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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第二章

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手紙?

 

 会議の間から飛び出したウィルロアは、行き先も告げず歩き続けた。

「お部屋で休まれますか?」


 マイルズが心配そうに声をかける。

 もう駄目なのか? もうデルタは戦争をする気なのか? デルタと殺し合う未来しか残されていないのか?

 キリクは、両陛下は、カトリはーー。

 デルタで過ごした日々が昨日の事の様に感じる。生きとし生けるもので満ち溢れた生命豊かな国。このままでは戦争によって傷つき、火の海になってしまう。

 それはラステマも同じだ。

 ウィルロアにとってはどちらの国も大事な郷里だった。人も土地もかけがえのない愛するもの達。

 カトリ、君もそうだろう? 

 ウィルロアの足が止まる。目を閉じてここにはいない、愛する人を想った。

 両国の現状に傷ついているのではないだろうか? 泣いてはいないだろうか?

 ウィルロアは自分の不甲斐なさが腹立たしく、無力感に打ちひしがれていた。

 何が『迎えに行く』だ。望みを抱かせておいて何も出来やしない。口先だけで駄々を捏ねて縛り付けて、ただの自己満足じゃないか。カトリの方がよっぽど現実を見ていた。俺は、俺は――。

 何も出来ない歯痒さで現実から目を反らすようにぎゅっと瞑った。


「あの、殿下、少々よろしいでしょうか?」


 そこへウィルロの後を追ってきた政務官が遠慮がちに声をかけてきた。

 マイルズが「何ですか?」と代わりに訊ねる。


「先程商人からエーデラルを経由して、殿下宛に手紙? が届きました。見覚えがあったので急ぎ持ってきたのですが――」

「それは!」


 マイルズの驚く声にウィルロアも振り返る。マイルズは政務官から手紙を受け取り、急いでウィルロアに見せた。

 その『手紙?』には確かに見覚えがあり過ぎた。

 目の前に差し出された筒型の形状の手紙。


「――っありがとう!」


 カトリだ。ウィルロアには直ぐに分かった。カトリがデルタからウィルロアへ手紙を送ってくれたのだと。

 商人を使い、エーデラルを経由したのは、デルタには内密で私的に伝えたいことがあったからだろう。

 政務官はお辞儀をして去って行き、ウィルロアはその場で急いで中を確認した。

 確認して、喜びと一縷の望みが一瞬にして泡となって消えてしまった。


「……」


 手紙を読むウィルロアの表情は徐々に曇っていき、持っていた手が気持ちと共に沈んでいく。


『既に私はこの結婚を望んでいません』


 何十枚にもなった手紙は、確かに見覚えのあるカトリの字で綴られていた。

 カトリは最後に会った時のウィルロアが、『迎えに行く』と発した言葉を気にしていたという。あの時強く否定しなかったことを悔いていると、下手な望みを残してしまったことでデルタの条件をのまず、対話を続けようとしているのではないかと。

 ウィルロアにデルタが提示した賠償を全て受け入れ、戦争を回避するよう進言していた。


『既に私はこの結婚を望んでいません。今すぐ考え直し、デルタの条件を即刻のんでください。今から書く事が真実です。私は戦争を望んでいない。これが私の意志です』


 思わず手紙を握りつぶしそうになった。

 駄目だ。これ以上先を読めない。心が折れそうだ……。

 ウィルロアの憔悴した姿にマイルズが心配して声をかける。


「殿下、大丈夫ですか? お顔の色が優れないようです」

「……」

「王女は、何と?」


 ウィルロアはため息を溢し、苦し気に手紙の内容を口にした。


「……条件をのめと。戦争を望まないのがカトリの意思だ、と……」

「殿下?」


 ウィルロアは言葉を止めて、何かに気付いたのかもう一度手紙を読み始めた。


『デルタの意思とは、カトリの意思でもある』


 既視感を覚えてキリクの言葉を思い出す。

 ここでわざわざ『意志』という単語を使うだろうか? 間違いではないが違和感はある。それにその前の文脈。

『今から書くことが真実です』

 『私』が『デルタ』に置き換えられるなら?

 ウィルロアはその先を急いで読んだ。

 手紙は十枚以上もあるもんだから全部読み終わるだけで数分を要した。

 マイルズは黙って主を見守った。

 手紙には、ウィルロアへの恨みつらみも書かれていた。これを最初の精神状態で読んだら数倍ダメージを受けただろう。


『デルタに戻るとあなたの噂を耳にしました。シシリ令嬢に好意を寄せられていたそうですね。聞くと他にもたくさんの令嬢と懇意にしていたと。婚約者がいるのに数多の女性を虜にしたあなたにはとてもがっかりしました。幻滅しました。だからこの結婚が白紙になってむしろ良かったのかもしれません。でも令嬢達に罪はありません。多少の諍いはありましたが誤解も解け、今ではシシリは私の侍女として傷ついた私を励ましてくれています。そしてこれからは積極的に政務にも携わって行こうと思います。オリガ妃殿下が懐妊中なので、代わって教会の奉仕活動を重点に王女の務めを果たします。もうあなたの事は忘れて、私はデルタのために生きていく覚悟です。ですからあなたも、この無意味な戦争をやめる最善の策を選択してください。オルタナ将軍はとても強く――』


 待って俺は何もしてない! 幻滅!? ぐはっ、それ励ましながら俺の悪口吹き込んでるだろ……。ああ、手紙だからすぐに否定できないもどかしさぁ!

 これがカトリのカモフラージュだと知りながらも、手紙に多少のダメージを受けながらウィルロアは何度も何度も手紙を読み返した。

 ああ……、ああ、ああ!


「カトリ、君って人は――」


 最後まで共に両国を想い、ウィルロアを信じて背中を押してくれる。

 ウィルロアの心が再び奮い立つ。

 デルタは戦争を望んでいない。そのまま伝えてはカトリの立場が危うくなると分かって遠回しに伝えようとしてくれた。デルタとラステマ、両国に迷惑がかからないよう、ウィルロアにだけ伝わるように配慮した手紙だった。

 ウィルロアは私室に戻ってからその事をマイルズとロイにも説明した。

 マイルズは安堵しながらも厳しい表情を崩さなかった。


「ですがこの手紙では行軍は止められません。これだけではデルタに戦争の意思はないと議会を押し通せないでしょう」


 確証を得るには不十分だという意見だ。ロイも頷く。


「分かっている。どうせファーブルに私の都合のいいように解釈したに過ぎないと撥ねつけられるだろう」


 ファーブルは会議の間で争いは避けられないと言った。何の対策も講じないで国民を危険に晒すのかと嚙みついた。

 くそったれが。誰が好んで自国民を危険に晒すかよ。 

 戦争になれば必ず死人が出る。それが兵士でも国民に変わりはないのだから、危険に晒そうとしているのはファーブルも同じだ。

 兵に、民に、国が起こした責を簡単に負わせるのか? 迅速な対応だと言えば聞こえはいいが、諦め早く危険に晒そうとしてるお前らの方がよほど質がわりーんだよ!

 ウィルロアだって国を守るためなら戦争になることも覚悟しなければならないのは分かっている。

 だがまだ止められるはずだ。まだ手はあるはずだ。

 最後まで足掻かなければ大切な民の命を賭けられない。奮い立て! と叫ぶ声が消えないのだ。

 俺はラステマもデルタも、誰一人傷ついてほしくない。


『何を甘ったれた事を仰っているのです?(笑)』


 ふんぬ――!(怒)

 自覚があるからかファーブルの言葉が過るのだろう。

 戦争好き古狸の思い通りにさせるか! いいか覚悟しておけよ。俺は売られた喧嘩は倍にして返す。諦めが悪いんだよ! 諦めいい方だったけど悪くなったの!

 ウィルロアは肩で息をして心の中で一思いに愚痴った。

 戦争を止める。止められるはずだとカトリの手紙で確証が持てた。だが周囲は、軍は手紙を見せた所で納得しないだろう。それどころか軍は、ウィルロアの命には一小隊も動かさないだろう。元々アズベルトの息のかかった場所なのはあのクーデターで身を持って知った。

 ならば俺がやれることは決まっている。

 軍に真っ向から対抗できる正当な地位を得ること。


「マイルズ、父上の容態は?」


 人気がない場所まで来ると立ち止まり振り返る。部屋で休む気はさらさらなかった。


「意識は戻りましたが気を抜けない状態です」


 ウィルロアは臣下に向けて語気を強めて命じた。


「マイルズ、周囲に悟られぬよう父上と二人きりで面会できるよう手配しろ」

「はい」

「ロイ。父との面会後、私に付いている監視を散らせ」

「はっ」

「それから――」


 俺はたしかに甘ったれだが伊達に十八年も王族として生きていない。

 王代理の承認を得る。

 覚悟は、カトリと別れた時点で出来ていた。

「アダムスを呼び戻せ」

 

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