいだ。検問近くで主を開放する気なのだろう。
徐々に順番が近づいて来た。
検問にいるデルタ軍の兵士は、目に見えるだけで地上に六人、砦の上から左右二人ずつの計十人が怪しい者がいないか目を光らせていた。
左右に分かれて二組ずつ検問を受ける。手形の他に、フードを被っている者は顔を出すよう言われ、髪や瞳の色まで確認されていた。更に馬車で通過するものは馬車や荷台の中、積み荷の中まで徹底的に調べられていた。
それは明らかに、ロイとサックスの主であるウィルロア王子を見つけるためのものだった。
「こんな徹底的に調べられて検問を突破できると思うか?」
「……」
デルタ軍の捜査を間近に見てロイとサックスも不安になる。これは計画の変更もあり得る。ウィルロア王子が検問所で見つかってしまった場合は、デルタ軍との交戦も視野に入れるべきだ。
検問を通る間は剣を布で覆る必要があった。二人は背中にかけていた剣を肩から降ろし、手に持ち替えた。
正体がバレてからの救出となると、ここにいる十人を相手に、いや王都から応援が来ると仮定したら二十人は相手にして逃げなければならない。
後方には馬車の他に単騎も並んでいたので、救出後は拝借しようと馬の選別も忘れない。
「俺が十五人相手にするから残り五人は頼むな」
「怪我してんだから無理すんな。俺一人で二十人相手してやるよ」
声を潜めながら言い合っている間に順番が近づいて来た。
護衛対象の団員達は不安そうな顔を浮かべていた。
団員と言ってもロイとサックスから見ればまだあどけない少女達で、これでは心細いと護衛を付けたのも頷けた。
「大丈夫ですよ。こいつの強面見たら兵士もすんなり通してくれるはずでーー」
「待ってください! これはバク隊長に頼まれている荷物なんですよ!」
サックスが団員に声をかけていると、二つ前の馬車が兵士となにやら揉めていた。
「勝手に漁られて何かあっては困ります。隊長を呼んできてください」
「壊れやすいので手荒な真似はしないで下せえ!」
「手荒な真似? まるで人に使うような言い方だな」
「「!」」
ロイとサックスは同時に顔を合わせた。瞬時に腰を落とし、布で巻かれた剣に手をかけた。
まさか、ウィルロア王子がこの馬車に!?
兵士が荷物にかけられた麻布を剥がそうと手にかけたその時――。
「ちょっと! なんであたい達まで足止めされなきゃなんないのさ!」
突如検問所の逆側、王都の中から華やかな女性が大勢でわらわらとやって来た。
登場するなり兵士に文句を言いながら大声を上げて突撃してきた。
兵士達は慌てて女性達の侵攻を止め、荷馬車そっちのけで対応に当たった。
「あたい達を誰だと思ってるんだい!」
「大陸中に名をとどろかせるハイワーナ劇団だよ!?」
「そのあたい達を王都に閉じ込めるなんてあんたら何様だい!」
「こっちは商売あがったりだ!」
「むっさい男達だねぇ」
「ちょいと軍人さんそれは無いんじゃなあい?」
検問所に押しかけて騒いでいるのは、王都で公演をしているハイワーナ劇団だった。
「さがれさがれ!」
「以前のように往来が自由じゃなくなったんだ」
「なにも難しいことは言ってないよ? ここで公演が出来ないなら外でやるから出してくれって言ってるんだ」
「あたい達の仕事の邪魔しといて出て行くなって横暴じゃなぁい?」
「例の演目を余所でやられたら困るから出て行くなって言ってるんだ!」
「あたいらの劇の何が駄目なんだい。敵国同士の王子と姫の切なくも美しい恋物語じゃあないか」
「どこにでもある話なのにおかしいねえ」
「足止め料は貰えるんだろうね!」
「せめて仲間を迎えに行かせておくれよ」
「隣町で足止めされているんだよ可哀想に」
「いつまで我慢させる気だい!」
「あーうるさいうるさい! 戻れ!」
十五人はいるだろうか、検問所は香水の匂いが充満し、女性達の金切り声で騒がしくなった。
怖れ知らずの団員達に詰め寄られ、兵士の方が押され気味だ。砦にいた兵士や馬車を調べようとしていた兵士まで、総出で団員の対応にあたった。
「姐さん達!」
「おや?」
「あらやだ!」
「あんた達、迎えに行く前に自分達で来たんだねぇ!」
ロイとサックスの手を引き、共に列に並んでいた依頼人の少女達が駆け寄った。
「軍人さん、騒がせて悪かったねえ。外にいた仲間がちょうど来た所だったよ」
「大人しく帰るから早く手形を確認して頂戴な」
「ほら早く! パパッと頼むよ」
「あんた達! 兵士を誘惑してないで戻るよ!」
どうやら騒がしい集団は依頼人の仲間の様だ。
デルタの兵士は疲れ切って言われるがまま、少女達とロイとサックスの手形を確認して通行の許可を出した。
ロイがサックスに目配せをする。サックスは無言で首を横に振った。
あの荷馬車に主は乗っていなかった。
実は団員達の騒動の隙に、荷馬車に寄って麻布で隠された荷物を確認してみた。しかしウィルロア王子の姿はどこにもなかった。
当初の予定通り、検問所で依頼人と別れて三人の軍人を探そう。
ロイとサックス達も加わり、二十人ほどの大所帯となって劇団員達は、大人しくなって検問所を無事に通った。
「……待て!」
兵士に呼び止められ、ロイとサックスに緊張が走る。
顔が割れていたか? 斬られた肩を確認されたら終いだ。
ロイとサックスは再び布で巻かれた剣に手を置き、括られていた紐をそっと外した。
「きゃあ!」
呼び止めた兵士が突如、後方にいた団員のフードを乱暴に剥ぎ取った。
二人の目の前に、フードで隠れた金の髪と青い瞳が姿を現す。
「……女か」
ロイとサックスが動くより早く、団員達が怯える少女を守るように囲んで抗議した。
「女か……じゃあないよ!」
「軍人て奴は手荒な真似ばっかするねえ!」
金の髪と色白の肌に青い瞳、しかしウィルロア王子とは似つかない、あどけない少女が怯えて佇んでいた。
「まさか手配中の王子と勘違いしたのかい?」
「大陸中を回る劇団は多国籍なのを知らないのかい」
「わ、私は金の髪で青い目のラステマ人ですが、劇団に在を置く身です。怪しい者ではありません!」
「そうだよ。この子の生まれはラステマでも今は浮浪の身。それとも、ラステマ人なら誰でも捕まえるってのかい!?」
「それがデルタのやり口だって言うんならあたい達が大陸中に広めてやるよ!」
「あーもう煩い煩い! フードを被っていたから確認しただけだ!」
「他にもフードを被った子はいるよ。全員確認するかい? 無駄に終わるだろうけどね!」
「わかったからとっとと行け!」
兵士は金切り声を遮るように耳に手を当て、辟易とした様子で通行を急かした。
一瞬、本当にウィルロア王子かと思い驚いた。それだけ少女の体系が似ていたのだ。
ロイとサックスは拍子抜けし、今度こそ群衆に紛れて王都入りを果たした。
後方では検問が再開され、先程の馬車が荷物の中身を調べられていた。
青ざめた顔の商人の前で荷台を開ける。そこには絹や食材だけで、人どころか、人が隠れるようなものは一つもなかった。
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