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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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キリクの過去8誤解をしたまま

 

 キリクがデルタに戻ると、ウィルロアもオルタナ将軍と共にデルタ城に戻っていた。

 ウィルロアは国境近くのオルタナ領にある森の中に隠れていたらしい。捜索と整備のされていない道を進んだことで、キリクと同日の戻りとなった。

 お陰でキリクも同席して、王の間で聞き取りが行われた。

 王の間にはユーゴも参席し、宰相やオルタナ公爵の他に侍従長や重鎮も同席しての大所帯だった。

 ウィルロアは玉座の前で拝礼し、王は楽にするよう言葉をかけた。


「無事に戻り安心した。皆心配していたのだぞ」

「我が儘を言ってご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」

「抜け出した理由を聞かせてくれるか?」

「王妃様がお倒れになり、母が恋しくなりました。混乱で警備が薄くなっていたので思い付きで逃げ出してしまいました。森で迷ってしまい、山小屋を見つけて身を潜めておりましたが、あんな辛い想いをするくらいなら逃げ出さなければよかったと後悔しました。もう二度と過ちは犯しません。どうか寛大な心でお許しください」


 ウィルロアは用意していたかのように流暢に言い訳を並べた。


「あくまで家出だと申すのか?」

「はい」

「他にも理由があるのではないか?」

「? ありません」


 ウィルロアは何も知らないかのように振舞った。

 真実を知らないユーゴ達は、ウィルロアの演技と同じように食い下がる王に首を傾げていた。


「そうか……。王子の置かれた状況には同情の余地がある。ラステマ王にも告げたが、無事戻って来たので此度の逃亡は不問にいたすことにした。これからも両国の和睦の架け橋となるよう望む」

「ありがとうございます! 今後はより一層慎ましく暮らします!」


 キリクの眉間に皺が寄る。ウィルロアの性格上、ある程度は予想していたが本当に真実も功績も隠し通す気なのかと思うと歯痒かった。


「王子、何か望むことはないか?」


 国王も不憫に思ったのか、ウィルロアに褒美を受け取る機会を与えた。

 しかしウィルロアはしらばっくれて首を傾げた。


「これまであまり気にかけてやれなかった。いい機会だから暮らしの中で不便があれば遠慮なく言うといい」

「あの、では私の部屋に鍵をかけてください」

「鍵?」

「決して悪いことをしようとしているわけではありません。部屋の中を調べてもらっても構いません。ただ、一人の時間が欲しくて……」

「……わかった。鍵をかけるのを許可しよう」


 使用人による嫌がらせと毒の件があったからだろう。父の耳にも入っていたので意向は二つ返事で受け入れられた。



 謁見の後、オリガがキリクの帰国を受けて訪ねて来た。

 リジンも入れて三人でお茶をしながら、話題は先程のウィルロアの話になった。


「ウィルロア様は何故自分の手柄としなかったのでしょう」


 無欲なウィルロアにオリガが不思議そうに訊ねる。


「我々の知らないラステマの事情があるのかもしれません。まだ国交が結ばれていない相手に、独断で貴重な治療薬を渡すにはリスクがあったとか?」

「それもあるが、私はウィルが両国のバランスを取ったのだと思う」

「と言いますと?」

「ラステマの王子がデルタ王妃の命を救ったとなれば、デルタはラステマに大きな借りが生じてしまう。これを和睦の取り決めで利用されればラステマに優位に働くだろう。反感やわだかまりが生まれないよう、両国のパワーバランスを崩したくなかったのではないだろうか」


 母がカトリを連れ戻すのを固辞した理由もそれだった。


「なるほど。確かに一理ありますね」

「ウィルロア様はまだお若いのに広い視野をお持ちなのですね」

「それで自分が割を食っているのだからやり方として正しいかは疑問だけどな」

「大義のために個を犠牲にする精神は素晴らしいと思いますよ」

「……」

「オリガ様、その辺にしてあげてください。我が主はこう見えて大変嫉妬深いのです」

「あら、もうすぐ結婚式を控えているのに?」


 オリガがコロコロと笑って揶揄う。

 今年オリガは成人し、母が元気を取り戻したので無事結婚式の日取りが決まった。

 カトリは参列できないが、滞在中にオリガを紹介することが出来てよかった。



 数か月後。

 予定通り家族と国民に見守られながらキリクとオリガは結婚式を挙げた。

 披露宴は日を改めて盛大に行われ、国中が歓喜と祝福に包まれた。

 ウィルロアからも心からの祝福を受けた。

 止まっていた時間を取り戻すように、そこからは良好な関係を築いていったと思う。

 ユーゴは相変わらずウィルロアに対して当たりは強かったが、反対派に与する友人とは関係を清算し、真面目に政務もこなすようになった。


 そして、仮和睦宣言から十年が経とうという頃。父と母はカトリをウィルロアに嫁がせると内々に決めた。

 十年、ウィルロアと過ごしたことで我々も含めてデルタ人のラステマ人に対する考え方が変わった。

 ウィルロアの過ごした十年は、本人が感じる以上にデルタ人の心を動かしていたのだ。



「次に会うときはラステマだな」


 ウィルロアがラステマへ戻る日、キリクが見送りに駆け付けた。


「楽しみに待っているよ。ユーゴも手厚く歓迎する」

「残念ながら俺は行かないんだよ」

「あーそれは心から残念だね」

「思ってもいない事を……。二度と顔を見せるなよ!」

「ユーゴ」


 二人の仲は相変わらずだが、ウィルロアがただ黙って耐えるだけではなくなったことで、傍から見れば気兼ねなく付き合える悪友の様には見えた。見えるだけだが。


「キリク」

「ん?」


 ウィルロアは馬車に乗り込む前に、振り返ってキリクを呼び止めた。そして言葉を選ぶように、二人だけの別れの挨拶を交わした。


「君の存在に幾度となく助けられた。礼を言う」

「……それは私の台詞だ」


 ウィルロアが手を差しだし、二人は熱く握手と抱擁を交わす。体を離すとウィルロアは握られた手を見つめながら静かに語った。


「僕らの関係を何と呼ぶのか考えた時に、悲しいけれど友人にはなり得ないのかなと思った時期があった」

「……そうだな。僕達は互いに国を背負う者同士、味方にも敵にも成り得るのだろう」

「うん。だから友人でいるのはすごく難しいことなんだ。でも――」


 ウィルロアは空の様に透き通る青色の瞳を向けた。それは大陸会議で出会った頃と、寸分違わぬ輝きだった。


「最後まで君を理解しようと努力することを誓うよ。道が違えたとしても、私が君を恨む事は決して無い。互いに国のために成せることをしたのだと思うから」

「ウィル?」


 ウィルロアは手を離すと笑顔で馬車に乗り込んだ。

 最後の言葉に不穏なものを感じ、胸騒ぎがした。その答えをユーゴが教えてくれた。


「あいつ、自分がカトリの婚約者じゃないと知っていましたよ」

「!? 何故――いや、それよりも訂正したんだろうな!?」

「しませんよ。どう考えてもアズベルト王子の方が条件もいいですから」

「ユーゴ!」


 ユーゴは悪びれもせず去って行った。

 急いで振り返っても馬車はもう米粒くらいに遠くへ行ってしまった後だ。

 違う、そうじゃないんだと、伝えたい言葉は空の中へと消えていった。



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