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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第一章

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兄と婚約者

 

 翌日、舞踏会の前にデルタの一団を歓迎した晩餐会が開かれた。

 国王、王妃の向かいにはキリクとカトリが座り、続いてアズベルトとウィルロアの順になるものだから、ウィルロアの前にはオルタナ公爵が座していた。

 晩餐は人数が多いのもあり、それぞれが食事を楽しみながら近くの者同士で会話を楽しんだ。

 国は違っても長年デルタに住んでいたウィルロアは、オルタナやリジンと会話を楽しんだ……のだが、先程から右耳だけは隣に聞き耳を立てている。

 何故に俺とカトリの席が遠い!? そして何故にアズベルトとカトリが近い!?

 前日にキリクから聞かされた二人の関係に、モヤモヤしたものが残るウィルロア。

会話を楽しむ振りをしながら神経は常に二人へ集中していた。いや、よく見るとアズベルトを気にしているのはウィルロアだけではないようだ。


「君の着ているドレスは私が変えさせたのだ。やはり赤がよく似合うな。どうだ気に入ったか?」

「……」

「部屋に贈り物も届けておいたが見てくれたか? 君の美しさを一層際立たせる宝石をあしらったものだ」

「……」


 アズベルトに怒りを通り越して呆れてしまう。

 キッモ。は? キッモ。恋人でも婚約者でもない男に勝手にドレス変えられるって恐怖でしかないだろ。どういう神経してんの? しかもさっきから人の婚約者にちょっかいかけやがって。こんなあからさまにアプローチしてたのかよ。周り見てみろデルタの一行ドン引きだよ。キリクなんて途中から不機嫌隠してないからな?  この微妙な空気を心置きなく吸えてるの、お前だけだからー!

 アズベルトの行為は異常だった。それでもキリクをはじめ、デルタの一団は不快に感じて席を立つ者も会話を邪魔する者もいなかった。それはラステマも同様で、誰もが静観してアズベルトを咎めない。


「ラステマでの食事も久々だろう。好物ばかり用意させたからたくさん食べるといい」

「……」

「君のために舞踏会での選曲を頼んでおいた。安心して私と踊るといい」

「……」


 完・全・無・視。

 カトリ王女、完全無視でございます!

 なんとなくデルタからはざまぁ感が出ているし、ラステマからはこれで目を覚ませ! という期待が感じ取れるのはおそらく気のせいではないだろう。

 どういうことだ? 

 ウィルロアは会話を楽しみながら、頭の中ではフル回転で現状を把握しようと努めていた。

 やはりカトリは自分と結婚する気があって、アズベルトの好意を迷惑に思っているのかもしれない。先程から二人の関係は親しいどころか十年同じ城で暮らしていたのに気心も知れていないように見える。

 アズベルトの好意はあからさまだが一方通行だし、カトリは無反応過ぎて全く気持ちが読めない。

 こうなってくると、あの山火事でのカトリの対応も本当かよと疑いたくなる。啖呵を切って被災地を救ったとか、今の彼女の姿を見てそれすら信じられなくなってきた。

 掴めない……。この子、全然掴めないんですが!?


「王女のおかげで退屈だった日常に再び活気が取り戻された」

「……」


 おいちょっと黙れ。お前は分かりやす過ぎなんだよ、筋肉馬鹿!

 いい加減頭に来たウィルロアはついに口を挟むことにした。

 カトリは全無視だし周囲は自分で気付いてほしそうだが、このまま放っておかれても彼女が気の毒だろう。


「王女はラステマの食事では何が一番好きですか?」


 ウィルロアが二人の会話に割り込むと、鳥肌が立つような殺気が隣から漂った。

 こっわ。


「……私は」

「!」

「……干し柿とチーズのパンが好きです」


 声ちっさ(二回目)。


「それは美味しそうですね」


 カトリの答えにすかさずキリクも会話に参加する。


「ラステマでは痩せた土地柄、新鮮な野菜を食せぬ故、工夫して保存食を使った料理が多いのです」


 続けてレスターも会話に混ざる。


「是非キリク王子にも食べていただきたいわ」

「滞在中に用意させよう」


 国王夫妻まで続けば会話は大きなものになり、皆でラステマの保存食の話になった。

 これでカトリが困ることはないだろう。

 見事筋肉馬鹿からお姫様を救い出し、お役御免となったウィルロア。悠々とワインを傾けるとふと視線を感じた。

 グラスを口に傾けたまま目だけを動かし視線の先を探す。

 アズベルトが睨みを利かせているかと思ったら、こちらを見ていたのは斜め向かいに座るカトリだった。

 ウィルロアは思わず周囲を見回し、自分を見ているのだと確認する。


「……ウィルロア様は……」


 保存食の話で盛り上がっていたのだが、カトリが小さな声を発した途端ぴたりと止んだ。


「……」


 名指しされたウィルロアはワインを含んだ口をグラスから外すと、それから時間差でごくんと流し込んだ。


「…………好きな食べ物は何ですか?」

 

間が長いな! 息止まったわ!


「ええと、それはデルタの料理の中で、ということですか?」


質問の詳細を訊ねたがこちらをじっと見つめるだけでカトリは何も言わない。


「デルタの料理は全てが美味しかったので一つを選ぶのは難しいです。しいて言うなら、デルタに来て日も浅い頃に食した『ジャグロ』という野菜料理はとても思い出深く心に残っています」


 淀みなく答えるウィルロアにキリクが補足する。


「あれはウィルが七歳の頃だったかな? 私もよく覚えている。君は『ジャグロ』を食べてぽろぽろと涙を流した」


 思わず吹き出しそうになったのを我慢して、「キリク殿その話は――」と遮る。

だが周囲は話の先を聞きたがった。


「何故ウィルロアは泣いてしまったのです?」


 母は身を乗り出し、自身が知らぬデルタでの息子の幼少期の話を聞きたがった。それはテーブルを囲う全ての者が同じ気持ちだった。

 勘弁してくれ! 皆の前で赤っ恥かかせるなよ。


「実はウィルは――」

「こいつが軟弱なだけですよ」


 場に似つかわしくない棘のある口調に、会場はしんと静まり返った。

 先程までの和やかな雰囲気はアズベルトの一言で一変した。

 アズベルトだけはウィルロアの過去に興味を抱かなかったのだろう、キリクの話を遮り、食事の手を動かしながらぶっきらぼうに言い切った。


「男が人前で泣くなんて情けない」

「いいや、ウィルは――」


 それでも続けようとしたキリクの話を、再びアズベルトが遮ってしまう。


「国元を離れ寂しくて泣いたのでしょう。根性のない奴だ!」


 自国の王太子の話を遮ったラステマの王太子の失礼極まりない態度に、デルタの一団からはっきりと笑みが消え、怒りが伝わってくる。

 アズベルトの冷やかな物言いに緊張が走った。

あまりの静寂に部屋にはアズベルトのナイフを動かす音だけがやけに響いていた。


「……その通りです」


 ウィルロアは顔を上げ、沈黙を破ると、頬を掻きながら鉄板のはにかんだ笑顔を浮かべた。


「兄上の言う通り、国を背負うという覚悟が足りていなかったのですよ」


 それからアズベルトに向き直って礼を言った。


「幼少期の恥ずかしい話です。止めていただき助かりました」


 声を立てて笑ってみせる。

 お前が腹を立てているのはカトリとの会話を邪魔した俺にだろう? 意中の相手の婚約者が目障りなだけだろう? 

だがな、私怨と公務を混ぜるな。ここは外交の場なんだよ!


「……」


 おいなんとか言え筋肉馬鹿! せっかく変な空気を戻してやろうとしてんのに……。頼むから皆も笑ってくれ!

 ウィルロアの援護にラステマ側は皆作り笑いをしたが、対してデルタ側の張り詰めた空気までは変えることは出来なかった。

 どうする?

 再び口を開きかけた所へ、一人の侍従が前に出た。


「皆様そろそろ舞踏会のお時間となります。会食の途中ではございますが、舞踏会場でもたくさんのお料理を用意いたしておりますので、そちらで続きをお楽しみください」


 年若い侍従が堂々と会の終了を知らせた。 

 重苦しい空気に救いの手を延べたのは、先日アズベルトに叱られていた侍従だった。

 時計を見ると確かに準備に取り掛かった方がいい時間になっていた。

 国王が席を立ち、それに倣って皆も席を立つ。

微妙な空気は拭えないが、会がお開きとなったことでほっと胸を撫で下ろす。

 あー早く部屋に戻って鍵かけて罵りたい。そんな気分だ。

 再び視線を感じ振り返ると、やはりというか、カトリがじっとこちらを見ていた。


「ダンス、楽しみにしていますね」


 そう声をかけるとカトリは、表情を変えることなく一拍置いて頷いた。

 反応してくれたことが嬉しく、可愛らしい素振りにウィルロアも微笑んで頷いた。

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