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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第三章

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49/79

和睦は白紙となる


『ごめんなさい――』


「ハッ!」


 デルタ王国の第一王子キリクは、馬車の中で悪夢に魘されて目を覚ました。

 いつの間にか眠っていたらしい。

 カーテンを開けて外の様子を窺うと、太陽が地平線から半分ほど姿を現し今が朝なのだと知った。

 向かいに座る侍従のリジンも眠っている。腕を組んでバランスを取ろうとしているが、頭はぐらぐらと揺れていた。

 ラステマの街道を五台の馬車と数十の馬が慌ただしく駆けていく。

 集団はデルタ王国の一行で、ラステマ王国との和睦のために並行して行われる、カトリ王女とウィルロア王子の婚約式に参席していた。

 本来であればあと数日はラステマで過ごし、そのまま教皇庁があるアマスで和睦締結の式典に臨むはずだった。

 それが着の身着のままラステマを飛び出したのは、神聖な儀式の最中に襲撃があったからだ。

 襲撃を先導したのはラステマの第一王子アズベルト。

 アズベルトは両国の王族や大陸中の招待客が参列している中で、大胆にも父親であるラステマ国王の胸を貫き、聖堂を血の海にした。

 アズベルトの謀反の後に賊が聖堂内になだれ込んだ。騒乱の中でデルタは、王族の安全を最優先に確保するため、カトリ王女を連れてすぐにラステマを出国した。

 そこからほぼ一日、休憩もせずに馬車に揺られている。


「まさかこんなことになるとはな……」


 キリクは自身の左腕を擦りながら呟いた。

 十年もの歳月をかけて準備をしてきた。それが最後の最後で反対派の妨害を受けて覆されてしまった。

 アズベルト王太子の謀反という印象が強い襲撃だが、実際は和睦反対派組織による犯行だとキリクは確信していた。

 二年前に一掃できたと思っていた反対組織は、完全には排除出来ていなかった。悔しさで拳を握る。

 包帯で巻かれた傷は馬車の揺れに合わせてどくどくと脈打っていた。


「大馬鹿者が」


 キリクは苦い気持ちで目を瞑り、先程まで自身を苦しめていた悪夢を思い出して嘆いた。

 いいや、あれは悪夢ではない。数刻前に実際に起こった出来事だ。

 この短時間で世界は一変してしまった。

 今頃大陸中に和睦が暗礁に乗り上げたことが広まっているだろう。

 今後を考えると頭が痛くなる。それでもデルタの王族として、今後自分が成すべきことを懸命に考えた。

 考える時間はまだあるし、現時点ではデルタの方が襲撃を引き起こしたラステマより優位な立場にある。卑怯な手ではあるが、対立の時はここを突くべきと思った。

 揺れる馬車の中でキリクは一人推考を重ねた。


 太陽が高く昇ると、追手がないのを確認して一行はようやく休憩を取った。

 国境を超えていないため、馬を休ませるのを最優先にして王族は馬車の中で待機した。

 火を起こして暖かい料理が運ばれたが食欲はわかなかった。今後の情勢を考えると気が重く、食が喉を通らなかった。


 そこからキリクが馬車から降りたのは、ラステマとの国境を越えてからだった。

 先遣隊が調達してきた馬と交換するタイミングで、キリクは狭い空間からようやく解放された。

 身体中は軋み酷く痛んだが、二日ぶりに外の空気を吸えて頭がすっきりとした。


「陛下がお呼びです」

「すぐに行く」


 野営の準備に追われる中で、真っ先に建てられたテントの中に、侍従のリジンを連れ立って入る。

 国王は用意された簡易なベッドで横になり、顔は温かいタオルで包まれていた。

 マッサージをしていた国王付きの老齢の侍従がキリクの到着を耳打ちし、タオルをそっと取る。父はゆっくりと起き上がるが、その動作と表情はニ日前の姿とはがらりと変わって憔悴し、酷く老いたように見えた。


「二人共、来たか」


 振り返るとカトリも呼ばれたのか、護衛に送られて来たところだった。

 着替えをする暇もなかったのか、二日前に聖堂で婚約式を執り行うための花嫁のようなドレスを身に纏っていた。

 婚約式が血の海と化した後で見ると悲壮感がより濃く、より切なく映る。

 父はキリクとカトリに座るよう勧めた。

 カトリの護衛は一礼して席を外し、父とキリクの侍従は主の背後に控えた。


「怪我はどうだ」


 キリクは体を強張らせて答えるのを躊躇った。父がキリクの左腕を見て訊ねたからだ。


「……お兄様、お怪我をされていたのですか?」


 思わずカトリの視界から左腕を隠すよう身体を逸らす。


「皆無事で難を逃れたと聞いていたのですが……」


 カトリの言う通り、不幸中の幸いでキリク以外はデルタ側に被害はなかった。

 守られるべき王族のキリクが怪我をした。その事実にカトリは不思議そうな表情を浮かべた。そして怪我が秘匿されていたこと、式での席順から聡い妹は勘付いてしまった。


「まさか――、ユーゴお兄様……?」


 後ろで控えていたリジンが外に漏れ聞こえはしないか確認しに出て行く。 

 大聖堂で襲撃があった時、アズベルトは父親であるラステマ国王に剣を向けて胸を貫いた。

 実はその片隅で同時刻、キリクはユーゴに腕を切りつけられていたのだ。

 直後のラステマ王妃の悲鳴で参列者の注目はアズベルト王子にだけ向けら、幸いにもユーゴの犯行に気付く者はいなかった。

 立て続けに賊が侵入したので混乱に乗じてキリクは怪我を隠し、ユーゴの襲撃をうやむやに出来た。

 オルタナ公爵はいち早く異変に気付き、その場でユーゴを拘束した。キリクはオルタナに目配せをし、意図を理解した公爵は周囲に悟られないようユーゴを馬車に乗せた。道中で父に報告をし、リジンに手当てをしてもらった。


「幸い深い傷ではなかったので大事ありません」


 毒も塗られていなかったし感染症もなく予後は良好だ。軽症だと伝えてもカトリはショックで青ざめていた。


「何故、ユーゴお兄様が……」


 それはキリクも知りたかった。

 弟ユーゴとは一定の距離はあったが殺したいほど憎まれていたかといえばそうは思わない。

 ユーゴは王族としてのプライドは高かったが王位に興味はなく、政務も面倒がって遠ざける傾向にあった。

 襲撃の要因の一つとして、アズベルト王子と同じ和睦反対派の介入があったのではないかとキリクは考えた。

 アズベルト王子の襲撃と同じタイミング、且つ王座を狙った謀反に見せかけた構図まで似通っていたので、反対派が確実に儀式を阻止するためにユーゴに保険をかけたのではないだろうか。どちらかが失敗しても目的は達成されるように。

 あの時、ユーゴは幼子の様に「ごめんざさい」と泣きそうな顔でキリクに助けを求めた。

 その姿を見て咄嗟にユーゴを守らなければと体が動いた。

 一体、弟の身に何があったというのか……。


「道中でオルタナがユーゴに聞き取りをした」

「ユーゴはなんと!?」

「婚約者であるシシリ嬢を人質に取られ、脅されていたそうだ」

「そんな――!」


 やはり弟にはのっぴきならない事情があった。

 ユーゴの置かれた状況を理解できたと同時に不憫で怒りが込み上げる。

 弟は不器用で、一見シシリをぞんざいに扱っているように見えるが、その裏で一途に想いを寄せていたのをキリクは知っていた。


「反対組織の仕業ですか!?」

「シシリは無事なのですか!?」


 父は二人に手をかざして黙らせた。


「ユーゴも犯人を知らないそうだ」


 ユーゴは手紙で脅されていた。自分にしか知り得ないシシリとの話に加え、髪を一房添えられて、誘拐を信じたそうだ。


「あくまでユーゴの主張であり裏が取れない状況下では真偽が定かではない。シシリ嬢が今どんな状態か、王都が今どういう状況にあるのか、全て不明だ」


 デルタ城からラステマ城までは馬車で移動するのに一週間はかかる。早馬でも四日はかかるだろう。すぐにでも状況を把握できないもどかしさがあった。


「ユーゴお兄様は今どちらに?」

「先程オルタナに命じてゲルダンの保養地に向かわせた。事がすべて終えるまで一先ず軟禁することにした」


 軟禁という形を取ったのは、父が弟の処遇に迷っているからだろう。

 デルタの王太子に殺意を持って切りつけたなら即刻死刑となる。ただしユーゴが王族であり、キリクが無事だったことで処刑は免れても、排斥か禁固刑はあり得た。


「ユーゴは本気で私を殺すつもりはありませんでした」


 キリクはユーゴを擁護した。

 ユーゴが犯行に使用したのは小刀で、腕に二十センチほどの傷が付いただけで本気で手にかける気が無かったのは傷の浅さからも推察できた。

 シシリの身に何かあって脅されていたのなら、なんとかして助けてやりたい。直接言葉にはできずとも、父やカトリも同じ想いだった。


「ユーゴの周囲にもっと気を配るべきでした」

「いいや責はあれを放任していた私にある。例え脅されていたとしても式典で王太子に剣を向けるなど言語道断。婚約者を救う手立てもなく国に与える影響とリスクも判断できない愚かな人間に育て方を間違えたということだ」

「……」

「今は誤魔化せてもユーゴの一件が明るみになれば何かしらの処罰を下さねばならない。和睦が潰えた今、国内の混乱と王家に対する非難は免れないだろう」

「父上は既に和睦は潰えたとお考えなのですか?」

「そうだ」


 キリクの問いに父は断言したが、後ろに控えていた侍従達は身じろいだ。

 父の侍従がラステマ王の生死はまだ不明だと補足し、キリクとリジンが今後の教皇庁の出方を予測した。


「式典は暗礁に乗り上げたと考えるべきかと」

「式典の延期を申し出てはどうでしょう」


 それに対して父が再び和睦は成立しないと否定した。


「ラステマ王の生死も、教皇庁の判断も待っている暇はない。此度の騒動で王弟派や教会が即座に反応するのは目に見えている」

「……」

「神聖な儀式を血の海にされた後で教皇庁が協力的になるとは思えんし、ラステマ王が死んだ場合は和睦締結は不可能となる。聖約に抵触するからな」


 聖約の二文字に全員が厳しい顔で押し黙った。

 教皇庁の元で結ばれる国家間の条約には多くの聖約が存在する。厳しい条件の元で結ばれる条約だからこそ、簡単には覆せない効力が発揮した。

 今回の締結に当てはまるのが、『一世一代の聖約』と『確固たる信念』の二つだ。

 『一世一代の聖約』は、王は在位中一度しか教皇庁に締結の仲介を申し込むことが出来ない。

『確固たる信念』は、聖約が果たされなかった場合、同じ内容では二度と結び直すことは出来ない、というものである。

 神の名の元で聖約を設けて結ばれる和睦は、代替わりしたからといって簡単に覆せるものではない効力と期待があった。

 和睦が反故になれば二つの聖約が果たされないことになり、次の機会は百年後か、はたまた永遠にそんな機会は訪れないかもしれない。

 だからキリクや侍従達は諦めきれない想いがあった。しかし父はそんな甘い考えは捨てるべきだと言った。


「大陸中の重鎮が集まる中で起こった襲撃だ。国の象徴である王族を危険に晒した罪は重く、それだけで報復の対象となる。和睦もカトリの婚姻も、全て白紙と思って手を打たなければ……」


 カトリがドレスを握り、無表情の下から滲み出る悔しさを見てキリクは不憫に思った。

 妹は十年身を犠牲にしてきた。和睦への想い入れは誰よりも強いだろう。

 時は待ってはくれず、選択の時が迫っていた。

 有事の際、第一に守るべきは国だ。キリクはこの場で幼い頃に描いた夢と決別をしなければならなかった。


「ではすぐにでもラステマと交渉をしましょう」


 キリクは気持ちを切り替えて父に提案した。


「交渉?」

「はい。ユーゴの件が露見していない今が好機です。敢えて反対組織の存在は隠し、襲撃はアズベルト王子の謀反が原因であるとします。デルタは襲撃に一切関与していない姿勢を貫き、ラステマに責任を追及するのです」


 アズベルト王子が派手に暴れてくれたお陰で、襲撃はラステマで起こり非はラステマにあると印象付けられるはずだ。


「ラステマに損害賠償を請求し、補償金で本来受け取るべきだった利益を得るのです」

「なるほど。それなら実質我が国の損失は最小限で済むな」


 国王が一番恐れているのは、政敵である王弟派に付け入る隙を与え、和睦に反対していた家紋やカトリを人質に差し出すのを反対していた教会からの非難が大きくなる事だった。

 最悪なのは三者が手を組み王家に反旗を翻して内乱に発展すること。王都に辿り着く前に何らかの利益、またはそれに準ずるものを生めば情勢はマシになるはずだ。

 賠償請求をする話に国王付きの侍従とリジンも賛同した。


「キリク様の言う損失の面を賠償で補うのは賛成ですが、ラステマが素直に頷くでしょうか」

「ラステマ国王の安否も不明の中、混乱の中で交渉が長期化する可能性が高くこちらの意図に気付かれてしまっては元も子もありません」


 こちらもユーゴの襲撃という爆弾を抱えている。キリクも早期決着が鍵と考えていた。


「ふむ……」


 父もキリクの意見に賛成し、早期解決のためにある提案をした。


「ラステマは混乱の最中にある。敢えて圧力をかけ合意を急かそう」

「圧力、ですか?」

「軍を動かす」

「!」


 父の言葉に全員が息を呑み、テント内に緊張が走った。


「不可侵条約に抵触する恐れがあるのでは?」

「ラステマは王族を危険に晒した。その時点で不可侵協定の保護を受ける資格は失ったといえる」


 侍従達は顔を見合わせた。軍を動かすことに躊躇っている様だ。


「つまり、我が国が進行を開始しても正当な報復であると言えますね。軍を動かせば国内外に向けての牽制にもなります」


 いち早くキリクだけは父の意見に賛成した。


「待ってください!」


 今まで静観していたカトリが声を上げる。


「戦争を起こす気ですか!?」


 父の代わりにキリクが答えた。


「軍はあくまで交渉のため、脅しとして行使するのだ」

「脅しが本当の戦争に発展したらどうするおつもりですか!」

「それはない」


 断言するキリクにカトリと二人の侍従は首を傾げた。


「相手はあのウィルロアだ」


 襲撃でラステマ王は生死が分からず、王太子は牢獄行き。今、ラステマを動かしているのは第二王子であるウィルロアだ。


「父上やラステマ王も平和主義だが、ウィルロアはそれに輪をかけて甘ったれた考えの持ち主だ。是が非でも戦争を避けるだろう。国民に犠牲を強いるくらいならこちらの条件を飲むはずだ」

「ラステマには優秀なカンタール家と戦争狂と謂われる軍師ファーブルがおります。後ろ盾のないウィルロア様が押し切られる可能性は考えられましたか? 交渉を優位に進める保証も、軍事衝突が全く無いという保証もありません!」


 ラステマの内情を知るカトリだからこそ言葉には重みがあった。父がそんなカトリにあからさまに眉をひそめる。

 キリクは妹に黙っているよう目配せしたが、カトリは止まらなかった。


「十年前までは国境付近での衝突もあったと聞きます。当時被害を被ったのは付近の町村です。戦争は人的被害だけでなく、豊かに実った田畑や家も燃やしてしまう。交渉の駆け引きのためだけに軍を動かすのは反対です!」

「確かにラステマが応戦した場合、国境付近の衝突は避けられないが、それは内乱が起こった場合も同じだ。私はウィルロアの性格を熟知している。私に任せてくれれば必ず上手くやってみせる。成功すれば失う以上の利益を得られるのだ。試す価値はある」

「ウィルロア様はお兄様にとっても大切な友人ではないですか! そのように、騙すようなことをしてなんとも思わないのですか!?」


 覚悟は決めてもカトリの言葉はキリクの心を抉り、反動でつい言葉が荒くなってしまう。


「お前こそ、その発言がデルタの王女として正しいと胸を張って言えるのか!?」

「――っ」

「お前はもうウィルロアの婚約者ではない。ラステマはもう友好国ではなくなったのだ!」

「……」

「友人と言える関係だとしても、自国の弊害になると判断したなら切り捨てる。私もウィルロアも王族としての誇りと国家に対する責務を最優先に考えているのだ」

「でも――」

「カトリ。もう遅いから戻りなさい」


 父がため息を溢し、カトリに退出を促した。王の命で慌てて侍従がテントのカーテンを開ける。


「……」


 呼ばれた護衛が入り口で控えたが、カトリは出て行こうとはしなかった。それでも父はこれ以上カトリと話す気は無い様だ。

 カトリは口を真一文字に引き結び、ドレスの裾を強く握りしめて踵を返して出て行った。


「他国で暮らした弊害か……。王女としての自覚が足りんな」


 父の嘆きに侍従が擁護する。


「長くラステマで暮らしておりましたのでお心を砕いてしまうのも仕方ありません」

「それが危険だと言っているのだ。己の置かれた立場を理解していたなら、あんな言動はせん」


 ラステマに情が沸いても、デルタ国唯一の王女が他国を庇う発言をするのは危険だ。

 重い空気を打ち消すように、父が手を叩いて話を戻した。


「交渉するなら王城に戻る時間も惜しいな。オルタナ邸を拠点に利用できるよう手配しよう」


 オルタナ公爵邸はここから一日で到着できる。ラステマとの国境近くにあるので大幅な時間短縮になるだろう。私兵を多く抱え、警備もしっかりしているので臨時の拠点に適していた。


「ラステマの件は全権をキリクに任せよう。私は王都に戻り騒動の収束を図る」

「お任せください」

「王女様はいかがいたしますか?」

「一先ずカトリはオルタナ邸に残す」


 あの様子では父と共に王都に戻っても危ういだろう。落ち着くまではキリクと共にオルタナ邸で過ごすことが決まった。


「すぐに行政官と賠償の内訳を詰めて持って来るように。時間も惜しいのでここから使者を送るとしよう」

「畏まりました」

「どんな結果になっても責任は全て私が取る。思う通りに行動しなさい」

「はい。ありがとうございます」


 そこからは時間との勝負になった。

 父とキリクは役割を分担し、ラステマとの交渉と並行してシシリの誘拐と裏切り者の粛清、国内外と教皇庁の対応をすることになった。


 その後、キリクは行政官と共に賠償の草案を練り、深夜には父に提出して使者を送り出すことができた。

 一息付けた頃にはすでに空が明るんでいた。

 食欲はなかったが無理矢理食事を口に運び、馬車に戻る。体を拭いて着替えを済ませると、窓が叩かれリジンが腕の包帯を交換しにやって来た。


「結局揺れる馬車でまた眠ることになりそうだ」

「……」

「オルタナ邸に到着したなら軍師宛に早馬を出して行軍の準備を進めてもらう。移動中に――」

「……」

「リジン」

「あ、すみません」


 上の空のリジンに「どうした」と声をかける。包帯を巻き終えたリジンは戸惑いながらキリクに訊ねた。


「ウィルロア様とは良き友人関係に在るのだと思っていました」


 リジンもカトリと同じようにキリクの変貌に驚いているようだ。


「その……、殿下はウィルロア様に恩と罪悪感を抱いているようだったので……。ご無理をされているのではと心配になりました」


 親交のあったウィルロアを即座に切り捨てる決断を下したキリクに、リジンは真意を測りかねているようだった。


「カトリにも言った通り、最初からウィルロアとは純粋な友人関係にはなり得なかったのだ。それは彼も十分理解している」

「……」

「デルタの王太子として、私情を挟まず国を導くために尽力するつもりだ」

「出過ぎたことを申しました」

「構わない。これをオルタナの元へ届けてくれ」


 リジンが一礼して去ってゆく。途端にどっと疲れがやって来てキリクは手をついた。

 出発の時間まで少し横になろう。身体を伸ばして毛布を被った。


「罪悪感と恩か……」


 リジンに指摘された通り、キリクはウィルロアに大きな恩と罪悪感があった。同時に、デルタを去った時のウィルロアの言葉がキリクの中で大きく意味を成していた。


『道が違えてしまっても、最後まで君を理解しようと努力することを誓うよ。私が君を恨む事は決して無い。互いに国のために成せることをしたのだと思うから』


「本当に、道は違えてしまったな……。私も国のために成すべきことをするよ」


 しかし、ウィルロアとは違いキリクが彼を理解することはないだろう。

 選んだ道を進むうえで邪魔になると判断した。

 それがキリクとウィルロアの違いだった。


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