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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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主を探す二人

 

 王都の手前にある街の酒場では、常連客の他に旅人も多く、店内は繁盛してごった返していた。

 数日前に突如王都が封鎖され、出入りするには身分証が必要で、検問所が設けられた。

 王都の手前にあるこの街では、身元を証明する通行手形が発券されていた。

 突然の事で対応が間に合わない旅人や、他国からの商人は手形を手に入れるため街で足止めされていた。連日役所には長い列ができ、多くの人が王都に入れず手前の街で滞在を余儀なくされた。

 王都の警備が厳重になったのは、ラステマ王国の第二王子ウィルロアがデルタに入国したからだった。

 デルタ王国はウィルロア王子と護衛二人に懸賞金をかけ、国中に触れを出し血眼になって探した。

 開戦間近の中で見つかったなら無事では済まないだろう。国民の中には戦争に懐疑的な意見もあり、王子の安否を気にかけている者も少なくなかった。

 それでも懸賞金目当てに王子を探すならず者はいた。

 酒場では酒のつまみにそこかしこで話題に上がっていた。


「お前ら三人組か? 怪しいな」

「ぶはは馬鹿言うな! こいつらの顔見ろよ不細工ばかりだ」

「追われる身で悠長に酒なんか飲むわけねえだろ」

「懸賞金が掛けられてんだろ!? お前ささっと見つけて俺達に奢れよ」

「こいつが見つけたら王子の命はねえぞ! ラステマ人を恨んでるからなあ!」


 戦争の噂を聞きつけて、王都の周りには傭兵も多く集まっていた。お陰で酒場は腕に自信のある者達で溢れていた。


「巷で流行ってる観劇を見たか?」

「ありゃ和睦推進派が世論を扇動するために作ったデマだな」

「王妃様を救ったってやつか?」

「ああ」

「王子はひ弱で陰湿な奴だと聞いたことがあるぜ」

「なんだ。嘘だったのかよ」

「それよりも、カトリ様がオルタナ公子といい仲だというじゃねーか」

「おお! 俺も聞いたぞ。婚約がなくなって憔悴していた王女様を慰めたってな」

「オルタナ公子っていやあ、軍の少佐に最年少でなったお方だろ? ひ弱な王子より全然お似合いじゃねーか」


 カウンターで下世話な世間話をしていた傭兵に、フードを被った男が近づいた。

 どん!

 拳でテーブルを叩き、傭兵たちを睨み付ける。

 傭兵も負けじと睨み上げると、フードの男は拳を開いて硬貨を見せた。

 訳の分からない傭兵たちを指差し、店主に向かって「こいつらに良い酒でも飲ませてくれ」と注文した。


「なんだよ、奢ってくれんのか兄ちゃん」

「ああ。まずい酒じゃ話もつまらなくなるもんな。さっきからお前らの話は辛気臭くてかなわねえぜ。良い酒飲んで武勇伝でも聞かせてくれよ」

「お、おお。そうだな」

「まかせとけ!」

「ありがとうよ!」


 男達は気分よく酒を掲げ、フードの男も酒を持って連れの待つ席に戻っていった。


「あいつらぶった斬りてぇ……!」


 フードの男の酒は怒りでカタカタと音を立てていた。


「俺はお前をぶった斬るとこだったわ」

「は? なんでだよ」

「血が昇って破落戸に突進してくの見たら誰だって騒ぎ起こすって思うだろ」

「そこまで馬鹿じゃねーよ」

「どうだか」


 男二人は壁際の席に座り、額が付くほど近づいて声を潜めていた。周りは騒がしく誰も耳を澄ます者はいないが、念には念を入れる。


「街は戦争間近で辛気臭いのに酒場だけはどこも陽気なもんだ」

「現実逃避と傭兵が多く集まっているからだろう」

「情報得るためには打ってつけなんだがな。余計な話まで耳に届く」

「聞いたか? オルタナ公子だとよ」

「ああ。殿下の婚約者に手出しやがって」

「デルタ兵と一緒に一発ぶん殴ってやる」


 噂話に憤慨している二人の男の名は、ロイとサックス。彼らはラステマ王国の王立近衛騎士団に所属し、第二王子ウィルロアの護衛としてデルタに随行した騎士だった。

 二人は山小屋でそれぞれデルタ軍の襲撃に合い、抗戦しながら山小屋に戻ったが、中は既にもぬけの殻で主の姿はなかった。

 そこからは二手に分かれてデルタ軍の追っ手を振り切りながら、合流して現在に至る。

 ロイとサックスはお尋ね者だが傭兵が多く集まっていたお陰で、街に降りても武骨な鍛え上げられた体つきの二人は違和感なく溶け込めた。

 ラステマ人の特徴の一つである色白の肌も、日頃から屋外で鍛錬していたおかげで色濃く、デルタ人に紛れている。

 一行が三人だという情報が先行してくれたお陰もある。そう、本来は主であるウィルロアを含めて三人での旅だった。それがデルタ軍の襲撃により、守るべき主だけが安否不明という不甲斐ない状況に陥っていた。

 ロイとサックスは主の情報を集めながら、当初の目的地である王都を目指した。

 耳にするのは戦争への不安ばかりで手掛かりは見当たらない。

 デルタ人は主を不憫に想うか悪魔の末裔と罵るかのどちらかだ。

 最近ではカトリ王女とオルタナ公子が良い仲であると聞くが、それだけだ。ここでも有益な情報は得られなかった。


「出るか」


 二人は酒場を後にして夜の街を彷徨った。


「あーくそ痛え。デルタ野郎に斬られた肩が痛え」


 サックスは人がいないのを確認して傷口を撫でた。


「動けるか? 無理ならラステマに帰ってもいいんだぞ」

「は? 殿下とお前を置いて俺だけ帰れるかよ」

「足手まといなら」

「足手まとい言うな」

「なら口閉じてろ。痛え痛え煩えよ」

「ぐぬぬ」


 合流してから二人は喧嘩ばかりで、まるで騎士見習い時代に戻ったかのような振る舞いだ。それだけ二人は騎士らしからぬ態度で苛立っていた。


「殿下は生きてる。無事を確認するまで俺は帰らねぇぞ!」

「デルタ軍に捕まっていないなら殿下は生きている」

「何故無事なのかさっぱり分からないがな。お尋ね者の触れは俺達にとっては朗報だ」


 喧嘩をしながらも同じ目的の二人。

 宿へ戻ろうと路地を歩いていると、前からデルタの軍人三人が歩いてきた。

 咄嗟に肩を組んで陽気に歌いながらやり過ごす。すれ違い様、軍人の一人がちらりとロイとサックスを見たが、ただの酔っぱらいと判断して歩いて行った。


「おい斬られた肩を掴むんじゃねーよ」

「……あいつら尾行するか」

「あ?」


 ロイは路地を曲がるとマントを裏返し、フードを被って元来た道を戻った。サックスもロイに倣って気配を消して付いて行く。

 軍人らは地下の階段の前で立ち止まると、周囲を確認して降りていった。


「隠れ酒場か」

「入ろう」

「おい!? 目立つ行動は――待てって!」


 ロイの何かに引っかかったようだ。言葉では説明しづらいが、騎士見習いの時から勘が働くのでサックスは文句を言いながらも付いて行った。


「お客さん、お食事?」

「ああ」


 扉を開けて直ぐ店員の女性が声をかけた。店内には数組の客しかいなかったが、他にもフードを被ったままの者がいたので目立たずに済んだ。

 店員は全員女性らしい。酒場で若い女性ばかりなのは珍しいが、如何わしい店でもなさそうだ。


「! おい、あの商人の手元を見ろ」

「!」


 追いかけて来た軍人は待ち合わせをしていたのか、テーブルにはフードを被った長身の男が座っていた。その手に握られていたのは、光に反射して輝く金の糸、いいやあれは金の髪だ。手には金の髪が一房に括られていた。


「殺気を消せロイ」

「ーーっ」

「料理を頼んでいないなら移動する可能性があるな」

「先に外で待機してる」

「おう」


 ロイは外に出てサックスは近くの席に腰を落とす。背中越しに耳を傾けたが、警戒する二人は声を潜めていて所々しか聞き取れなかった。


「お客さん、もしかして傭兵?」


 店主らしき女性が料理を運んできた。サックスは怪しまれないようそうだと答えた。


「あたいの知り合いで護衛を頼みたいのがいてね、お兄さん品があるし腕っぷしも強そうだ。よかったら引き受けてくれないかねえ」


 店主が話しかけるものだから背後に座っていた軍人たちは席を立ってしまった。

 店から出て行く四人をサックスも追いかけたかったが、店主に足止めをされてしまった。



 サックスと二手に分かれて外で待機をしていたロイは、店から出て来た軍人と長身の男の後を付けた。

 もう一人、階段を上がってくるはずの奴がいるはずなんだが……、出てくる気配がないので一人で追いかけることにした。

 四人は周囲を警戒しながら橋の下に移動した。身を隠す場所がなかったので、ロイは体を寝かせながら坂を降り、ギリギリ声の届く場所で身を潜めた。


「この髪は高貴なお方のものだと言ったな。商人ごときがどこで入手した?」

「高貴なお方に私の仲間が雇われました。髪は商人に変装させるために短く切り落としたものです。今は馬車で移動している最中です」

「ここに連れてくるよう仲間に伝えろ」

「それが、依頼人から報酬を前払いでもらっているので王都まで送り届けなければなりません」

「国の命令に背いて引き渡さないつもりか!」

「いいえ。こうして情報を渡しているではありませんか。依頼を遂行した後でしたら我々の預かり知らぬところとなります。ご自由に捕えるなり殺すなりしてくださって構いません。しかし今は依頼人も我々を信用してくださっています。我々が王都に連れて来て、あなた方に引き渡した方が確実ではないでしょうか?」

「……」

「交渉次第では仲間がどんな行動を起こすか、私にも分かりません」

「このっ、どちらからも金をせしめるつもりか!?」

「対価をいただけるなら、見合った品物をご用意するのが我々商人の仕事。信用が第一なので約束は必ず守ります」

「なにが信用だ」

「では交渉は決裂ということですね。残念です」

「待て。誰も断るとは言っていない」


 焦る軍人は懐から金貨を出し、商人に渡していた。事前に用意していたところを見ると、初めから交渉する気はあって、ただ文句を言いたかっただけのようだ。

 背後から草の滑る音がして視線を移す。ようやくサックスも到着し、聞き耳を立てていた。


「それで、いつ王都に連れてくる」

「明日、西側の検問を通過するそうです。荷台に乗せて商人の格好で連れてきます。王都に入りましたら、後はご自由に……」


 ようやく、手がかりを掴んだ!

 ロイとサックスは視線を合わせて頷き合い、その場を移動した。

 密会の場から距離が出来てから、はじめて息をするように吐き出した。


「ハアー……」

「泣くなよ」

「泣きそうだけど、泣いてはいねえよ」


 どちらからともなく拳をぶつけ合う。

 生きていた。無事だった。確信が欲しかった。光明がさした。

 それぞれが一通り喜びを噛みしめると、徐々に怒りが込み上げてきた。


「クソ商人が!」

「デルタ軍に引き渡してたまるか」

「ああ。俺達で救出するんだ」


 それから二手に分かれて商人と軍人の後を付けたのだが、商人は馬に乗って街を出て行き暗闇の中での尾行は難しかった。軍人の方も王都に戻り、通行証がないのでどちらも尾行は断念した。

 二人は宿屋に戻って作戦を立てた。


「検問所に入る前に殿下を救出したいが、馬車の特定が難しいな」


 馬車の特定を誤れば騒ぎが大きくなってデルタ軍が集まってくる。その騒ぎで本命の馬車が異変に気付いて引き返してしまったら元も子もない。救出の機会は一度きりで失敗は許されなかった。


「一か八か、検問を過ぎてからあの軍人達を探して馬車の特定をするか?」

「しかし王都に入ってから騒ぎを起こせば退路が厳しくなるぞ」

「塀に囲まれているわけでもないから退路は後からどうとでもなる。先ずは殿下と合流するのが先だ」

「それなら軍人達を張った方が確実か。話の感じだと上に報告はしていないようだった。自分達の手柄にしたいのだろう」

「それか懸賞金目当てだな」

「あの三人相手なら俺達で殿下を救出するのは事足りる。しかしそれには俺達も検問を通過する必要があるぞ」


 手形を発行するには身元を証明しなければならず、お尋ね者な上、敵国で頼る者のいない二人には厳しかった。

 せめて数日あれば警備の穴を抜けて侵入することも可能だが、下調べの時間もない。


「それが、なんとかなるかもしれない」

「?」


 サックスが言うには、先程の隠れ酒場で店主の女に護衛の依頼を受けたという。


「なんでも王都にいる劇団に合流したい団員が数人いるんだと。そん中にはラステマ人もいるらしく、女だけだと軍人から嫌がらせや悪さをされるらしい。元々頼んでいた傭兵にトラブルがあって代わりを頼まれた」

「手形は?」

「その傭兵に用意したもんが二人分ある。明日王都に向かうそうだが、どうする? 随分話が出来過ぎてるようにも思うが……」


 ロイは少し考えた後、「引き受けよう」と頷いた。その勘を信じよう。

 その日の内に酒場の店主には返事をし、二人は深夜まで細かく計画を立てた。



       ***



 同時刻。

 ロイとサックスが停留する街から数刻離れた場所。村もない開けた場所で、ベリン商会のゴス達は野営をしていた。

 月は雲に隠れ、辺りは焚火の明かりだけが周囲を照らしていた。

 夜の静寂の中で馬の蹄の音がして、ゴスはゆっくりと立ち上がった。部下の男が松明に火をくべる。荷馬車の中で眠るウィルロア王子に明かりを向けると、整った容姿の王子は寝顔も美しくよく眠っていた。

 二人は頷いて物音を立てないよう移動した。大木の影に馬の手綱を握った長身の男が待っていた。


「デルタ軍の隊長が来て交渉は成立した。検問を抜けたらすぐに王子を解放してくれ」


 長身の男は麻袋に入った金貨をゴスに渡す。二人は中を確認し、大金を前に部下の男が興奮した。


「十字傷の軍人と王子と隊長、三者から金を巻き上げるなんて流石です」

「ばーか。これで終わりじゃねーよ」

「?」

「新たな依頼が入った」


 商人は意地の悪い笑みを浮かべて、麻袋から金貨を数枚出し、長身の男に渡した。


「お前は先に王都に戻って弓が得意な殺し屋を雇え」

「ええ!?」

「ばか! 王子が起きちまうだろ」


 商人が部下の頭を殴る。三人は頭を近づけ、王子が起きてこないのを確認してから再開した。


「新たな依頼人から王子の暗殺を引き受けた。王子を開放して軍人に引き渡した後は殺し屋に始末してもらう」

「お、王子を殺すんですか? 王子は依頼人ですよ?」

「依頼人でも約束を果たしたあとなら契約違反にはならねえ。新たな依頼人は王弟だ。俺達の身の安全も保障してくれる」

「王弟殿下はなぜ王子を殺すんすか」

「ハア……お前は頭が回んねーな。商人が一番稼げるのはいつだと思う」

「……わかりません」

「戦争だよ」

「!」

「戦争になれば武器も物資も薬も売れる。戦時下は商人にとっての一大ビジネスの温床だ。そして戦争は国を混乱に陥れるし、王政が外に向けば内部が弱まる。王位を狙う王弟にとって有利となるわけだ」

「なるほど……王弟は確実に戦争を起こしたいんですね」

「いいか? 王子は戦争を止めに来た。戦争を止められちゃあ王弟もだが俺達も困る。その王子が、今、俺達の手の内にいるんだ。断る理由はねえだろ」


 部下はごくりと喉を鳴らした。


「王都のデルタ軍の目の前でラステマの王子が死んでくれたら、戦争は直ぐにでもおっぱじまる」

「それで我々の商会は大金を手に入れられるんだ」

「はは、すげーや」

「王子にはカツラを被せたが青い目は隠し切れない。手形の確認中は王子を荷馬車に隠す。明日の正午に検問を通るから暗殺者の手配をしていてくれ」


 長身の男は頷き、馬に跨って暗闇の中に消えていった。



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