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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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鳥笛

 

 ラステマ国の第二王子であるウィルロアは、デルタとの軍事衝突の回避と和睦継続のため、自らが使者となってデルタへと赴いた。

 王代理をアダムスに託した後、夜の内に護衛のロイとサックスを連れて出立した。

 朝になればウィルロアがいない事を知った臣下達は大騒ぎだろう。連れ戻すための追手を振り切るため、ラステマ国内では整備された街道を馬で駆け抜けた。


 国境を越えてデルタに入国すると、馬から降りて人目を避けるように移動した。

 目深に被ったフードの下には金の髪を隠すカツラを被るという徹底ぶりだ。

 デルタと交渉するために来たが、身を隠してデルタ城を目指すのには理由があった。 


「国軍を動かしているのはデルタ王だ。我が国に圧力をかけて利益を手に入れるつもりなのだろう。つまりデルタ王に捕まれば、我々は交渉のカードに使われ自国の足を引っ張る羽目になる」


 だからウィルロアはデルタ王の息のかかったデルタ軍に捕まるわけにはいかなかった。それが変装をして護衛二人だけを連れて目立たないよう、道なき道を進む理由だ。


「私が交渉をする相手はキリクだ。直接キリクに会って直談判する」


 デルタの王太子であるキリクとウィルロアは、共に和睦の道を夢見てここまで来た同士だ。

 アズベルトの罠にかかったウィルロアを助けてくれたキリクなら、耳を傾けてくれるはずだと思った。

 ロイとサックスも一見無謀に見える計画に黙って付いてきているのは、キリクがウィルロアを守った姿をその目で見て知っていたからだ。主君を無下に扱わないと考えていた。

 キリクを説得した後は保護を頼み、デルタ王と謁見して揺さぶりをかけ、交渉のテーブルを無理矢理引き出す。

 話し合いの場さえ持てれば説得できる自信はあった。ウィルロアの持つカードこそが両国にとって最善の策だと。しかし内容が内容なだけに他人には任せらず、危険を冒してでも自ら足を運んだのだった。


「先ずは王都を目指す」


 護衛二人にウィルロアの計画を説明した。


「デルタは私が入国したことを知らない。身分を隠して王都まで行けば後は王城への抜け道を知っているのでなんとかなる」

「抜け道って……、マジですか?」

「警備はどうすり抜けるつもりです?」

「ラステマと違いデルタの王城は広く開けているんだ。皇宮以外の場所の貴族の出入りは制限されていない。警戒の薄い今なら警備の配置も平時と変わらないだろう。十年暮らした私なら、捕まらずにキリクの元へ辿り着ける自信はある。キリクと話しさえできれば必ず争いを止められる」


 ロイとサックスはウィルロアが王城に単身乗り込むことを良く思わなかったが、この計画自体が不安定な上に成り立っている。多少の無理はしなければならなかった。

 ここまではウィルロアの思惑通り、ラステマは行軍を止めてくれた。デルタは元々戦争をするつもりはないとカトリからの情報であったので、軍は国境を超えはしないだろう。あとはデルタが次の作戦を練っている間に、ウィルロアがキリク達と交渉をするだけだ。



 三人は両軍を避けながら国境沿いにある奥深い森の中を進んでいた。


「あった!」


 過去、ウィルロアはデルタ城から逃げ出したことがあり、その時に身を隠していた山小屋を見つけた。

 野営ばかりの中で体を休めるのにちょうどいい場所だった。

 二人が馬を繋げて周囲の安全を確認している間に、ウィルロアは入り口から真っすぐ進んだ部屋に向かった。

 俺は今日、絶対に、ベッドで寝るんだ!

 部屋の片隅にあるベッドに飛び込んで大の字になる。多少のカビ臭さには目を瞑って占領していると、突如森の方から鳥笛が鳴った。


「!」


 直ぐに起き上がり剣に手をかける。

 鳥笛はラステマの近衛騎士が常備携帯し、有事の際に仲間に知らせるために使用されていた。

 安全確認に行ったロイかサックスのどちらかが、危険を察知して使用したに違いなかった。


「……」


 全身に緊張が走る。

 剣を鞘からゆっくりと抜き、物音を消して窓から外の様子を窺った。

 鳥笛は一度だけでその後は物音さえしない。ロイとサックスが戻ってくる気配もない。

 心細さを感じて心臓がどくどくと脈打つ。

 あの鳥笛は二人が助けを求めているというよりは、今すぐこの場を離れて身を隠せと警告したと受け止めた方がいいだろう。

 もしかしたらデルタ軍とかち合い、現在進行形で抗戦中かもしれない。それならへっぽこ剣術の自分では足手まといにしかならないだろう。

 ロイとサックスの身を案じながら剣の柄を握る手に力が籠る。外にはまだ敵らしき姿はない。ここにいては逃げ場がないので、敵に見つかる前に身を隠さなければ――。

 鳥笛がした方とは逆の方向へ逃げるため、小屋の出口に走った。


「出てきたぞ! 捕らえろ!」


 ――しまった!

 既に小屋を取り囲まれていた後だったと気付いた時には遅く、ウィルロアはあっという間に剣を奪われ囲まれてしまった。

 周りを囲むのは軍服を纏ったデルタ軍の兵士達。

 やばいやばいやばい! 捕まったらやばいんだって!


「不審な男を発見!」

「オルタナ将軍に報告しろ!」 


 首に剣を突きつけられて、後ろ手に掴まれた格好のウィルロア。ここでラステマの王子と知られたら一貫の終わりだ。

 目深に被ったフードがずり落ちないよう下を向き、青い目を見られないよう目を瞑った。

 屈強な兵士相手に俺のへっぽこ剣術じゃどうにもならん! ああ、小屋で休もうなんて言うんじゃなかった!

 後悔しても時すでに遅し。デルタ兵に部屋に戻るよう指示され、ウィルロアは先程まで大の字で寝ていたベッドのある部屋に押し込められた。そのまま後ろ手を縄で拘束されてしまう。

 何故身元確認をしないのか疑問だが、問答無用で殺されるという最悪の事態は回避できそうだ。


「制圧の合図はまだか……」


 『制圧』ということは、ロイとサックスがデルタ兵と交戦中ということだ。


「相手は相当の手練れだ。お前達も応援に行け」

「「はい!」」


 デルタ兵は全部で五人いた。

 先程から命令している男が小隊長で、部下二人に応援を命じ、もう一人に入り口の警護を命じた。残りの一人はウィルロアの背後で剣を付けながら監視している。

 小隊長は不審なものがないか小屋の中を確認しに部屋を出ていった。

 監視役の兵士と二人きりになる。

 彼らはフードを剥ぎ取らなくても、我々がラステマの第二王子と護衛の一行だと確信しているようだ。

 そしてこの小屋に立ち寄るのも知って、待ち伏せをしていた。

 オルタナ公爵か……。ああ、俺は何て浅はかで馬鹿なんだ!

 この場所を知っているのはオルタナ公爵も同じで、護衛とウィルロアが分散する機会を待って突入したのだろう。

 完全にやられた。

 どうやら秘密裏に動いたはずのラステマでの動きは、デルタに筒抜けの様だ。

 戻ったら間諜も徹底して調べよう。無事戻れたら、の話だが。

 それにしても時間的にも地理的にもデルタが動くには早すぎる。デルタ王、もしくはキリクは王城ではなくオルタナ公爵邸から指示を出しているのかもしれない。

 それなら、カトリもオルタナ邸にいるのか……?

 ーーっ馬鹿ウィルロアしっかりしろ!

 油断をするとすぐ愛しい人に想いを馳せてしまう。しかし今はそれどころではないと気を引き締めた。

 キリクがオルタナ邸にいるのなら、王城まで行かずに済む。先ずはこの絶体絶命のピンチをくぐりぬけなければ……。

 今小屋にはデルタ兵が二人。後ろ手で繋がれている状況だが、背後で監視するこのひょろっとした兵士に体当たりして小隊長の隙を突けば……、逃げられるか?


「動くなよ」


 背後で監視していた若い兵士が、ウィルロアの腕に強く剣を押し付け声をかけた。

 耳の奥でどくどくと脈打ち体が強張る。

 兵士の言葉でウィルロアは直ぐにこの場から逃げるのを諦めた。

 ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。静かに、ゆっくりと息を吸い込んで吐いた。

 余計なことはしない方がいい。ロイとサックスの助けを待とう。彼らの強さは襲撃の時に身を持って知った。小隊クラスの兵士数人相手なら大丈夫なはず。制圧の合図とやらもまだ聞こえない。きっと二人は無事に違いなく、直ぐに助けに来るはずだ。

 そう自分に言い聞かせて、若い兵士に逃亡の意思はないと伝えるため、力を抜いて目を閉じた。

 そして過去にも同じような状況に陥ったことを思い出していた。


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