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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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キリクの過去1


 世界の三分の一を占めるウルハラ大陸は、二大大国ラステマとデルタ、十の小国から成り立っていた。

『商業の国ラステマ』は、豊富な鉱山資源と高度な技術で大陸一発展した国で、『豊穣の国デルタ』は、広大な土地と安定した気候から、農業が盛んで大陸一豊かな国であった。

 互いの足りない部分を補えば、両国はさらに発展し暮らしは豊かになるというのに、この二国は昔から仲が悪く、国交が断絶していた。

 痩せた土地で年中食糧不足のラステマと、農機具に使われる金属や鉱石が不足しているデルタは、関税が何重にかかろうとも金に糸目を使わず十の小国を通して物資を仕入れていた。


「先生。何故我が国はラステマと直接交渉が出来ないのでしょう」


 デルタ王国の第一王子として生まれたキリクは、後継者として帝王学を学びながら現在のラステマとの関係で、国益が大きく損なわれていると感じていた。

 キリクが質問をすると、大陸史の先生は眉間に皺を寄せて怪訝な表情を浮かべた。


「兄上、先生の授業を聞いておられましたか?」


 先生より先に口を開いたのは、一緒に授業を受けていた弟のユーゴ。

 ユーゴは信じられないと言わんばかりに呆れていた。


「そもそも残虐で非道なラステマ人に話が通じるわけがありません。聞かずとも分かることです」


 生意気な口ぶりの弟に、ついこちらまで喧嘩腰になってしまう。


「ラステマ人の残虐で非道な行いは、百年前の戦時下での話だろう。その戦争も五十年前に終結している」

「あいつらは兵士の目の前で家族を殺し、絶望の兵士を生き埋めにしたんですよ!? 血も涙もない冷酷な民族だ」

「お前こそ勉強し直せ。デルタ人とラステマ人は同じ民族だぞ」

「む」

「キリク様のおっしゃる通り、我々は同じ言語を使い、同じ大陸で生まれ育った民族です。しかし文化や育った環境は大きく違い、争いの歴史を歩んできました。終戦した後も両国には埋めることの出来ない亀裂があり、昔話だと割り切れない程、現在でも我が国のラステマ人への恨みは心に深く刻まれているのです」


 しかし教皇庁の元で結ばれた不可侵条約の締結後には、大きな争いは起きていない。それなのに両国の関係は改善されず現在に至っている。

 未だわだかまりが残るデルタとラステマ。国民感情に寄り添わなければならないのは十分理解しているつもりだ。

 キリクは納得できなかったがその場は口を閉じて授業の続きを受けた。



 授業の帰り道、考え事をしながら外回廊を歩いていると、庭園から美しい歌声が聞こえて来た。


「母上だ!」


 ユーゴが回廊を降りて芝の上を歩いていく。まるでハーメルの笛吹のように、二人は美しい歌声に誘われた。

 すると急にキリクの足が鉛のように重くなり、体が傾いだ。


「わ、わ、カトリ!?」


 キリクの足には妹であるカトリがしがみついていた。


「こらカトリ。兄上が転んでしまうではないか!」


 ユーゴが注意すると、カトリは直ぐに足から離れた。


「母上とお茶をしていたのか? 僕達を呼びに来てくれたのだな」


 カトリの目線の高さに合わせて膝をつく。カトリは口を動かしかけたが、きゅっと結んでしまい、言葉の代わりに大きく頷いてみせた。

 よく見ると先には侍女が待機していた。道案内をしてくれるのか、カトリは走って先に侍女と手を繋いで先導した。


「はは。僕達がついてきているか振り返って確認しているぞ。可愛いな」


 四歳の誕生日を迎えたばかりのカトリ。まだ一人で歩くには心許ないが、それがまた保護欲を掻き立てる。年の離れた妹は目に入れても痛くない程愛らしかった。

 ユーゴは浮かない顔をして、「可愛いけど心配です」と呟いた。

 ユーゴが憂慮しているのは、カトリの言葉が遅れていることと、表情が乏しいことだった。

 カトリは年齢の割に言葉の発達が遅れていた。しかし文字の読み書きは年齢以上に目を見張るものがあり、母は『この子は気持ちを表現するのが苦手なのかもしれない』と考えた。そして、気持ちを言葉にする練習にとカトリに日記を書くことを勧めた。

 日記はカトリに合っていたらしく、毎日嬉々として続けている。キリクにも見せに来てくれたことがあるが、四歳とは思えない美麗な字と表現力に驚かされたものだ。

 寡黙な妹が心の中ではお喋りなのだと知り、驚くと共に安堵した。

 ユーゴは逆に歯痒さを感じてしまったようだ。


「徐々に話せるようになると医師も言っていた。心配はいらないさ」

「ですが、無表情で喋らない王女では王家の恥だと言われかねないとみんなが……」

「誰がそんなことを! 全く恥ではない。カトリは豊穣の女神から祝福を受けたのだから心配は無用だ!」

「そ、そうですよね」


 カトリが生まれた時、背中には女神の祝福を受けた者にのみ出現する痣が刻まれていた。

 カトリは半世紀ぶりに現れた祝福子であり、王族の姫に祝福が降りるのは実に二百年ぶりのことだった。

 だから生まれた瞬間からその存在は尊く、国民から敬愛されている。多少の難があっても問題はなかった。

 なによりカトリの心内を知って、あの子が祝福子であるない関係なく、皆に愛される子だと感じた。

 ユーゴから不敬な発言をした者を問い詰めたかったが、美しい声音が近づき断念した。

 生い茂る草木を抜けた開けた場所で、母が長椅子に座って歌を口ずさんでいた。

 幼い頃によく聞かせてくれた子守唄。澄んだ声と心地のいいメロディーに、懐かしさを覚えて暫し聴き入った。

 しかしカトリが母の胸に飛び込んでしまい、歌声は途切れてしまった。母は愛おしそうにカトリを抱きしめた。そしてキリクとユーゴに気付き、カトリを抱いたまま笑顔で手招きをした。


 母子水入らずのお茶会は、カトリが眠くなったタイミングでお開きとなった。

 ユーゴが母の膝からカトリを抱き上げ、部屋まで運ぶと申し出た。カトリが既にユーゴの首にがっちりと腕を回して身を預けているので、悔しいが引き下がるしかなかった。

 一人寂しく立ち上がったキリクを、母が呼び止めた。


「キリク、何か悩み事でもあるのですか?」


 お茶をしている間、授業でのことが引っ掛かり、時折考え事をしてしまったのだが、顔には出さず終始楽しんでいたつもりだ。

 しかし母はキリクの機微に気付いたようだ。人払いをし、話しやすいよう場を整えてくれる。


「……今のデルタは過去に縛られ過ぎているように感じます」


 キリクがこんな考えを持つのは、平和な時代に生を受けたのが大きいだろう。

 決して歴史を軽んじているわけではないが、過去の出来事で未来を生きる者達にいつまでも責を負わせ、我慢を強いるのは違うのではないかと思うのだ。


「植え付けられた負の感情にとらわれて選択肢を狭めてはいないか、本質を見誤りそうで怖いのです」


 先生やユーゴはああ言ったが、歴史の授業自体が偏向している気もする。ラステマ人への憎悪を幼い頃から教育で植え付けているのも問題だった。


「あなたが不安に感じて正解が出せないのは、あなた自身が未熟だからでしょう。これから多くを学び、経験していく事で己の選択に自信が持てるようになると思います」

「はい」

「あなたが問題に目を逸らさず、向き合っているのが喜ばしいです。今後もたゆまぬ努力を続けてください」


 母はキリクの気持ちに寄り添い、話を聞いてくれた。

 母が手を伸ばして愛しそうに髪に触れた。十歳にもなって頭を撫でられるのは気恥ずかしかったが、弟や妹がいないので甘んじて受け入れることにした。

 父から王位を譲り受けたなら取り組んでみよう。ラステマとの関係改善を。

 困難な道だと理解しながらも、心は不思議と軽く新たな目標に清々しい気持ちで庭園を後にした。


 まさか、この一年後の大陸会議で両国の関係が大きく好転するとは、この時のキリクは想像もしていなかった。


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